踏み荒らされる夢
視界を覆うほどの霧の中を進んで行くと、そこは森の中だった。
しかし、そこは森というにはすこし現実離れしていた。
同じ背丈の木々が等間隔に伸び、地面には緑の絨毯のような手入れされた芝生が広がっていた。そして、歩いても、歩いても変わらない景色がより一層ここが現実じゃないと教えてくれている気がした。
それでもその先に何かある気がして、ハルは走り続けた。
「ねえ、あなたさ」
走っているとふと声がして振り向くと、そこには女性が立っていた。顔は相変わらず霧に隠れて見えなかったが、その子がハルが会いたくてたまらない人であることに変わりはなかった。
「君は、その、前にもあったよね!探してたんだ、もしかしたら、どこかにいるんじゃないかって思ってさ、そしたら、こうして会えた!!」
「………」
弾けるような笑顔も彼女には効果がないのか、無反応だった。
「君の名前を聞いてもいいかな?」
「それより、これは何?」
彼女が近くにあった木を指さした。
そこに根元からへし折れた痛々しい木があった。
「分からないけど、折れてるみたいだね」
「あなたがやったんだ」
「俺が…」
「あなたがこの森を走ったからこうして木が折れたの、どう責任とってくれるの?」
「ごめん、それなら元に戻すよ」
倒れた方の木の幹を持って、千切れた部分とくっつくように重ねた。
しかし、手を離すと当然くっ付くことは無く、すぐに倒れてしまった。
「もとに戻ると思ったの?」
「どうすれば許してもらえるかな…」
「許されるわけないでしょ、ふざけてるの?」
「ごめん…」
彼女の機嫌を損ねてしまいハルも悲しかった。
「見て、あなたが走ったおかげであんなに木々がなぎ倒されてきたのよ、この木ひとつひとつにだって命があった。それをあなたは何の考えも無しに踏みにじった」
「そんなつもりはなかったんだ。ただ、君に会えると思ったら嬉しくて、それにこの夢が覚める前に少しでも長く君と一緒に居たかったんだ」
「私はあなたとなんて少しも一緒にいたくない、さっさと消えて」
そういうと彼女は森の奥へと歩いて行く。
「待ってよ」
ハルが彼女を追いかけようと走り出すと、まわりの木がなぎ倒されていった。それでも彼女と少しでも一緒にいたかったハルは嫌われると思っても彼女後を追った。
「ねえ、待っててば」
彼女を追って走っていると、向かいから大小さまざまな動物たちがハルとは逆走して走って来た。
「動物…」
構わず走っていると、ハルの周りでいきなり動物たちがおぞましい音を立てて潰れ始めた。先へ進めば進むほど動物たちの数は増え、ハルの周りで潰れていく動物たちの数も当然増えた。
走れば走るほどハルの後ろには大量の血が流れた。
それでも走ることを止めなかった。
気が付けば、森を抜けて霧が立ち込める広い草原のような場所にでていた。
森を出た先のその平原には、さっきの霧の彼女が立っていた。
「あなた、自分が何をしたかわかってるの…」
「俺はただ君の傍に居たくて…」
「あなたが前に進むせいで多くの命が犠牲になってる、そのこと理解してる?」
「………」
「自分の足元みて見なよ」
足元に目を落とすと大量の肉が足の裏にこびりついていた。
「あなたは自分のことが分かってない、あなたの力は周りを不幸にするし、なによりハルを不幸にする。私はそれが何よりも許せない」
「俺はハルだよ…」
「あなたはハルじゃない、前にも言っただろうがぁ………」
語気を強めた彼女の口調は荒々しかった。
だが、やはり彼女は前にあった女の子といっしょだった。顔は見えないが声が一緒だった。それは懐かしさを感じさせる声だった。その声を聞くと心が安らいだ。
「もうついてこないで、あなたは来た道を戻って、そうすれば、誰からも何も奪わなくて済むから、それともうここには来ないで…」
彼女は草原を行ったり来たりしていた巨大な霧の中に呑まれていくと、そのまま姿を消してしまった。
ひとりになったハルはその霧の平原を歩き始めた。
しばらく、いなくなってしまった彼女のことを考えながら霧の中を進んでいると、自分が何かを踏みつぶしていることに気付いた。
そこでタイミングを見計らったかのように、視界いっぱいに広がっていた霧が晴れた。
ハルが最初に足元を見ると、そこには誰かの腕があった。その腕は途中から千切れたのかその先は胴体に繋がっておらず、気が付けばハルはその腕を踏んずけていた。それだけじゃない背後を振り返ると、頭や胴体、脚などの身体の部位がバラバラに散乱した赤黒い血と肉の塊の道が出来上がっていた。
そして、正面を見ると、そこには顔の見えない女の子が立っていた。
「お前なんか、存在しなければ良かったんだ…」
その言葉を最後に聞いたハルは急激な眠気のようなものに襲われ静かに目を閉じた。
それは現実に戻る合図でもあった。
夢から覚めるその直前までハルはずっと彼女のその言葉の重さに耐えきれず涙を流して泣いていた。
そんな泣きわめく自分を慰めることなくハルは目覚めた。