夜は明けて
広場になんとかたどり着いたスメイルとガットたちのチームはすぐに迫りくるであろう化け物に備えるために、今、逃げて抜けて来た居住区を振り返った。
「お前ら戦闘態勢だ、すぐに来るぞ!!!」
チーム内に緊張が走った。そして、全員が固唾を呑んで見据える中、最初に気づいたのはガットだった。
「おい、アストルはどこに行った?」
全員がその場でチーム内を見渡すが、そこに新兵アストルの姿はどこにもなかった。
「なんでいない?ちょっと戻って見て来る。あいつお人好しだから、きっと何か人助けでもしてんだ…あいつ、ほんと困ったやつだな……」
「ガットどこに行く?バカ、気でも狂ったか!?」
スメイルがガットの腕を取るが、彼はすぐに振り払う。
「気なんて最初から狂ってる!!!」
凄まじい剣幕でガットがスメイルを睨みつけた。スメイルも彼の鬼気迫る表情にたじろいでしまう。チーム内も一瞬で静まり返る。
「俺たちは自分たちの命惜しさに一番下のガキを見殺しにしちまった。仲間を置いて来たんだぞ…」
「仕方ないだろ、ガット…ここは最初からそういう世界だってこと忘れたのか?」
スメイルも悔やみきれない顔で歯ぎしりをする。
「だから、迎えにいくんだよ」
「無駄死にだ。お前がアストルに教えたことだ」
「じゃあ、どうすりゃあいい?こんな情けない俺はどうすればいい!?」
ガットが腰から抜き取った双剣を構えると柄を力の限り握りこみ震えていた。
スメイルも剣を抜くとガットの隣に立った。
「ガット、それならお前は剣でいろ。今から来る化け物相手にその剣を、怒りを振るえ。そして、殺して証明するんだ。俺たちが今生きてる仲間に光をもたらす剣だってことを、世界も平和もホーテン家も関係ない、ブレイドは仲間の為に振るう剣だってことを証明し続けろ」
ガットが思いとどまる。
死んだ仲間はその時点で過去でしかない。けれど生きている仲間にはまだ未来がある。ブレイドは仲間の未来を守る剣であり光だ。先頭で輝き続けるキングス・フィールを筆頭に、闇の底に留まり続け輝きを放つそれはまさに星だった。
それは目印にもなり、夜を照らす道しるべにもなる。存在するだけで誰かのためになるそれがブレイドだった。
恐れに囚われていたチーム内にも雄々しく立ち塞がる二人の狂気が伝染していく。
ひとり、またひとりと、ガットとスメイルの隣に並ぶ。
「よし、ようやくブレイドぽくなってきたな」
地鳴りが聞こえて来る。その音がどんどん近づいて来る。
臆することは何もなかった。
隣には仲間がいてやるべきことは決まっていた。
「お前ら、目標は首なしの化け物、手段は問わない」
スメイルが仲間たちに呼びかける。
「標的を発見次第、殺せ」
殺気に満ち溢れたスメイル率いるチームの全員が迫る轟音に向かって武器を構えた。
次の瞬間、建物から現れたのは夜を照らすほど眩い光り輝くキングスの姿だった。
彼がスメイルたちの頭上を越えて吹き飛ばされていく。
しかし、彼等はそんな隊長のことなど気にも留めず、いや、それ以上に彼が負けたのだとしても、立ち向かわなければならないことがあった。
みんなが一瞬で状況を理解していたもなおを視線はキングスが吹き飛ばされてきた、居住区という深い闇に向いていた。
そして、奴は現れる。
首なしの化け物が建物をかき分けて、広場に這い出て来た。
真っ先に先陣を切ったのはガットだった。身体に重複した肉体の補助魔法を掛けて人間ならざる速度で接近する。
首なしも凄まじい殺気に反応して、嬉々として四つん這いのまま広場に向かって走り出してきた。首の根元の大きな口をだらしなく不気味に開いたまま、駆け出していた。
両者が激突する。
ガットの目の前には大きな無数の牙が生えた口が地獄の扉のように開いていた。
しかし、ガットはその死の扉をくぐることなく、激突する直前で首なしの下に潜りこみ、さらに加速した身体で双剣を突き立て、触手だらけの胴体から股下までを一気に切り裂いた。
首なしのはらわたからは大量の黒い臓物のようなものが大量に零れ落ちるが、一切怯むことなく、スメイルたちの方へ直進していった。
全員が左右に散開するなか、スメイルだけが剣を掲げたまま、その場に立ち尽くしていた。
「魔力解放…」
スメイルの身体中のマナが一気に加速する。しかし、スメイルの身体から血が噴き出すことはなかった。大量の補助魔法を複雑に同時に重ね掛けして体が崩壊しない限界のところでマナを回す。とてもじゃないが、補助魔法無しでの魔力の解放など痛みという間隔を持っている生物ができるものじゃなかった。
「全開」
それでも人は時として越えられない、破壊しなければならない壁にぶち当たることがある。
そして、それが譲れない戦いならなおさらだった。
補助魔法を重ね掛けしてもなお身体に大きなダメージを残す魔力の全開放。そのイメージは全身に細かい亀裂を入れて、そこから体内で変換した魔力を解き放つ感覚に近く、それは全身から血を流すのとほとんど変わらない激痛でもあった。
スメイルの身体全身に魔力が宿る。
その滾る魔力を剣に乗せていくと青く光り輝く剣ができあがり、全身全霊で化け物めがけて振るった。
世界を上と下に分けるかのように伸びた一線が、がむしゃらに進む首なしの身体に当たると、前へと推進力が急に反転し、首なしの化け物はその青い一線と一緒に再び建物が乱立する居住区へと押し返されていった。
その一撃にスメイルが膝をつきそうになるところを太い腕が支えてくれた。
「スメイルよくやった、お前はもう離脱しろ」
「キングス隊長…」
スメイルがその一撃にすべてをささげたことは、彼の魔力負けしてボロボロになった体をみれば一目瞭然だった。
「あの化け物は俺が命を懸けてでも殺す。あれは人里に下ろしてはいけない呪いの類だ」
他の仲間たちもキングスの元に集まって来た。
「スメイルを連れてお前らは離脱しろ」
キングスがそう言うと兵士たちがスメイルに肩を貸していた。
「キングス隊長、俺も戦います」
ガットがキングスの前に立った。
「ダメだ」
「ですが」
「これは命令だ」
そう言われてしまえば最後ガットも黙るしかなかった。
「俺が死んだらその権利をお前にやる、だが、俺が戦い切るまではダメだ」
「………」
「時間がない離脱しろ」
ガットの後ろの者たちがスメイルを連れてすぐにその場から離れる。
「キングス隊長、死んだら恨みます」
ガットがそう言い残して撤退した仲間を追って言った。
「たく、あの野郎何が恨むだ…」
ひとりになると再び地響きが成り始めた砦内でキングスは不敵に微笑んだ。
「これだけ時間があれば十分だ。よくやったよ、お前らは……」
キングスが意識を集中させると、周りのすべての物音が消え、内なる世界にはキングスただひとりとなり、彼は自身の底からあふれ出るエネルギーを知覚すると、それを掴み一気に現実に解き放った。
覇人化。
キングスの身体から周囲の空気を圧迫するほど凄まじい闘気が溢れ出る。
「何秒もつかだな?」
みなぎる身体をすぐに吹き飛ばし、キングスは広場に再び現れた首なしの化け物に殴りかかった。
目にも止まらぬ速さで飛び出したキングスが振りかぶる拳に、首なしの化け物もその巨体からは想像もつかない俊敏な動きで彼の拳に自分の拳を合わせた。
その拳と拳の激突で放たれた衝撃は砦内にあった建物を薙ぎ払う。砦を囲っていた壁が耐えきれずに吹き飛び、断崖の底へと壁の残骸がボロボロ落ちていく。
砦を支えていた地盤にも亀裂が走り始める。
キングスと首なしの化け物の拳の激突は両者少しばかりのけ反るだけで終わるが、首なしの化け物が背中の太い触手をまるで尻尾のように振るうと、キングスを砦の端まで吹き飛ばした。
瓦礫に突っ込み倒れ込むキングスだったが、すぐに立ち上がると、一瞬で化け物の目の前まで戻って来ると、お返しの拳を化け物の拳に叩き込んだ。
首なしがその放たれた拳の威力に耐えきれずに、その砦の本城でもあった段々の形状をした建物に背中から倒れ込んだ。
一矢報いることができたキングスだったが、みなぎるパワーと引き換えの代償は大きかった。身体はすでに悲鳴を上げ、気を抜けば意識など簡単に飛んでしまいそうなほどの激痛と疲労に音を上げてしまいそうだった。
だが、自分たちのために命を張ったあの新兵のことを思えば、この戦い必ず勝つ必要があり負けることなど許されなかった。
「とくと見ておけ…化け物よ…ここからが俺の本気だ……」
キングスが姿勢を低く脚に力をみなぎらせオーラを立ち昇らせる。
体勢を立て直して立ち上がろうとしている首なしの化け物に、キングスは飛び出した。矢のように飛び出し広場の地面は粉砕し亀裂が走る。
キングスが首なしの頭上に現れると、拳を全力で振り下ろした。殴りつけられた空間はそのまま衝撃となって首なしを建物にめり込ませ一階に叩き落した。
そこから、キングスは空中から、地に貼り付けになった首なしの化け物めがけて落下した。そして、覇人化状態の闘気みなぎる拳を容赦なく振り下ろした。
その一撃は首なしの体を余すことなく破壊し尽くしていった。身体の外から徐々に蝕まれるように衝撃に呑みこまれていった。
ただ、その一撃は化け物だけではなく砦にも甚大な破壊をもたらした。
叩きつけられたキングスの拳による破壊の余波は、砦の地盤が耐えられなくなり、砦の中心か外に向かって亀裂が走り、砦ごと地滑りが起こり、断崖の底に滑り落ちついには砦全体が落下し始めていた。
徐々に落下速度が勢いを増し加速していくと、砦内のあらゆる場所がその落下による浮力が与えられ、瓦礫から死体まで何から何まで砦内の中でシャッフルされ始めた。
キングスはそんな混沌がやって来た砦の段々状の建物の地下で、肉と骨だけになって爆ぜた首なしの死体を眺めていた。
『たく、これが俺の最後の敵になるとはな……』
キングスの身体はもうどこも少しも動かすことができなかった。
『こんなんだったら、グラニオスにも協力してもらうべきだったか?』
キングスはそこで笑った。
「ハハッ、ありえねえな…」
落下が始まっていることはキングスも分かっていた。それでも、もう助からないこともわかっていた。
覇人化で力を使い果たしたキングスにはもう魔法をとなる余裕も何も残されていない空っぽのただの人間と変わりなかった。そんな無力となった人間が数百メートルの底に叩きつけられれば、当然、死ぬ。それだけだった。
「まあ、こいつを殺せただけでも、よしとするか……」
キングスはその場に仰向けになって倒れた。星の無かったはずの空にはいつの間にか満天の星空が広がり、それどころか、空は白み始め夜が明けようとしていた。
やがてどんどん砦自体が傾いてくると、キングスの瞳には遠くの山々の隙間から朝焼けが差しこんでくるのが見えた。
その輝きはキングスには眩しすぎて目を細めてしまう。
「最後にはいい景色だ」
落下も終われば死が訪れる。キングスがその言葉を最後に体の力を抜いて死というものを味わうために目を閉じようとした時だった。
「おつかれさまです」
「………」
目を開くが目の前には相変わらず朝焼けが遠くに見えるだけで誰もいなかった。
「あなたのこと、よく分かりました」
キングスが声のする方向を見ようとしたが、身体を動かすことができず、近くにいるその人物を見ることができなかった。
「とても仲間思いなんですね」
「お前は…誰なんだ…?」
そのキングスの問いに答えることなく、その耳障りの良い声の持ち主は続ける。
「あなたのような人がいたことが、私は嬉しいです。安心して彼らも、レイドも任せられる」
そこでキングスの身体に限界が来たのか徐々に視界がぼやけ始めていた。
人間サイズの足音が近づいて来て、キングスの近くで立ち止まる。するとキングスの視線の先にはその声の主が現れたが、すでに意識が歪み視界が不鮮明になっていたため、目の前に立っている人物の顔を見ることができなかった。
彼の声だけが続く。
「あなたは長生きしてください。長生きして、そして、彼等にあなたが持ってる立派な精神を伝えていってあげてください」
「生きる…」
「ええ、生きてください、そして、約束してください、あなたはこれからもレイドを守り、仲間を大切にすると、どんな時もそのことを忘れないと」
死が目前に迫っていたキングスにとって、その約束の無意味さは際立ち、どうでもよくなっていたが、彼が言ったそれらの仲間に対する姿勢はずっとキングスが、貫いて来たものでもあった。
だからこそ、その問いの返事はイエスだった。
「ああ、当然だ…」
「良かった…」
キングスからしたら何がなんだか分からなかったが、とにかく、もう何もかも後にして今は眠りたかった。酷く疲れたから、もう目を閉じて終わらせたかった。
『ああ、クソ、最後に変な白昼夢を見ちまったな…』
目を閉じると真っ暗闇が訪れた。もう自分の身体が落下しているのかすら分からずに、キングスの意識は深いそこにまで落ちていった。
眠りがこれほど心地よいと感じたのは、ずいぶんと久しぶりだった。
すでに夜は明けていた。




