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闇が迫る

「綺麗だな」


 モス盗賊団首領ドーゴ・モスは、スモーク砦の屋上に輝く星を肴に酒瓶を傾けていた。


 星がその身を燃やしてまで放つ柔らかな光が、この不安な夜を少しでも明るく照らそうとしていると思うと涙ぐむものもあった。きっとこれしきのことで涙を流してしまうのもずいぶんと酒を飲んでしまったからなのだろうか、それとも頭の中に流れる詩がそうさせるのか?


 ただ、それにしても。


「いい夜だ…」


 ひとり感傷に浸っていたドーゴの元に人々の喧騒が聞こえて来る。そこで星空から視線を落とし、自分がいた屋上から下の景色を見渡した。三階建ての砦は段々状になっており、各階にバルコニーが広がっていた。

 その二階層の部分では、先ほどまでドーゴが一緒に飲んでいた仲間たちがドーゴ抜きにして楽しく酒盛りを続けていた。ドーゴもそんな楽しそうな仲間たちの顔を見ると自然と笑みがこぼれた。


 今日はこの砦に来た時と同じようにいい夜だった。


 そして、砦の一階の中庭の広場では部下たちがいつも通り酒盛りをして騒いでいた。今日もこの大陸の中央部で数日に渡る大きな盗みを終えてきたところで、これから長い休暇が待っていた。休暇中は自身がモス盗賊団であることを隠せば好きにさせてやることにしていた。


 自由に解放的に。

 それがモス盗賊団の掲げるモットーでもあった。


 下では部下たちが酔っぱらいながら、歌を歌い始めていた。

 陽気なその歌はドーゴの心を深く温めてくれた。


 そして再び空を見上げドーゴも鼻歌まじりに再び酒を呷り始めた。


「フン…フフン……赤き星……青き光……黄………今…………」


 すると屋上の床の扉を開くとひとりの女性が上がってきた。


「こんなところでひとりでお酒?ずいぶんとカッコイイのね、詩人にでもなったつもり?」


「お、ジェイミーか?」


 ドーゴと同じ盗賊団の仲間のひとりだった。彼女とは長い間共に一緒に南部を駆け回ってきたいわゆるドーゴの右腕のような女性だった。気が強くツンツンしているがドーゴがどんなに盗賊団の中で地位が上がっても同じ目線で横から口出ししてくれるような頼もしい存在でもあった。


「みんな貴方のこと待ってるんだけど?」


「そうか?下では楽しそうにやってるのがここからでも見えるぞ?」


「私はあなたがいないとつまらないっていったら?」


 その好意は少しだけ嬉しかった。彼女が普段から他の誰かにそんなことを言っていることを聞いたことがなかったからだ。


「少し飲みすぎて気持ち悪くてね…」


「嘘ね、あんたはこの盗賊団の中で一番酒が強いんだから」


 彼女に下手な嘘は通じないのだ。

 ジェイミーがドーゴの隣に来て鋸壁(きょへき)に背を預け空を見上げる。彼女にも今日の夜空は美しいものだと映っているようだった。


「なあ、さっき詩人って言ったよな?」


 ドーゴが空を見上げる彼女に尋ねた。


「え?ああ、そう、詩人って言ったわ」


「なんでそう思った?」


「別にただ星を見上げて呟いていたあなたがそう見えただけ」


「そうか…」


 ジェイミーが空からドーゴの顔色を覗き込むように伺った。


「ドーゴ、もしかして詩人になりたいの?」


 その質問に今度はドーゴが星を見上げて答えた。


「俺は詩人になりたいというよりかは、詩を書いて暮らせるほど、豊かな日々が欲しいと思ってる」


「ふーん」


 彼女は馬鹿にもせず静かにドーゴの次の言葉を待っていた。


「例えばこんな風にみんなで毎日酒を飲んでは、くだらない歌を歌って過ごせる日々が続いたとしたらそれは幸せだと思わないか?」


 下からは部下たちの陽気な歌が夜に響いていた。


「うん、まあ、だけどそうなったらあなたは盗賊団をやめるの?」


 その時だけ彼女には不安そうな顔色を浮かべていた。


「やめるさ、やめて南部に戻って静かに暮らす」


「こっちにいた方が楽しいと思うけど?」


「そうか?」


「そうよ、ほら、中央部とか南部よりずっと盗みが簡単だったでしょ?これを続けて行けば、私たちはこれからもっと大きな組織を築けると思うんだけど…」


 野心。

 ドーゴにも最初はそのような熱意があったが今となっては限界があることを知ってしまった。

 南部にいた頃は街を肩で風を切れたが、この北の西部ではそれも難しく肩身が狭かった。なにより、あのラースという男が所属していたバーストという組織がどれほど底知れないものなのか考えるだけで頭から熱が出そうだった。

 南部で生まれ育って来たからこそ、南部の情勢はよくわかっていたが、この北の西部はドーゴが思っている以上にずっと魔境といえた。住んでいる世界がまるで違うのだ。それは規模も魔法も何もかもが南部よりもハイグレードのものだった。

 この砦だってモス盗賊団で一番の魔導士にこの砦に掛かっている魔法を解析させたが、あまりにも複雑で手を加えることも敵わないとなげだされてしまっているほど、そう、自分たちはまるで何かの実験動物みたいに、この安全極まった孤高の砦に隔離されているような気分だった。


「なんだったら、次の連休が明けたらようやく、レイドでも盗みをするんでしょ?きっとうまくいけば今まで一番の報酬が手に入るし、そのお金でもっと私たちのような盗賊団を増やしてダミーにして名前も売れば、私たちの安全性も資金面も安定が保たれる。ほら、結構現実的でいい案だと思わない?」


 彼女が両手で空を見上げるドーゴの顔を向き直させた。


「聞いてる?」


「聞いてるよ、聞いてたけどそれはお前がやればいい、その時が来たら俺の座もお前に譲ってやるよ」


 彼女がその夢を置いたのなら邪魔をするつもりはなかった。

 しかし、それでも彼女は不服そうだった。


「もう、そうじゃなくて、その時一番上にあなたがいなきゃ意味がないのよ」


 きっとそれは叶いそうにない遠い未来の話であった。


「考えといてやるよ」


「そう言うときあなたがすぐに忘れちゃうこと、私、分かってるんだからね?」


「うん…」


 そうつまらない返事を返すとドーゴは再び星を見上げ呟くようにひとつ詩を詠んだ。


「赤き星が夜を切り裂く

 輝く凶星

 青き光が奇跡を喰らう

 黄昏が星を焼くのなら

 いま取り残された私はそれでもまだ見ぬ未来を紡ごう

 たとえ終わりが決まっていようとも」


「なにそれ?」


「『星の子』って古い詩だよ、詩が好きな人の間では結構有名なんだがな…」


 と言ってはみたがかなり古い詩なので詩が好きでもなければ知っているはずもなかった。しかし、そんな詩でもドーゴは知っていた。この趣味は誰にも打ち明けなかった彼の唯一の秘密でもあった。


「私、あなたが詩のこと好きだなんて知らなかったんだけど…」


「当然だな、この趣味はできれば誰にもバレたくなかった」


「へえ、いいの?私がみんなにばらしても?」


「お前ならきっとこの秘密を他人に話すことはないと思うが?」


「よく分かってるのね、私のこと…」


「まあ、これだけ長くいればな」


 二人の間に心地の良い沈黙が広がった。


「ねえ、さっきの話だけど」


「どの話だ?」


「南部に帰って静かに暮らす」


「あぁ、それが?」


「私も連れて行ってよ」


 ドーゴは先を越されてしまったことで一瞬固まったが、男らしく彼女に言った。


「もちろん、ジェイミー、お前ならいつでも歓迎するよ」


「ありがとう」


 男まさりな彼女ではあったが、やはり彼女の笑みはどんな女性の笑顔よりもドーゴにとっては魅力的だった。


「じゃあ、女遊びもやめれる?」


「そいつはどうだろうな…」


「もう、ほんとそいうところ最低……」


「努力するよ、もしもお前が俺の妻になるならな…」


「期待しないでおく」


「だけど傍にはいてくれるんだろ?この先も」


「あんたはずるい人だよ…」


 怒った彼女はそう言い残すと屋上の鋸壁から飛び出していた。


「あんたも、早く戻ってこいよ、ドーゴ、私がみんなの前でお前の女の癖の悪さを説教してやるからな」


 そう言うと、彼女は幹部たちがいる二階へと下りていった。


「はいよ」


 気分が良くなったドーゴが酒を呷ると、酒瓶の中は空っぽになっていた。


 頭上には星々が輝き、ドーゴの目下には、ぼんやりとかがり火たちの炎に満ちた砦で馬鹿騒ぎをして宴を開いているみんながいた。


 ドーゴはこれもひとつの幸せの形だと思い、自分の記憶の中に留めた。


 この日もきっといつか南部に隠居した時に大切な思い出になると、だから、それまではドーゴもこのモス盗賊団に貢献しようと思った。


 ドーゴにとって、ここはひとつの家族のようなものだった。


「………ん?」


 だが、しばらくして、ドーゴはあることに気付いた。


 それは北の方角にある星々が次第に闇に呑まれるように消えていっていた。雲が出ているわけでもないこんな晴れた夜に星が隠れていくのはおかしな光景だった。


「酔ってるからか?それか誰か狼煙でもあげてるのか…?」


 酒で麻痺した脳でその現象を処理するには限界があった。


 みるみるうちに空が真っ黒な闇に覆われると、辺りは前よりもずっと暗くなり、灯っている炎たちが心乏しくなった。


 闇が深まり静寂を連れてくると、辺りに緊張が走った。


「何が起きてる?」


 その時、ドーゴたち、モス盗賊団のいたスモーク砦の真上に広がった星の無い夜空に何かが浮かんでいた。


 それは人のようにも見えたがその大きさは離れているのにも関わらずはっきりと人の形として見ることができた。


「なんだあれは……」


 ドーゴがとっさに身体に魔力を流してその人型の何かを拡大するとそこには頭部の無い化け物が夜空の天井にぶら下がるように立ち尽くしていた。


「化け物」


 いつかどこかで告げられた言葉をドーゴは復唱した。


 その闇はうっすらと口角をあげて笑っていた。



 *** *** ***



 闇が迫る。

 それは致命的な死だ。

 闇が迫る。

 それは運命的な死だ。

 恐れおののけ。

 泣き叫ぶ暇は無い。

 もうすでに始まっている。

 それはすぐにやってくる。

 容赦はない。

 死神すら逃げ出した今宵。

 闇が迫る。

 積み重ねた罪の重さを。

 自ら下した罪の手を。

 これまで流した血潮を。

 その闇はよく知っている。

 対価に振舞われる死は一級品。

 大切な人もそうじゃない人もみな等しく死ぬ。

 逃げ切ることはできない。

 来るぞ、闇が来る。

 絶望の最中。

 人生が終わる。

 闇が迫る。


 闇が迫る。


 闇が。


 来た。



 *** *** ***

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