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優しい狂人

「こっちはもう死体しかない、そっちはどうだ?」


「あぁ、こっちもだ、身体が食い破られてやがる。ひでえもんだ、見ろこいつ身体が真っ二つになってやがる…」


 ブレイド部隊に所属する兵士たちは、山脈の中にある断崖に建っていたスモーク砦の中で人命救助活動を行っていた。


「もう、ここらへんはいいだろう、誰もいないし、次の建物見に行く」


 少数のグループを指揮していたリーダーがチームに呼びかける。


「はいよ…おい、お前ら次の建物見に行くぞ!!」


 チームの内のひとりが建物の吹き抜けの上階に向かってまだ捜索中だった仲間に呼びかける。


「はあ、それにしても、なんで俺たちがこんなことしなくちゃならないんだよ。人命救助って俺たちは救うより殺しの方が向いてるの、知ってんだろぉがよ…」


「隊長命令だから仕方ないだろ」


 建物が不規則に揺れた。外では不穏な地響きが何度も何度も続いていたが、そこにいた彼らはなんとも思わずに冷静さを保っていた。


「分かってるがよ、こんだけ被害が出てるってことは、つええ化け物がいる証拠だろ?それを隊長が独り占めなんて、俺たち、ここに来た意味がねえじゃねえかよ」


 男がそういうとリーダーが返した。


「だから、隊長は来たくない奴は来なくていいって最初から言ってただろ?聞いてなかったのか?よし、外は大丈夫そうだ」


 リーダーが建物扉を少し開けて外の様子を確認する。


「隊長が任務に行くなら俺たちもいくしかねえだろ?」


「まあ、そうだな」


 ブレイド部隊をまとめているキングス・フィールという男がいかにこの部隊の求心力を掌握しているかは、このだらしない男のように誰にも忠誠を誓わなそうな男でも、そう言わせてしまうほど、魅力がある証拠でもあった。


「だが、許せねえのは、俺たちを化け物との喧嘩に混ぜてくれねえことだ。人助けなんてやってられるかよ」


「まあ、気持ちはわかるけどな」


 リーダーもそれとなくその男に賛同する。そうしているうちに上階から兵士たちが何の成果もなく降りて来た。


 兵士たちに人命救助のやる気がないのはもとよりこのブレイド部隊が死も恐れない特攻部隊であるからというのもあった。自分の命と引き換えにしても敵をなぎ倒し前進するそんな狂気的な戦闘意欲を持った狂い人ばかりの集団が、人命救助などという不本意な任務に本腰が入らないのも仕方がないといえた。


「そろそろ出るが、みんな揃ったか?」


 そう言うと、上階から階段を全速力で下って来るものがいた。


「スメさん!息がある人がいました」


 若い兵士が大きな大人の大男を背負って階段を降りて来ていた。


「アストル…」


「スメさん、彼を連れて行きます」


 狂人の中にもまともな感性を持ち合わせているものもいた。


 その若い兵士は【アストル・クレイジャー】というブレイド部隊につい最近配属された新兵だった。彼には強力なコネがあったようで、あのキングス隊長でも彼の入隊を断ることができなかったという噂が流れていた。

 それに何となく彼にはこの部隊に入ることが間違ってるような、似合わないというか、そんな感じが彼の人柄からは現れていた。

 茶髪で童顔の顔でそれで必死に任務をこなそうとする彼がどこか一階で待っていた兵士たちにも、この部隊で彼がやっていけるのか不安になるものがあるといった具合に心配が勝ってしまうという奇跡すら起きていた。今もそうだブレイド部隊を象徴とする色である高貴な黒いローブを、背負っていた負傷者の血でべっとりと赤く染めている姿を見るとなんともいえない気分にすらなった。ブレイド部隊のものが同情するほど彼はどこか捨て犬のような子犬ぽさがそうさせているのかもしれなかった。


 そんな彼にリーダーであるスメイルの隣にいたガットが代わりに言い放った。


「バカ、アストル、そんな死体早く捨てて来い」


「ガットさんでも、彼には息があります」


「そんなの大けが白じゃないと無理だ」


「だったらジュニアスに見せましょう、彼も白魔法が使えたはずです。ここに来ていますよね?」


「本気で言ってんのか?」


「今の任務は人命救助ですよね?」


「ああ、だが、そんなお荷物を抱えろなんて言われた覚えはねえな」


「救える命ですよ?」


「そいつはもう救えねえよ、見れば分かるだろ?その出血じゃ、もって数分だ、楽にさせてやれよ」


「………」


 その彼の言い分に言い返す言葉が見つけられなかったアストルがそれでもスメイルの方を向いて言った。


「スメイルさん、彼を連れて行きたいです。俺ひとりでも…」


 しかし、そこでスメイルも首を縦に振ることはできなかった。


「アストルくん、その人はここに置いていく、理由はわかるね?」


 ガットが言ったことがすべてだった。救える命も選ばなければならない状況であることは間違いなかった。


 アストルが苦虫を嚙み潰したような顔で、そっとそのケガ人を階段の傍に降ろした。


「ごめんなさい、俺じゃあなたを救えなくて……」


 アストルが死にゆく血まみれの男の姿を物悲しそうに眺めていると、スメイルが言った。


「みんなここをでますよ、離れないでついて来て下さい」


 スメイルが飛び出ると後に仲間たちが続いて、アストルも彼等の後を追った。


 ***


 砦の敷地内は広く、居住区と広場と砦の本城の三つに分かれていた。とくに居住区は迷路のように三階建ての石造りの建物が乱立しており、スメイル率いるグループは建物を縫うように移動していた。


「なあ、何かおかしくねえか?」


 何度も地鳴りのような音と破壊音が続いていた最中、スメイルの隣でガットが呟いた。


「なにがだ?」


「さっきから、他の仲間の姿が見えないのは気のせいか?」


「それもそうだな、ちょっと上から見わたしてみる。戦況の方も確認しておきたいし」


 そういうとスメイルが地面を蹴って飛び上がると三階建ての建物の上に軽々と飛び跳ねていった。


 部隊がスメイルの報告を待つために待機となるとガットは近くの壁にもたれかかって、ポケットから煙草を取り出し、指先から炎を灯して火をつけた。


「なんか嫌な予感がするんだよな…」


 星の無い空を見上げながら煙草を吸っていると、そこにガットに声を掛ける者がいた。


「ガットさん」


 そこに居たのはアストルだった。彼はどこか申し訳なさそうな顔で、それでも真っすぐガットの前に来ると立ち止まった。


「なんだ?」


「さっきは、すみませんでした。俺が間違ってました…」


「たく、謝るなら最初から反抗するな」


「そうですよね…ごめんなさい」


 アストルがしおれた植物のようにしょんぼりする。そんな彼の落ち込んだ姿を見たガットが深いため息をつくと同時に言った。


「お前がどこで育ってどんな生き方をしてきたのかは知らねぇが、お前が足を踏み込んだこの世界がどれだけ厳しいかお前はまだ分かってない」


 アストルが顔を上げガットを見据えた。


「ここではどれだけ剣術が上手くても、どれだけ魔法を上手く扱えても、理不尽に目の前に死が訪れる世界だ。そんな世界に優しさは不要なんだよ」


「優しさは不要ですか?」


「ああ、そんなものを持ち合わせるくらいなら死に物狂いで剣を振って目の前の敵を殺せ、俺たちに求められてるのはそれだけだ」


 ガットは煙草を捨てると、指先から炎魔法の弾を放って、その煙草の吸殻を消滅させた。


 そして、もう一度ガットがため息を吐くとアストルに向かって文句のように言った。


「たく、柄にもないこと言わせんな、とにかく、お前は仲間のために剣を振るえばいいんだ、それが誰かの救いになる。人命救助なんて、他の部隊にやらせておけばいいんだ、わかったな?」


 彼なら納得すると思ったが以外にも頑固な部分があるようで。


「でも、助けられる人がいたら、俺はこれからも見捨てず助けるつもりです!」


「おま、可愛くねえやつだな…」


 この世界の厳しさが言葉で伝わるとも思わなかったが、腹ぐらい立った。


「その時は、ガットさんが俺のために剣を振るってください!」


 だが、彼の染まっていない無垢な笑みが、ガットに三度目のため息をつかせる。そして、そんな彼の頭をくしゃくしゃと撫でてはガキのように扱う。


「考えといてやるよ」


 調子のいいやつだと思いながらも憎めない奴だとも思ったガットがアストルと打ち解けている時だった。


 連続した地鳴りと揺れがガットたちの足元を襲った。


「揺れてるな…」


 その揺れは徐々に力を増しては、轟音と共にこちらに近づいて来るのを感じた。


 三階の建物に人影が現れると共に、それがスメイルだとわかった時には彼は必死に叫んでいた。


「お前ら今すぐ九時の方角に走れ!!!!」


 スメイルの余裕のない怒鳴り声と共に、彼が建物の上を飛び越えていくと、全員が彼の言葉にただちに従って建物の間を全速力で九時の方角に向かって走り出した。


 何が起きているかは分からなかったが、従わなければ危険が迫ることぐらい、その場にいた誰もがスメイルの鬼気迫る表情と声で理解していた。


 チーム全員が建物の屋上に跳躍し、スメイルに追いつく。


「スメイル何があった?」


「走れ!!!」


 ガットが質問するがスメイルはその言葉を繰り返すだけだった。


「走れって…」


「いいから走れ!!!」


 背後から爆発音。


 ガットの視界に吹き飛んだ巨大な瓦礫が入った。


「なんだ?」


 ガットが後ろを見るとそこには崩壊した建物の土埃を突き抜けて飛び出して来たキングスの姿があった。


「隊長…」


 しかし、ガットから見ても分かる通り彼には余裕が無さそうだった。


 そして、土埃から正真正銘の化け物が姿を現す。キングスが抜け出て来た土埃の後から、さらに巨大な影が現れたとおもうと、その土埃を突き抜けて巨大な触手の化け物が姿を現していた。


「おい、マジかよ!?」


「今は逃げることだけ考えろ!!止まれば死ぬぞ!!!」


 ガットもそこで思考をやめて足を速く動かすことだけ考えた。


 二十メートルを超える化け物の爆走。こんな狭い建物群の中ではまず戦うより、瓦礫と共に化け物の四足にひき殺されてミンチになる方が早かった。戦うにも場所が悪すぎた。それに連携が崩れている今、勢いを止めるにも結束力が乱れすぎていた。だからこその逃走。戦うためにはまず地の利を得る場所を見つけるしかなかった。先ほど見かけた広場がよい場所ではあった。今欲しい立地は身を隠せる場所ではなく自由に動き回れるバトルアリーナのような場所が必要だった。そして、スメイルが叫んだ方向に広場があることをガットも思い出すと彼の指示が的確だったことを知る。


「お前ら、走れ!!足を止めるな!!!」


 ガットもすぐにチーム全員に呼びかけると、全速力で足を止めずに走り広場を目指した。


 キングス隊長が魔法で足止めしながら後退していたが、それでも化け物は隊長の放つ十字の光を浴びながらも前進し続けていた。


 広場まではまだ距離があり、この速度だと化け物の方が早くたどり着く一歩手前で戦闘になりそうだった。


 ***


『くそ、このままだとあいつらも巻き込みかねない…』


 キングスが爆走する化け物の前で思考を重ねる。

 背後には逃げる過程で巻き込んでしまったスメイルのチームがおり、彼等を広場まで逃がすためには時間稼ぎが必要だった。

 もはやキングスも自分ひとりで狩れる化け物ではないことは分かっており、助けが必要だった。


「やるしかないか…」


 覇人化状態での何発か打撃を叩き込めばいくらかのけ反らせることはできると願いたかったが、キングスはそこで首なしの中にいる何者かのことを思い出す。


 人がいる。化け物が人間によってコントロールされているとなると、知性があることになり、そうなると非常に厄介だった。実際に化け物はまるでこちらを弄ぶかのように、力を加減する様子もあったが、とにかく、常にこちらの限界を引き出されているような気がして、非常に消耗が強いられる戦いが続いていた。


「いや、やるしかない、一度距離をとってそこから覇人化だ、十分じゃなくても足止めはできる……」


 キングスがそう言いながら十字の光を放つのを止めて前を向いて、建物の屋根を蹴って加速する。


 だが、その時だった。


 加速したキングスの速まる視界の横に一瞬それは見えた。


 ひとりの兵士がいた。


 目を疑った。


 全員が必死に逃げる中、ただひとりだけ建物の屋上で冷静に腰の剣を抜き、迫りくる化け物相手に構え始める狂人がいた。


「おい!?お前何してんだ、逃げろ!!!」


 キングスですら足を止められない状況にそれでもその兵士は言った。


「行ってください、ここは俺が時間を稼ぎます!!」


 キングスはその兵士の狂った言動にもう言葉も出なかった。

 そして、もう自分にも通りすぎた少年を救うことができないと分かってしまうとキングスはさらに加速して広場を目指した。


「馬鹿野郎がぁ……」


 無駄死にした兵士。

 その無意味さを嚙み締めると、キングスの覚悟はより強固に決まっていた。


 ***


 アストルは人生最後の言葉を紡ぐ。


「アリス、ごめん」


 愛する人の名前を口にする。


「俺がここで生き行くためにはやっぱり少し厳しすぎたみたいだ…背伸びした結果がこれだ」


 化け物が迫る。


「君にはとっても怒られそうだけど、やっぱり、自分の理想だけは曲げられなかった…」


 アストルは迫りくる化け物に剣を構えると最後の言葉を紡ぐ。


「いつかどこかで見た騎士のことが忘れられないんだ…」


 握りしめた剣。

 身体に巡るマナを魔力に変換し解放する。


「強くて優しくてみんなに愛されるその騎士に」


 アストルはいつかどこかの森でその騎士に命を救われていた光景を思い出していた。しかし、それがどこでどの記憶なのか、思い出そうとするとその記憶はいつも頭の裏に影を潜めてしまい、その騎士が何者だったのか思い出すことはできなかったが、いつの間にかアストルの理想の騎士像として常に心の中心にあった。


「俺もそんな騎士になりたいと思ったんだ!!!」


 魔力の全解放。


 それはアストルが見よう見まねで隊長の奥義を真似てみた覇人化もどきでもあった。

 しかし、その覇人化もどきだろうがなんだろうがアストルの魔力の解放の仕方は一時の力を手に入れる代わりに完全に自殺行為ともいえるもので危険極まる行いだった。全身に超高速回ったマナがありとあらゆる体の細胞を斬り刻み、アストルはあっという間に致死量になるまでの血を吹き出していた。


 それでもアストルの手を伝って流れるエネルギーは剣から青い輝きの奔流となって、首なしの化け物めがけて放たれた。


 しかし、その輝きも化け物の爆走の前ではちっぽけなものでしかなく、化け物の身体に傷ひとつ付けることもなく、アストルの足元の建物が崩れると共に消え去ってしまった。


 そして、アストルは開かれた化け物の大きな口の中に、そのまま落ちると一瞬で飲みこまれてしまった。


 真っ暗闇の中、それでも無数の牙が生えているのを見ていたアストルが、かみ砕かれて死ぬことを悟った時だった。

 口の中の周りの牙たちがまるでアストルを避けるように引っ込んで行き、そして、そのまま食道を通って、胃のような場所に落ちたところで落下する勢いが急に止まった。


「………」


 そして、止まったかと思えばアストルは誰かに抱きしめられていた。すでに視界も感覚もおぼろげだったアストルにその化け物の体内にいた人が誰なのか分からなかった。


 しかし。


「頑張ってるんだね、偉いよ」


 とても懐かしい声だけがアストルの真っ暗な意識の中に響いていた。


「今はゆっくり寝てな」


 心地よい言葉を最後にアストルは目を閉じた。


「おやすみ、アストル」


 どうしてか、今、そこにいる人ともっと話がしたいと思っていたが、もう、限界を迎えた身体では意識を保っていることも難しく、アストルは遠のく自分の意識に身を任せては、沈んでいくしかなかった。


 そこにいる人のことを思い出したかったが、どれだけアストルが足掻いてもその人は遠ざかっていくばかりだった。


『あなたは……誰……………』


 やがてアストルはそんなことを忘れて夢の世界に落ちていった。


 夢では純白の騎士姿のアストルが、アリスという愛しい妻を迎えている人生最高の瞬間だった。

 アストルはその夢が現実になればいいのにと思いながら、次に目を開けた現実に彼女がいるように祈るのだった。

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