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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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雨の日 命の恩人 救い

「ハル団長は覚えていますか?五年前にあった最初の神獣レイド襲撃事件のこと…」


 突然ビナの口からそのような言葉が出てきてハルは驚いた。

 ハルはそのことをもちろん覚えていた。その日は、ハルが、シルバ道場からの推薦状を、レイド王国の国王に直接渡そうとした日に起こった惨劇だった。


「もちろん、覚えているよ、あの日は初めて王様に顔合わせに行く日だったんだ」


「そうだったんですね…」


「ビナ、その事件がどうかしたの…?」


 ハルは慎重に尋ねた。その事件は神獣の奇襲という最悪のケースであったため多くの犠牲者がでており、神獣による孤児も多く出た。そのため、ハルは、この話題を話すときは、細心の注意を払って言葉を選んだ。


「私、そのとき、ハル団長に救われたんです」


「…そうか」


「はい、あのとき、まだ、私は新兵で軍に入ったばかりでした」


 ハルは、ビナの言葉に静かに耳を傾けた。


「それで本隊が来るまで神獣を足止めするために、魔法を使える人たちが集められたんです」


「あのときは、どうしようもない状態だったからな…」


「そうなんです、でも神獣に対面したとき、私たちは何もできませんでした、怖くて動けなったんです…」


『精鋭でも怖くて動けない奴はいたから…新兵のときだったらなおさら…』


「それで、怯えて死を待つだけのときに、ハル団長が助けてくれたんです!」


 ハルがビナの顔を見るとそこには悲しい雰囲気はなく、彼女の赤い瞳が力強く輝いていた。

 そこから彼女は覚えたての英雄の物語を語る子供の様に、ワクワクしながら話し始めた。


「あのときのハル団長にはしびれましたよ!神獣レイドの魔法を防いだと思ったら、いつの間にか神獣の首まで落としてるんですから!」


「アハハハ…あのときは必死だったからね、俺も」


 ハルは、ビナのその軽快な語りで気が抜けて気持ちが少し楽になった。

 暗い雰囲気はすっかり抜けてしまった。


「ハル団長は覚えていますか、私助けられた後、ずっと、ありがとうって叫んでたんですけど?」


 それを聞いたハルだったが、あの時はあまりにも神獣の印象が強すぎて、ビナのことは覚えていなかった。


「うーん、ごめん覚えてないな」


「そうですよね!私あのとき、頭に鎧もつけてて、目立ちませんでしたし、それに、ハル団長あの事件で多くの人々を救ってくれましたからね!」


 ハルは、ビナがショックを受けると思ったが、決してそのようなことはなく、赤い瞳をキラキラさせていた。


「そ、そうだね…」


「ハル団長、改めてお礼を言わせてください」


 そう言うと、ビナは椅子から立ち上がってハルの横まで来た。彼女はハルの手を取り、彼の顔を覗き込んで笑顔で言った。


「あのとき救ってくださって、本当にありがとうございました、今の私がいるのはあなたのおかげです!」


「…………」


 そう、自分を救ってくれたことを感謝する彼女の笑顔に、ハルは、どこかの自分が救われたような気がした。

 それは決して過去ではなく、未来の自分。

 未来など分かるはずもないのに、どこか遠い未来の自分が泣き止むような、そんな感じがした…。


 だが、今のハルは思うのだった。


『ああ、ビナを助けられて本当に良かった…でも、救えなかった人の中にもビナの様な人が、たくさんいたんだよな…』


 ハルはそのことが頭の中を駆け巡ると、なんとも言えない苦しさに襲われた。


 しかし。


『俺は…』


「………?」


 ビナはハルの顔を見つめる。


 ハルも彼女の顔を見つめた。


 目の前でニコニコ嬉しそうに笑顔でいる彼女は、純粋でまっすぐだった。人とはたとえどんな悩みを抱えていても大事な人たちの笑顔で、その悩みの苦痛を忘れさせてくれるものだった。

 ハルも、今、その彼女の笑顔で救われた。


 ビナが握ってくれた手をハルは優しくそっと握り返した。


「こちらこそ、礼を言うよ、生きていてくれてありがとう」


 ハルもお返しのとびきり笑顔を作り、まっすぐビナの瞳を覗き込むと、彼女の顔が真っ赤に染まっていった。


「え、あ、は、はひぃ。もちろんです、これからも生き続けます!」


「フフ、頼むよ」


 それから二人は紅茶とお菓子を食べながら、楽しく会話した。

 一通り話し終わると、ビナは目をこすり始めた。


「ビナ、眠くなった?」


「あ、はい、ちょっと眠くなってきました、あんなに寝たのに…」


「それじゃあ、夜のお茶会はここまでにしよう」


 二人はそれから食器を片付けて、歯を磨きに部屋を出た通路の中央の洗面所に向かった。

 ハルが歯を磨いていると、ビナも自分の部屋から歯ブラシとコップを持ってきてゴシゴシ磨き始めた。

 ハルは綺麗な水の溜められたタンクと繋がっている蛇口をひねり、コップに水を入れていた。

 ビナは自分の水魔法で出した水をコップに入れて、口をゆすいでいた。

 二人が歯を磨き終わり洗面所の前で分かれるときにハルがビナに言った。


「そうだ、ビナ、明日…じゃなくて、今日の昼にみんなで街に出かけようって昨日話し合ったんだ」


「本当ですか!?」


「ああ、ビナが見に行きたがってたドレスとか、あと、その夜は外食しようって」


「やったー、楽しみにしてます!」


 ビナは楽しみで興奮してたが、眠さが勝ったのか、一つ大きなあくびをした。


「それじゃあ、おやすみ、ビナ」


「おやすみなさい、ハル団長…」


 ハルはビナと別れて自分の部屋に戻り、読書の続きに戻った。

 窓の外の雨は、いつの間にか再び弱くなっていた。

 本のページをめくる音と小さな雨の音だけがハルの部屋に静かに響き続けた。





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