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闇への案内人

 ハルとルナは身支度を整えると〈月桂〉の屋敷を出た。


 向かった先はホーテン家の本部がある敷地の中央に聳える大きな黒い建物だった。その建物の名前は【ブラックボックス】と呼ばれ、表面に特殊な魔法的技巧が施されており、敷地外からではその建物を目視で確認することはできなかった。

 この建物は、ホーテン家の本館つまり本来ルナたちホーテン家の一族が生活するための屋敷の裏側に隣接されており、ここでホーテン家の意向が決められるなど、この組織の心臓部といえる場所であった。


 雪道に足跡を残しながらハルとルナは歩いてそのブラックボックスの玄関までたどり着く。


 玄関先で頭の雪を払う。もちろん、ハルは全身を怪しい真っ黒な衣装とベールで正体を隠していた。

 その理由として、ルナから提案された他の女にハルの顔を見られたくないからという理由と、正体をある程度隠しておけば、ここを去る時顔を覚えられてしまうと後々街でばったり会った時など面倒ごとに巻き込まれそうな気がしたので正体を隠して行動することは何かと都合がよかった。

 それと愛する人たちを裏社会のような危険な場所に巻き込みたくないという考えももちろんあった。


 その際、ルナを利用している現状もどうにかしたいとは思っていたが、それも軌道に乗るまでは彼女の協力はどうしても必須だった。


 ホーテン家。レイドの裏側、ハルはこの場所について全くのド素人、無知であり、経験も不足していた。だからこそ、彼女も先輩として自分と一緒にある程度行動を共にしてもらうことは必要なことだった。


 そんなこんなで、さっそく彼女のコネを使って、ブラックボックスの〈情報局〉へと足を進めていく。

 ブラックボックスの内装は簡素で先進的なものを想像したがそれは違った。中は大きな吹き抜けのロビーがあり、見あげると五階までフロアがあり、天井には丸い大きな天窓が設置されていた。ところかしこに絵画や観葉植物が並べられており、ロビーの隅にはバーなどの酒を飲んでリラックスできるラウンジが設けられていた。


「中は結構オシャレなんだね…」


「グレンゼンの趣味よ、あいつは金遣いが荒いの」


 ルナが吐き捨てるように言った。グレンゼンとはルナの兄だった。


 見れば見るほど柱も手すりも、ロビーの中央にある用件を承る受付のカウンターも、どこもかしこも細部まで凝った造りがされていた。


 ルナが受付のカウンターに見向きもせずに奥にあった階段へと進む。


 ルナを見た受付嬢たちは頭を下げていたが、その後のハルへの視線は厳しい者があった。そしてそれは彼女たちだけではない。忙しなく職務に励む職員や他の隊員たちもハルの存在を訝しんでいた。


 ルナと二階のフロアへと上がると、すぐ正面にあった。情報局という名前の部屋の扉を遠慮せずにルナが開けると、部屋にいた人々の視線の注目が集まった。


「邪魔するわ」


 ルナのその一言で辺りはすっかりと静まり返った。その後ろをついて行くハルにも彼らの緊張が伝わっていた。しかし、それもつかの間彼らはすぐに自分の作業に戻っていった。


 多くの机がずらりと並び、紙の山がいくつもあちらこちらに築かれていた。そして、その紙の束相手に、忙しなく多くの職員たちが休めずに手と目を動かしていた。ここにはレイド中のありとあらゆる情報が集まってきており、それを各部署ごとに精査され、抽出された無駄のない情報が集っているとのことだった。


 ルナが情報局内を歩いていると、すぐに係りの人が飛んできてにっこりした笑顔で言った。


「ルナ様、この度はこの情報局までお越しいただき…」


「シャラヤはいる?」


 ルナが端的に質問するとその係りの人は答えた。


「シャラヤ様なら、奥の執務室に居ます」


「ありがとう」


 それだけいうとルナは奥の執務室に向かって真っすぐ歩いて行き、ハルも後についていった。


 ***


 執務室の扉を開けると、そこは情報局とは一変し、余計な紙の束など無く整然としていた。上品で落ち着いた雰囲気の部屋の奥にひとりの女性が立派な椅子に座っていた。


「ノックも無しに、どちら様かな?」


「シャラヤ」


「え!?あ…あれれ……ルナ、どうしてここに?まさか、私を殺しに……」


 愕然とした表情で震え出した彼女は、ルナの姉である【シャラヤ・ホーテン・レーダー】で彼女はこの情報局の局長だった。

 うっすらと緑がかった外はねの黒髪を肩のあたりまで伸ばしており、瞳の色はルナと同じ紅い瞳であった。


「シャラヤ、こちらのシアード様にひとり情報屋を紹介して欲しい」


「シアード様?誰…」


「はあ?あんたシアード様のこと忘れたの?近くにいたのに?」


 そうルナが凄んで迫ると、彼女は無言で首を横に振った。


「し、知らない、シアードなんて人、私、知らないわ」


「寝ぼけてると、殺すけど?」


「ひッ!」


 ルナが強く当たっていると、ハルが仲裁に入った。


「ちょっと待ってルナ、彼女、本当に忘れているのかも」


「どういうことですか、シアード様…」


「多分、私の神威に当てられた時、一緒にその時の記憶も吹き飛んじゃったのかもしれません…今朝、同じように私のことを忘れている人がいたので、彼女も同じ症状かと…」


 今朝会った青年のことをハルは覚えていた。地下の王座の間で自己紹介をした時に、最初に襲い掛かって来た二人の内のひとりだった。とても勇敢だったので、彼のことは覚えていたが、一方的に知ってしまうことになってしまった。


「じゃあ嘘はついてないのね?」


 ルナがシャラヤに向き直ると今にも泣きだしそうな勢いで首を縦に取れそうな勢いで振っていた。


「あっそ、じゃあ、さっさと誰かひとりハルにベテランの情報員を紹介して、ちなみに、誰でもよくはわないわ、一番優秀な人をひとりお願い」


「わ、分かったから、殺さないで」


「あんまりしつこいと殺すけどいいかしら?」


 ルナがそういうとシャラヤが逃げるように執務室を出ていった。きっと、その紹介してくれる人を呼びにいってくれたのだろう。

 ただ、初めてルナと姉妹の関係を見て、なんだか、とても姉と妹の関係には見えなかった。


「少し、風当たりが強いんじゃないですか?」


「ええ、わざとです。私、自分の兄妹のことは信用してないので」


「そっか…」


 そこから先の口出しはしなかった。ハルは道場ではたくさんの兄妹がいたが、実際に血の通った家族はいなかった。それどころか両親の顔すら見たことがないハルが彼女に何を言っても説得力がなかった。それにきっとルナの家庭環境はいわゆる普通ではなく、姉妹の仲が悪くてもそれが当たり前なのかもしれなかった。ここではあまり表社会の常識は通用しないのだ。


 それから数十分経つと、全身から汗をダラダラ流したシャラヤが戻って来た。


「彼、彼がここで一番優秀な男ですから、自由に使ってやってください」


「ちょ、ちょっとシャラヤ様!?」


 シャラヤがその連れて来た男の背中を押しだすと、困惑したように彼はルナの前に飛び出して来た。

 しかし、男はそこでルナの姿を見ると、一気に背筋を伸ばし直立した。


「これはルナ様、失礼いたしました!」


「名前」


「私はワイトとお申します。以後お見知りおきを!」


 緊張で声が上ずってしまっていたが、おそらく戦士でもない彼が、シャラヤよりかはルナに対して耐性を持っているようだった。


「ワイト、お前はこれから、そこにいるシアード様と一緒に情報を共有してもらう。心配するな、シアード様は私が認めた人だ。極秘情報から何から何まで制限無しで話していいから、お願いね?」


「承知しました…」


 そこでワイトという男がハルのベールで包まれた顔をジッと見つめていた。


 ハルはチャンスだと思い丁寧に挨拶をした。


「初めまして、シアードと申します。今後、よろしくお願いしますね」


「こちらこそ、よろしくお願いします…」


 ワイトという青年は不思議そうにまるでこちらの素顔を見透かそうとするかのように凝視していた。ハルも不思議に思ったが、よく考えたら黒いベールの男など珍しくて当然だということに気付くと、内心で軽く自分のことを馬鹿だと笑っていた。


「よし、じゃあ、もう帰りますよね?ワイト、二人を外まで連れていって、早く!」


 シャラヤが慌てた様子でワイトに迫る。よほどルナと顔を合わせていたくないのか、とにかくシャラヤからはすぐにここから出て行って欲しいことが伝わって来た。

 ルナも表面上はニコニコしていたが、たぶん内心はとてもイライラしていたのか、腰の双剣の柄を握り始めていた。


 ハルはそんなルナの手を取って情報局を後にした。

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