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魔女の知り合い

 ハルはホーテン家の四部隊のひとつである【暗月】の者たちが住む、【月光館】の前にいた。


「聞いておかないとな…」


 ハルは扉を開けてその月光館の屋敷へと一人で入っていった。


 魔法。

 それはマナを消費して起こす奇跡。

 魔を導く者として【魔導士】という魔法の専門家たちがいた。

 月光館はそんなホーテン家の魔導士たちが大勢集まる場所であった。


 ワイトの部屋で見つけてきた月光館の見取り図を参考にハルは迷いなく、その月光館の二階の一番奥にある隊長室へと向かった。あのワイトの資料部屋にはここのどんな情報だってあった。


 隊長室の扉を開けて中に入ると、高級感漂う落ち着いた茶色と赤の部屋が広がっていた。窓からは太陽の柔らかな陽ざしが差しこみ、背の高い棚には魔導書らしきものがぎっしりと詰まっては、棚には杖や水晶、宝石に装飾品などが整然と並べられていた。


 その部屋の奥の机で、半分仮面をした女性が紅茶を嗜んでいた。


 そして、ハルがその部屋に中に現れた途端、彼女は眼だけをこちらに向けて固まっていた。


「ど、どうやって入って来たの!!」


 彼女が立ちあがると、ハルに向かって小さい杖を翳した。


「すみません、突然、ただ。少しだけお話を聞かせて欲しく……」


 彼女が持っていた杖の先から小さな魔力の塊が発射された。

 それが超高密度な魔力の放出であることは明らかであったため、ハルは飛ばされたその魔力を片手で掴むとそのまま握りつぶし消滅させた。


 掴むなどありえないといった様子で驚きを隠せずにいた暗月の隊長ミリアム・ボーンが次の魔法を唱えることなく、震えていた。


「化け物…」


 聞き慣れた言葉だったけれど、気にしていないそぶりを見せ、少しの悲しみと共に微笑んだ。

 ただ、彼女の言ったことはあながち間違ってはいなかった。


 それはハルの腕を見れば明らかだった。


 ハルが彼女の魔法を受け止めた手のひらが黒く染まりまるで装甲のような黒い外皮に守られていた。さらにハルのその右腕からは線のような極めて細い黒い触手が皮膚を突き破るように生えてきては、まるで新たな筋肉を形成するかのように捻じれ重なり束になって、ハルの腕を覆っていき剛腕に成長させた。

 しかし、そこからさらに黒く染まっていく腕からは、ぶくぶくとくすんだ青白いどろりとした脂肪のようなものや、黒いブヨブヨした脈動する肉のようなものが再現なく溢れ出すと、みるみるハルの右腕を人間離れしたものに変えていった。


「話をしに来ただけです。あなたに危害を加えるつもりはありません、ですからその杖を置いていただけませんか?」


 なんとも説得力の無い言葉だった。ハルの停戦を求める言葉とは裏腹に右腕がみるみる黒いドロドロとした肉を生み出しては膨らんでいく。


 ミリアム・ボーンがこの状況で杖を捨てなければならないことを、受け入れられないのは当然であった。


 ハルも必死に戻そうとしたが、放たれた魔力を分解しているのか、止めようにも黒い肉が右腕から溢れることを止めることができなかった。


「分かりました、その杖を私に向けたままでいいので、話を聞いてくれませんか?これはザイード卿からの依頼でもあるんです」


「…ザイード卿?」


「ええ、お話したいことは、ある教団についてです」


 ミリアム・ボーンの半仮面の奥の瞳から光が消えやがて苛烈に燃え上がるのだった。


 *** *** ***


 月光館を出たハルは、来た時と同じように静止した時間の中を通って、自分の屋敷まで戻った。そして、屋敷に着くとそのまま、いつもくつろぐ時などに使う赤い絨毯がある部屋の扉を開けた。


 開けると同時に時間は元の速さに戻っていた。


 部屋に戻るとそこにはルナが床に座って大きな本を床に広げて読んでいた。それは子供がひとりすっぽりと収まってしまうほどの大きな青い背表紙の本だった。


「やっと戻って来た、どこ行ってたの?」


「トイレ行ってた」


「それなら、そう言ってよ、急にいなくなるんだから…」


「ごめん、ごめん、続き聞かせてくれる?」


 ハルがルナの隣の腰を下ろす。彼女が見ていた本を覗き込む。するとそこには魔法に関する様々な知識が載ったページがあった。それはいわゆる魔法の知識が紡がれた【魔導書】というものだった。

 難しい言葉が綴られていたが、ルナがそれを分かりやすく教えてくれていた。ハルもそれなりに魔法についての勉学を積んでいたが、それでも専門書になってくるとお手上げであった。


「もう、しょうがないな、その代わりに…」


 ルナがハルの胡坐をかいていた上に移動するとすっぽりと身体をそこに収めた。そして、彼女は本をハルに読み聞かせながら、難しいところも嚙み砕いて説明してくれた。


 休憩を挟みながら飽きることなくハルとルナはお互い密着しながら、魔導の世界を旅した。すっかりルナと過ごすこの時間に心酔し始めていたハルも彼女といる時間が何よりも心の癒しとなっていた。お互いがお互いを求め合い、その朗読会は日が暮れるまで続いた。魔法について改めておさらいと新たな知識を授かり、そして、何よりも彼女との時間を作れたことが嬉しかった。ただ、それは彼女も同じだったようで、もう夕食の支度をしなければならなくなった時、彼女は言った。


「ねえ、ハル」


「何?」


「私、こんなに満たされてもいいものなのかな?こんなにも幸せな一日を送っても良かったのかな?」


 幸せに対して不安げな彼女がそこにはいた。


「いいんだよ、むしろルナはこれからもっとこれ以上に幸せになるんだから、覚悟しておかなきゃね」


 ハルはルナを背中から抱きしめながら言った。

 彼女がハルの腕をぎゅっと掴む。その幸せを逃がさないように力強く掴む。


「私ね、多分、恐いんだと思う。こうしてハルといられる時間がいつか終わっちゃうと思うとね、耐えられないんだと思う…ハルはいずれみんなのもとに行っちゃうから……」


「…………」


 ルナがそこまで言ったところで彼女が自分の言ったことがとてもハルを困らせるものだと分かると慌てて口をつぐんだ。


「ご、ごめんなさい、その、えっと、違うの」


「ルナとだけの時間もちゃんと作る。だからどうか許して欲しい…」


 ハルがルナを抱きしめる力を強める。離したくない。それは彼女が今ハルの心の拠り所だからという理由だけではなく、純粋に彼女に何もなくても自分の傍にいて欲しいというわがままから来る本心だけだった。


「傍にいて欲しい」


 囁きがルナの耳元まで確かに届くと、彼女は振り向いてなんとも言えないたまらないといった滾った感情を抑え込んだ表情をしていた。


「もちろん、私はあなたの傍にずっといるわ。ずっと、ずっと一緒にいる」


 二人はお互いを求めるように顔を近づけていきキスをした。


 甘い時間に終わりを告げるように夜が訪れる。


 夜は化け物の影がよく紛れる。


 視界は不鮮明で悪く、人々は住処に逃げ込み、悲痛な叫び声は誰にも届かない。


 死の匂いが漂う。


 *** *** ***


 スターダスト山脈の北部にある深い森の秘境の地。その山々に囲まれ隔離された閉鎖された場所には、こじんまりとした小さな教会が立っていた。屋根に三日月と剣の魔除けを意味した十字架を掲げたその教会はとてもじゃないが人を招き信仰を教え説く場所には見えなかった。

 そして、この古びた教会がある森一帯には、空気がマナで淀むほど豊富なマナが滞留していた。


 そんな小さな教会に夜を統べる首なしの怪物が迫る。


 一歩一歩踏みしめるその怪物にはありとあらゆる魔法が効かずに、森の中に張り巡らされた罠はすべて不発に終わった。


 そうしてたどり着いたちっぽけな教会の前に化け物がたどり着くと、その教会を守っていた最後の魔法の罠が発動したのか、辺りに大量の魔法陣が展開され、炎、風、水、土、雷、光、闇、無、すべての属性を兼ね備えた多種多様な黒魔法が襲い掛かって来た。


 業火で出来た大球で燃やされ、突風の刃で切り裂かれ、圧縮された水の光線に貫かれ、岩石の砲弾を発射され後ろにのけ反らされ、激しい雷が全身を痺れさせ、光の光線で体の部位を焼き切られ、闇が足元に広がり動きを鈍らせ、マナを圧縮しただけの魔弾が身体に鈍いダメージを与えた。


 それらの連鎖が一瞬のうちに巻き起こり、化け物が倒れるまで続くと思われたが、化け物が右腕を一度振るうとそれらの魔法陣はすべて粉々に消し飛び、辺りに暴風が吹き荒れると教会の周りはすっかりと夜の静寂が訪れていた。


 しかし、そのみすぼらしい古びた教会だけは、強固な魔法障壁によって守られていた。


 けれど化け物の右手がその魔法障壁を軽く撫でると、まるでガラスのようにバラバラと粉々に砕けてしまった。


 そして、化け物がその場に重たい沈黙の中立ち止まっていると、教会の正面の玄関の扉がゆっくりと開くのだった。


「おやおや、これはまた、とんだ化け物が来たものだね」


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