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厳つい金の亡者

 レイド王国、王都スタルシア。


 澄んだ空の下、高い壁に囲まれた王都は、神獣の進行を遅らせるための防壁で、丘の上に聳え立つ王城ノヴァ・グローリアから東西南北に伸びる四つの大通りは、非常時に王城にいる騎士団たちの優先通路であった。

 しかし、今は馬の蹄、馬車の車輪、行きかう人々の靴底が、石が敷き詰められたその大通りを行きかい、街は活気に満ち溢れていた。


 通りには出店が立ち並び買い物客で賑わっていた。


 その街中をひとりの男が歩いて行く。

 その男の周りには自然と人が避けていった。


「相変わらず、ラースさんといると道が空いていて歩きやすいです」


 身体の線の細い白い服の男、彼の褐色の肌に銀色の髪がなびく。


「エシ、それはどういう意味だ?俺様に喧嘩を売ってるのか?」


「まさか、率直な感想を述べただけです」


 エシの隣には強面の大柄の男が一緒に歩いていた。

 彼の名は【ラース】で、【バースト】という組織に所属するエシの上官だった。

 彼の風貌は明らに裏社会で名を通していますよといった具合の迫力あるいかつい顔であり、二メートを超える身長からも通行人が彼を避けて歩くのもよく理解できた。

 喧嘩をしようものなら彼の剛腕で捻り潰される未来は誰から見ても明らかだった。


「口を慎まない奴は早死にするぞ」


「忠告感謝します」


 ラースとエシは、人々が避けていく大通りを進み、その通りに面した大きな建物の前に来た。

 その建物の看板には【冒険者ギルド】と書かれていた。


 ラースを先頭に扉を開けて中に入ると、人々の視線が彼に注目した。冒険者ギルドには主に肉体を資本とする依頼が来るため、ギルド内の者たちもそれなりに引き締まった体をした者たちが多く威圧感もあったが、ラースを超える巨漢の男はおらず、彼と比べたらギルド内にいる男たちは子犬同然だった。


 ラースが受付の一番受付と掛かれた職員の元へ行く。するとその一番受付をしていた女性の柔和だった表情がすぐに凍り付いた。


「すまないが、ギルド長はいるか?」


「ええ、いらっしゃいますが…どのようなご用件でしょうか?」


「とっておきの情報を持って来たんだ、彼と直接話したい、ラースと言えば分かる」


「確認して参りますので、少々お待ちください」


「はいよ」


 ラースが受付に背を向けて、振り返りギルド内の様子を窺うように辺りを見回した。

 エシが退屈そうに立っている他は、冒険者たちがラースと目線を合わせないように下を向いてちびちびと酒を飲んでいた。


 ギルド内には業務提携をしている酒場が入っていることが多く、冒険者たちにとって『依頼を終えた後の一杯は格別』という宣伝文句で開かれていたが、朝から晩まで休むことなく開いていた冒険者ギルドは、朝から飲んだくれる者たちも多かった。そのため、冒険者は一部の格式の高い貴族たちから野蛮だとよく思われていない面もあった。


 しかし、街として冒険者ギルドは、治安維持の機能としても十分に機能していた。

 彼らは飲んだくれではあるかもしれないが、犯罪者ではない。

 対価を受け取り自分に見合った依頼を受け、それをこなす冒険者なのである。そのため、夜の街での喧嘩などへの仲裁の依頼を受ければ腕っぷしの立つ彼らは喜んで駆け付けた。それは街を警備している騎士たちよりも金が絡んでいる分動きは早く、街の便利屋としての機能を十分に発揮していた。


 もちろん、冒険者の中には無礼で粗暴でどうしようもない者もいる。しかし、だからといって彼らは進んで犯罪を犯そうとしているわけではない。一般市民なのである。


「大国のそれも王都の冒険者ギルドだって言うのに、しけた面ばっかだな」


「仕方ないですよ、レイド王国の治安はとても安定していて問題も少ない、冒険者ギルドが暇ということはそれだけ上が良い政治をしているということです。それにレイド王国は冒険者よりも騎士団に入隊する方が無難なんです。なんせ剣聖発祥の国ですからね、聞いたことないですか?レイ・ホーテンの伝説、お芝居にもなってるんですよ?」


「文化になんか興味はねえ、それよりも俺はビジネスだ。金にしか興味がねえ」


「ですよね、ラースさんは金と金と金にしか興味がないですからね」


「当たり前よ、俺は金で組織を成り上がっていずれ頂点に立つんだ。そのためならどんな手だって使う」


「こんなやらせまがいのことで小金を稼いででもですか?」


 エシは今回この冒険者ギルドにラースが来た目的のことを言っていた。


「バカ、お前、今回のこの計画が俺の案じゃないってことぐらいお前も知ってるだろ?」


「まあ、ラースさんならもっと効率的にかせぎますもんね」


「俺だったらあんな盗賊団まがいの武装集団に、あんな立派な【Sグレード】の砦を無料で与えるなんてもったいないことはしねえよ、ちゃんといちから契約書作って、手付金もたっぷりもらって、それ相応の額で買い取ってもらうように商談をしてだな…ていうか、そもそも俺が今回のこの案件に手を出すなら、みすみすこんなしょぼい冒険者ギルドにだって情報提供なんてくるかよ。あいつらにとって隠れ家の情報は命より重いんだぜ?」


 ラースがここに来た目的。それは盗賊団の拠点情報を秘密裏に売ることだった。

【モス盗賊団】は南部で暴れまわった素人の寄せ集めの盗賊団であり、ラースから見ても討伐対象としては【四星(よつぼし)】でも〈Cランク〉の実力者集団であり、ラースが提供した砦を考慮してようやく【五星】までは、依頼の難易度としては跳ね上がるのだろうが、それでもやつらにSグレードの砦を与えるのはどう考えても先が無くもったいなかった。


 ラースとしては、実力のある犯罪組織は徹底的に囲って、守り、育て、恩を与えることで、利益を生ませ、その組織をラースが長い間上手く飼いならすことで、金づるになってもらうのが彼の本意ではあったが、モス盗賊団にその価値はなかった。

 南部の盗人集団などには地下を掘って穴倉生活がお似合いであった。


 ラースが手掛けた組織で成功をした例を上げるとすれば、それは暗殺組織イルシ―のほかには無かった。あそこには実に多彩な人材が顔を出しては貴重な情報も集まり、そして何よりより多くの金と混乱を生み出してくれた。おかげでラースも裏社会で随分とスムーズに動くことができた。


 ここ数年の裏社会での注目の的はイルシーで決まりだった。


 ただ、それでも裏社会で注目を浴びれば、それだけ朽ちるのも早かった。

 暗殺組織イルシーは、すでに世間で白虎が討伐されレイド王国とアスラ帝国によって開かれた解放祭が終わった後、何者かの手によって壊滅状態に追い込まれ、今ではラースも組織の後を追うことはできず、どこで誰が指揮を執り、何をしているのかすら分からなかった。

 まあ、しょせんは打ち上げた花火のような組織であり、数年単位で消えることは分かっていたため、ラースもイルシーからは搾り取るだけ搾り取った後なので何も文句はなかった。



 しかし、ラースがここ数年の間、上からもらっていた依頼の内容は、そんな金の成る木を伐採して混沌の炎にくべることだった。


 上からの命令で近年秘密裏に、大陸内で燻っていた犯罪者たちを集めて、レイド王国内に隠れ家である砦〈スモーク〉を提供してやることで犯罪組織の援助をしていた。

 だが、その反面、逐一レイド国内に彼等の情報をばら撒くという、なんともマッチポンプなことも繰り返し行わなければならなかった。


 その中でラースはビジネスになりそうな犯罪組織と何度もめぐりあったが、上からの命令でその組織の情報も売らなければならないことは屈辱だった。

 それでも上からの命令はラースが所属するバーストでは絶対で逆らうことは許されなかった。


 何が目的なのかも伝えられていなかったが、とにかく、ラースはそう言った犯罪者組織をレイド国内に乱立させては、レイド王国にまるで正義であるかのように情報提供することを繰り返していた。


「ただ、まあ、俺が思うにこの案考えてる上の奴も相当切れ者だってことは分かってる」


 ラースが認めるのはこの作戦の効率の良さにあった。金を稼ぐということを度外視すれば、この作戦は恐ろしいほど緻密で効率的な成果を上げ続けていた。


「エシ、お前も知ってるだろ、ここ数年このレイドで治安がいいのは、この国の裏の人間が次々と目立った犯罪組織を粛清しているのが原因だって」


「ええ、たしか、レイドの裏の顔でもあるホーテン家の連中ですよね?」


 エシが頭の中の記憶を探るように言った。


「ああ、そこの確かボスが相当いかれた野郎で単独で犯罪組織を壊滅させて回るから、レイドのデストロイヤーって呼ばれたり、とにかく、ここ五年ほどはそいつのせいで俺たちは、相当な額の被害に遭ったよな?」


「レイドの満月の夜には気を付けろって言葉が裏でもよく聞きましたもんね」


「俺が思うに上の連中はそのデストロイヤーの対策として、こうしてレイド王国に犯罪者たちを集めていると思ってる」


「というと?」


 エシが尋ねると、ラースが説明を始めた。


「いわゆる、いたちごっこってやつだ。潰されたら補充すればいいっていうシンプルな作戦だな」


「それだけですか?」


 聞いたエシががっかりした顔をするが、ラースは真面目に答えていた。


「それだけだ。個に対してはこれが一番効く、歴史からも分かることだ。それにレイドは大国金の集まりは他の小国たちとは比べ物にならない。そんな国を組織が放っておくわけがない」


 レイド王国はここ数年で綺麗に裏社会が掃除されたため、新規参入者たちが後を絶たないことを知っていた。それもすぐに潰されてしまうのだが、レイドはいまもっとも危険で熱い縄張り争いの土壌が育ちつつあった。


「上の連中は上手いこと潰されてもいい組織と、今後残しておきたい組織は一応選んで依頼を送ってきている。顧客たちには公開していないが、グレード違いのスモーク砦まで、上が事細かく指定して来てるのは多分、それが原因だ。ただ、俺はあのモス盗賊団の奴らにSグレードを与えるほど価値があるとは思えない。だってそうだろ?あいつら派手で交戦的だ。見るからに破滅を呼び寄せる典型的な雑魚組織だ」


 ラースがそこまで言うと、奥から先ほどの受付嬢が戻って来ていた。


 その間にエシが言った。


「多分何かしら上にも考えがあるんでしょう。例えばですけど、今回モス盗賊団を使ってわざと襲わせて、Sグレード砦の耐久実験をするとかですか?」


「ハッ、かもしれねえが、…たく、何かしら意図があって欲しいものだよ」


 ラースがそう言うと背後から緊張のほぐれた声が掛かった。


「ラース様、大変お待たせしました。ギルド長の【ビルツ】が二階の談話室でお待ちです。ご案内いたします」


「助かるよ」


 ラースとエシは、案内係に連れられて冒険者ギルドの二階へと向かった。

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