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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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雨の日 戦闘狂

 開始の合図とともにルルクが飛び出した。


『すまないが早々に決着はつけさせてもらうぞ』


 ビナの頭に向けて蹴りが放たれる。

 だが、ビナは回避もガードの姿勢もとらずにルルクの顔を見ていた。


『反撃はあるか…』


 バン!!


 ルルクの予想に反して、ビナの頭の横に蹴りが直撃した。

 防具をつけているからといって、精鋭騎士以上の力の蹴りを正面から受ければただでは済まない。


「…………!?」


 ルルクの蹴りは止まってしまった。

 しかし、ルルクの蹴りは、確実に彼女の頭に衝撃を与えていた。

 それでも彼女はびくともせずにその場に立っていた。

 ビナは、ルルクの足を片手でそっとどけた。

 まるで何事もなかったかのように。


 そのことに、ルルクは、信じられないというような顔をして、ビナから距離を取った。


 そんな驚いている彼にビナは言った。


「ルルクさんは優しい人です」


「………?」


 彼女の言っていることがルルクには分からなかった。どうしてそんな言葉がこの状況で出てくるのかが、それでも、ルルクは、彼女の話す言葉に耳を傾けることしかできなかった。


 彼女がすっと近づいてくる。


 今は試合中で警戒しなきゃいけないのに、ルルクは何か彼女から強い意志のようなものを感じた。そしてルルクはそれを受け取らなければいけないような気がした。


「さっきも、私を心配して、ルールを提案してくれましたね」


 彼女が目の前まで来た。そこはもう彼女の間合いでもあった。


「本当に優しい人です…」


 彼女はまっすぐな瞳でルルクの目を見た。彼女の綺麗な赤い瞳にルルクはくぎ付けになった。


「でも、いいんです、今は、必要ないです」


 彼女の拳が力強く握られる。


「私も強い人たちの中にいたからわかります、ルルクさんが強いことも、そして、そんな優しくて強い人が、弱い人に知らず知らずのうちに手加減してしまうことも」


「……………」


「きっと本当のルルクさんが出てきたら、私なんて最初の蹴りで意識なんてありませんよ」


「………」


「だから、呼びます、本当のあなたを」


 ビナはニッコリ笑った。


「…!?」


 ビナは、大きく右腕を後ろに引き、そこから勢いをつけて、全身全霊でルルクの顔面を思いっきり殴りつけた。


 ルルクは避けようと思えば簡単にその拳を避けることができた。だが、彼の本能がこの拳を避けてはいけないと叫んでいた。それは目の前の彼女のためでもあり、そして、何より自分自身のためのような気がした。


 そんな気がした…。


 バキイィ!!


 ビナの拳がルルクの顔面を捉えて、ルルクは大きく吹き飛んだ、そのまま、飛んでいき観戦していた帝国の騎士たちの方に突っ込んだ。


 ドドカン!!!


 ルルクが帝国騎士たちの上でぐったりして倒れた。


「ルルクさん大丈夫ですか!?」


 周りにいた騎士たちが心配したがそれはすぐに恐怖に変わった。


 ルルクは、ゆっくり、帝国の騎士たちの上で上体を起こした。


 帝国の騎士たちが見たのはルルクの笑顔だった。

 それも普段、冷静で礼儀正しい彼の落ち着いた笑顔ではなく。彼の心の底から湧き上がった闘争心からくる感情を爆発させた笑顔だった。

 その笑顔はとても獣的で、知的な要素は一切なく下卑た人間がする笑顔だった。


 普段の彼とは、似ても似つかない変わりっぷりに、彼を知らないものは恐怖し震え上がった。


「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」


 すぐに起き上がったルルクは鼻と口から大量の血を吐き出し大笑いした。

 吐き出してもなお止まらないその血をルルクは腕で拭った。


「久しぶりだナア!!こんなに血を吐いたのワァ!!忘れてた!忘れてたア!昔の熱い気持ちも闘争心も何もかもをナア!!」


「!?」


 まるで壊れたようにルルクは叫び始めた。知や礼を捨てっ去った彼の本能からの叫びはビナを戦慄させた。


「いいネ!いいネ!アハハハハ!ありがとナア!今、最高の気分ダア!」


 そう言ったルルクはギロリと眼を動かして、ビナを見た。そのとき、ビナは殺気のようなものを感じ震え上がった。


「君の望み通りに、本気で行かせてもらうワアァ!!」


 言葉の終わりとともにルルクが狂い笑いながらビナの方に駆けだした。


「ギャハハハハハハハハ!行くぞ!!」


 しかし、ビナの覚悟も決まっていた、完全に覚醒した格上の相手、それでも彼女にも譲れないものがあった。


『ハル団長に救われた、そう、あのとき、私は、ハル剣聖に救われた。彼の笑顔を曇らせるわけにはいかない……憧れの人に見せたい!私という人間を!』


 ビナも走り出し、ルルクに向かっていく。





 二階から見ていたベルドナはルルクから目が離せなかった。


「フォ、フォルテさん、ルルクさんが…」


 ルルクの豹変ぶりにベルドナは声が震えてしまっていた。


「フフ、やはり、素晴らしいなあの娘、昔のルルクを呼び起こしたぞ、これは見ものだ」


 フォルテは面白そうに笑った。


「…ど、どういうことですか?」


「あいつは、昔からあんなだ、昔はもっとひどかったがな」


「昔ですか…」


「そうだ、あいつは昔は戦うことしか頭になかった戦闘狂だよ、俺よりひどかった」


 フォルテはうんざりそうな顔をした。


「だがな、周りのみんなが段々ルルクのことを認めてくると、ある日、あいつ気づいたんだとさ、戦うだけじゃダメだって、俺は、あいつに最初そう言われたときは、全く信じなかったけどな」


「私、ルルクさんには、優しく落ち着いた人ってイメージしかありませんでした」


「ククッ、人間って面白いよな、ルルクはそのあとちゃんと変わったんだよ、自分を支えてくれるみんなのために、本読んで知識を増やしたり、言葉遣いを変えたり、礼儀を覚えたりして、まるで別人みたいになっちまったんだ」


「知りませんでした…」


「ベルドナは来たばっかりだからな、でも、古顔の騎士はみんな知ってるぞ、後ろにいる奴らから聞いてみな、あいつの笑える話しがたくさん聞けるぞ、ハッハッハッ!」


フォルテは軽快に笑った。


「フォルテさん、笑える話はあまりありませんよ…」


 後ろにいた帝国の精鋭騎士が冷静にツッコミを入れた。


「そうだったか?」


「そうですよ」


 周りにいた精鋭騎士たちも頷いていた。


「…フフッ、本当に面白い奴だよ、あいつは」


 フォルテは、昔を思い出し懐かしむようにルルクを見た。












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