雨の日 医務室
ビナを抱えたハルが医務室に着くと、そこには前の試合で倒れた騎士たちがベットで休息をとっていた。
「新しい患者さんですか?」
声の方にハルが目をやると、そこには白い服を着た女性が立っていた。
彼女は、夜空を思わせるような美しい黒い髪に、綺麗な青い星のような瞳をしており、胸からは黄金の獅子のペンダントを首から下げていた。そのペンダントの獅子の目は赤く輝いていた。
「はい、そうです、こちらの方も」
ルルクを担架で運んでいた騎士の一人が、ハルの方に一回顔向け、彼女に合図を送りながら言った。
「それではこちらのベットにお願いします」
ハル達は彼女に着いて行き、窓際のベットに寝かせた。
外では雨の勢いは弱まっていたが、それでも空の曇り具合から止む気配は全くなかった。
ビナとルルクをそれぞれベットに寝かすと、担架を持った騎士たちは、試合会場に戻って行った。
その白い服の女性がビナとルルクのそばに近寄る。
「あなたが白魔導士の方ですか?」
「はい、そうです、今から治療しますね」
柔らかい口調の彼女はルルクの方から治療しようとしたとき、ルルクが目を開けた。
「今から治療しますからね」
白魔導士の彼女が優しくルルクに言った。
「彼女から治療してくれないか、俺は少し彼と話がしたい」
ルルクがそう言うと、彼女が心配そうな顔をした。
「彼女よりあなたの方が見たところ重症なんです…」
「構わない、白魔法は眠ってしまうだろ、今、俺は彼と話しておきたいんだ」
白魔導士の彼女は少し考えこんでルルクに言った。
「少しの間だけですよ、彼女に魔法をかけ終わったらすぐにあなたに掛けますからね?」
「助かるよ」
そう言うと彼女はビナの方に行き魔法をかけ始めた。
彼女は、ビナに手をかざすと柔らかい白い光が出て、ビナの身体を駆け巡った。
白い光はみるみる、ビナの傷や腫れなどを癒していった。
その光景はまさに奇跡だった。
『相変わらず、すごいな白魔法は…』
ハルがその光景に見とれてしまっているとルルクが呼んだ。
「ハルさん、少しいいかい?」
「あ、すみません、ルルクさん」
ハルが彼の方に向き直ると、ルルクの顔は腫れて片目だけしか開かない様子で口からも少し血が出ていた。
「大丈夫そうじゃないんですが…?」
「ハハ、確かに大丈夫ってわけじゃないが、こう見えても俺はエルガーの副団長だ…これよりひどい状態は何度も味わってきました、余裕ですよこんなの」
最後の方は、ハルが知る、いつものルルク・アクシムの丁寧な口調に戻っていた。
「ハルさんすみません、私も熱くなって夢中になっていました、最後にハルさんが割って入ってくれなければ、無駄に彼女を傷つけるとこでした」
「はい、でも…」
ハルは少し俯いて言った。
「もっと早く止められた、ですか?」
俯いた姿を見たルルクがハルのことを見透かすように言った。
「え!?あ…ええ…」
「そうかもしれませんね、あなたならもっと早く止めることなんて簡単だったでしょう、でも、きっと止めなくて正解でしたよ」
「………」
「……あなたから見て彼女と私の試合は無様で滑稽でしたか?」
ルルクは、落ち込んでいるハルに言った。
「いえ、そんなことはありませんでした、どちらも全力でした…」
「それなら、途中で止めるのは野暮だったでしょう」
ルルクは、傷の痛みを我慢しながら話しを続ける。
「分かりますよ、自分の仲間が傷ついてるときや辛いとき、手を差し出せるのにそれができない状況。辛いですよね、私が言うのもなんですがね」
ルルクは腫れあがった顔で笑顔を作った。
「俺はルルクさんも…」
「フフ、それはありがたい言葉です」
隣のベットでは、白魔導士の彼女がビナの治療を続けていた。
ルルクは片目でハルの目を見て言った。
「ハルさん、少し真面目に聞いてください」
「はい」
ハルもルルクの目を見た。彼の表情からもとても真剣なことが伝わってきた。
「私は、もっと、アスラとレイドが強い絆で結ばれることを望んでいるんです、この作戦が終わった後もずっと…」
隣のベットではビナの治療が終わったのか白い光が弱まって消えていった。
「私たちが生まれる前にアスラは、レイドにひどい奇襲戦争をしかけたことを知っていますか?」
「はい…剣聖になったとき教養を叩きこまれたので、そのとき…」
「私もたかが本で読んだ程度の知識ですが、それでも実際にあった最悪の事実です」
「………」
ハルは無言でルルクの言葉を聞いていた。
「私は、あのような惨劇を、我々の時代に絶対に繰り返したくはありません、勝手なことを言っていると思いますが…」
ルルクの目はハルに強く訴えかけていた。
ハルは彼のその目を見てすぐに納得した。
彼が何を言いたいのかを…。
最強の元剣聖ハルは、自分が他国からしたら恐怖の対象だということを理解していた。
「いいえ、勝手じゃありませんよ、ルルクさん、俺も同じ気持ちです。それにルルクさんの心配することは絶対に起こりませんよ」
ルルクはハルの最後の言葉で自分の考えていることが見透かされたと感じた。
「すみません、私はハルさんを疑っているわけではなく…あなた達と会うと毎回思うのです、みんなで、ずっと一緒に笑い合い、競い合い、協力しあっていきたいと…」
「俺もですよ」
ルルクは半分の視界でハルの瞳を見た。その瞳は、澄み切った空の様に深く青い瞳だった。
「………」
痛みに耐えながら、ルルクは嬉しそうにハルに微笑かけた。
ゴフッ!
ルルクはそろそろ限界なのか苦しそうに血を吐きだしてしまった。
「すみません、彼を治療していいですか?そろそろ、限界で、また気絶しちゃいますよ」
近くで静かに見守ってくれていた白魔導士の彼女が言った。
「ああ、すみません、もう話は済みました、私のわがままを聞いてくれてありがとう」
最後までルルクは丁寧だった。
「い、いえ、それでは直しますね」
そう言うと彼女はルルクの身体に魔法をかけ始めた。
ルルクは目を閉じる直前にハルに言った。
「あなたが剣聖で良かった…」
ハルは、ルルクの目が閉じると静かに言った。
「もとですよ、ルルクさん…」