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星六の依頼

『ブラックボックス』それはホーテン家内の情報処理を主に担っている施設のことであり、ホーテン家の本館と隣接されているほど重要施設でもあった。

 そんなブラックボックスの一階のロビーには兵士から職員からメイドなど人々が集まりごった返しており、吹き抜けの二階、三階、四階を見上げるとその一階の騒ぎを見下ろす人たちでみっちりと埋まっていた。

 ギゼラの後に続いてハルもその騒ぎの渦中に近づいていくと、赤と金の巨漢の男たちが言い争っていた。


「いいかこれは俺たちブレイドが先に嗅ぎつけた依頼だ!」


「馬鹿を言うな!この件はインフェルの山岳部隊がだな!!」


 メラメラと燃えるような赤い髪のグラニオスとギラギラと輝く金髪のキングスが騒ぎの中心で向かい合って怒鳴り合っていた。彼等はどちらもホーテン家の中核を担う四つある部隊の内の【インフェル】と【ブレイド】の隊長を務めていた。しかし、そんな隊長たちが言い争うとはまさに隊長の品が疑われるような気もしたが、そんなこと気にせず彼らは喧嘩を続ける。


「うわあ、また、やってるよ、ちょっと二人ともどうしたんですか?」


 ギゼラが臆することなく、二人の間に割って入る。


「おう、ギゼラ来たか、凄いネタを掴んだからお前にも教えてやろうと思ったが、こいつがその情報を泥棒しやがったんだ」


「誰が泥棒だ!そもそも、俺はここには情報の信憑性を確認しに来ただけで、この情報を仕入れたのは冒険者ギルドからだ。このドアホがぁ!!」


「お前のような空っぽの脳みその奴にアホ呼ばわりされたくないわぁ!!」


 二人はお互い胸倉をつかみ合い、怒鳴り合う。そんな巨漢の二人の間に挟まったギゼラが「やめろおおお!!」と叫ぶが、二人には全く聞こえていないようだった。彼等の口論は続く。


「いいか、そもそも、この案件はお前たちインフェルのような貧弱な部隊が寄せ集まったところで成し遂げられる任務じゃない、これを見ろ!!」


 そこでキングスが、グラニオスを突き飛ばし、手に持っていた紙を彼に見せつけた。


 そこでグラニオスと圧迫から解放されたギゼラもその彼の持っていた紙を覗き込む。


「これは依頼書ですね?」


「こいつは…」


 ギゼラがそう呟くと、グラニオスが顔をしかめた。


「キングス、こいつは本当に冒険者ギルドが発行したものか?」


「ああ、昨晩、部下たちと酒飲みに行った時だ。冒険者ギルドにも顔出したんだ、何かいい稼ぎになるものはないかってな。その時にビルツの旦那と会ってだな、特別なネタがあるから話だけでも聞いかないかと言われて、渡されたのがこの依頼書だ。これはビルツの旦那に聞けばわかることだ」


 キングスの言葉を聞き流しながら、その依頼書の隅々まで読んでいたグラニオスとギゼラの顔がどんどん引きつっていく。


「ただごとじゃねえな、これ…」


「キングスさん、これやばいやつですよ…」


 二人がそのようにドン引きしているとその彼の持っていた依頼書を一目見るために、一定の距離を取っていた周りの兵士たちが自分も自分もと寄ってたかって群がり始めた。


「おい、これ本当か!?」

「噓だろ…」

「ありえねぇ…」

「おい、キングスちゃんと依頼書の内容を呼んだのか!」

「こんなの一部隊が担う領域を超えてるぞ!」

「ドアホは決まったな!」

「待て、これ本当に大丈夫なのか?」

「おいおい、冗談だろ」


 彼が持っていた依頼書を見た人々の顔からは次々と活気が失せていく。ハルもその群衆に紛れてその依頼書に目を通した。そこにはこう書いてあった。



『スターダスト山脈に現れた化け物の討伐依頼


 依頼者:冒険者ギルドレイド支部長 ビルツ・フォスライド


 依頼内容;スターダスト山脈に人を襲う化け物が出現。目撃者によると、その化け物は人型で背丈は大人の十倍ほどであり、図体のわりに動きは非常に素早い。身体には無数の大小さまざまな触手を生やしている。その触手の先には人を喰らう口がついており一度に複数の人間を捕食していた。化け物に左腕は見られないが代わりに右腕が異常に発達して強固な砦などの要塞も軽く吹き飛ばす威力を持っている。最後にその人型の化け物に頭部が無く代わりに大きな口が付いているのが特徴である。

 このスターダスト山脈に現れた化け物の討伐を依頼する。


 難易度:星六 Aランク (推定)

 我々冒険者ギルドからの見解は、本件に関してはまだ不確定要素が多いため、推定で星六のランクAと定めるが、脅威が増すことを考慮すれば更なるランクの上昇もあり得るものとする。


 報酬;無し

 ※この支部があるレイド王国の国家の存亡に関わる可能性がある為、冒険者ギルドはこの情報を国に無償で提供することとする。


 補足:この件で行方不明になった五歳のソヴィア・マキシマの情報を求む詳細は別途用紙を参照』


 ブラックボックスの騒がしい人込みをハルは一人抜け出し、本館の方に歩いていった。

 本館のロビーに戻って来るとハルは目的地だったワイトの資料部屋へと向かった。ハルが二階に行く階段を上がる頃、ブラックボックスの騒ぎを聞きつけた者たちが渡り廊下へと仕込まれるように駆けていた。


 本館の二階にあるワイトの資料部屋の前にたどり着くとハルはそのまま鍵のかかっていない扉を開けて中に入った。

 部屋の中には誰もおらず、カーテンも閉めっぱなしで薄暗い空間が広がっていた。いつもワイトと情報を交換するテーブル席ではなく、くつろぐために用意された立派なソファーに体を横にして、この部屋の主が来るのを待つことにした。


 目を閉じると当たり前だが暗闇が訪れた。世界との繋がりが途切れたような感覚とここには自分しかいない孤独を感じた。

 このまま眠ってしまおうとしたが、眠気は遠いところにあるようで、意識が途切れることはなかった。

 部屋の外ではドタドタと慌ただしく走る者たちの楽し気な声や浮かれた声がほどよく聞き取れない雑音となって耳に届く。


「疲れてるのかなぁ……」


 そう呟いてみたものの身体の調子はよく疲れを知らない様子であった。ただ、それでもハルが今、身体を横にして目を塞ぐことがもっとも求めている欲求であることに間違いはなかった。


 そして、瞑想をしようと思った。

 横になったまま、何をするわけでもなくただこうして目を閉じて待つということをしていると、意識が淀む気がした。意識が淀むとろくなことがないことは確かで、行き場のない感情を処理するには瞑想が一番効果的だった。

 意識を自分だけに向け今この瞬間だけを見つめる。心は落ち着きやがて世界と時間が自分から遠ざかっていくのを感じると、完全に自然体になることができた。心が落ち着き今この瞬間だけはすべてのことを忘れることができた。意識が限りなく澄んでいくのを感じた。


 瞑想をしてどれくらいの時間が経ったかは分からない。


 ハルを現実世界に呼び戻したのは、突然乱暴に開かれた扉の音だった。


 目を開けるといつも通りそこには世界がちゃんとあった。窓の外を見てもまだ日が出ていることからそれほど時間は経っていないようであった。それでも自分の中に流れていた時間はとても長かった感覚があり、この世界の時間とのズレにハルは少々戸惑ったが、そんなことはワイトが慌てて入って来たことでどうでもよくなってしまった。


「ハルさん、来てたんですね」


「ああ、ごめん、勝手に入ってた」


「構いません、それより、こっちに来て下さい、特報ですよ」


 ワイトが地図を広げたテーブル席に行くと、手に持っていた紙と地図の位置を何度も見比べていた。


 ハルもソファーから起き上がって、彼の元へと向かう。


「何かあった?」


「ええ、ハルさん、さっきブラックボックスでちょっとした揉め事があったんです。インフェルとブレイドの隊長二人があるひとつの任務の奪い合いをしていたんです。まあ、そこは見慣れたもので、手柄の取り合いみたいなものです。ただ、そこで分かったことがその奪い合っていた依頼内容が星六のAクラス案件だったみたいで、その場にいたみんなが驚いていましたよ」


 星でのランク分けは冒険者ギルドが発行しているクラス分けではあるが、どの国もこの指標を参考にしていることが多く、どの国の部隊内の任務でもよく使われることがあり広く浸透していた。

 そして、星六Aクラスとは滅多にない星六限定のSランクを除けば、人々にとっては最高ランクの難易度であることに間違いはなかった。


「依頼内容はスターダスト山脈に現れた化け物の討伐。人型で触手があり、発達した右腕と欠けた左腕、そして頭部がない。この化け物についての詳細な情報はスターダスト山脈に拠点を持つインフェルの山岳部隊が情報局に前から情報を入れていたんですが、今朝、我々の元に冒険者ギルドから情報提供があったみたいで、その化け物についての有力な情報が入って来ていたんです。数日前、その化け物に襲われた被害者の夫婦が冒険者ギルドにその話を持ち込んで来たみたいで、ただ、そこで被害者の口から語られた内容があまりにも現実離れしたもので、冒険者ギルド側も情報の裏を取るために事件があった現場に冒険者を向かわせたみたいなんですが、そこで明るみになったのが、凄惨な殺戮の後だったみたいなんです」


 興奮気味のワイトが手に持っていた暗号化された文章が書かれた紙と地図を交互に見ながらテーブルに広げられた地図に印をつけていく。


「その被害者が所有していた砦は、スターダスト山脈の中でも秘境のような普通じゃまず見つけられない場所に建っていたみたいで、ハルさん、この話何かきな臭いと思いませんか?」


「たとえば?」


 そこで一瞬ワイトがハルを見た。そしてすぐに待っていた紙に視線を戻した。


「たとえばですが、まずこんな人気の少ない秘境後に砦が建っている点です。冒険者の報告によれば砦の被害者はすくなくとも五十はくだらないとのことで、ただ、全部ミンチになったりバラバラになったりと犠牲者を数えることは難しいとのことだったんですが、それでも、こんな人気の無い場所に砦を建てて、別荘でもなく砦、それも大所帯だったともなると私は真っ先に犯罪の匂いがしてきますけどね」


 ワイトが紙と地図に目をいったり来たりさせては忙しなく探偵気取りで口を動かしていた。彼はいまとても気分が乗っているようだった。


「これはその冒険者ギルドに情報を提供した夫婦を尋問してみるのが一番真実に近付けそうですけど、彼等は今冒険者ギルドに保護を要求しているようなので迂闊に手は出せないみたいですね」


 とても没頭して暗号化された新情報を解読しては思案するワイトをハルは退屈そうに眺める。

 そこで彼が熱心に取り組んでいるテーブルの隅にハルが暗号解読を頼んでいた資料があった。


「真実というのは案外近くにあるかもしれないよ」


 ハルは身体から生やした触手でそのテーブルの上の資料を取りながら言った。


「ええ、そうですね…」


 目の前の真新しい刺激に熱中している彼に今ハルの姿は映っていないようだった。


「ワイト、今日のところは俺は邪魔者みたいだから帰ることにするよ」


「ええ、明日にでも来てくれれば、必ず今日のこの内容についてまとめておきますから、楽しみにしていてください」


「わかった、あと、この資料もらっていくよ」


「ああ、そうでしたね、持っていってください」


「ありがとう」


 ハルは彼に礼を言うと、ワイトの部屋を後にした。


 ホーテン家の本館から出ると、外は肌寒く寄る場所もなかったハルは真っすぐルナが待つ借宿の屋敷へと戻った。


 屋敷に戻ると、ルナが涙目でフレイがしつこいんだけど殺してもいいと尋ねて来たので、ダメと一蹴し、そのまま逃げまどうルナを置いて、ハルは自分の仕事部屋に戻って、受け取った資料に目を通した。

 外ではドタバタと走り回る音が聞こえたが、ハルは気にせず日が暮れるまで、その部屋にひとりこもって、紙に書かれた文字を追った。

 何度かルナが尋ねてきたが、集中したいからという適当な理由で追い返した。


 少しだけ独りになりたかったのかもしれない。


 やがて夜が来るとハルは部屋の外に出てルナを探した。リビングで干物のように伸びていたルナを見つけると、彼女が水を得た魚のように飛び跳ねて抱き着いてきた。ずっと待ってくれていたルナとハルは二人で食事の準備をした。二人の手によって一般的な家庭料理が出来上がると、外に追い出されていたフレイを呼んで三人で食事をした。

 食事中二人はまるで仲の良い姉妹のように喧嘩をしていた。ハルは二人の言い分を聞きながらどちらの味方にならずに、二人が楽しそうに話すのを聞いていた。たぶんルナは本気で怒っていたのかもしれないが、フレイはとても幸せそうに笑っていた。それがなんだか、心の底から嬉しくて、今日の晴れない気分もその食事中の間は忘れることができた。きっと、彼女たちの口から今朝の任務のことが一言も出てこなかったからなのだろう。

 食事が終わると、ルナが一緒にお風呂に入らないかと恥じらいながらも、しかしその恥じらいにもどこか打算があるかのように提案してきた。けれどハルはまた部屋にこもるからという理由であっさりと断りを入れてしまう。ルナが絶望していると、フレイがじゃあ私がと割り込んで来たので、ルナが彼女を屋敷の外に放り投げてしまった。

 そして、ルナが今日はどれくらいかかりそうですか?と一緒にお風呂を諦めた後、彼女は今度は一緒に寝ることを考えてくれていたようだったが、ハルはそこで今日も遅くなりそうだから先に寝ててと言ったらあっという間にルナの顔が絶望の底に沈んでしまった。ただ、そこでハルがそんな彼女の頬に軽いキスをして、『お願いね』といつもの彼女に効果抜群の低く優しい声質で呟くと、彼女は首を上下にぐわんぐわん振って、許してくれた。


 それから、ハルは部屋にこもって、部屋に大量にあった資料を時間が来るまで読み漁った。


 夜が更けて時が来ると、ハルはルナがいる寝室に向かった。


 ダブルベットの上では彼女がぐっすり眠っており、気持ちよさそうに寝息をたてていた。そんな彼女の少しずれた毛布の位置を直してあげると少し笑うことができた。そして、ハルはそのまま彼女の隣には入らずに、近くにあった窓際まで行くと両開きの窓を開け放った。

 その窓の枠に立ちもう一度ベットで眠るルナを一瞥すると、再びゆっくりと微笑、眠っている彼女に聞こえなくたって告げた。


「行ってきます…」


 ハルが窓際から外へと飛び出していく。

 部屋の扉は閉まり、眠れるお姫差は王子様の帰りを待つことになった。

 しかし、彼女はきっと朝目を覚ましたら待っていたことにも気づかずに隣で眠っているであろう彼にこういうのだろう、『おはよう』と。



「ハルさん…?」



 そして、そんな夜空の闇に紛れるように飛び出したハルの姿を、屋敷の周りを律儀に真夜中も巡回していたフレイが目撃していたことに、当の本人も気付かずに今日という日は終わりを告げるのであった。

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