ドミナスについて
「一番最初から話そう。そっちの方が今の君たちは理解しやすいだろう」
ザイード卿はそう言うと、話始めた。
「すべての始まりはサウス・ローオセアという人物が、この大陸の外、つまり海外への興味を持ったことから始まった。彼の職業は冒険者だった。それも今のようにギルドからの依頼を受けるような形だけの冒険者ではなく、この大陸を解き明かすための本当の冒険者だった。彼は好奇心の赴くままにこの大陸の形を解き明かしていき、その知識を広めていったそうだ」
彼は煙草にも手を付けずに続ける。
「彼が残した功績はとても大きかった。その中でも彼が作成したと言われる最初の地図はこの大陸の在り方を劇的に変えたともいえるな」
「地図ですか?」
ハルが思わず口を挟んだ。
「そうだ、彼はとても正確にこのレゾフロン大陸の全域の最初の地図を作り上げることに成功した人物だ。まだ、七王国も無く技術的にも乏しかったはずの時代であるにも関わらず、彼が作り出した地図の正確さは驚異的なものだった」
「地図って七王国建国後にできたと私はそう習いましたが…」
ハルは自分と違う常識に戸惑った。サウス・ローオセアという人物の名前など一度も聞いたことが無かったし、地図を作ったのも今は無き【連合都市国家ストレリチア】という技術革新を起こした国が戦争のために用意したのが始まりだとハルは剣聖時代にちゃんとそう教育を受けていた。
「残念だが表社会と裏社会での歴史にはまだまだ差異がある。サウスなど表社会になど決して出てこない人物だ。彼の記録はドミナスによって抹消されているしな」
ザイード卿が考えを巡らせたあと続けた。
「表社会で生きていくのであれば、表社会で学んだことだけ知っていればいい。本当のことを何も知らずに死んでいくのが普通の人の生涯だ。ただし、我々のような影の中で生きるのであれば、隠されていた真実が浮き彫りになることもある。そして、真実というのはたいて危険が伴っている。なぜなら真実とは常に隠されているべきもので人目に触れるだけ価値が下がるからだ。時の権力者などの支配層の人間は、その真実を常に蓄え続けている。とくにドミナスという組織はその真実という価値ある秘密を大量に握っている。知識とはまさに見えない力でもあるからな」
「ええ、その通りですね…」
ハルも自分の無知さに恥ずかしくなったが、それはこれから補っていけばいいことだった。
ザイード卿は話の続きをした。
「正確な地図を作ったサウスだったが、決してひとりでその地図を作ったわけじゃなかった。彼にも彼を支えてくれる仲間がいた。その仲間たちとサウスで立ち上げたのがドミナスという組織だった。その組織は最初は冒険者たちが地図作りのために結成した技術集団だったんだ」
ここまで話を聞く限りでは、ドミナスという組織は後世にも多大な影響を残していそうな立派な組織に成長いてもおかしくはないと思ったが、古き時代。時の流れがそれを許してくれなかったのだろうか?ハルは黙って彼の話を続きを聞く。何がそこまでドミナスという組織を変えてしまったのか、サウスはどうなってしまったのか?まるで物語を聞く少年のようにハルは少し好奇心を抱いてしまっていた。
「それがある時を境にドミナスという組織は様変わりしてしまったのだ。それはサウスが海の外に興味を持ったときだった。大陸の地図を作り終えた彼は外の世界に目を向けたのだ。彼らは外の世界に行くための準備に取り掛かった。その時、彼等は何よりも海についての知識や造船の技術を欲していた。ずっと地図を作るために陸を歩き回っていたんだ。海のことなど彼らが知る由もなかった」
未知はそれだけで人を魅了するには十分であり、例え成果が無くても人を虜にする。サウスという人物の探求心もよほどものだったのだろうと、ハルは話を聞いていて思った。
「地図は埋まり目を向ける場所は海にしかなかった彼らは、海を航海できるだけの知識を持った者たちを探した。そして、そこで頼ったのが、長い時を生きるエルフたちだった。彼らは長い時間を生きるため、他の種族よりも多くの知識を有していた。だからこそエルフたちの成熟した考え方は人々に受け入れられることも少なく軋轢を生み衝突することも多かった。
だが、サウスもまた広い世界を見ては知見を広めた者であり、エルフたちとも馬があったのだろう、彼はエルフたちの力を借りることができたのだ」
そこでザイード卿が少し話疲れたのか、後ろの二人に何か飲み物を持ってくるように言うと、クロウが部屋の外に出ていった。
「それでドミナスはどうなったの?今の話を聞いているとそんな悪い組織になるようには思えないんだけど」
ルナが早く続きを語れと言わんばかりに行った。そして、彼女もハルと同じ意見を持っているようだった。
「ああ、ちゃんとこの話には続きがある。そこでサウスはそのエルフたちを何人かドミナスの仲間として迎え入れた。だが、そこに諸悪の根源ともいえるエルフたちが混ざっていたんだ。彼の組織はそのエルフたちに乗っ取られ、技術屋として名をはせていた彼らはその後武器を製造、販売する武器商人として姿を変えこの大陸を戦火の海に変えていった…」
「なるほど、組織ごと乗っ取られたってわけね。ま、それでその組織を乗っ取った首謀者のエルフの名前はなんていうの?」
ルナがそう言うと、ザイード卿は顔をしかめて言った。
「それが私もそのエルフの名前は教えてもらえませんでした」
ハルは彼のその発言に少し引っかかった。
「その言い方だとザイード卿も誰かに聞いたんですか?そのドミナスのことを」
「ああ、そうだ。もちろん、私たちも独自に調べていたが残念ながら、ずっと進展がなかった。ドミナスについて掴める情報といったらどれも噂の類ばかりでね、ろくに組織の核心に近づくこともできないしまつで苦戦を強いられていたんだよ」
「それで、その協力者って誰なの?知っておきたいわ、というかなんで私にも黙っていたの?」
「いえ、ルナ様には一度ご報告させてもらっています。リベルスというドミナスに対抗するだけに作られた組織のトップである【エルカード】というエルフと取引したという旨の手紙も提出しているはずです」
ザイード卿がそういうとギゼラが分が悪そうに小声で呟いた。
「ルナさん、ハルさんに夢中でそこらへんの重要な手紙関係とか適当に読み流してましたもんね、そりゃ抜けも出てくるはずですよ」
「ギゼ、余計なこと言わないで、それにハルのことが最優先なのは私だったらしょうがないことでしょ?」
ルナがそういうとハルの顔を見た。隣にいたハルは薄めで淡白な反応をしていた。
「私、ハルに夢中で業務をおろそかにする女じゃ……な……」
ルナが喉元まで出かけた言葉を飲み込む。そう言い切るにはあまりにも彼女のここ数年の行動はハルを中心に回っていたため説得力のかけらもなかった。
ただザイード卿はそこら辺のことはあまり気にせずに話を続けた。
「彼はこう言われました。そのエルフの名前を知れば終わりだと」
「どういうこと?」
「私にもわかりませんが、名を知っているだけで危険な人物だということは分かります。彼はそれ以上そのドミナスを乗っ取ったエルフについて語ってはくれませんでした」
「そうなら、私たちにもそのエルカードって人に会わせてよ、直接聞くわ」
「構いませんが、それよりもまずは話の続きを聞いてください。ここからは、我々のこのレイド王国にも関わって来る問題になります」
ハルたちは続けてザイード卿の話に耳を傾けるのであった。