勇者見参
武器庫にたどり着くとすでにそこは戦場になっており、触手相手にモス盗賊団の残党が武器を手に戦っていた。
そこにドーゴとジェイミーが現れると戦っていた者たちから歓声が上がった。
「ドーゴ様!?ご無事だったんですね」
「まだ生き残りがいるようだな…」
「おい、みんなお頭が生きてたぞ!!」
絶望に光が差したように思えたが状況は何も変わっていなかった。
武器庫はすでに触手の侵入によって半壊状態で、武器の種類によって分けていた部屋もいくつか瓦礫に潰れて入り口が塞がれてしまっていた。
「武器は俺たちにも何か武器はないか?」
「それだったら、俺のこれを使ってください」
部下のひとりからゴードは立派な鋼の刃渡り250ミリはあるブレードを受け取った。それは盗賊であれば必須の武器であった。しかし、大きなブヨブヨの肉を切断するならナイフでは刃が短すぎた。
「いや、これはお前が持っていろ、それよりも長剣や斧でもいい、大きな武器は無いのか?」
「そらならここに粋なものがありまっせ!」
手渡された武器は巨大な黒い双頭の斧だった。柄には蛇の紋様が斧の双頭にまで螺旋を描くように伸びていた。斧両刃の状態は酷く血か何かで錆びたり欠けていたりしたが、これほど大きければ何も問題なかった。
「これでいい」
ドーゴがその斧を掴むと武器庫内に入って来ていた触手を切り裂き始めた。大人の身長くらいあった双頭の斧ではあったが、魔法で強化された身体と鍛え上げられた肉体のおかげで、次から次へと侵入してくる触手を切り刻むことができた。
『武器があれば触手は倒せる』
「いけるぞ!!」
「お前らかしらに続け!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
そして、勢いに乗ったドーゴに続くように、二十人ほどいた部下たちも一斉に勝どきをあげ、武器庫内に湧き出る触手たち相手に果敢に戦った。
ジェイミーも得意の剣捌きで触手たちを圧倒していた。
ドーゴが部下たちだった者に背中を預け、部下たちも彼に続く。その一体感はやがて触手を武器庫から追い出すことに成功した。
「勝った、勝ったぞ、うおおおおおおおおおおお!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ドーゴたちは雄叫びをあげ一時の勝利に酔いしれる。
「いいぞ、お前たち、よくやった、このまま逃げるぞ!!」
ドーゴは自分が頭であったことを思い出したかのように、みんなに告げた。
しかし、周りの部下たちは触手を武器庫から追い払った達成感から高揚していたのか、あるいは酒が回っていたのか、武器を掲げて矢継ぎ早に言った。
「おかしら、俺たちであの化け物を倒しましょう!」
「そうですよ、武器と魔法があればここにいるみんなでやれます!」
「俺たちは何と言ってもあのドーゴ・モスが率いるモス盗賊団なんですぜ?」
「やってやりましょう、仲間の仇を打ちましょう」
「お頭がいれば俺たちできます!」
部下たちの声が何よりもドーゴの背中を押した。
しかし、それでもドーゴだけは正しい判断を下さなければならなかった。
「ダメだ、お前たちは今すぐ逃げる準備をするんだ。触手の勢いが衰えた今ならみんなで散って逃げればこの危機的な状況から逃げ延びれる奴が必ずいるはずだ。なんだったら、化け物の注意は俺が引いてもいい」
「だめだ、ドーゴ!!」
そこでジェイミーが叫んで口を挟んだ。
「あんたも見ただろあの化け物の気を引くなんて無茶だ…」
ジェイミーがドーゴに掴みかかった。
「今すぐそんな考えは捨てて、あんたも私と一緒に来るんだ」
必至な彼女にドーゴは小さく笑った。
「フフッ…」
「なんだよ、なんで笑う」
ドーゴの顔は明らかに満ち足りた顔をしていた。
「ジェイミー、俺はようやく分かった気がするんだ」
「何をだ」
「俺の願いはお前たちに少しでも長く生きててもらうことだった。このモス盗賊団にいる奴らに幸せになって欲しい、それが俺の願いだったんだなって…」
その言葉に部下たちも黙ってドーゴの言葉を聞き入っていた。
「嘘つくな、私と逃げるってさっきまでそう言ってただろ!」
「みんな助けたかった。だけど、それはできなかった。なぜか分かるか?俺に力がなかったからだ。それにここにお前たちを連れて来たのは俺だ、その責任は追わなくちゃならない、ひとりだけ逃げることはできないんだ…」
「おい、やめろ、それっぽいこと言うな、あんたはもう団長でもなんでもない、ここで無駄死にするべき人間じゃない、あんたはもっと大きなことを成し遂げられるはずだ…また一からやり直せばいい、私がいつまでもお前についてる、それでいいだろ?」
ドーゴが斧を掲げると武器庫の出口へと向かった。
「ジェイミー、確かお前、飛行魔法を使えたよな?」
「それがなんだ?リングひとつで私の出力じゃ、お前を抱えては崖から飛び降りても、二人まとめて落下死するだけだぞ!」
「だから、お前ひとりだけで逃げるんだ」
ジェイミーの目がカッと見開かれた。
「ふざけるな!そんなことできるか!!私が、あんたを置いて行けるはずないだろ!!」
そう叫ぶジェイミーをドーゴは優しく抱きしめた。
「ジェイミー、よく聞いてくれ、俺が女癖が悪くてもお前はずっと傍にいてくれた。こんなバカな俺のために尽くしてくれたお前は最高にいい女だ。そんなお前が幸せにならずに俺と死ぬ未来なんて間違ってる。間違ってるんだよ。だから、俺はお前の為に死にたい。最後まで心の底から愛した女のために戦いたんだ」
「だめだ、あんたも一緒にくるんだよ……」
すでにジェイミーの目からは涙が零れ落ちていた。先ほどから恐怖ですくんでいたのは彼女のほうだった。そして、仲間の死を何よりも嘆いているのは優しい心を持っていた彼女の方だったはずなのだ。
「ここから逃げたら盗みなんかやめて真っ当に生きろ、そして、俺みたいなバカな男より、もっといい男を見つけろ、いいな?」
「嫌だ、いやだよ、一人にするな…」
ジェイミーが必死にドーゴにしがみつくが、ドーゴは心を鬼にして彼女を突き飛ばした。
涙を流して倒れたジェイミーが視線を向けたさきには、双頭の斧を背負ったドーゴがいた。
「待って……」
泣き崩れたジェイミーに、そこでドーゴは彼女に最後の笑顔を見せた。
「ジェイミー、生きろよ」
それだけ言うと、ドーゴは武器庫の扉を開けて、出撃した。
「俺について来るやつは来い!!!人生最後の時間稼ぎだ!!!」
そうドーゴが部下たちを焚きつけると、ジェイミーをただひとり残してみんな彼に続いて武器庫の外に走りだしていった。
「お願い、戻って来て……」
ジェイミーがもう立ち上がる力も残らず、手だけを伸ばした。
だが、伸ばしたその先は…。
地獄に繋がっていた。
扉の向こうで走っていたドーゴとその部下達が一瞬にして薙ぎ払われる。
彼等の身体がバラバラになり血肉となっているのが、ジェイミーの視界にははっきりと映り込んでいた。
「………」
何が起こったのかジェイミーは理解できなかった。というよりかはもう彼女の理解の範疇を越えていた。
扉の向こうの景色には血肉が飛び散り、バラバラになった人間の身体が宙を舞い、その一部がジェイミーの前に転がって来た。
それは紛れもなくさっきまで生きていたドーゴの生首だった。
「い、いや、いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁ」
絶叫と共に武器庫の天井が崩壊したかと思うと、突然巨大な剛腕が武器庫の壁を崩して、首なしの化け物がジェイミーの前に姿を現した。
錯乱したジェイミーがドーゴの首を持って泣いているところに、首なしの化け物が壁を崩しかき分けて入って来ると、その右の剛腕を躊躇することなく振り上げると、彼女にめがけて、振り下ろしていた。
「あああああああああっあああああああああああああああっああああああああああああぁ……あああああああああああああああああああああああああああああ」
それでもジェイミーはその場に留まり彼の亡骸を抱いて泣き叫ぶことしかできなかった。
駆除すべき標的を見つけた首なしがまるで羽虫を叩き潰すかのごとく迷いなく拳を振り下ろす。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ」
その時。
「待ちなッ!!!」
慟哭を遮る声があった。
その声の主がドーゴでも首なしでも無いことは確かだった。
気が付けば振り下ろされたと思われた首なしの巨大な右の剛腕は、肘から下を斬り落とされ地面に転がっていた。
「大丈夫か、嬢ちゃん?」
ジェイミーの目の前には、煌々と輝く金髪の大男がひとり立っていた。
絶望にも屈しない勇気ある者がそこにはいた。