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魔女の戦友

 そこに現れたのは小さな青紫色の髪を二つ結びにした少女だった。小さな子供のような背で、深い青と白の修道服に身を包んでいた。幼くも大人びても見えるその容姿から年齢が曖昧で、彼女が普通の人族の子供ではないということは一目でわかった。さらに彼女の肌が見える部分には多種多様な幾何学的な模様が刻み込まれており、杖も持っており腰も曲がっていることからも、彼女は見た目の割に歳をとっていることが見て取れた。


 それに、子供がこんな人の寄り付かない秘境の地で孤独に暮らしているわけがないのだ。


「あの人の言っていたことは当たっていたようだが、まさかこんな化け物が来るとはね、さてどうしたものかね…」


 彼女は立ったまま頬杖をついて考え込み、首なしの化け物をジロジロと見つめては眉をひそめていた。そのしぐさも子供のものとは思えず積み重ねてきた歳を感じさせるものがあった。


「お前さん、言葉は話せるのかい?」


 首なしはしばらくその小さな見た目の若い中身が老女の女性を見下ろしていた。


「ついに来たのかと思いお茶も用意しておいたんだがね…困った…」


 このまま足裏の染みにして殺しても良かったが、話を聞くためにハルは一度首なしの状態を解くことにした。

 首なしの体内で、その首なしと自らの身体を繋げている触手を引きちぎり、手刀で腹をばっさり裂くと外の空気が入り込んでくると同時に、ドロドロとした青白い肉と共に外に滑り出た。


 その光景を見た彼女もさすがに目を丸くして固まっていたが…。


「アハハハ、こりゃ、化け物の腹からとんだ美少年が出て来たものだね!」


 顔をしわくちゃにしながら彼女はおかしそうに笑っていた。


 ハルの後ろで抜け殻となった首なしが夜に溶けるように溶けて消えていく。


「聞いていた話とずいぶんと違うな、あなたは本当に…」


 そこで食い入るように彼女が聞き返す。


「おや、誰から私の話を聞いたんだい?」


「ミリアム・ボーンズ、彼女からあなたはもっと危険な人だと聞いていた」


 彼女はまたもおかしそうに笑うと穏やかな表情で続けた。


「それはもう、昔の私だね、二百年も前の話さ…」


 そこには確かに時の重みがあるような気がした。


「愛する方と二百年も共に過ごせば人格も変わる。何より老いは私に大いに余裕をくれた。若い頃の私だったら、まず、こうして対話もせずに殺し合いになっていただろうね」


 彼女は杖を構えて魔法を唱えるそぶりを見せていたが、実際に魔法は杖から出ることはなかった。


「まあ、何にせよ、中でお茶でも飲まないかい?」


「時間が無いんだ、それに俺はあなたを…」


 ハルはそこで言いよどんだ。


 しかし、まるで何もかもお見通しのような彼女はすべてを理解しているような微笑みと共に告げた。


「分かってるさ、だけど、少しは時間があるだろ?夜はまだまだ満ちておる。今宵は素晴らしい静かな星もない夜だ」


 そこでは黙っていたが、星が見えないのはハルが触手のドームをここに来る前に張っていたからだった。教団というのだからもっと大所帯の武装した魔導士たちのことを想像していたが、ふたを開けてみれば、小さな見た目の若い老婆がひとりだけだった。


「老人の最後の頼みを聞いてはくれないか?」


「わかりました、それなら少しだけお邪魔します…」


「ありがとね」


 彼女のその笑顔はどこか寂し気なものだった。しかし、その表情はすぐに影を潜めると朗らかに微笑みを彼女は浮かべていた。


 そのことがハルには気になって仕方がなかった。


 ***


 小さな教会の中に入るとそこは呆れるほど生活感のある部屋が広がっていた。

 教壇どころか信者が座るような長椅子もなく、キッチンがあり流しや食器棚と食事をする丸いテーブルに二人分の簡素な椅子があり壁際の戸棚には装飾品や宝石、小物がぎっしりと詰まっていた。個人用の作業机がありそこには大量の羊皮紙が丸まっており古びた本もいくつか積み重なり、作業した後には魔法陣の図形のようなものが描かれていた。さらには二人用の青を基調とした落ち着いた色のダブルベットまで置かれていた。


 そんな私生活溢れた空間が、教会の前半につめこまれていたが、そこでハルが入ってから気になったところは、奥になにやら祭壇のような場所に大きな黒い棺が横たわっている以外は、普通の家と変わりがなかった。


 ハルは彼女に進められると簡素な椅子に座った。すぐに彼女が紅茶をいれて持ってきてくれた。

 それで彼女が先にハルと同じ容器から入れたものを一口飲んだ。


「毒などないから安心し、私はあなたのことが知りたくてたまらないんだ」


 彼女が正面にすわりまるで乙女のように目を輝かせながら両手で頬杖をついていた。


「俺のことをですか?」


「そう、あんたが来ることはずうっと昔から知っていたんだ」


 彼女のその発言にハルは顔をしかめた。


「ずっと昔っていつからですか?」


「二百年前からだよ」


「………」


 言葉がでなかったのは驚いたというよりも疑いの念のほうが強くそれと同時に彼女には質問しなければならないことが大量に増えたところにあった。


「なんでそんな昔から俺のことを知っているんですか?」


「それはね、ある人から聞いたからなんだけど、それは言えないんだ。そういう約束をしたからね」


「もしも俺があなたを脅してでも聞き出そうとしたらどうしますか?」


「その人は言っていたよ、彼にはそんなことできないとね、で、実際どうなんだい?」


「………」


 ハルがうつむき黙り込んだことで、彼女は気の毒そうな顔をしてくれた。塞がった壁を前に困り果て陰鬱としているハルに、彼女は助け舟を出してくれた。


「ただね、その人はこう言ったんだよ『インサ、君がここで彼のことを知ったことで、将来出会う彼にとっては何の意味もない。ただ、意味があるとすればインサ、それは君の方だ』ってね」


 ハルが目線だけ少しあげると、そこには楽し気に話す彼女の姿があった。


「あ、ちなみに【インサ】は私の名前さ」


「知っています」


「そうか、ミリアムから聞いたのかい?」


「はい」


 彼女はうんうんと頷くと続けた。


「そこでその人は続けてこう言ったんだ『インサ、君は彼にあったら死ぬ』ってね」


「え?」


 そこでハルが顔をあげて正面にいたニコニコしている彼女を見た。


「そう、だから私はもうじき死ぬのさ」


 彼女が何を言っているか分からず、ハルは固まっていた。


「その人が言ったことは、今でもなぜか鮮明に一語一句覚えていてね、不思議だね、色々な人たちの顔や名前は忘れたのに、そのことだけはあの方と同じくらい覚えていたんだね」


 そこで再び物悲し気な色を帯びた表情が彼女に現れた。


 そんな彼女をもしかしたら自分がと思い、たまらずハルは聞いてみることにした。


「俺があなたを殺してしまうのですか?」


 その問いに彼女はきょとんとした顔をした後、こちらを落ち着かせるようにゆっくり告げた。


「いいや、おそらくそれはないだろうね、だって実際あなたは、私を殺す気なんてないんだろう?」


「ええ」


「じゃあ、考えられる私の未来はきっと、寿命だね」


「寿命…」


「そう、こう見えても私は二百歳を超えている超高齢者でね、自分の種族が【人族(ヒューマン)】だったらとっくに死んでいるよ」


 そういってケラケラ笑う彼女がハルにはドワーフにしか見えなかった。しかし、ドワーフでも二百歳を超えることは決してなかった。魔法で寿命を延ばしているのかとも思ったがそのような魔法を聞いたことはない。


「あなたは見た限りだとドワーフに見えるのですが?」


「そうさね、私はその通りドワーフの血が流れてる。だけどそれと同時にエルフの血も入ったハーフなんだ。珍しいだろ、ドワーフとエルフのハーフドワーフってやつさ」


 ありえないことではないが、種族間でも子供のできやすさは違った。当然、同じ種族同士の方が赤子の出生率は極めて高い。しかし、他種族同士で子供をつくるとなると生まれて来る確率そのものが著しく低下し、さらにはその種族間の特性を受け継ぐことも滅多にないほどまれなことであった。


「見た目はドワーフの方が色濃くでてね、だけどこの通り寿命の長さだけは二百歳超えとドワーフの二倍以上の長寿ってわけさ」


「長生き…なら、なんで死ぬなんて……」


「だから言っただろ?寿命が来るのさ。わかるんだ。もう体のあちこちに感覚がなかったり、目も魔法無しじゃほとんど見えない。それに最近までずっと寝たきりだったんだけどね、三日前くらいにパッと目が覚めたんだよ、そして、思い出したんだ、最後のお客さんあなたが来ることをね」


 ハルには何がなんだかもう分からなかった。彼女が一体何者なのかも、どうして自分がここに来ることを知っているのかも、何もかもが謎だった。

 それでも確かに彼女が生きて来た歴史にの中には自分と出会う未来があった。それがあらかじめ決められていたことなのか?もしそうだったとしたら、これから先もすでに未来は結局変えられず決まっているものなのか?


 ハルには分からなかった。


 だけど、分からないなら。


「あの、インサさん」


「何かね?」


「聞かせてくれませんか?」


「何をだい?」


「あなたのことを…」


 もしもこの出会いに意味が無かったとしても、それでも、どうにかハルは彼女との出会いに意味を持たせたかった。せかっく出会うことが決まっていたことを意味のないことにしたくなかった。だから、これから先を生きる自分が彼女のことを少しでも覚えていられるとしたら、今ここにちゃんと意味があったとすることができれば、過去にその人が行ったことに少しは逆らうことができるような気がした。


 運命が決まっているなんてことハルは認めたくなかった。


「あなたがこれまで生きて来た歴史を、俺に教えてください、お願いします」


 彼女のことを知りたいただそれだけが今のハルを満たしていた。


「もちろん構わないさ」


 彼女はそう言うとにっこりと笑って言った。


「きっとすべてを話す時間はないけれど…」


 そう言う彼女の手元が少し震えていた。


「構いません、それでも、教えてください、あなたが過去で見て来たものを」


 ハルが前のめりになる、まるで少年に戻ったかのように黒い眼には光が宿っていた。


「分かった、それなら、話す前にいいかい?」


 彼女が片目をつぶり笑みを浮かべワクワクしながら尋ねた。


「あなたの名前を教えてくれるかい?」


 名乗ることを忘れていたハルは一度冷静さを取り戻すと力強い声で堂々と名乗った。


「ハルです。ハル・シアード・レイです」


 少しだけ告げていいのか迷った。世界が変ってしまったから自分が本当にその名を名乗っていいのか?しかし、これから聞く彼女の歴史の中の未来にはきっと剣聖であった自分もまだいるのだろうと思うとそう名乗るのが正解のような気がした。


「レイ…ってことはあなた様はレイドの剣聖様かい?」


「元剣聖です。いまは違います。今は俺の友人が剣聖としてレイドを守ってくれています」


「そうなのね、うん、なるほど、そうか、そうか、元剣聖か……」


 彼女は納得したような顔でその後にはどこか安堵しているようにも見えた。


「それなら、心置きなく話せるよ」


 インサはそういうと紅茶を飲み干すし話始めた。


 物語の切り出しはこうだった。



「私が出会った魔女の話さ…」



 短く苛烈でけれどそこには人生のすべてがあった。


 そんな激動の時代を生きていた時に出会った。


 とあるひとりの魔女の話を。


 彼女は何よりも輝いていた。


 そう、それはまさに黄金のようだった。

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