おいかけっこ
半壊した武器庫の天井が崩れ落ちる。
「気持ちわりぃやつだな」
毒づくキングスが正面を見上げる。
そこには星亡き空の下、頭を持たずうねうねと黒い無数の触手を身体から生やした巨人がむき出しの青白い血色の悪そうな両足で立ち尽くしていた。
「こいつで確定だな、スターダストの怪物は」
キングスが上から下までその首なしの化け物に少しも臆することなく目をやる。
後ろで怯えることしかできなかった女の子とはすでに生物としての格が違うようにさえ見た。しかし、どうだろうか?キングス、彼の瞳の眼光が絶望的な逆境すら渇望し望んでいるのなら、彼の後ろで怯える女の方が人としてはちゃんとまともだと言えるのではないだろうか?
キングスが大剣を降ろして地面に突き刺すと、地面には亀裂が走った。
「嬢ちゃん、逃げられるか?」
キングスが後ろを一瞥するが、悲惨な表情の彼女は小さく首を左右に振っていた。
「そうか、なら、おい、お前たち、こいつを連れていってやれ」
彼がそう空に呼びかけると飛行魔法で浮いていた一人が地上に降りて来た。
「けが人の扱いくらいわかるよな?いいか殺すなよ?」
「隊長、任せてください、俺も死体を運んだことなら何回もあります」
「ケガ人って言ってんだろ、バカが!」
愛ある罵声を浴びせながらもキングスは彼に続けて指令を出した。
「まだそこら中に生き残ってるやつらがいたはずだから、お前たちはそいつらの救助に向かえ、いいか、これは星六の依頼だ。お前らのような雑魚が出しゃばっていい任務じゃないからな?」
彼が念を押すように、言うと退屈そうな返事を返した兵士がリングを二つ展開して空へと舞い上がろうとした。
「オオオォォォ!!!」
その様子を見ていた、首なし化け物が一度大きな咆哮をかますと、身体から生えた大量の触手を伸ばしその逃げる兵士と女めがけて襲い掛かって来た。
「〈十字星〉」
キングスが人差し指でサッと空中に十字を切って唱えた。
するとキングスの前には巨大な十字の光が現れると、目にも止まらぬ速さで、首なしの化け物めがけて放たれる。
「おめえの相手は俺だけだ」
その十字の光は化け物の身体を武器庫から広場の中央に吹き飛ばすと周囲の闇に吸い込まれるように消えていった。
「あいつは俺がひとりでやる、他の奴らにも手出すなって言っとけ、邪魔したら俺がそいつを殺すとも言っておけ」
「承知しました」
女性を抱えたキングスの部下が星の無い空へと飛び上がって行く。彼が空で待っていた仲間たちに伝えると、彼等はキングスの命令通り四方八方に散って行動を開始していた。
キングスはひとり、大剣を担いで歩を進めた。
巨大な腕が転がる横を通り過ぎて、彼が砦の中でも開けた広場にでると、両腕の無い怪物は懸命にその場に立ち上がろうとしていた。
「なんだ、自力で立てないのか?まあ、その巨体で腕がなければそうなるわな」
その巨人にはあらかじめ左腕が無く、代わりに右腕が異様に現実離れしたように発達していたが、すでにキングスが斬り落としたことで、肘から下はキングスの後ろに転がっていた。
「かかかかかかかかかかかかかかかかかかか…」
首なしの化け物はキングスを嘲笑うかのように、首の付け根に大胆に広がっていた大口を開けて、乾いた笑い声をあげていた。
「何笑ってんだ?化け物。お前はこれから死ぬんだ、笑うんじゃなくて泣きわめけよ」
「かかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかかか……」
それでもなおを化け物は醜く無様な姿を晒していても笑うことを止めなかった。
「気味がわりぃな…」
キングスの顔から余裕の表情が消えて警戒を強めた。
冒険者ギルドのランク付けを侮ってはいけない。彼等のランク付けは長年の経験や知識などから計算されて算出されたものであり、その星の難易度を見誤ったものから順次、冒険者を引退あるいは人生から退場する者がほとんどだった。
だからこそ、キングスも目の前の触手の化け物が弱っていようと気を抜くことはなかった。獅子は兎を狩る時にも全力を尽くす、まさに今この状況にぴったりの言葉だった。
未だ笑い続けている化け物を無視し、キングスは大剣を正眼に構えて的を絞った。
呼吸を整えて意識を目の前の化け物を両断することだけに集中する。
『こいつは何かおかしい普通の生き物じゃない、呪魔の類か何かだ。生かしてはおけない、いずれ災いを呼ぶ……』
キングスの身体からは闘気が溢れでると一気に大剣を後ろにのけ反らせ全力の一撃を放つために力を溜め始めた。
化け物が身動きひとつでも取れば溜めの途中でも溜まった魔力をぶっ放そうと思っていた。
「はああああああああああああああああああああああああ」
キングスの振りかぶった大剣に凄まじい光が宿り、星亡き夜を白く染めていく。
そして、全力の一振りのための光の大剣が完成した。
「一撃で逝かせてやるよ!!!」
そう化け物目掛けて剣を振りかざそうとした時だった。
「やっぱり…」
声がした。
「いい」
それは幻聴なんかじゃ決してないちゃんとした人の言葉。
「この国には、あなたのような人が必要だ………」
その声は化け物の口の中から聞こえて来ていた。化け物が喋っているんじゃない、化け物の中に誰かがいる。人語を返して話が通じる。その事実にキングスの額から焦りの汗が流れ出る。
「少し……見せてもらおうかな………」
その言葉の意味が何を意味するかキングスの方が理解できなかったが、そこから化け物の雰囲気が一気に変わった。
倒れ伏す化け物から周囲に強い殺意がまき散らされる。
その殺意は狂気を身に纏っていたキングスの背筋をあっという間に凍らせると、彼の光り輝く大剣はその輝きを徐々に弱くなり、再び暗闇が辺りを支配し始める。
「追いかけっこしようか……」
優しい声が化け物の口の奥から不気味に響いた。
「なんだと?」
キングスが聞き返した時だった。
化け物の両肩から青白い肉が勢いよく放出されると、その肉はすぐに腕のような形を取っては、膨れ上がりながらキングスの左右から同時に迫った。
キングスは直ちに攻撃をするという思考をやめると、大剣は諦めてその場から即座に離脱した。
離脱直後キングスがいた場所に巨大な手が合わさり空間を握りつぶしていた。
ゆっくりとその手が開かれると、キングスが持参した大剣が粉々に砕かれていた。
そして、息もつかないうちに、両腕を手にした首なしの化け物はそのまま四足歩行で這うようにキングス目掛けて駆け出して来た。
「おい、まじかよ!?」
とっさにキングスは〈加速〉と〈飛躍〉の魔法を掛け合わせて自分に掛けた。身体はすぐに地上から飛び上がり、四足歩行で突っ込んで来た首なしの突進をギリギリでかわすことができた。
しかし、飛び上がったことで無防備になったキングスの身体に触手が巻き付く。
「まずッ…」
するとキングスの身体はさらに加速し出した。キングスに巻き付いた触手はその本体とはまるで別々に動き、キングスを掴んだその触手はぐるぐるとその場で自転し、彼を強制的に公転させていた。
首なしの化け物は止まれずに近くの建物に突っ込み勢いを失っていたが、キングスは触手に振り回され景色が加速していく。
『なんとかこの触手を斬り落とさなければ……』
キングスが触手めがけて指で一線をなぞろうとしたが、その時にはすでに触手は彼の身体を放していた。
円運動で勢いが付いた。キングスは砦内の建物の壁をいくつも突き破っては砦内の居住区がある建物群に沈んでいった。
それでも、首なしの化け物はその吹き飛んだ彼を追うように瓦礫から無い首を出すと、四つん這いのまま這うように高速で走り出していた。
「うわああああああああ」
「この触手がぁあがあああああああああああああ!?」
「助けてくれえええええええええ」
「死ね、この触手野郎がぁあああ!!!」
そして、その首なしの化け物がキングスを追う最中に、逃げ惑う人間たちも触手で攫いながら爆走した。
しかし、攫うだけではなくそこからは誰もが震えあがる恐怖があった。その攫われた人間の中には途中地面に叩きつけられ、走る首なしの化け物の四つ足のどれかに踏みつぶされたり、砦内を爆走する首なしの無数に生えた牙の大口に放りこまれたり、など定期的な死が触手たちの気分によって訪れていた。
それを見た他の者たちは戸惑いや絶望や抵抗など各々様々なやり方でその触手から逃れようとしていたが、一度捕まったら、無限に絡みついてくる、その触手から逃れるのはほぼ不可能だった。
死が自分のすぐ傍にある。
その判断基準が何なのか分からず触手に問われた者たちは、自分がいつ大口に放り込まれ、地面に叩きつけられ、あの大きな手足に踏みつぶされるのか?そんな想像が止まらず怯え始めていた。
首なしの化け物は、生贄を集めながら砦内の狭い建物の隙間を器用に駆け抜け、キングスの元に向かう。
星の無い夜に罪に浸った魔物の咆哮がこだましていた。




