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足跡

 正午の天気は次第に崩れ始めあいにくの曇り模様だった。どんよりと重く垂れ込んだ灰色の雲が今にも雪を吐き出しそうな勢いだった。


 ハルはひとりそんな曇り空のした、ホーテン家の敷地内を歩いていた。針葉樹の木々が整然と立ち並ぶ道。ハルが進む先の道は誰も通らなかったのか新雪だけが白い絨毯のように広がっていた。自分の足跡だけが寂しく跡を残していく。

 左右に目をやると富豪が住んでいそうな建物があちらこちらに見て取れた。資金を潤沢に投じられた建物たちを見ると、なんだか、王家よりも金を持っていそうだなと思った。


 ホーテン家に来てまだ間もないハルにはそう言ったここのルールや情報に疎かった。


 そんなこんなで歩きながら今日一番の収穫ともいえたワイトという情報屋のことを思い出した。

 彼のような話しやすい歳の近そうな情報屋を確保できたことは幸運だった。本格的にこのホーテン家での活動に力を入れられる際に彼は重要人物になることは間違いなかった。

 彼との接触はハルにとってありがたいものだった。


『あとでルナには感謝しなくちゃ…』


 紹介してくれたルナには今一度感謝を伝えておこうと思った。


『すべては楽園のため…』


 楽園の創造。


 ハルが目指す楽園の創造、それはレイド王国に特別危険区域を設け自分たちだけの居場所を創ることだった。そこにはハルと愛する人たちだけしかいない外界とは完全に遮断されたまさに理想郷であり楽園だった。


 現段階でハルが目指す目標はその楽園創造の一点のみであった。


 前まで掲げていた目標の四大神獣の討伐に関しては、今のところ人類に猛威を振るっていた白虎と黒龍を討伐した時点で、すでに終わっているに等しかった。

 火の鳥である朱鳥に関していえば実際に近年の被害はゼロといえた。実際に聖樹でその姿を目撃するまでは本当にいるとは思ってもいなかったほど、その存在は疑わしいものだった。所詮は人々の噂が創り出した虚栄の塊にすぎないと思っていた。


 しかし、実際にそんなことはなかった。


 白虎討伐時、霧の森の奥に山のように巨大な白虎が現れるとは思わなかったし、黒龍討伐時、龍の山脈の最深部の聖域にこの大陸を一晩で終わらせるほどの龍が鎮座しているとも思わなかった。


 そして、最後に残っている山蛇という四大神獣。この生き物に関しても噂どおりにいかないのではないか?と少しばかり疑念を抱くかもしれないが、最後の四大神獣に関していえばたいしたことはなかった。

 現在、山蛇は大国イゼキア王国が、彼等の縄張りを特別危険区域に指定し、調査と殲滅に取り組んでいるからだった。【山蛇退治】という作戦が約三年前からイゼキア王国で遂行されており、その作戦の完遂率はおよそ七割を超えたと、報告があった。つまりほとんど山蛇に関してはその解明と駆除が進んでおり、ハルが出る幕でもなかった。


 ハルが提案した四大神獣神獣討伐作戦、これを掲げる前から始まっていたその作戦は、イゼキア王国でもすでに国事として注力が注がれていることは前から知っていた。

 なぜなら、この山蛇退治を最初に提案したのが、イゼキア王国現剣聖ゼリセ・ガーウル・ファーストという獣人の女性だったからだ。現在の大国の剣聖の中であの帝国の氷姫を差し置いて一番の座に就いていた彼女。ハルが剣闘祭で彼女を軽くあしらったのち簡単に負かしたことが原因でもあった。

 最強という名を欲しいままに各国から尊敬と人気を集めていた彼女の前に現れたハルという絶対的な壁。

 彼女は最強の名を奪われ、イゼキア王国でもハルの人気は凄まじいものだったようで、彼女は自国でその名誉と人気を回復させるために、四大神獣である山蛇への討伐に踏み切り見事、彼女はイゼキアに限りその名誉を回復させることに成功していた。


 彼女の活躍により山蛇退治が終わるのも時間の問題だった。


 少し癖のある女性ではあったが、その実力だけは本物だった。


 しかし、今となってはそれも昔の話であることは言うまでもない。


 彼女がハルのことを覚えているはずがないのだから。


 四大神獣討である山蛇に関していえば手助けが必要な時だけ駆け付けようと考えていた。

 そのためにも生きている今の情報はなにより必要不可欠だった。


 しかし、前のハルならこの四大神獣討伐を他人任せにはしなかっただろう。誰かの命が犠牲になる可能性がある。たったこれだけでハルはあらゆる自分の優先順位を引き上げて対処してきた。そして、時には自分の命を削ってまで誰かの命を守ることに必死だった。


 だが、今となっては楽園創造ただこの一点のみのためだけに動いている自分がいた。


 分かっていた。今の自分が変ってしまったことくらい。


 表面上は何も変わらないが自分の中身が酷く汚れて腐っていくのを、自分自身が気づかないわけがなかった。


 四大神獣討伐する際に誓った。失われた少女への誓いも今では酷く錆びついて、そんな誓いを立てた自分を腹立たしいとすら思ってしまうほど、ハルは人間を無条件で憎むようになっていた。


 四大神獣討伐と楽園創造。

 この二つの目標がそれぞれ掲げられていた意味。

 ひとつは人々のために、もうひとつは特定の人のために、救うべき人々があからさまに減った。この一部分を切り取って見ただけでもあからさまに自分の心に変化が生じていることは確かだった。

 ただ、それは皆に自分の存在が忘れられたからでも、自分の存在の危うさに気づいたからでもなかった。


 何か忘れていたことを思い出しそうになっている自分がいる。

 そんな気がした。

 何か忘れてはいけないことを自分が忘れており、それを思い出しそうになっているから、自分は変ってしまったと、そう思うしかこの内に秘めた闇を説明することができなかった。


 そして、その心の変化は身体にも現れていた。


 ハルの天性魔法はまるで生き物のように黒い闇へと変わってしまい。

 あの自分にだけ見えていた輝かしい光を放てなくなっていた。


「そういえば、ルナ怒ってるかな……」


 ついさっきワイトを紹介してもらった時、彼と二人だけにして欲しいとルナに言ったら、彼女はものすごい頬を膨らませて家に帰っていったことを思い出した。


 紹介してもらった後すぐに彼女だけ仲間外れにしてしまったことを申し訳なく思ったが、これからハルがしていくことを、彼女に見ていって欲しくなかった。ましてや、彼女にはこれからもっと人らしい生活をしてもらうつもりだった。


 楽園に流血はいらない。


 血を流すのはもう自分だけで良かった。


「早く戻ってあげないと…」


 そこでふと自分の足元に目を落とした時だった。


「あれ…」


 気が付けばその足元には自分とすれ違う足跡があった。


 振り返るとそこには誰もおらず、無人の街路樹が続いているだけだった。

 向き直り再び前を見る。


「この足跡、誰のだ…?」


 ずっと先まで新雪で覆われ踏み荒らされた後が無かった道に、いつの間にか、それも自分のすぐ近くに誰かが通った痕跡があった。


 考え事をしながら歩いていたから見落としたのかもしれないとも考えたが、絶対にそれはあり得なかった。


 振り返ればその足跡はハルの足跡と拳一つ分しか離れていなかった。


 それはまさに異様な光景だった。


 元からあった足跡だと納得しようともしたが、一度自分の目の前に広がっていた気持ちのいい白い絨毯を見ていた後だと、上手くこの異変に説明をつけられずにいた。

 そして、なんど辺りを見回しても誰一人として人がいないことを考えるに、何かが起こっていると考える他なかった。


「まあ、いっか…」


 変なことに気付いてしまったハルだったが、先を急ぐことにした。

 

 その時だった。


「こんにちは」


「え?」


 気が付けばハルの後ろにはひとりの女性が立っていた。

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