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最後の砦へ

 ここであったことをすべてフレイに話した。


 教団『魔女の屍』に脅威はないということ。

 棺に寄りかかり深い眠りについた【インサ・ゴスリッシュ】というハーフドワーフのこと。

 そして、その棺の中の魔女の遺骨のこと。


「頼まれたんだ。彼女に、この棺の遺体と自分は別々の墓に埋めてくれって…」


 彼女はこの棺の中の骨と共に埋まらないことを強く願っていた。それが何を意味するのかはハルには分からなかったが、それでも彼女の願いを聞き届けることにしたハルは言われた通りにするだけだった。


 インサの遺体は、レイド王国王都スタルシアにある『魔女の墓地』に。


 そして、棺の中の魔女の遺骨の埋葬を頼まれた場所は。


 あの古城だった。


「フレイ、悪いけどここで待っていてくれるかな?」


「ここで、ですか?」


 知らない二人の死体と待機というのは嫌なのは当然だったがハルにはまだ最後にこのスターダスト山脈でやり残したことが残っていた。ただ、それも最後のひとつとなるため、気は楽だった。


「ごめん、すぐに戻って来るから」


「わかりました、それなら、彼女の遺体を運び出しておきますね」


「助かるよ」


 死体の処理は手慣れているようでフレイはせっせと棺にもたれかかって幸せそうに逝ってしまったハーフドワーフを運び出していた。


「そうだ、ハルさん」


「なに?」


 教会を出る前に呼び止められたハルはフレイに向き直った。


「お気を付けて」


「ありがとう、すぐ戻る」


 ハルは教会の扉を開けて、満天の星空下へと出た。


 最後の砦に闇が這い寄る。



 *** *** ***



 冬山の洞穴の中で小さな炎を囲って暖を取る。ゆらゆらと炎の端が燃えるのを眺めては、ため込んでいた薪を消えそうになるたびに投入していく。


 沈黙だけがその洞穴にこだまし続けていた。


 しかし、そんな静寂を破ったのは、筋骨隆々の大柄で浅黒い肌の鬼のようなラースという男だった。


「酒ねぇのか?」


「ありませんよ」


 焚火から離れ、氷柱がぶら下がる洞穴の入り口に立ち、そこから正面に広がる景色を、細身で褐色に銀色の髪をなびかせるエシという男は眺め続けていた。


 星々が監視する雪月の銀世界が広がるスターダスト山脈。

 ラースとエシがそんな山の中の積雪積もる洞穴で炎を焚き待機していたのには理由があった。


 エシが星々と共に監視していたのは、切り立った断崖に立つ最後の砦だった。


「ラースさんもご覧にならないのですか?」


「飽きたよ、この任務には…」


 不貞腐れた表情でラースがエシに細かい枝を子供の様に投げつける。


「ちょっとやめてください、あと飽きたって…スモーク砦はすでにあれで最後なんですよ?最後の砦を見届けないと」


「何が見届けるだ、上層部の連中が時間と大金をつぎ込んで得た結果がこんな化け物の餌なんて、これじゃあ、スモーク砦はただの高価な餌箱だぞ」


 ラースが枝から手ごろな薪に持ち替えて八つ当たりのようにエシに投げた。

 エシが投げつけられた薪を片手で払い落す。


「上層部が試験的にあの砦を運用していたがっていたのも知っていますよね?実際にあの砦の効能は条件さえそろえば無敵です。なんせあの中では魔法が使えなくなるんですからね」


 バーストが長年金と時間を大量に費やし開発した魔導士殺しの砦でもあった。高度な魔術の結晶を注ぎ込んだ魔法陣と結界が備わり、その二つを緻密に計算組み込むために築かれた魔導要塞がスモーク砦であった。

 スモーク砦の真価は、侵入者に対してだけ魔法が使えなくなるエリアを展開することだった。もちろん、それは高度な魔法技術が必要で、その効果を付与するには様々な条件を掻い潜ってようやく発動し、繊細な魔法陣と結界であるため専門の魔導士が何度も調整をしなければならないという手間もあった。

 それでも条件さえ整えば一方的に相手を蹂躙することができるトラップハウスの出来上がりでもあった。


「じゃあ、何であの化け物は毎回そんな無敵の要塞を瓦礫の山にできるんだ?おかしいだろ、バーストが金と技術を大量につぎ込んで開発した最高峰の要塞なんだぞ?」


 素朴で当然の疑問にエシがあっさりと答える。


「そんなの決まってるじゃないですか、最初に結界か魔法陣が壊されているこれに尽きます。彼等が言うにはあの砦を囲っている結界の強度はあのドワーフ王国の城壁に匹敵するとか言ってたんですけどね」


 スモーク砦の構造はまず最初に砦があり、その砦の中に魔法陣を敷き魔法が効くエリアを決める。そして、侵入者に対してだけ魔法が使えなくなるような魔法が込められた結界を張る。そして、その上に魔法障壁などの防御魔法や結界などをさらに上塗りするように張っていくことで、砦は完璧に機能する条件を整えていた。

 そして、砦は侵入者に対してだけマナの流れを遮断するという魔術的な仕掛けで溢れている空間を作り出すことができたのだが…。

 ラースとエシも一度その化け物が暴れているところを見たことがあるが、その化け物は最初に必ず砦のど真ん中に大質量の二十メートルはある巨体で着地することによって、結界も魔法陣も同時に破壊されてしまうというなんとも身も蓋もない結果に、呆れてしまうしかなかった。


 砦に入っている魔法防壁もどれも強固なものばかりなのであるが、それでもまるで紙きれのように突き破って来るあの首なしの化け物にスモーク砦の相性は最悪だった。

 そもそもあんな化け物の侵入を防ぐ砦などまずこの世にないだろう。

 あんな化け物は国総出で対処するクラスなのだと一目見れば分かることだった。


「俺たちの組織は金と時間をドブに捨てちまったんだな…」


 もはや悲しくもあった。

 こんな試験的な砦をスターダスト山脈のような寂れた山に配置するぐらいなら、その資金や采配をすべて自分にまかせてくれれば今頃もっと組織を拡大することに使えていたと思うとラースはやりきれない気持ちになっていた。


「ラースさんからしたら目の前で資産が消えていくのは苦痛かもしれませんが、上にも何かしら考えがあることは分かりました」


「はあ、こんなことに何の意味があるんだよ?」


 ラースが二つ目の薪を投げつけると、エシが持っていた薪を投げ返して、その飛ばした薪にぶつけて相殺した。


「意味はあったじゃないですか、だって、ほら、スターダスト山脈にはあんな恐ろしい化け物が棲みついているってことが」


 特殊魔法の〈遠視〉を使ったエシの遥か数キロ離れた視線の先では、真っ黒な禍々しいドームを形成する首なしの化け物の姿があった。化け物の身体から排出された触手たちが壁となって最後の砦を包み込むように広がって行く。それは、まるで夜が腹を空かせて捕食するようにあっという間に最後の砦を覆い、そして、黒いドームが完成してしまった。


 化け物がそのドームの壁にのめり込むように入って行くと、エシの〈遠視〉だけで見るのはそこまでで限界で中を覗くことはできなかった。

 中を覗くにはあの触手の壁の内側に入るしか今のところ手段は無かった。


「始まりましたよ」


 エシがラースにそういうと彼は寝袋にもぞもぞと入り始めていた。


「あとは任せる、何かあったら起こしてくれ」


「任せるってまったく…自分だけ……」


 呆れたエシだったが、引き続き監視を続けようとしたときだった。


「ん?」


 特殊魔法の〈遠視〉で数キロ先の砦周りに展開された黒いドームの外壁になにやら人が集まっていた。


「なんだ……」


 その黒いドーム周りには明らかに、スモーク砦を拠点としている盗賊団とは別の統制の取れた部隊のようなものが、その真っ黒な壁に対して調査のようなことを行っていた。


 手際よく動き部隊が整列すると指揮官の者によってみんなそれぞれ手に武器を持って壁に対峙し始めていた。


「あの動き盗賊団じゃないな、よく訓練されてる…」


 そこでエシがさらに魔力を注ぎ〈遠視〉で彼らのことを拡大して観察した。


 彼等は、黒い大量の触手で形成されたドームの壁に、剣を突き立てたり魔法で攻撃して穴を開けようとしているところのようだった。

 しかし、思った以上に破れないその蠢く触手の壁に苦戦しているとうだった。

 当然だった。

 エシも一度近くでその黒いドームを見たことがあったが、あれは強固なのではなく、壁を形成している触手を断ち切ったところで無限に湧いて出て来るところから単純に、壁の修復する速度に対して攻撃が上回らないから突破できないというのがエシの見解だった。ラースの強力な一撃でもあの触手の黒壁を突破することは不可能だった。どうあがいても触手の湧いて来る量の方が早く、こちらの攻撃が間に合わないのだ。


 そこで指揮をとっていた金髪の大柄の男が、部下たちに壁に攻撃命令をしては、彼等が壁が破れないと、今度は彼自身が大きな先端がかぎ爪のようになった大剣を持ち出すと壁に攻撃を始めていた。


「おいおい、そんな馬鹿なことしてると首なしに見つかるぞ…」


 すでにその壁の性質をしっていたエシからみたら彼らの努力は無駄で、さらに知らず知らずのうちに自らの命を危険にさらし続けていることを思うと滑稽であった。


 遠くから監視していたエシが興味本位でそのよくわからない部外者たちを観察する。

 ラースにも伝えようと思ったが、こんな些細なことで彼を起こすこともなかった。


「それにしてもどこの部隊だ?」


 エシが注意深く彼らの服装や武器などの姿かたちから何か特徴があるものがないか探っている時だった。

 〈遠視〉で覗き込んでみていると、不意に、その大柄の金髪の男が壁から離れて大剣を地面に突き刺すと、腕組をして黙り込んでいる姿が映った。

 打つ手がなくなったのか、部下たちもそんな彼の姿に、呆然と立ち尽くしていた。


「もう打つ手なしなのか…?」


 エシが諦めた彼らを見ている、その時だった。


 エシがみていた金髪の大柄の男が、ぐるりん、と首を回すと、こちら向いた。


「…………」


 その行動の意味が分からなかったエシの動きが止まる。しかし、彼の目線は確かにエシの〈遠視〉をしていた目にピントが合っているようだった。


「ハッ?」


 そして、彼がこちらに向けて指を指すと、彼のもとにいた部下たちが飛行魔法を展開し始めると、エシの頭もようやく状況が把握できたことで焦りが生まれた。


「嘘だろ!!!」


 おもわず叫ぶ。それもそのはずいくら空気が澄んで相手も遠視を使えたとしても、数キロ先から誰かが見ているなど感じ取るなどまずありえないことだった。


「んだよ…まだ一睡もしてねえよ……」


「敵が来ます!!!ラースさん!!!」


「敵?」


「急いでこの場を離脱しますよ、相手はかなりの手練れです!!!」


 パニックになったエシの選択にもはや戦闘の意思はなく、この距離があるうちに姿を眩ますことが最適解という結論に達していた。

 エシが焚火の炎を消し、荷物を持つとラースを連れ出して、洞窟を後にする。


「戦わなくていいのか?」


「たぶん絶対に勝てません、もしかしたら、どこかの特殊部隊かもしれません、視線だけでこっちに気付きました」


「まさか、たまたまだろ?」


「いいから走ってください!!!ちなみに飛んでこっちに何人か向かって来てます」


「飛行持ちか…それは面倒だな、よし、ここは逃げるに限るな」


 エシとラースは山頂を駆けるように降りて下山するのだった。


 そして、もはや最後の砦のことなど彼等にはどうでもよくなっていた。



 *** *** ***



 触手で出来た黒いドームの前に立ち頭を悩ませていたキングスの元に、数人の部下が空から舞い戻って来た。


「キングス隊長!」


「おお、お前らどうだった?」


 キングスの前にひとりの兵士が飛行魔法の出力を切って着地すると報告した。


「人がいた形跡はありました、確かに隊長の言った通り誰かがこちらを監視していたみたいです」


「となると逃げたな、この趣味の悪い結界を張った魔導士かと思ったんだがな…」


「どうしますか?ここは魔法に詳しい暗月に意見を聞いてみますか?」


「いや、ここはひとつ試してみたいことがある。お前ら少し下がっていろ」


 大剣の柄を握り直したキングスがゆっくりと振りかぶった。

 その壁を破りたいその一点だけに集中力を注ぎ込んだキングスの身体に闘気がみなぎり始める。


「覇人化…」


 誰かがそう呟くと、周りにいた隊員たちが一目散にその場から駆け出して離れだした。


『俺ならできるぜ?』


 心の中でその無数の触手がこの夜の闇に霧散していくイメージを持つ。


 そして、何よりキングスは自分には破れない壁などこの世に無いと、自分の中の分かり切った世界をぶつける、ただそれだけ持って、その握りしめた大剣と一体となるキングスはひとつの剣になる。


『さあ、いくぞ!』


 ここに自身の全てを捧げてもいいと思うほどの莫大な集中力と成功のイメージ。


 キングスが掲げられた大剣をゆっくりと振り下ろした。


 それは予備動作。


 辺りに一瞬の静寂が訪れる。


 そして、もう一度振り上げると、そのまま持っていたすべての力を一気に出力して、大剣を壁に向かって振り下ろした。


「ハッア!!!!!!!!!!!!!」


 前方にあった数十メートルを超える触手の壁が吹き飛ぶ。


 破壊音が夜を駆ける。


 切り裂いた衝撃は、不動のキングスを除いて、避難して離れていた隊員たちをさらに遠くまで吹き飛ばし、周りの木々がその剣の風圧で揺れ、地面に深い亀裂を走らせた。


 キングスの前に道が開いた。


「お前ら俺に続け!!!」


 大剣を担ぎ先陣を切るキングスに、吹き飛ばされていたブレイド部隊の兵士たちが意気揚々と駆け出し彼の跡に続く。


「怪物狩りじゃあああ!!!」


 レイドの平和のため彼らは臆することなく進撃する。

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