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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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雨の日 決着

 ビナとルルク、二人の距離が縮まる。



 目の前から迫って来るのはアスラ帝国最強のエルガー騎士団の副団長。

 副団長というポジションは概ね、団長よりも戦闘の実力が上であることが多い。

 団長は騎士団の指揮を執ることが主に仕事であり、副団長は、その団長の命令を実行することが主な仕事だった。そのように軍の中で役割を分けているところが多かった。

 それはエルガー騎士団でも同じだった。ルルクはアスラで剣聖を除けば最強といっても過言ではない実力者だった。



 駆け出しながらもビナは冷静に思考を巡らす。


『私の体の大きさとスピードじゃ、何やっても先に相手の攻撃が当たる、敵の攻撃を先に見切らなきゃ…』


 ビナは、最初のルルクの左足の回し蹴りをくらったあと、完全に相手の方が、自分より速いことを理解していた。

 それでも、あの蹴りを見て、見切れない速さではないとビナは思っていた。


『自分を信じろ…』


 ビナは自分を鼓舞した。

 ルルクがビナに迫り、彼女は身構えるのではなく、目に全神経を集中して相手の動きを見た。


「ラアアア!!!」


 相手の掛け声を聞いたときにビナは来ると思ったが、そのときにはもう彼女の脇腹に鈍い痛みが走っていた。


「!?」


 その鈍い痛みは、一瞬で鋭い痛みに変わり、ビナに蹴られたという事実を教えてくれた。

 さらに、ビナは自分が地面から少し足が浮いてしまっていることにも気づかされる。

 ビナは空中で、くの字に曲がる。


『はや…』


「オラァ!!!」


 そして、宙に浮いたビナにルルクの拳が合わせられる。


 バキ!!!


 ルルクの拳はビナの顔面を強打した。

 その衝撃でビナは後方に吹っ飛ばされるが、決して倒れないようにビナは地面に足が着くと全力で踏ん張った。

 ビナは、吹っ飛ばされたスピードを何とか抑える。後ろにのけぞり、倒れそうになるが、ビナはぎりぎりで持ちこたえた。


『彼の蹴り、さっきとはまるで質が違う、あれは、ガルナさんが見せてくれた蹴りと同じだ…私の目じゃ追えない蹴り…過信した…』


 ビナは口の中に溜まった血を吐き捨てながら考えを巡らせた。

 彼女の鼻からは、大量の鼻血が流れていたが、そのようなこと気にも留めず、ただ目の前の怪物に集中していた。


『見切れない…でも、反撃しなきゃ倒せない』


 体術において実力が離れているとその差は顕著に出た。なんでもありの実戦だと魔法や武器の武装次第でいくらでも相手の裏をつける。しかし、生身一つで戦うと頼れるものは自分の経験と身体のみだけだった。


 ルルクは容赦なくビナとの間合いを詰めてくる。


『…ガードから反撃に転じるしかない』


 ビナは相手の攻撃を防ぎ、反撃しようと防御の構えを取った。

 ルルクはビナの正面からまっすぐ殴りかかってきた。

 その最初の拳の一撃をビナは、両腕をクロスさせて受け止めようとした。


 だが。


「甘いなア!!!」


 バーーーン!!!


 ルルクのその最初の一撃がビナの腕に当たると、その衝撃がビナの身体の方にまで伝わってきた。


「ナッ!」


 ルルクは拳を握りしめておらず、手のひらを開いた、掌底を打ち込んできた。

 そして、その威力は凄まじく、ビナは観客の騎士たちの頭上を越えて建物の壁に激突する。


 バゴン!!


「ガハァ!」


 ビナは壁に打ち付けられると一瞬息ができなくなり、口の中にあった血と唾液を吐きだした。

 だが、それでも、ビナは、壁から落ちるときにしっかりと着地して決して倒れなかった。

 周りにいた騎士たちがビナを黙ってみていることしかできなかった。

 彼女は立ち上がったが、顔を下に向けていた。

 騎士たちは彼女が気を失ったのか確認しに行こうとしたとき。


「アハハハハハハハハ」


 彼女は軽快に笑いだして、騎士たちは驚いた。

 満身創痍で顔も鼻血だらけ立っているのもやっとそうな彼女は元気に笑う。


「そうか、わかった、アハハハハハハハハ」


 その明るい笑い声には狂気と不気味さが含まれていた。


 そして、ビナは再び中央に歩き出した。

 驚く様子の騎士たちは、彼女の歩く道を開けた。

 ビナが騎士たちの開けた道を抜けると、中央ではルルクが待っていた。


「まだ、やんのか?」


 そのルルクの声は、やはりどこか優しくビナには聞こえた。


「もちろんです、まだ、私倒れてませんよ」


「だよな」


 それと同時にルルクが駆け出してくる。

 ビナはその場で動かずにジッとしていた。


『またか…関係ないけどナア!』


 ルルクがビナの間合いに入ると回し蹴りを放った。

 その蹴りはルルク自身の最速の蹴りで、彼はこれで終わらせようとしていた。

 そのため、もちろん、今までの蹴り技と威力も段違いだったが…。


「グッ!?」


 ルルクは気づくと後方に大きく吹き飛ばされていた。さらに凄まじい痛みが腹を駆け巡っていた。


『ハァ?』


 状況が分からないまま、受け身を取った。


『何が起こった?』


 彼女の方を見ると、彼女は拳を前に出していた。しかし、彼女はとても辛そうに荒い息遣いをしながら苦しそうに呼吸していた。


「おいおい、まじかよ」


 ルルクは理解した。

 ビナはルルクの蹴りをノーガードで受けた瞬間に自分も拳を振ってカウンターを入れていた。


『あの蹴りをノーガードって本気かよ…立ってるのでもやっとだろ…』


 そうするとビナがルルクに語りかけた。


「決着をつけましょう」


 ビナがゆっくり歩いて近づいてくる。


「…?」


 そこでルルクは何かを察した。


『ああ、そういうことか、面白い、そっちの方がシンプルでいい』


 ルルクもゆっくり歩いてビナと距離を詰めた。

 二人がすぐ近くまで来ると立ち止まった。


「ハハ、肝が据わってるね」


「はい、私の取り柄は頑丈なところですから」


「覚悟しろよ」


「ルルクさんも」


 そう言い終わると二人のノーガードの接近戦が始まった。

 ルルクの拳がビナの顔に当たると、全く動じずにビナの蹴りがルルクを襲う、だが、ルルクも踏ん張り、ビナの足に蹴りをくらわせ倒れさせようとするが、すぐに彼女からの右の拳をルルクは横顔にもらう。

 その凄まじい衝撃にルルクの意識が一瞬飛びそうになる。


『やっぱり、彼女、力だけなら俺よりはるかに上だ…イイネ』


 ルルクの回し蹴りがすぐさまビナの脇腹に直撃するが、ビナの左のフックがルルクの脇腹に入り、彼の動きが一瞬止まると、彼女の渾身の右ストレートがルルクの顔面を捉えた。


「アッガッ!!」


 ルルクは再び意識が飛びかける、そこにビナはとどめを刺そうと全力で右の拳を振るった…。

 そこがこの戦いの分かれ目だった。

 勝負はときに些細なことで簡単に流れが変わる。

 ビナが右の拳を振るうとそれはルルクの顔に確かに直撃し手ごたえを感じた。

 しかし、ルルクはビナのその強力なパンチを飛びそうな意識ぎりぎりで耐えて、ビナに渾身の掌底を顔面にくらわせた。

 ビナは倒れないように踏ん張ってしまったため、その衝撃は彼女の中を駆け巡った。


「…………ガッハ!!」


 そこからビナは、ただ、ただ、防戦一方になってしまった。

 ルルクの拳が次々にビナにヒットしていく。


 バキ!バキキ!!


『負けたく…ない、まけ…くない…』


 ビナが腹を蹴られ、後ろに吹っ飛ぶ、ビナは倒れないように踏ん張ったが…。


『………………ああ、もう……ハ…ル…だ……』


 そこにルルクが追撃のため飛んできて、ビナの頭に全力で蹴り放った。

 だがその蹴りがビナに届くことはなかった。


「………!?」


 彼の蹴りは片手一つで受け止められていた。


「ハル…」


 ルルクが言った。


「ルルクさんあなたの勝ちだ」


 ルルクがビナを見ると、もう彼女の意識はなくハルの腕の中で倒れていた。


「俺は…すまな…い…」


 そう言うと、ルルクも前に倒れてきて、ハルは彼の身体も受け止めた。

 ルルクも、そのまま意識を失っていた。


「お疲れ様、二人とも…」


 ハルが一人呟くと、デイラス団長が叫んだ。


「ハル剣聖!この建物の隣に医務室がある。そこに連れてってくれ、優秀な白魔導士を呼んである」


「分かりました」


 ハルは、担架を持って待機していた騎士二人に、ルルクを任せた。

 ハルはビナを抱きかかえると、担架を持った騎士の後について行った。


 そして、会場が二人の激闘の後に静まりかえっていると。


 一つの影が二階から、中央に降り立った。


「待たせたな、お前たち!アスラの大将はこの俺様だ!みんな盛り上がって行こうぜ!ハーハッハッハ!」


 そう、高らかに笑うのはフォルテだった。

 そしてもう一つ二階から飛び降りる影があった。


「私が大将のガルナ様だ!レイド最強の女よ!みんな私を応援しろ!」


 その二人の登場に静まりかえっていた会場は再び熱を帯びた。


 ワアアアアア!


「やっぱり、貴様か」


 フォルテは不服そうに言った。


「おまえじゃ、ハルの相手にならん、私で充分!」


「そんな口叩くと手加減してやらんぞ?」


「そんなもんいらん!ビナちゃんのかたき取ってやる!」


「フフ、いいだろう、お前は、なかなか強いからな」


「え、褒めても何もやらんぞ」


「…審判、始めてくれ」


「おい、無視をするな!」


 二人は向かい合い、審判の開始の合図を待った。


「それでは、レイド王国の大将対アスラ帝国の大将の最終試合を始めます」


 会場の熱気が最高潮に達した。


「始め!!!」








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