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新たな仲間

 ハルはフレイを連れて敷地のとある家に訪れた。そこは屋敷を失ったルナのために急遽開けられた住居だった。

 月桂に比べたら恐ろしく小さい屋敷だったが、宿なしに比べたら贅沢すぎる二階建てのお屋敷だった。そこにハルも泊めてもらう形で住むことになっていた。

 誰も使っていない空屋敷だったため、ずいぶんと蜘蛛の巣が張っていたが、ルナが住むとなったことで、屋敷内は一日で新築同然まで磨き上げられ、必要な家具を詰め込まれ、住むのには何の苦労もしなかった。


 ハルがフレイを連れて家の前に来た時だった。


「放してください!」


 フレイがようやくハルの腕を振り払った。


「どうして?ルナに会いたくないの?」


「私、いまさっき振られたばかりなんですよ!顔合わせられるわけないじゃないです!?頭おかしいんじゃないですか?」


「そこは普通なんだね」


「はあ?」


「フレイなら振られたくらいで諦めないと思ってた。もしかしてルナのこと嫌いになった?」


 挑発めいた言葉に彼女は一度時が止まったようにポカンとした後、力の限り叫んだ。


「そんなわけないでしょ!!」


「じゃあ、何も問題ないよね」


 ハルは再びフレイの手を取った家の中に連れ込んだ。

 フレイもどうしていいか分からず、もう、どうにでもなれと自暴自棄気味にハルについていった。


 玄関を開けて中に入る。


「ただいま」


 すると屋敷の二階の奥からドタドタと忙しない足音が聞こえて来ると、玄関前のエントランスに階段を降りてルナが姿を現した。


「おかえりなさい、今日は早かったですね!」


「うん、ワイトに追い出されちゃって、夜まで時間が空いたんだ」


「そっか、じゃあ、お昼は街に出かけしない?デート!デート!!」


 ルナが無邪気にハルにだけ話しかける。隣にいたフレイの存在にはまるで触れていない様子だった。


「いいけど、その前に彼女はフレイね」


 彼女を紹介するが、ルナが聞く耳を持たずにはしゃぐ。


「やったー、デートだ!じゃあ私着替えてくからハルも早く支度してね!」


 ルナがその場から立ち去ろうとした時、ハルがルナの手を掴んだ。


「待って、ルナ、話聞いてた?」


「デートのことですよね?」


「違う、ここにいるフレイのこと」


 そこでようやくルナが困ったような顔でフレイを一瞥する。


「なんで彼女がここにいるの?」


 フレイも気まずそうに顔を逸らす。傷口をえぐられたのか今にも泣きだしそうだった。


「ルナ、彼女はこれから俺たちのボディーガードを務めてもらうことになったから仲良くしてあげて」


「え?」


 そこでフレイが唐突に何の脈絡もないハルのその発言に涙も引っ込み驚愕のため石造のように固まっていた。


「なんで、ハルと私にボディーガードなんていらないでしょ…」


 ルナが下を向き、少し嫌そうな顔をしながら、もじもじして言う。


「前の俺ならそうだった」


「どういうこと?」


「あんまり人に話さなかったんだけど、俺の前の天性魔法は周囲を感知することができたんだけど、今の俺にはそれができないみたいなんだ…ほら、ルナも見たでしょ、屋敷を吹き飛ばした黒い花」


 ハルの天性魔法はその性質を大きく変えていた。今まで光のような性質を携えた透明でとても微細な肉眼ではとてもじゃないが見えない粒のようなものの集合体。その粒の一粒一粒を、固めると集合体つまり物質にもなり、分散すると個別の粒子にもなった。ハルの意思を通すだけで、その不思議な粒もとい見え方としては光となるそれは、変幻自在に姿を変えた。

 物質になればそれは透明な鈍器にもなったし、粒子に戻し辺りにばら撒けば周囲を感知する視界にもなった。

 そして、その粒自体はハルにしか見えず、他の人には決して見えることがなかった。だからこそハルの天性魔法は他の人には伝わりにくかったのだが、天性魔法は本来肉体の延長線上にあるものと考えられており、その人だけの世界の中で起こる奇跡あるいは魔法といった類の枠組みで、学問的にも捉えられており、謎の多い人体現象として長い間ずっと研究されていた。

 まさに魔法とは異なる法則の魔法。

 それが天性魔法だった。


 今のハルの天性魔法はすっかりとその性質そのものが変わっており、本人ですらその力に戸惑っている様子だった。


 今のハルの天性魔法を例えるなら、それは闇だった。

 光のように透明じゃなければ、他人にも目視可能な黒い形ある生命体。感覚的には自分の体内に無数の生物を飼っているようなもので、その蠢く闇は常にハルの中で脈打ち続けて、必要になればどんな形にでも姿を変えてハルの意思に応えた。最近は使い勝手がいい触手をよく生み出していた。


 それでもやっぱり、元の天性魔法の光の力を失ったのは痛手ではあった。


「今の俺の天性魔法はこの黒い生き物みたいな闇だけ」


 ハルが手のひらに闇を生み出して見せた。

 手のひらには真っ黒いまるで心臓のようなものが脈打ち、黒い煙を垂れ流していた。やがて、その黒い心臓は形を変え無数の小さな触手と形を変えては、ハルの手のひらを跳ねまわった。そして、手のひらから零れおちた触手は干からびるようにしぼんでいき、最後には霧散して消えていた。


「まだ上手く扱えないんだ…」


「だったら、私が、ハルを守るから二人だけで大丈夫だよ」


 頑なにルナが拒むが、ハルはそれ以外にも理由があった。


「それと彼女にはボディーガード以外にも、ルナの良き理解者のひとりになって貰いたいんだ」


「そ、そんなの余計なお世話よ、私の理解者はハルとギゼだけでいい、他にはいらない」


「そうだね、余計なお世話かもしれない。だけどさ、自分のことを好きでいてくれる人のことを知ってみるのも悪くないと思うんだけど?」


 自分と重なっていたのかもしれない。

 知ろうとしなければ知れなかった数多くのルナの意外な一面。

 出会った当初は綺麗で大人びた余裕のある大人しい女性だったが、今ではよく笑いよく飛び跳ね可愛らしく素直で甘えん坊な彼女にハルもついつい顔がほころび微笑むことが多くなった。一緒に居てここまで彼女といることが心地よくなるとも思ってもいなかった。


 告白して振られたから終わりではそんなのただの子供の恋だ。

 人と人の間に芽生える関係はそんな単純じゃなくていい。

 もっと複雑に絡み合って離れられないくらいがちょうどいいのかもしれない。

 相手を深く知るためには時間が掛るから、急いで決めなくていい。


 愛する人にこのことを知っておいて欲しかった。


 ハルも愛する人に教えられたから。


 だから、ルナにもフレイのことをよく知ってもらってから判断して欲しかった。


「どうかな?ルナ、俺からのお願いだと思って少し彼女をルナの傍に置いてくれないかな?」


 穏やかな無敵の微笑でルナに訴えかける。


「………」


 可愛くぐずっていたルナの顔から急に温かさが消えフレイを見据える。


「あの、私は別に…無理には……」


 突然のことでフレイも何が何だか分からず、目を至る所に泳がせては挙動不審な動きを繰り返していた。


 だが、ルナはそんな彼女の焦りも気にせずに言う。


「いいわ、ハルがそう言うならフレイ、あなたはこれから私とハルのボディーガードとして働きなさい」


「え?」


「荷物もこの屋敷に持って来て住み込みなさい、そっちの方が楽でしょ?」


「い、いいんですか!?」


「その代わり…」


 そこでルナの顔がますます険しくなると、フレイもおどおどしている場合ではなくなり顔を引きつらせた。


「次、てめえが少しでもハルを傷つけようものなら、私がお前を殺す」


 腹の底から這い上がって来たようなドスの利いた声がルナの口から吐かれた。握りしめられた拳から不気味な音がギュッと鳴る。沸騰前の薬缶のように彼女は怒りのボルテージをギリギリで抑えていたようで、まさに爆発寸前だった。


「覚えておけよ」


「はい…」


 心底震えあがったフレイがなんとか声をひねり出し返事をしていた。


「よし、じゃあ、これで晴れてフレイも俺たちの仲間だね!」


「仲間…」


 その言葉がフレイには何か心地の良い響きだったのか、急速に元気が回復し、恐怖で歪んでいた顔に笑顔が咲き誇った。


「フレイ、これからよろしくね!」


 陽だまりのように温かく迎え入れてくれるハルに、フレイも応える。


「はい、改めてフレイ・オリスカと申します。これからはお二人のために精一杯頑張ります!!」


「フン、本当かしら…」


 意地悪にルナが言うが、フレイの顔には喜びが満ちていた。


「はい、心を入れ替えて頑張ります!!ルナ様よろしくお願いします」


 フレイがルナの手を握った。


「ちょっと勝手に触らないでよ!!」


「私、頑張ります!仲間なので」


「聞いてるの!?」


 ルナが彼女の手を振り払おうとするが、フレイは負けじと目を輝かせて振り払われないように抵抗していた。


「ねえ、ちょっとハルこいつしつこいよ!!」


「ハハハッ、ずいぶんと仲良くなるのが早いね…」


 新しい仲間が増えたところで、ハルはワイトの言っていたことを思い出す。


『確かに…』


 フレイがルナににじり寄り猛烈な勢いで感謝の言葉を並べていた。ルナはその勢いに圧倒されて困った顔をしていた。ハルはそんなルナの困惑した微妙な表情を初めて見て、クスっと笑った。


『彼女たちの可能性を奪うことは間違っているのかもしれないね…』


 今の彼女を見ていればその通りのような気がした。

 もっとルナにはハルという選択肢以外にも幸せになる道は無数に用意されているような気がした。彼女の表面上の誤解を解けばもっと彼女にはハルと一緒にいる以上に、楽しく豊かな未来があるのかもしれない。


『彼女は、それでもいいのかもしれない』


 ハルは自分の胸に手を当てる。


『だけど、俺には楽園が必要なんだ…』


 揺らぐことがない固い決意。


 それは誰かと交わした大事な約束のような気がしたけれど。


 それがいつ、どこで誰と交わした約束なのかもハルには思い出せなかった。


 ただ、ハルが分かることは、自分たちには、誰にも邪魔されない世界が必要だということだけだった。


 愛する人がいればハルはそれだけで良かった。

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