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闇の片鱗 中編

 彼の個室を尋ねると案の定彼はいた。どうぞというくぐもった声がしたのでフレイは扉を開けて部屋の中にはいった。


「失礼します」


 閉め切られたカーテンに薄暗いランプの炎が灯る部屋。その奥で黒髪の男が紙の束に目を通していた。


「フレイか…」


 本来の用件よりも先にどうしてこんなに暗い場所で文字を追っていたのか気になった。外にはもうとっくに朝日が昇っているというのにだ。


「どうしてこんな閉め切っているんですか?」


 その問いに彼は「こっちの方が落ち着くんだ」と恥ずかしそうに言うと、彼は椅子から立ち上がって、後ろにあったカーテンを開けて部屋に光を入れた。


「それで俺に何かよう?」


 フレイは何から話そうか迷った。夜のことを話そうか、ルナのことを話そうか、そんなことを考えている内にとっさに出て来た言葉は、目に付いたものに関してという至極平凡な問いだった。


「それ、何見てるんですか?」


 フレイはハルが持っていた紙の束を指さした。


「ああ、これ?これは、そうだね…最近、巷で噂になってる怪物の資料だよ」


「怪物って、例の首なしですか?」


 フレイも噂は聞いていた。大きな人型の巨体は城よりも大きく、無数の黒い触手を纏い、欠損した左腕の代わりには剛腕な右手がすべてを破壊し、そして何といっても頭が無いことから【首なし】と呼ばれていた。


「そう、スターダスト山脈に現れた怪物のこと、フレイも知ってるんだ…」


「もちろんです。もう、ここ最近はその話で盛り上がってますからね」


 ハルの背後から差しこむ朝の陽ざしがまぶしく、フレイは片手を翳しながら言った。


「ふーん」


 そっけない態度でハルが部屋の奥の紙と本の山に囲まれた机からフレイのもとに来ると、場所を作るために部屋にあった二人用のソファーに積み重ねてあった本をどかし始めていた。


 それにしてもこの彼の書斎といってもいいくらいの部屋にはかなりの量の本が運び込まれていた。それはここに来てからずっと彼が知識を蓄え続けていることの証明でもあった。ただ、それも、すべてこのレイド王国の裏側の歴史や記録で、ここ数年間の間の、一般人たちも知り得ないような国家の記録やホーテン家が出した報告書などがほとんどで、フレイからしたらなんとも退屈な読書の跡だと思った。


「ここで待ってて、お茶でも入れて来るから」


「あ、そんな、気遣わないでください。少し話したいことがあって来ただけなので、それをお話したらすぐに出て行きます。ハルさんのお時間は取らせません」


「そっか、なら、まあ、いいけど…」


 フレイがスペースを作ってもらったソファーに座り、ハルも反対側にあった同じような資料だらけのソファーに座って、低いテーブルを挟んで向かい合った。


「それで、話って何かな?」


 彼が朗らかに心地よい話の雰囲気を作ってくれたことで、フレイはやっと気持ちの整理がついたのか、ハルにルナの話をする決心がついた。


「ルナさんのことです」


「ルナのこと?」


「ええ、私から言うのもあれなんですが、率直に言いますと、ハルさん、最近ルナ様の相手してあげていますか?」


 フレイがそこまで言うと彼が困ったように苦笑いをして、こちらが何を言いに来たのかすべてを納得したように、ため息交じりに答えた。


「最近は、そうだね、ちょっと離れていることが多かったかも、彼女には申し訳ないと思ってるけど、どうしても知っておきたいことがたくさんあってね」


「そんなに一人でやらなきゃいけない作業なんですか?」


「まぁ、うん…」


 彼が何か答えずらそうに返事をする。


「ルナ様も手伝わせてあげたらどうですか?」


「うーん」


 どうしてか彼がとても困ったように笑い。それ以上は聞かないで欲しいなという空気を醸しだしていた。


「何か一緒にできない理由があるんですか?」


「そんなところかな…」


 フレイの中には彼に対して抱いていた正しさのようなものがあったが、彼のどこかこそこそした行動原理からどうにも苛立ちが募っていた。それはフレイの中にあった。彼への疑念だったり、自分の愛して止まないルナを優先して考えない彼だけに許された余裕であったりと、フレイも彼のことはもう敵だとは思っていなかったが、それでもまだハルという男を知らないフレイからしたら、彼のことが許せなくなっていた。きっとこの感情の原因の九割が嫉妬だということは分かってはいたが、どうにも止めることができないでいた。


「言葉を濁さずに言ってくださいよ…」


 自分の中のモヤモヤを発散するために、立場もわきまえず勢いでそう言ってしまった。


「ルナさんは、あなたのことを心の底から愛しているんですよ?それなのに、そんな彼女をほったらかしにして、ハルさんはいったい何を考えているんですか?私だったらそんなこと絶対にしません。いいですか、ルナさんはそこら辺にいる女性とは違うんですよ、あの人は特別なんです。それなのにあなたは贅沢すぎるんです!私があなただったら、絶対に彼女に寂しい思いはさせませんよ!」


 ただ、そんな無礼な態度に相変わらず優しい目で、彼はその放たれた攻撃的な言葉をただ静かに受け止め、こちらの言葉を促すようにただ次の言葉を待ってくれていた。そして、その優しさについつい甘えてしまい、自分の中に溜まっていた感情も含めて彼に吐き出してしまった。

 肩で息をするフレイに彼は優しく言った。


「その分フレイがルナの傍にいてあげるってことはできない?」


「できるわけないじゃないですか!!」


 その発言は無責任だと思って、頭に来たフレイが怒鳴った。こっちの事情も知っている彼の口からそんな言葉が出てくるのは侮辱以外の何ものでもなかった。そして、フレイの口から不満の言葉はスラスラと飛び出てきた。それはもはや半分はやつ当たりに近く、自分が彼の代わりにはなれないことがよく分かって惨めな気持ちにもなった。きっと、今後も彼の様には決してなれないと、これではまるで子供の駄々だと、言葉を口にすればするほどそのぼろはこぼれていった。


「私があなたの代わりなんて務まるわけがない、彼女があなた以外の他の人を見ているときの目を知っていますか?」


 こんな喧嘩腰に話し合うつもりなどなかった。


「見てないんです。彼女の瞳にあなた以外誰も映っていないんです。それなのに…それなのに!私が彼女の傍に?あなたは私がルナ様のことを、好きなこと知ってますよね?」


「…………」


「あなたは私を馬鹿にしてるんですか?女だからルナ様には振り向かれないとそう思ってるんですか?」


「違うよ」


「そういうのむかつくんですよ、なんで、どうして私は男に生まれてこれなかったんだ…男だったら、あなたにも舐められることもなかった……」


「フレイ…」


 真っすぐした瞳でただこちらを見据えている彼の余裕な態度に、すべてをぶつけたくなり、最終的にはあのことも口走ってしまった。


「私、知ってるんですよ、ハルさんが夜な夜なこの屋敷を抜け出していることも、あれですよね、前にも言ってましたよね、ルナ様より大事な人がいるって、他の女に会いに行ってるんですよね、最低ですよ、だって、そんなのあまりにもルナ様が可哀想です…あなたのことが大好きな彼女に本気で向き合わないなんて、そんなのクズですよ……」


 気が付けば自分の目からは涙が出ていた。

 こんなに感情的になれるのはきっと、たぶん、そう、それほどルナという女性のことが好きで、それなのに、こうして越えられない壁があることがたまらなく悔しくて、こんな理不尽な世界を恨んでしまいたいくらい憎かった。


「フレイは、俺が夜、外に出てること知ってるんだ」


「…………」


 何か、彼のその言葉を聞いた瞬間から、受け入れがたい嫌な感覚を覚えたと同時にフレイはすぐさま自身の言動を後悔していた。言ってはいけないことを言ったような。その結果が招く惨劇が想像を絶するもののような気がして、フレイの身体は気が付けば戦慄していた。


 そして、目の前にいた彼の表情から笑顔が消えていた。


「いつから?」


 真っ暗な瞳がフレイを捉える。


「そのこと誰かに話した?」


 フレイはゆっくりと首を左右に振った。


「そっか、じゃあ、知ってるのはフレイだけってことでいい?」


 今度はゆっくりと縦に首を振った。


「わかった」


 彼がソファーから立ち上がった。それだけでフレイの身体はびくりと反応した。そして彼は小刻みに震えていたフレイの傍に来て、声を潜めて言った。


「フレイ、今夜、ちょっと付き合って欲しい」


 どこまでも暗い双眸に見つめられたフレイに断るという選択肢はなかった。


「秘密を共有しよう」

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