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罪の咆哮 止む風と亡き星と無い首

 凍える風が番兵たちの頬を撫でる。

 中央部に停滞する寒波から来る風は肌を刺すように冷たかった。何枚も重ね着をして城壁の上で焚火をしてやっと釣り合いが取れる寒さだった。

 こんな凍てつく日に誰かが訪ねて来ることはないのだが、砦の門を守ることを任命された番兵たちはいついかなる時でも、砦と外界の内と外の境界である門を見張ってなければならなかった。


 砦の名前は【スモーク】と呼ばれる砦なのだが、これがまたしっかりした砦で、番兵たちの所属する組織のトップが無料で譲り受けたことがきっかけで組織ごとこの砦に拠点を映してきたのがここに来たきっかけだった。


「寒い…」


 石造りの砦の壁で焚火の炎で暖を取っていた髭の番兵が呟く。


「やっぱり山に建ってる砦は酷く寒い」


「そうじゃな」


 髭の男よりも老いた番兵が手を擦り合わせ彼と同じ焚火の炎に手のひらを向ける。


「山奥の砦なんて冬に住めたもんじゃない。降った雪がいつまでも解けやしない」


「今日は雪が降らなくてよかったなぁ、雪かきする手間が省けた」


 しわしわの手を何度も擦っては焚火に手のひらを翳す。

 凍える風は止まず、城壁に強く吹き付ける。


「んなこと言っても爺さんよ、また雪はやって来るぜ、なんたっていま中央でも豪雪みたいだぜ?ぜってぇ、こっちまでくるよ、今年こそは西も雪に覆われておしまいだ」


 髭の番兵が焚火に昼間に割っておいた薪をくべる。彼は寒さに酷くうんざりしている様子だった。不満不平を口にし続けていた。


「そいつはどうかなぁ…」


 老人が焚火の炎に目を向ける。かぶっていた兜が少し傾く。


「西と中央にある巨大な森知ってるだろ?」


「ああ、エルフの森だろ」


「そう、そこには聖樹ちゅうな立派な木が生えててな、その頂上にはでっかい炎を纏った鳥がおって、中央から流れて来る雪雲をすべて焼き払ってしまうから、東から来る豪雪は西まで超えてこないんじゃ、その恩恵はこのスターダスト山脈にまでおよんじょる、山にしては雪が少ないのはそのおかげじゃな」


 老人の番兵は何度も説明してきたかのように語った。


「知ってるよ、四大神獣の火鳥ってやつだろ」


 退屈そうに髭の番兵が返す。


「正確には朱鳥というんじゃが、まあ、火鳥の方が伝わりやすいわな」


 老人が諦めたように言った。


「まあ、どっちらにせよ、今、寒いことに変わりはないんじゃ、恩恵があろうがなかろうが意味ないな」


 もっともなことを言う髭の男に老人も静かに同意して頷く。


「それもそうじゃ、お前さんの言う通りじゃ…」


 しばらく、二人の元にひときわ厳しい凍える風が吹き荒れた。身も心も凍らせてしまう風は大陸の中央部から吹き付ける東風だった。痺れる風が二人を温めていた焚火の炎を吹き消した。


「くそ、火が消えちまった。ああ、なんだってこんな日に見張りしなきゃいけないんだ!こんな日に尋ねてくる奴なんかいねえだろ」


「落ち着け、若いの今火を付けるまっておれ」


 老人が鋸壁に焚火を寄せて風が当たらないようにし、手に魔法で炎を灯すとそっと燃え尽きた焚火に炎を戻した。


「助かったよ、炎魔法は苦手なんだ」


「珍しいのお」


「そもそも俺はそんなに魔法自体得意じゃないんだ、水魔法も水のドームまでは張れねえし、壁を張るのが精一杯だ。まあ、だからこんな日にこんなところで番兵するはめになってるのかもな」


 髭の男は壁際に移動された焚火に手を当てるが、その顔には希望がなかった。


「ここはいいところじゃよ、ワシたちのようなはみ出し者には絶好の隠れ家じゃからな」


「まあ、そうだろうけどよぉ…なあ、爺さんはこの組織に仕えて長いのか?」


「ああ、この『ブルート』に入ってもう五十年になる」


「ご、五十年!?」


 驚きのあまりその時だけ髭の男は寒さを忘れていた。


「爺さん一体何歳だよ…」


 髭の男が尋ねると、老人は楽しそうに答える。


「ワシかぁ、ワシは六十六歳、ここで一番の古株じゃよ」


「すげえな、ていうか待てよ、だったら爺さんもうとっくにここの幹部でもおかしくねえんじゃねえか?なんで門番なんかしてるんだ?」


「話すと長くなるぞ?」


「ちょうどいいんじゃないか?まだまだ夜明けは遠い、それに退屈しのぎにもなりそうだ」


「ならば心して聞けよ?ワシの人生を」


「望むところだね」


 老人はそれから軽快に話始めた。

 ブルートは彼が仲間たちと共に立ち上げたなんでも屋だった。ブルートは依頼を受ければそれがどんな内容のものでも請け負う犯罪専門の冒険者のようなものへと成長していった。

 そんな仲間たちと駆け抜けた悪行と青春の限りを尽くした日々を彼は髭の男に語った。


「昔はワシもさんざん悪いことをしてきた。生きるために金が必要だったからな。だからワシらは必死に依頼をこなしていった」


「どんなことをしたんだ?」


「なんでもじゃ、殺人に窃盗、暴力に脅しできる限りのことはぜんぶじゃ、次第にお前さんも知っての通りこのブルートの本業である人身売買専門の組織に変わっていったんじゃ」


 老人は焚火の中に昔の記憶を見たのかジッとその燃え続ける炎を見つめていた。


「それじゃあ爺さんもよく女とかにも手をかけてたのか?」


「まあな、ワシも若い頃は捕まえた女で楽しんだりもしていたが、なにせ商売もしなきゃならんかったから、金がある変態たちに攫って来た貴族の娘を売ったり、大きなものだと村をひとつ潰して女や子供を売りさばいたり、とにかく金が必要だったんでそこらへんは一通りやったわい」


「爺さんも割とえぐいことしてたんだな」


 髭の男が羨ましそうに老人の話を聞いていた。


「昔の話じゃ、今じゃとっくに老いぼれて、こうして門を見張るのがやっとよ」


 ため息と共に自分を卑下していた。


「そうだ、それでなんで爺さんはこの組織を立ち上げたメンバーなのにこんな下っ端みたいなことしてるんだ?」


 髭の男が不思議そうに尋ねると、その老人は寂しそうな目で言った。


「仲間たちがみんな殺されてしまったんじゃ…」


 髭の男もその言葉を聞くと下唇を噛んで老人から目を逸らした。


「マジか、誰にやられたんだ?」


「帝国じゃ、ワシの仲間は、アスラの影に殺されたんじゃ…」


「影?」


「帝国お抱えの裏部隊じゃ、どこの国も汚れ仕事をする部隊が必ずいる。帝国のそれはその中でも最悪だったんじゃ」


 吐き捨てるように老人は言った。


「やつら、一度狙った獲物の息の根が止まるまで絶対に手を引かないんじゃ。どこに逃げようが獲物が死ぬまで奴らはどこまでも追って来る。たとえどんな辺境の国のどんな隠れ家に隠れようとも奴ら必ず見つけ出して殺しに来るんじゃ」


 老人は思い出した過去に身震いすると続けた。


「それでワシと一緒にブルートを立ち上げた親友と、もうひとり初期のメンバーに居た女の子が結婚することになってな、小さな街の教会で結婚式を挙げることになったんじゃが、やつらどこからかぎつけたのか知らないが、その結婚式の最中に襲って来たんじゃ」


「おお…それで、どうなんたんだ?」


「ワシらも必死に応戦したが、そこでワシらの組織はそこで一度壊滅、ワシの親友も彼の花嫁も、その場にいた他の初期メンバーもワシ以外みんな帝国の影に殺されてしまったんじゃ…」


 項垂れる彼に髭の男がそっと肩に手を置いた。


「もう、いいぜ、爺さん、辛い話じゃねえか、無理しなくていい」


「あぁ、ありがとう、ただ結末を言うと、その後もワシは一人でもブルートを続けようと思ったが、ワシには人の上に立つ器はなかった。だから、組織の運営をその時、途中から入って来たバビローに譲ってしまったんじゃ」


「今のボスじゃないか…」


 今のブルートのボスが、バビローという男であり、髭の男の雇い主でもあった。


「そう、しかし、勘違いしないで欲しい、ワシは彼に感謝してるんじゃ」


「感謝?」


「仲間たちと一緒に作り上げたこの組織を潰さずに守り続けてくれたからじゃ、そして、居場所のないワシのことも追い出さずずっと居座らせてくれた。今この砦に居るお前さんのボスはとても賢い男じゃ、こうして本部を南部からこんな辺境の地に構えたことだって、ワシの忠告をしっかり聞いてくれたからじゃ、あいつはブルートのことをよく考えてくれてる。それにワシもこうして微力ではあるがこの組織に力になれることがなにより嬉しいんじゃ、幹部の椅子に座って権力争いするより、ワシはこの組織に愛着があるからこうして門を見張るだけでも満足なんじゃ」


 一通り話すと老人は髭の男を見た。


「お前さんは何歳なんじゃ?」


「俺か?俺は三十五だ、もうそんなに若くねえ」


「バカ何を言う、三十代などまだまだ若造、四十代でもワシからみればガキのようなもんじゃ」


「まあ、爺さんから見ればそうだろうな」


「お前さん、家族はいるのか?」


「いねえよ、分かるだろ、俺のような悪党は家族を持てばそこが隙になる、それにこの世界で女を守れるほど俺は強くねえ、そこら辺の女捕まえてやる方がよっぽど性に合ってんだ」


「ワシもさんざん女を食い物にしてきたが、それでも、親友の結婚式を見た時心を入れ替えたんじゃ、見ず知らずの女より、しっかり関係を気付いた女とだな…」


「おい待ってくれ、そういう爺さんはそういう女を捕まえられたのかよ?」


 髭の男が遮るように老人に問いかける。


「ハッハッハッ、それが心は入れ替えたが身体はそうもいかないものでな、その後もこうして老いぼれるまで非道の限りを尽くしてしまって、終ぞ心を通わせたおなごをゲットはできんかったな」


「んだよ、じゃあ、説得力がないじゃないか」


「しかし、お前さんはまだ若い。これからいくらでも知恵と行動次第で枝分かれした未来を変えられる。このブルートを背負っていく幹部になるかもしれん、そこでたくさんの女たちと愛を交わすことだってできるかもしれんぞ?」


「こんな山奥の砦で凍える夜に番兵をしている俺にか?」


「今を生きれば未来は皆に平等にやってくる。お前さんの未来はまだまだあの星のように明るく輝いてる」


 そう老人がちょうど雲の隙間から見えた夜空にかがやく星を指さした時だった。

 空に輝いていたその星は一瞬にして闇に消えてしまった。


「…なんじゃ?」


 そして、老人がそこであることに気が付く。


「風が止んでおる…」


「どうした爺さん」


「風がない、さっきまで吹いていた風が…」


「風?」


 吹き付けていた冷たい風はいつのまにか止んでいた。それだけじゃなかった。


「星もない…」


 空を見上げると、さっきまで満天の空に輝いていた星がひとつも見当たらなかった。

 それだけじゃない、砦内の夜が深まり闇に変わる。

 不気味な静けさに老人の緊張は高まっていた。


「なんじゃ、何かおかしい、お前さん、ちょっとみんなを起こして来てくれんか、ボスにも伝えて来てくれ」


「わ、わかった、爺さんがそういうなら言う通りにするよ」


 髭の男はわけも分からず重い腰を上げて、近くにあった梯子を使って下の広場へと降りていった。


 老人も視力の悪くなった目で、鋸壁のすき間から遠くの景色を見ようとしたが、闇が広がるばかりで、目新しい異常は見つけられない。


「何が起こってる…」


 老人が注意深く目を凝らして壁の外の闇を見つめていた。


 その時だった。


 遠くにかすかな異変を捉える。


「なんじゃ……」


 遠くに人の形をした輪郭の影をぼんやりと捉えた。

 老人が目を凝らして闇を見据える。

 だが、その影がゆっくりと砦へと近づいてくる度に老人は違和感を覚えた。


「なにかおる…」


 そして、その違和感は何も間違いではなかった。


 ズンズンと地面を踏みしめて歩く、地鳴りが聞こえた。


 砦の外に生えていた五メートルほどあった、葉を落としきった木々が、その近づいて来る足音と共になぎ倒されていく音も聞こえてきた。

 何か巨大な生き物がこっち向かって近づいて来ていることだけが明確に分かった。


「炎よ」


 老人は手の平に炎を宿し、空に向けて放った。

 放たれた炎が星が消えた夜の空で輝くと、砦周辺に昼間のように明るく照らした。


「なんと…」


 その発光から老人はこちらにゆっくりと歩いていた怪物の正体を解き明かした。


 その怪物には頭が無なかった。二十メートルはある大きな体には大量の触手が生えており、左腕は無くその代わりに右腕には異常に発達した筋骨隆々な剛腕が備わっていた。

 そして、老婆のように腰を折りながら歩いて行くと、本来なら首がある場所には大きな口がついていた。無数の牙が生えるその口はまるで地獄の入り口だった。


 その怪物は歩みを止めることなく砦へとゆっくりと近づいていた。


『なんじゃ、あれは分からん、分からんが、分かってはいけないことなのは確かじゃ…』


 闇が産み落とした獣かあるいは呪いの化身か、まるで見ただけで呪われてしまいそうな忌々しい姿は、人々を脅かす魔であり、まさにおとぎ話に出て来るような魔物だった。


 そんな魔物に、老人はその場を後ずさることしかできなかった。


「み、みんなにげろ…撤退じゃ!!この砦を捨てて……」


 老人が怪物に背を向けて逃げ出そうとした、その時だった。


「ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 大気を震わせるほどの轟音が老人の耳を駆け抜けた。

 それは哀しみに満ちた者の嘆きにも聞こえ、怒り狂った獣の咆哮にも聞こえた。


 次の瞬間老人は宙を舞っていた。


 自らの意思で飛んだのではない、物理的な衝撃を受けて空に打ちあげられたのだ。


「がはッ」


 老人は身体に走る激痛に理解が追い付かない。


 しかし、一瞬ではあったが、老人は見ていた。


 絶叫した首の無い怪物そう【首なし】が突如、目にも止まらぬ速さで加速、駆け出し、砦の城壁に突撃したのだ。


 空を舞う老人は落下するまでの猶予に、その目に信じられないものを捉えた。

 夜空かと思って見ていた空は無数の触手が絡み合った結果、覆い尽くされたものだということを。

 そして、老人が落下するその下の砦の広場では、騒ぎを聞きつけ外に出たブルートの戦士たちに理不尽が襲う。

 その身に染みた罪を償う前に、許しの言葉を聞き入れてもらう前に、彼等は首なしによって、有無を言わさずその剛腕を凄まじい速度で力の限り振るわれると、彼等の身体にその場に残ったのは脛から下の二つの足だけだった。それ以外の身体の部分は振るわれた膂力によって消し飛ばされてしまった。


 緊急時になる鐘が何度も鳴らされる。


 広場に人が集まって来る。

 しかし、集まって状況を把握する前に首なしが振るう剛腕にみな足から上の身体を吹き飛ばされて絶命していく。


 老人はそんな広場を見ていたがやがて、砦の本丸があった屋上に運よく激突すると、何本か足の骨は折れたが、一命はとりとめた。

 そして、這って屋上の縁に向かい眼下に広がる広場を見るとそこは地獄が広がっていた。


「助けてくれええええ!!!あッ」


 男が剣を持って広場に出たが戦意喪失、すぐに逃げまどい悲鳴を上げるが、容赦なく踏みつぶされ、首なしの足と地面の間に彼の胴体が挟まれると、彼は大量の血を吐き出して絶命していた。


 広場に出て来た人々は次々と自分がした選択を後悔し、逃げようとするが、首なしの前に現れた時点でその命は無残に死滅することが決まっているかのように、首なしは容赦なく、ブルートの人間たちを虐殺し続ける。


「はやく、逃げろ、お前たち!!」


 部下を助けるために時間稼ぎをする男も、その後ろですでに逃げ出していた部下もろとも首なしの蹴りで要塞の壁に叩きつけられただの赤い染みになっていた。


「はやく、急いで逃げるのよ!!」


「ありえない、あいつ…」


「嘘でしょ」


 ブルートには女性の隊員たちも多くいた。彼女たちも必死に逃げようと門に向かって走っていた。

 この砦は出入り口が一つしかなく、それが先程まで老人が守っていた門だった。

 そのため、人々は砦から門の前の広場を通って逃げるか砦を囲む高い壁から飛び降りるしか逃げる選択肢はなかった。


「こっちにきたわ、みんな急いで!!」


「きゃああ!!!」


 逃げ出した女たちが首なしに見つかると、奴の身体を纏っていた触手たちが一斉に彼女たちに迫り、ひとりひとり丁寧に絡み取っていくと、そのまま女たちはまるで果物の果汁を絞るように握り潰され、数秒後には女たちはタダの肉塊と血だまりに変わっていた。


「絶望じゃ、こんなのありえん、悪夢、悪い夢じゃあ……」


 広場で殺されていく同胞たちを老人はただ見つめていることしかできなかった。


「魔導士たちよ、構え、放て!!!」


 そこで老人はこんな絶望に抗うひとりの男を見た。


「バビローか、やめろ、無駄じゃ、みれば分かる…人が相手にしていいものでは……!?」


 現ブルートの親玉であったバビローが、組織の精鋭部隊を連れて首なしの討伐に打って出ていた。

 しかし、バビローの魔導士たちが束になって強力な属性魔法を放つが、首なしが拳をひとつ振るうとその拳の圧だけで、バビローに命令された精鋭たちはただの肉の塊に早変わりしてしまった。


「あ、ありえん、誰か、誰かいないのか!!!」


 バビローが叫ぶが逃げまどう人々ばかりで誰も彼の言葉を聞いてはいなかった。


 そこで首なしが門から逃げようとしていた人々を察知すると、奴は首の根元にある大きな口を彼等に向かって開き、そしてそのまま二つの巨大な足で地面を蹴り駆けだした。


「う、うわあああああああああああああああああ!!!!!」


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」


「たすけ…!!!」


 猛スピードで次々と首なしの口の中に飲み込まれる人、人、人。


 首なしが立ち上がると、次の瞬間全身から大量の血を吹き出し身震いしていた。


 さきほど食べた人間の血や肉が、触手の奥にある身体の両脇の下にあった穴から排出されていた。


 もはや奴が生命なのかどうかすら疑わしかった。まるで、人間を殺すことだけに特化した機能は神が人間に与えた罰でもあった。


「助けてくれ…頼む……」


 首なしの前で腰を抜かして立てない若者がいた。


 しかし、首なしは容赦なくそのものを踏みつぶして、まだ広場に残っていた人々を狩り始めた。


「お前たち戦え!!ここは私たちの本拠地なんだぞ!!!」


 バビローの声は誰にも届かず、最後は首なしの触手によって無残にも食いちぎられ絶命していた。


 老人はすべてが終わったと悟った。

 ブルートはここで幕を閉じる。

 みんなを束ねていた優秀なリーダーも死んだ。


 いまここに残っているのはただの能無しの悪党たちだけだ。


 老人はそんなつまらない現実を見るのを止めて仰向けになった。


「アハハハハハハハハハハッ、五十年かけて積み上げて来たものがこうもあっさりと終わるかぁ!」


 老人は壊れたように笑った。


「アハハハハハハハハハハ愉快、愉快じゃ!!!」


 最後は夜空に浮かぶ美しい星も見れず、ただ淫靡に蠢く夜空を眺めることしかできなかった。

 笑い終わった後、冷静になった老人は悔し涙を流す。


「最悪じゃ、こんな、こんなわけの分からぬ最後など認めぬ、ワシは、ワシは…絶対に……」


 すると老人の目の前に突如巨大な拳が現れる。


「なッ」


 死が訪れる。


 老人の後悔だらけの人生に幕が下りた。


 首なしはそのまま屋上にいた老人ごと砦を殴り、その一撃で立派に聳え立っていた砦を瓦礫の山へと一瞬で変えてしまった。


 首なしはそれからも触手と音を拾いながらその砦にいた人間たちを狩りつくすと満足したのか、首なしは巨大な咆哮をひとつ放ち、周囲を覆ていた触手を晴らしていくと、満天の星空が広がる夜空の下、山の中の闇に姿を眩ませた。


 スモーク砦を採用していた人身売買組織ブルートはこの日あっけなく幕を閉じた。


 これがレイド王国で首なしが起こした最初の大量虐殺だった。

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