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光を失って気づくは闇

 背後に人がいたことに今の今まで気づけなかった。


 振り返るとそこには灰色のフードを被った女性が立っていた。彼女はハルと同じく仮面をかぶって顔を隠していた。彼女の仮面は猫の仮面。声の若さなどから十代後半、二十代前半くらいの女性であることは予測がつくと、その雌猫が口を開く。


「あなたは何者なのかしら?」


 そのストレートな質問には素直に答えることにした。

 自分のことを知らない人は多い。


「シアードという者です。少しばかりここでお世話になります。どうぞよろしく」


 少しばかりの沈黙が流れる。


「そう、それで?あなた何者なのかしら?」


 質問が繰り返された。

 どうやら歓迎されていないらしい。

 まあ当然の反応だ。


「今は、何者でもないかな」


 正しく答えられた気がした。

 力の代償として多くを失った。友情や愛情、記憶や記録、自分を自分たらしめていたありとあらゆる痕跡が消えたこの世で答えたその答えは酷く正しい音で自分の口から発音された。

 何者でもないそれが今の自分だということをハルは自信を持って言えた。


「今のあなたは何者でもない?」


 彼女が繰り返し念入りに聞き返してくる。

 それが本当にお前の答えなのかといった具合に。


「そうだね、私はきっともう何者でもないのかもしれない」


 かつては剣聖として多くの人々から称賛や尊敬を集めていた。ハル・シアード・レイの名前を知る者はもう数えられるほどしかいない。


「何者でもないなら、存在していないのと同じね」


 彼女の言う通りなのかもしれない。

 何者でもない自分は存在してないのと同じ。

 存在しない自分に居場所はなかった。


「存在しないなら…」


 そこで彼女は、灰色の衣を勢いよく脱ぎ棄てた。

 冬でもあるにも関わらず、すらっとした色白の生足がむき出しの短パン姿で、上も黒の半袖で、完全に身のこなし重視の動きの邪魔をしないための服装だった。

 そして、彼女の服装を見て一番目に付いたのは、様々な色のついた液体を入れた三本指くらいの大きさの小箱が服の至るところにストックしているところだった。

 さらにその小箱の外装は意外なことに、メカニズムを採用したいわゆる機械の見た目をしていた。


 彼女は腰にあったこれまたメカニズムの剣を二振り取り出すと言った。


「殺してもいいよね」


 次の瞬間彼女は自ら自分の両腿にその取り出した機械剣を突き立てていた。


「!?」


 一見その行為は自傷行為にも見えたがそれは違った。彼女はその機械剣にセットされていた薬液を自分の身体に注入していた。


「何をして…」


 あまりにも異常な行為であっけにとられるのもつかの間、目の前から彼女の姿が消えていた。


「見失った…」


 ハルはすぐに足元を見て彼女が移動してないか確認した。


『移動したなら足跡が見えるはず』


 彼女の先ほどの言葉からすでに戦闘は始まっていることは確かだった。彼女の言葉の節々には初めから殺意のようなどす黒い感覚あった。

 何が何だか分からないが、こちらも天性魔法で周囲の状況を把握しようしたときだった。


「………あれ?」


 自分の天性魔法である【光】を操って周囲の状況を確認しようとしたが、どういうわけかハルの身体から光が放出されることはく、周囲の状況を知ることはできなくなっていた。


「どうして出ない?」


 それだけじゃない。ハルの〈光〉に関する天性魔法が一切使えなくなっていた。


 代わりにハルの身体から溢れ出したのは【闇】だった。


 その闇はハルの背後に集結すると、背後から短剣で一撃をかまそうとしていた猫の仮面の女の攻撃を防いでいた。


「チッ、なんだ、この黒いの」


 姿を現した彼女がハルの闇に阻まれるとすぐに後退し体勢を立て直す。


「使えなくなったのか…まあ、それなら仕方がないな……」


 自分の力の変化を受け入れるのにそう時間は掛からなかった。天性魔法は自身の身体の一部のようなもの、失われたと気づいた時にはもう今の天性魔法である〈闇〉に馴染んでいた。


 彼女が再び姿を消す。


 以前使っていた光の天性魔法なら彼女の位置も簡単に特定できたが、今はせいぜい闇で形成した触手を這わせて周囲を調べるしか方法を思いつかなかった。

 闇は光の時ほど身軽に動いてはくれず、とても感覚的には使っていて重たかった。


『いつもの天性魔法が使えなくなるのは痛手だな…』


 いつもは周囲に光を展開し戦闘を優位に進めていたが、それができなくなった以上戦い方を変えるしかなかった。


「展開しろ」


 ハルは自分の全方向に闇の触手を這わせると、消えた仮面の女の不意打ちに備えた。


『彼女の気配が消えたのは魔法のはず…』


 天性魔法以外の魔法が一切使えないハルにとって、基本的な魔法による気配遮断だけでも効果はあった。本来ならば対有効な対抗手段を持った対処魔法を各々使用して対応するのだろうが、魔法の使えないハルにはそれができなかった。


 そのため、こんなあからさまな魔法による気配遮断の魔法でもハルは必ず相手を見失うことになった。本来ならばハルは自分の天性魔法の〈光〉を放てばそれまでだったが、性質を変えた闇ではそれが難しくなっていた。



 再び背後からの不意打ち。


 ハルの元に飛び込んできた雌猫の完全に気配の絶った動きは完璧だった。


 首を取ったと思ったのだろう。


 しかし。


 あまりにも遅い彼女の動作にあくびが出そうだった。懐に飛び込んできた彼女の頭を鷲掴みにした。


「あがッ!!」


 そして、そのまま、足元に広がる闇に一度彼女を叩きつけると、ボロ雑巾のようになった彼女の首に持ち替えて再び持ち上げた。


 仮面が割れ彼女素顔がさらけ出される。


 真っ白い白い髪にオレンジ色の瞳。可愛らしい顔とは裏腹にどこか狂った部分を残した瞳をする彼女は裏社会の戦士の顔つきだった。狂犬、いや狂猫か。

 だがそんな彼女はハルに首を絞められ苦しそうにもがいていた。


「貴様、なにをした……」


「何をした?特別なことは何も、ただ、あなたが飛び込んできたから掴んだただそれだけだよ」


 天性魔法を使う使わない以前に、ハルが人間に屠られるわけがなかった。四大神獣である白虎、黒龍、朱鳥をその身一つで討伐している怪物に、暗殺者ひとり送り込まれたところで負けるはずがなかった。


「それで君は何者なのかな?」


「し、死ね」


 そう言うと彼女が握っていた短剣の刃が射出された。ハルめがけて飛び出した刃。だが、ハルの足元で待機していた触手が、その刃を軽々と掴み取る。


「無駄な抵抗はやめて名でも名乗れ、私はもう名乗ったぞ」


 掴んでいた首を離して解放してやると、えづいた彼女は触手の上に倒れ込んだ。


 そこはすでにハルの間合いの中でいつでも彼女を殺すことができた。


「さあ、名乗って正体を明かせ、そうすれば命までは取らないから」


 ハルは彼女と同じ目線にまでしゃがむと優しい言葉を掛けた。


「フ…」


「ふ?」


「フレイ…」


 そう名乗った彼女は全身至る所の骨が折れているのかその場から一歩も動けない様子だった。


「誰に雇われた?」


「………」


 口を割らない彼女の顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。


「言え、フレイ。お前は誰に雇われた殺し屋だ?言えば殺さない」


「ち、違う……わ、わたしは……」


 その時だった。


 ハルの背後の触手が自動的に動き、こちらに向かってきていた鋼の矢をキャッチした。その放たれた矢は風を切る音も無く静寂にやってきた。それは暗殺者がよく用いる魔法が掛かった矢だった。


「もう一人いるのか?お前の仲間か?あと何人いる?」


「仲間じゃない…」


「ウソをつくな、これはお前を守るために放たれた矢だぞ?」


 触手から矢を受け取り彼女の前に証拠を突き出した。


「弓使いがもう一人いるんだろ?」


 そう話していると、今度は気配を殺さずに堂々たる一撃が飛んで来た。大量の魔力を含んだ魔弾が道を削り街路樹を薙ぎ払い周囲の屋敷の窓ガラスを割りながら直進して来ていた。


 その威力はもはや人に向ける威力と大きさの魔法ではなく、昔の魔導士が攻城する際などに用いる時に使っていた魔法の類だった。


 紫色の光線のような矢がハルとフレイのもとめがけて飛んでくる。


 そんな魔導士にとっての究極の一撃をハルは片手で雑に空間を殴りつけるだけで対処した。

 殴りつけられた空間に莫大な勢いが乗る、まるで暴風のように放たれた衝撃は、魔弾を簡単に飲みこむと、そのまま魔弾を放った先弓兵がいると思われる場所へと直進した。その衝撃はホーテン家の敷地内を滅茶苦茶に破壊しながら、魔弾なんかよりもよっぽど酷い破壊をもたらしていた。


 その光景を近場で見ていたフレイが唖然としていた。


「あなた何者なの…」


「さっきも言っただろ、しつこいぞ」


 何者でもない。それが今のハルの正体だった。


「敵襲だ!!」


 遠くから人々が駆け付けて来る喧騒が聞こえて来た。


「マズイ、目立った…」


 慌てたハルは彼女の首根っこを掴んだ。


「うっ…」


 苦しそうにうめく彼女をよそに言った。


「行くぞ、お前は連れて行く。あとで洗いざらいすべて吐いてもらうからな」


 ハルは急いでフレイという殺し屋を連れて現場を後にした。

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