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罪の夜と君の朝

 一日に二つ以上の砦は回らなかった。生活の都合上、何日か間隔をあけることもあった。けれどそれよりも、噂がゆっくりと広まり恐怖が伝播し世間に毒が回るのを期待した。ゆっくりとゆっくりと恐怖が染みこみ自分の身に危険が迫っていることを、スターダスト山脈に棲みつく悪党どもにはチャンスをやった。誰も傷つかずにこの地を去るそれが彼等には最善の選択しであった。

 しかし、そんな警告も虚しく、彼等は実際に目前にまで脅威が迫らないことには怪物の存在を認めず、自分は無関係だと白を切り、そして、死んで逝った。


 今日だってそうだった。


 スターダスト山脈の北部。その霧がよく立ち込める山と山の間にある谷。その谷の崖下に流れる川の傍にひっそりと建っていた砦が突然現れた触手の化け物によって瓦礫が積もり山となり血の海に染まった。

 そんな砦で最後に生き残ってしまった哀れな男がいた。腕にはその組織のシンボルマークなのか蠍のタトゥーが入っていた。その男は助けてくれ金ならいくらでもやると言った。

 だが、そんな言葉などに耳を貸さない化け物は無慈悲に彼を踏みつけ他の仲間たち同様ミンチにした。


 化け物はその砦の人間たちを死滅させると、すぐさまその砦を後にした。


 今日はまだ一か所目で残り一つ虐殺をしなければならなかった。


 砦を出た化け物は崖を上り雪をかぶった木々をなぎ倒し、ものすごいスピードで山頂までものの数分で上り切ると、今日最後のターゲットがある砦の場所がある方角を向いた。


 分厚い雲の隙間から、月が顔を出すと、その化け物の姿を照らし出した。忌々しい触手の衣と人間に似つかわしい巨体は、見るだけで人を深いと恐怖に陥れ、さらには頭部がないともくれば、それはもはや生物と規定するにもあまりにも生き物というものを冒涜したような存在だった。

 邪神と言ってしまえば、人々は納得してくれるそんな姿をしていた。


 山頂にいた化け物が、右腕しかない手を地面につけ右腕と両脚の三点で体重を支え始めると、脚に力を溜めるようにグッと低い姿勢を取った。

 そして、次の瞬間には山頂の地面を蹴り壊しては、夜の空へと飛び出していた。


 月光を浴びながら化け物は一瞬で次の砦がある山頂までの間をその跳躍一回で飛び越えてしまった。

 化け物が飛び去った後の山頂には大きなクレーターができていた。


 そして、今日もまた悪党蔓延る二つの砦が犠牲となり、朝がやって来た。


 *** *** ***


 夜の残り香漂う早朝。

 ハルはなるべく気配を消し誰にも見られないことを注意しながらホーテン家の屋敷の敷地内に戻って来ていた。ホーテン家の立派な正面玄関から堂々と入り、その敷地内の片隅にひっそりと建つ小さなお屋敷に歩いて帰宅していた。

 敷地内を出る時には魔法的制約は一切無いが、指定された場所以外からの無断の侵入に対しては酷くホーテン家は警戒しているようで、許可なく入った者には結界の効果によって、マーキングがつけられ追跡の対象になっているなど、ルナやワイトから大まかなことは聞いていた。

 そのため、ハルは昨日窓から飛び出しそのまま塀を超えるようなことをして、帰ってくることはしなかった。

 ただし、このホーテン家の玄関をくぐってから屋敷に就くまでは、誰にも見られないように、止まった時間の中を歩いて来たため、人に見られることはなかった。ただ、敷地内に張られた結界の効果がいかほどのものなのか詳細を知らないため、何かしらこのような動きが引っかかってしまうと懸念したが、考えても仕方のないことでもあり、実際に今までのお咎めが無かったので、ハルはこうして何事もなく屋敷に帰って来ることができていた。


 屋敷に着いてからハルは真っ先に風呂場に向かい。湯を沸かしてから体を洗い、血生臭い匂いをできる限り落としてから、ルナのいる寝室に戻った。

 そこには相変わらずスヤスヤと何も知らない彼女が毛布に包まって眠っていた。そんな彼女の毛布を掛け直してやると、ベットの近くにあった椅子に座って、窓の外の星を眺めた。


 ルナが眠っている間に考えることはみんなのことだった。ルナの前であまりみんなの話題を出さないようにしているのは、今この時だけは彼女に集中しようと決めてもいたからでもあった。彼女も今のこの生活を大いに楽しんでいてその笑顔を少しだって奪いたくないことはハルの本心でもあった。彼女は変っていた。確実に争いから身を引くことで彼女は普通を獲得しつつあった。それがハルにも嬉しかった。君は決められた運命を辿らなくたって幸せになれることを今の彼女の何気ない生活の中での無邪気な笑顔が証明していた。ハルもそんな彼女の平凡な幸せの手助けができるのならば、いくらだって手を貸してやった。


 ハルは窓の外を眺めながら呟く。


「いい夢見てるかな……」


 けれど、離れ離れになっていても片時も忘れることのできない大切なみんなのことを、こうしてふと独りになると思い出しては、過ぎ去った日々の思い出に浸っていた。その思い出は、自分だけしか知らなかったり、相手が忘れていたりと、ところどころ空白や穴が開いてしまってはいたが、それでもハルの胸の奥にはしっかりと残っていた。形亡き思い出が、ここレイド王国のスタルシアなんかにいると酷くそれが牙を剥いた。彼等には何度も思い出してもらおうと手を伸ばしそうになったが、踏みとどまってきた。思い出してくれなんて言えるわけもなく、ハルは以前親しかった人たちにも徹底して他人として振舞った。


 この王都スタルシアにハルという人間の居場所はこのホーテン家のルナの隣以外に居場所は無くなっていた。

 そして、それは仕方のないことなのだと諦める自分もいた。


 星輝く街スタルシアにはもう自分の場所はなかった。


 朝焼けが街を照らし出すと星は身を潜めた。

 窓の外から光が差しこむ。


「もう朝か……」


 今日はどんな日になるだろうと希望を抱くことが次第に減っていることにハルは気づいた。

 この街に初めて来た頃は、何もかも希望に満ち溢れていたのに、今となっては空っぽの自分と、頭までどっぷりと闇に浸った自分がいるだけだった。


 光は陰り、空白は闇に染まってしまった。


 しばらく、太陽が昇るのを窓辺で見守っていると、後ろのベットでもぞもぞと動く音がした。振り返ると寝ぼけたルナが大きなあくびをしながら上体を起こしていた。大きく背伸びをして窓からの光をいっぱいに浴びた彼女が目の前にいたハルに気付くと嬉しそうに目を見開いた。


「おはよう!」


 そして、陽だまりのような笑顔でそう言った。


 ハルも今日も彼女が幸せであるように祈りながら返した。


「おはよう、ルナ」

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