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鎮火する烈拳

「五星冒険者さんの実力はこんなもんか?」


 大男の討伐クエストは失敗に終わった。


 被害も悲惨なものだった。


 ガラの悪い冒険者たちは大男の手によってひとり、ひとり丁寧にぶん殴られては、意識が途切れるその瞬間まで殴られ続けていた。


 ガラの悪い冒険者たちは最初彼を囲い袋叩きにしようとした。身体に魔法までかけて強化し、念入りに声までかけてチームワークまで駆使して、息を合わせて一斉に襲い掛かったのに、一斉に返り討ちにあった。


 大男は身体をねじり二つの丸太のように太い腕を回転させ、思う存分に振り回し、冒険者たちをそれだけで半壊に持ち込んだ。


 吹き飛ばされた冒険者たちはその後一人ずつ迫りくる大男の拳を何度も振り下ろされ血だらけになって地面に伸びていた。


 そして、最後に残った星五の無傷の冒険者に大男は呼びかけた。


「おい」


 星五の冒険者は生まれたての小鹿のように震えながら、それでも冒険者としての意地があるのかファイティングポーズを取ることを止めようとはしなかった。


「な、なんだ…やるのか、だったら、もう、こっちも本気で…」


 男が腰の剣に手を付けようとした時だった。


 大男は手に持っていた殴り終えた冒険者のひとりをその星五の冒険者の足元に投げ飛ばした。

 血だらけで顔面が真っ赤に染まっていたが、その転がされた冒険者にもちゃんと息はあった。


「お前、後ろの女たちと死にかけの仲間連れてさっさと失せろ…」


 すると大男が殴って意識を飛ばした冒険者たちを拾っては、その星五冒険者の元に投げ飛ばす。

 星五の冒険者の前に気絶した四人分の仲間が積み上がった。


「ほら、お前らも行って手伝ってやれよ」


 大男が近くにいた星五冒険者の女たちを睨むと彼女たちも星五冒険者の元に駆け寄った。女たちは怯えながら不安そうな顔で倒れた冒険者たちに肩を貸し始めていた。


「まだ、終わっちゃいねえぞ!!」


 しかし、そこで何をとち狂ったのか、最後に残った星五冒険者の彼が腰の剣を抜いてしまった。


「お前、俺の女に指図したな、許せねえ、こいつらに命令していいのは俺だけだぁ」


 彼は剣を構え大男に向けた。


「お前、剣を抜くってことが、どういうことかわかってんだろうな?」


 大男の目つきが一瞬で鋭さを増し、ギルド内の空気も殺気立ち始めた。


「もう、ガキの遊びじゃなくなるってことなんだぞ?」


「うるせえ!このまま引き下がれるか…俺をコケにしやがって…ぜってぇ許せえねえ!!」


 女たちが彼を止めようとするが彼は女たちの手を振り払って叫んだ。


「死ねぇ!!!」


 星五冒険者が剣を振りかぶって大男めがけて駆け出す。


「小さなプライドのために死を選ぶとは滑稽だな…」


 大男の拳に炎が宿る。

 それは拳を主体とする戦い方の拳術では、基本となる拳に属性魔法を纏わせる戦い方だった。そして、その拳術でもっとも多く採用される魔法が炎だった。ただでさえ主力として拳術を採用する者が少ないため、あまり拳術は広まっておらず、魔法の中でも使い勝手がよく基本的に誰でも扱える炎魔法が拳術の中でも主流の型として広まるのは当然だった。


「終わりだよ」


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 星五の冒険者の剣が振り下ろされるよりも圧倒的に早く、大男の拳が彼の頭を吹き飛ばそうと熱い拳が迫る。


『あ、これは…』


 星五冒険者はそこでようやく死を悟った。

 彼も冒険者として実力を積んでいるため、大男が放った拳がどれほどの威力なのかはその運動量を見ただけでわかった。それは人間に放っていいレベルの拳じゃなかった。それは凶暴な魔獣の身体も貫く勢いの魔拳。そんなものが恐怖で歪んだ男の顔に当たったら?きっと痛みも感じる間もなく死んでしまうのだろう。


『死ぬ…』


 たかが女たちの前でいい格好をしようとした自分がまさかここで死ぬなんて思ってもいなかった。


 星五冒険者の彼は剣を振り下ろすのを止め、迫る拳を受け入れるため死を悟った。


 酒はもう抜けていた。


 だが、いつまで経っても彼に死が訪れることはなかった。


 まさか死んだのか?死と生に境界線はないのか?そんな思いを抱きながら彼が恐る恐る目をあけると、そこには黒髪の青年が立ち、大男の魔拳を片手で受け止めていた。


「剣を抜くのは良くなかったね」


 星五冒険者はその場に力なく崩れ落ちた。



 ***



 ラースは信じられないようなものを見る目で、目の前の黒髪の青年を見ていた。


『おいおい、マジかよ…全く動かねえ……』


 ラースは青年の黒い手で握られた拳を見て動揺した。


 ラースは、剣を抜いた冒険者を本気で殺すつもりで殴ろうとしていた。

 喧嘩にも限度があり、よく酔っ払いたちが拳で語り合うが、それでも怒りが治まらないと獲物を取り出すことがあった。そうなるとそれはもう喧嘩ではなく殺し合いという認識をラースは持っていた。実際に仲間うちで死人がでたこともあった。

 酒の場で理性は働きずらく、酔った者に話は通じない。そんな者が怒りに身を任せて獲物を取り出すということがどれほど危険なラースは知っていた。

 だから、手っ取り早く目の前の酔っ払いを殺し、この場をおさめるつもりだった。


 しかし、そうはならなかった。


「みんな一回落ち着こうか…」


 青年が手を離すと、ラースは手を引っ込めて手を握ったり開いたりして自分の手を確認した。

 彼の手は黒い触手のようなものがまとわりついており、火傷ひとつしていなかった。


「あんた一体何者なんだ…」


 そう尋ねると彼は思慮深い顔で言った。


「俺が何者かって?知りたい?」


「ああ、俺の拳を受け止められる奴なんて、そういねえからな…」


「いいだろうならば教えてやろう…」


 そこで彼はより一層真剣な顔で言った。


「俺は向こうにいる彼女のヒモをしている」


 青年が指を指した先には、ラースもついつい目で追ってしまうほどの黒髪の小さな美少女がいた。


「ヒ、ヒモ?」


「彼女のお家に泊めてもらって、ごはんまで食べさせてもらって、おまけに金まで援助してもらってる。どうだ少しは俺のことを見損なっただろ?」


「はぁ…」


「まあ、結婚してるからヒモじゃないんだけど、いやでも待てよ…正式に結婚したわけじゃないから、世間からみたらやっぱりヒモなのか…なんだか、ますます、虚しくなってきたよ、ハハッ…」


「ちょ、え?」


 彼が何を言っているのかさっぱり分からなかった。

 ラースが困惑していると、彼が背中を向けて、星五冒険者の彼に声を掛けていた。


「ところで君!」


「あ、はい…」


「仲間を連れて医療塔に向かった方がいい。なんなら手伝ってあげるからさ、もう、ここを出よう、飲みすぎたんだよ、君たちは」


 そう言うと、青年が冒険者たちを担ぎ始めた。


「いい街医者を知ってるんだ、案内するよ」


「あ、あぁ…」


 生気の抜けた男はあいまいな返事をだけして、何が起こっているのか現実を受け入れることだけで精一杯のようだった。


「ルナたちも力を貸してくれない?ひとりでけが人を運ぶの難しいんだ、なるべく傷口が広がらないように運んであげたいんだ」


 青年が健気にお願いする。だが、返事は厳しいものだった。


「嫌よ、そんなクソども助ける価値ないもの」


「えぇ…じゃあ、フレイはどう?」


「そのまま出血死させたらどうですか?」


「…わかったよ、俺だけで運ぶよ」


 青年が彼の身内の女性たちに助けを求めるがあっさりと断られる。だが、そこで冒険者たちに侍っていた女性のひとりが、青年の元に来ると言った。


「あの私も手伝います」


「え、君にはちょっと持てないとおもうよ、気絶してる人を運ぶのって結構大変だからさ」


「いえ、手伝わせてください、彼等はこれでも私たちの友人なので…」


 女性はそんなことを言うが、冒険者の心配よりその青年をずっと見つめていた。


「待ってだったら私も手伝うわ」


「私にも手伝わせて…」


 女たちが青年の元に集まって来る。


 しかし、そこでラースも背筋にも悪寒が走るほどの殺気を感じ取ると、その殺気が溢れる方を見た。

 すると、あからさまに眉間にシワを寄せて怒り狂う狂犬のような顔の、ルナと呼ばれた黒髪の女性がゆっくりと女たちに迫っていた。


「おい、どけ、どけよ!!おんなども!!」


 ルナが女たちを乱暴に押しのけ、ハルのもとに来ると近くで伸びていた冒険者のひとりの足を片手で掴み持ち上げた。


「フレイ、あなたもひとり持ってあげて」


「分かりました」


 フレイもルナの指示で冒険者のひとりを担ぐ。


 華奢な女たちとは違い、二人の身体はちゃんと鍛え抜かれていた。


「それじゃあ、行くからついて来て」


 青年が星五の冒険者に声を掛ける。彼はまるで神に縋る信者のようにその青年の言葉に従いおぼつかない足取りで彼の後を追っていた。


「………」


 ラースが呆然と去っていく彼らを見ていた。


「あ、そうだ、お礼を言うの忘れてた…」


 そこで青年が振り向いて、ラースに言った。


「助けてくれて、ありがとうございました」


「…あぁ、いいんだ、別に……」


 青年が丁寧にお辞儀をすると、彼は皆を連れて冒険者ギルドを出ていってしまった。


 ラースがいつまでも何が起こったのか分からずにその場に立っていると、後ろから声を掛けられた。


「ラースさん、大丈夫ですか?」


 心配そうにエシがラースの隣に立つ。


「ああ、大丈夫だ。ただ、俺は、今とても信じられねえものを見た」


「なんですか?」


「俺の本気の拳をあいつ片手で止めやがった…」


「また冗談を…」


「………」


「え、ほんとに?」


 ラースがいつまでも受け止められた拳をさすっていた。

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