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冒険者と情けない男

 俺の名前はノンディー。


 ここレイド王国にある王都スタルシア支部の冒険者ギルド、そこに所属する冒険者だ。

 冒険者ランクは星三だ。

 だが、驚かないで欲しい、俺は何とまだ二十四歳と冒険者の中では若い。星三冒険者には俺よりもっとうだつが上がらない壮年や中年の男たちがごろごろいる。

 そんな奴らと比べたら、俺はどこからどう見ても熟練冒険者だ。


 ひとりでクエストをこなせるようになってからは、基本はソロで活動している。もちろん、一緒に組んでくれる仲間もいるが、俺の巧みな剣術で達成したクエストの取り分が平等なのは少し納得がいかないからだ。


 仲間たちにソロになると打ち明けた時は大変だった。俺という才能を手放したくなかったんだろうなぁ…必死に引き留めていたよ。だが、俺はそんな彼らに対して決して粗末な扱いはしなかった。

 人間ができているからだ。

 俺は話し合いの末、たまに彼らのパーティーにも顔を出すという形で別れることになった。


 ソロになった俺は星三のランクAのクエストをこなしまくった。

 俺が愛用している魔獣狩りのショートソード【獣裂剣(じゅうれつけん)】が凶暴な肉食獣はもちろん、単体なら中型の魔獣だって切り裂いて来た。


 俺ほど冒険者に向いている男はいない。


 今日だってそうだった。

 昨晩、張り出されたクエストをもう今朝の内にこなして、ギルドから金を受け取りこうして、昼前にひとりで優雅に紅茶を嗜んでいるのだから、どこからどう見たって俺は将来有望な冒険者だった。


 冒険者ギルドの中でも最高ランクの星六になるのも夢ではないのだ。


『それにしても、今日の冒険者ギルドの顔ぶれは酷いな…』


 ばれないように俺は自分がいた冒険者ギルドのロビーのテーブル席から、隣接していた酒場のとあるテーブル席に視線だけを向けた。


 そこには浅黒い肌をした大柄で子供が泣いて逃げ出しそうな強面の男と、褐色の肌をした細身で銀髪のあまりぱっとしない顔の男がいた。

 大柄の男はなにやら野菜を適当に放り込まれただけの意味の分からない酒を見て驚いていいるようだったが、俺はそんな酒を楽しむならどこか他の酒場に行って欲しかった。彼等には悪いが、今すぐここから出て行ってもらいたかった。


 彼等がいるだけで今日のギルド内の空気は最悪を更新し続けていたからだ。


 ただでさえ、俺が嫌いな冒険者でもない女の子たちを連れ込んで飲み明かしている冒険者たちがいるのに、これでは俺の完璧な朝は台無しだった。

 それにだ。そのパーティーで集まっている奴ら、まるでその女の子たちを見せびらかすように、一番目立つクエストボードの近くのテーブル席で飲んでいやがるんだから質が悪い。


「少し言ってやるか…」


 席から立ち上がろうとしたが、俺はあるものを見てしまって立つのを止めた。

 その騒いでいた男たちのうちの一人の胸の部分に、五つの星が付いた上品なバッチが光り輝くところを。


『あいつ、星五冒険者(いつつぼし)なのか……』


 その男は、俺と対して歳が変らなそうなのに、俺よりも二つ上のランクのバッチを身に着けていた。


 がっかりして座り直す。

 冒険者のランクには一から六までのランクがあった。


 まずひとつ例外として【星無し】、これは冒険者ギルドに所属していない者のことを指すもので数えるうちに入らないだろう。


 そして、冒険者は星一つから六までの星を手にすることができた。


 各星のランク付けにはちゃんとした意味がある。それは被害を最小限に抑えるための指標といえた。

 冒険者ギルド側が、その受けた依頼をこなすのに相応しい人物かどうか判断するために冒険者をランク付けし、冒険者たちが安全に自分の実力にあったクエストを受けられるように難易度によって受けられるクエストを選別するのだ。


 ちなみに星の中にも、【Aランク】高難度クエスト、【Bランク】中難度クエスト、【Cランク】低難度クエスト、と三段階に分かれており、星のランクを上げるには高い難度のクエストをこなす必要があった。

 ちなみに難易度の中には【Sランク】超高難度クエストも存在するが、これは星六のみの冒険者だけが受けられるクエストなので、他の冒険者たちはAランクのクエストをこなせるようになれば、次の星へ進めることを考えていれば良かった。


 星一から星三の間までは、一定数のAのクエストをこなせば星をひとつ与えられた。

 だが、星三から星四に上がるには、毎年行われている冒険者ギルドが実施している試験に合格しなければならなかった。

 この試験が原因で一生星三から星四に上がれないという者が冒険者の中にはいる理由でもあった。しかし、星三から星四への合格者が少ない理由として、冒険者ギルド側としては冒険者の命を守ることを最優先に考えての結果というものがあった。


 クエストの難易度が上がれば、それけ死ぬリスクが跳ね上がることは当然だった。

 冒険者ギルド側としても冒険者を失うことは経営上も大きな痛手だ。そんな彼らを無理に星四にして失うわけにもいかなかった。

 そのため星三から星四への合格者は毎年少なかった。


 さらに星四から星五も、同様に試験がありこちらは三年に一回。

 そして星五から星六ともなると五年に一回と、試験の間隔は星の数によって開きがあった。

 もちろん、これはそもそも試験を受ける者が少ないというのが理由のひとつではあった。


 だから、星五である彼を悔しくも俺は認めなければならなかった。


 彼のような天才はここの冒険者ギルドでは必要な人間なのだ。

 横柄な態度が許されるのは当然だった。


 だが、無性に腹がたった。

 何かにやつ当たりしてやりたい気分だった。


 そして、都合よくその時、あるひとりの男が冒険者ギルドの中に入って来た。


 そこには一人の背の高い若い男が立っていた。二十代くらいまたしても自分と同じくらいの青年だろうか、黒髪で顔がそこそこよく、ガタイもそれなりに良かったが、冒険者ギルドに来るにはあまりにもラフな格好をしていた。

 まるで街を観光しに来たのに間違えてこの冒険者ギルドに迷いこんだのか、腰に武器一つ据えていない彼が、とてもじゃないが冒険者には見えなかった。


「なんだあの格好、初心者か?」


 と言っている間に、彼の後ろから思いがけないような人物が入って来た。


「待ってよ、ハル、置いてかないでよぉ…もう……」


 その現れた少女につい目を奪われてしまった。

 夜を映したような流れる黒い長髪。綺麗なきめ細かい白い肌。血濡れたようなゾッとする紅い双眸、けれどその瞳も彼女の美しい相貌に組み込まれていることで、彼女の魅力をありえないくらい底上げしていた。


 吸い込まれてしまいそうな彼女の魅力に、俺だけじゃなく、他の席にいた飲んだくれも、女たちを連れた柄の悪い連中も、しまいにはあの強面の男まで視線を彼女に向けていた。


 入って来た男は一目散に依頼所が張り出された、クエストボードの前に行き、張り出された依頼の内容を吟味し始めた。


「え、どうしたの?」


「………」


「依頼でも受けるの?」


「………」


「ねえ、ハル?」


 その今入って来た黒髪の男は、美しい美貌を持った彼女からの質問に対して一切答えることなく、無視して、ひたすらクエストボードに張り出された依頼書を睨んでいた。


「これから依頼に行くの?」


 男は肩を揺さ振り始めた彼女に言った。


「…だって、俺、いま全然、金ないから」


 その男は震える声でそう言った。


 それを聞いた俺の心の第一声はこうだ。


『情けない男だ』


 しかし、そんな落ち込むクズ男に、そばにいた彼女が優しい言葉を掛ける。


「いいんだよ、お金は私が払うから、私はハルの財布だよ、好きに使ってよ」


「ううっ、やめろ、そんなこと言うな、今の俺には刺さるからやめてくれ…」


「だって、それはしょうがないことでしょ、ハルは全部失ったんだから…」


「それでも、だんだん耐えられなくなってきたんだ。このデートだってお金は全部ルナ持ちなんだもん!!」


 男はその場に崩れ落ちて、冷たい床に額を付けながら、続けた。


「君の家の為にも少しは貢献しようと思ったけど、俺がここでやったことと言えば、みんなを引っ搔き回したり、らくして情報集めたり、美味しい料理をタダで食べさせてもらったり、後はあれだ、たくさん物を壊すことぐらいで…全然、フェアな関係じゃない。それどころか、むしろマイナスだよ!ルナはそうは思わないわけ?」


 彼女はそんな自暴自棄気味な彼の前で膝を折って屈む。そして、彼女は極上の笑顔を浮かべてそんなクズで残念そうな彼と向き合う。


「よしよし、そっか、そっか、お金がなくてへこんでたんだね。でも、大丈夫よ。今日のデート代も私がすべて出すし、ていうか、これからの生活費も、ハルが欲しいと思ったものもさ、全部私がお金出すから、あなたは何も考えなくていいのよ」


 甘やかすのにも限度を超えているようにも思えた。

 ああいうクズ男には鞭が必要なのだ。

 彼女はきっと騙されているのだ。


 しかし、彼女は彼をなだめることを止めない。それどころか、彼女は彼に入れ込んでいるようだった。


「まあ、なんていうか、その代わりといってはなんだけど、えっと…ハルはもっともっと私を好きになって欲しいというか、ラブラブな感じをもっと前面に出す感じでお願いしたいんですが…どうですか?」


 彼女は無様な姿で床に項垂れる男の頭を撫でていた。


 絶句した。

 あの男はいったい何をしたらあんな上玉の女に貢がせて、さらにはその対価がただ彼女を愛することだけという、羨ましい限りの状況に持っていけたのか?

 理解が追い付かなかったし、理解したくもなかった。というかむしろ腹が立って来た。


 『あいつまさか星無しじゃないだろうな、いや、きっとそうだ、それなのにあんな美女を連れて』


 俺の方が人間として格上なのは間違いなかった。

 多分彼は借金もしているのだろう。

 底辺の彼にあんな優しくて綺麗な女はもったいなかった。


 『彼女も彼に騙されているんだろう…』


 哀れな彼女を救ってやりたくもなかった。


「クソ!金さえあれば!!」男がむせび泣きながら床を叩くと、「金より愛だよ、ハル!!」女が彼を庇うように言った。


 俺はそこで思った。

 せめて俺よりは下のランクであってくれと。


 それが唯一の望みだった。

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