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白黒ついて

 幅三メートルほどの屋敷の通路でハルは、黒い礼服を着た武闘家と対峙していた。奥では白いドレスの不気味な女がジッと二人の戦闘を見守っている。


 兜の隙間から見える景色は狭い。動きずらい格好で動きも遅い。襲い掛かって来た俊敏な敵に不利なことはなおさらだ。

 ハルに殴りかかって来たその男は、殴る直前、途端にハルの兜から見える視界の死角に隠れた。

 何か仕掛けがあるのだろう。体術と見せかけ暗器を出し急所を狙う。魔法を放つ。あるいは黒い彼は囮で、白い彼女が攻撃してくるか、ハルはあらゆる可能性を考えた後、どれも自分の脅威にはならないと判断し、彼がどれほど強いのか測るために攻撃を受けることにした。


 黒い礼装の男の鞭のように振るわれた鋭い蹴りが、ハルの脇腹に直撃した。その蹴りは防御するまでもなくハルが来ていた姿を隠すための重装の防具が守ってくれた。それはハルの予想を超えないがっかりした選択であった。


『殴りは陽動で、本命はただの蹴りか』


 蹴られたハルは微動だにせずに彼の足を払った。ハルがそこで何度かせき込んだ。


『ん…のどの調子が悪いな…』


 そして、男は続けざまに体を回転させ、その回転の勢いを利用した蹴りを、ハルの顔面に放った。ハルはその蹴りを片手でガードした。


 するとハルはそこでくらくらと眩暈を感じふらついた。


「あれ…」


 ハルは少しふらつきながらも、すぐに立ち直ると男を見た。彼はまっすぐとこちらを見据えすぐにまた仕掛けて来た。


 今度は男が鋭いパンチを連続で小刻みに振るって来た。ハルがその最初の拳を手で弾いた時、じわりと身体に熱を帯びるのを感じた。だがその感覚はすぐに良くなり一瞬のことであるように感じた。


 ハルは彼の体術から何かを感じ取り、受けるのを止めて避けることに切り替えた。


 彼の攻撃を避けることは簡単だった。確かにかなり洗練された切れのある体術使いであったが、ハルの目から見れば、止まっているのとほとんど変わらなかった。


 ハルが避け始めると彼の攻撃は一切当たらなくなってしまった。


「おいおい、逃げてばっかりで反撃はなしか?腰抜けとは聞いてないぞ?」


 余裕そうな彼があからさまに挑発する。


「君、何か特殊な力を使ってるね、どんな能力かはよく分からないけど、接触はよくないみたいだ」


「ふふん、いいね、おっとだがそれはなんだ?」


 男がハルの横を指を指すと、そこには黒い球体が浮いていた。握りこぶしほどのその球体はふわふわとハルの周りを漂っていた。


「これも君の能力ってやつかな?」


「さあ、どうだろうな」


 男が拳を構えると、さっきよりも素早くハルに仕掛けて来た。動きの切れが増し攻撃の手数もずっと増えた。


 ハルは彼の蹴りを避けながら、後退する。その際にふわふわと浮かぶ黒い球体の正体を考えながら、彼の体術をすれすれでかわしていく。


『この球体俺の身体の動きに合わせて動いてるな』


 球体はハルの動きに合わせて一瞬の遅れもなくついて来ていた。それはまるで自分の身体の一部のように離れることはなかった。


『彼の能力に違いはないんだろうけど、どんな効果があるか分からないな』


 彼の多彩な攻撃の手をハルはいとも簡単にかわしていく。その間に彼の能力について熟考する。


『彼の体術を受けると、少し身体に異変があったけど、それも関係してるのか?咳も眩暈も熱っぽさ、そして、黒い球体…』


 ハルが考えながら彼の攻撃をかわし後退している時だった。


「なんだよ、全然当たらねえ!どうなってんだ、あんた速すぎだろ!」


「まあね、こう見えても体術には自信があるか…」


 下がっていたハルは何かにぶつかった。


「え?」


 後ろを振り返ったがそこには何もなく。ただ、屋敷の長い通路が続いていた。


『壁がある…透明な壁が……』


 目の前には透明な壁があり、ハルの後退する道を塞いでいた。

 ハルは手で触りながらその透明な壁がどこまで広がっているのか歩いて調べ始めた。その透明な壁は先の通路を塞ぐように横に広がり、どこにもすき間なような穴もなく、完璧な障壁として機能していた。


「え、どうなってるんだ…」


 ハルが背中に男を待たせながらその壁について考える。


 当然だが、男からすればハルは背中を向けている状態であり、殴りたい放題であった。しかしハルに拳が飛んでくることは一切なかった。


 なぜなら。


 ハル以外の世界の時間がほとんど止まりかけていたからだった。


 この大きな時間の流れの差異埋めない限りはハルに攻撃を当てることは不可能だった。そしてそれは人間の体術などでは決して到達できない時間のズレであった。


 ハルは止まりかけている世界の中一人だけ贅沢にその透明な壁について考察を巡らせる。


「多分この壁は彼の能力じゃない」


 複雑な魔法を使用していると思われる黒い礼装の彼に、さらに新たな透明な壁を生み出す能力を重ねて行使できるとは考えにくかった。


『彼の打撃に付与されている魔法は、かなり複雑な【魔術】が組まれてるみたいだし、この白い壁もまたそうとう魔力消費量が多そうな仕掛けだ。同時に使う余力が果たして武闘家でもある彼にあるのか?』


 魔法はエネルギーとなるマナを消費して発現する魔導現象であり、そこには自身がマナを魔力に変換した際の量に応じて、唱えたい魔法に割けるリソースがちゃんと決められていた。


 単純な魔法ほど行使する際の魔力消費量は少なく、一度に他の魔法と並行して魔法を扱うことができた。逆に複雑な魔法はそれだけその一つの魔法に掛かる魔力消費量が多く、大量のマナが必要であった。


 単純な魔法の代表例は、炎や水を手から出す。風を起こし土を盛り上げるなど、属性魔法などがイメージしやすいだろう。

 しかし、複雑な魔法はその単純な魔法に術を組み込んだものが、いわゆる魔術と呼ばれるものであった。ただし、魔術とはかなり広義的な意味を含んでおり、単純な魔法である炎魔法。その炎の温度を上げるのも魔術。生み出した炎を遠くに飛ばすように制御するのもまた魔術。

 そして、特集魔法のようにある条件下で発動する魔法を設定するのもまた魔術であった。

 ざっくりと言えば、魔法という大きな現象を支えているのが魔術と呼ばれるものであり、魔法の最小単位が魔術でもあった。


「きっと彼女の魔法だな」


 ハルが正面に向き直り、見据えるのは白いドレスを着た女性だった。彼女は注意深くハルと男の勝負を観察しているようだった。


 ハルが武闘家の男の隣を通り抜けて彼女がいる方向に向かって歩く。

 何もかもがゆっくりと進む時間の中、ハルだけがそのルールを無視して通常通りの速さで行動していた。


「やっぱりあるよな」


 彼女の前まで来るとちょうどハルと彼女の間には透明な壁があった。


「さてと、戻るか」


 ハルが自分の中で加速している意識を減速させていくと、それに応じて周りの景色も加速していきやがて、誰もが体感する通常の物理法則がある世界に戻って来た。


「おら!あれ?」


 遠くで男が掛け声と共に拳を空を切る。


「!?」


 一方で白いドレスを着た女性は肩をゾクッと上げ、目を大きく見開き息を止めていた。それもそのはず、遠くで仲間が戦っていたはずの重騎士が瞬きもしない内に前の前に現れれば驚きのあまり息のひとつや二つは止まる。


 ハルはそこでその透明な壁の強度を調べるため、少し拳に力を込めて殴りつけた。透明な壁はびくともしなかった。


『なるほど、相当強固だな、ちょっとやそっとじゃびくともしないな』


 さらに力を込めて再び壁を殴った。


「物理的な攻撃じゃ壊せないとか?」


 ハルが尋ねるように彼女を見るがその女性はただじっとこちらを見つめているだけで反応を示さなかった。だが、かなり焦っているのか額に汗をかいていた。


「もう少し力を加えてみるか」


 ハルが拳を振りかぶり殴りつける。何度も何度も微調整を繰り返すように力と速さを加えていく。

 透明な壁の向こうにいる女性は相変わらず息を呑んでその場に佇んでいた。しかし、あからさまに彼女の顔に余裕はなくなっていった。


「おい!てめえ、いつのまに俺を差し置いてそっちに行った!!」


 叫びながら男がこちらに向かってくる。


「よし、だいたいわかったかな、結構強力な魔法障壁だな、君かなり凄い魔導士なんだね」


 ハルがそう言うと女性の緊張は最高潮に達し、歯を食いしばっていた。まるでこれから何が起こるか分かっているかのような感じだった。


 ハルは再び意識を加速させると、世界を置き去りにした。だが今度はさらにより意識を無限に加速させていくと周りの景色は完全に停止した。そして、ハルはそこからさらに自身の意識を加速させ続けた。すると遠くの景色から次第にじわりじわりと闇が広がって来た。そして、その広がる闇の奥からハルをその先へと引きずりこもうと引力が生じ始めた。それ以上意識を加速すればハルは完全にその闇の先へと飛ばされてしまいそうだった。


『これくらいかな…』


 ハルはその闇に引きずりこまれる手前で意識の加速を止めた。


『なんていうか、ずいぶんと過剰な防壁だな…ここまで強固だと相当複雑で厳しい条件の魔術を使ってるな…』


 ハルは広がる闇に呑まれる一歩手前に立っている彼女を見た。


「彼女ほどの優秀が魔導士がいると思うと、レイドもまだまだ捨てたものじゃないかもな…」


 そして、ハルはその壁を一度軽くノックすると、意識の加速を減速させた。すると広がり続けていた闇も次第に遠くへと収縮していき、減速し終えるとその闇はどこかへと消えてさきほどまでいたシャーリー家内の通路の景色に戻っていた。

 しかし、そこで先ほどまでとは違う結果が、ハルの前にはあった。

 透明な壁がバラバラに砕け散る。

 それと同時に白いドレスを着た女性が倒れるのをハルがキャッチし言った。


「止まれ、この女を殺されたくなかったら」


 ハルの言葉で、黒い礼装の男が立ち止まった。


「なるほど、人質ということか、だが甘いな、俺たちの間に友情や愛情は無い、ただ任務を遂行するのみ、ほら、殺せよ」


「じゃあ、遠慮なく」


 ハルが手刀で彼女の心臓を抉りぬこうとした時だった。ハルの視界の隅に先ほどの黒い玉が現れた。


『まだあったのか…』


 男がとっさに隠し持っていたナイフを投げた。

 ハルはそのナイフを撃ち落とそうと天性魔法の闇を展開しようとした。

 しかし、その矛先はハルではなく傍にあったその黒い球体だった。


 ナイフが見事に命中してその黒い球体が割れる。


 するとハルの身体に一瞬にして熱っぽさのけだるさを感じ、眩暈のため少しふらついた後に、咳き込んだ。


 その一瞬の隙を突いて男が果敢に攻めかかってきた。

 だが、ハルからすればそれは隙でもなんでもなかった。


 ハルが足元から闇を展開し彼を拘束しようとした時だった。


「もういいわ」


 白いドレスを着た女性が目を覚ますとそう呟いた。するとその襲い掛かって来た男は一瞬でハルへの攻撃を止めて、その場に跪いた。


「え、どういうこと?」


 ハルが困惑していると抱えていた彼女が言った。


「あなた様はハル・シアード・レイ様ですよね?どうかその兜を外して素顔を見せていただけませんか?」


「………」


 ハルは言われた通り兜を外し、素顔を晒した。髪と瞳の色で昔の自分だと証明できるかは不安だったが、どうやら彼女は記憶を保持しているようだったので、念のため確認させた。


「ああ、やはりそのお顔はシアード様です。何度もこの目でそのお顔を拝見しました」


「どうして知っているんですか?」


「どうしてですか?そんな、忘れるわけがありません…」


 彼女はハルの腕から離れると、男と一緒に同じく跪いて首を垂れた。


「レイドの元剣聖にして、神獣討伐者である英雄ハル・シアード・レイ。この名をレイド王国にいる者が忘れるわけがありません」


 ハルはその時胸の中に熱いものがこみ上げてくる感覚を覚えた。


『そうか、ここはちゃんと俺がいたレイドだったんだな…』


「顔を上げて」


 そこで白いドレスの彼女が顔を上げた。


「覚えていてくれてありがとう。君のおかげで俺はちゃんとここに居たんだって自信がついた」


「シアード様、あなたがここに居たことを覚えているものは私の他にもカイ剣聖がおります」


「カイも!あぁ、なんかそれは嬉しいな…」


「我々があなたに救ってもらったことを他の人たちが忘れても、覚えている者たちは決して忘れません」


「うん…」


 心に温かいものが注ぎ込まれる。それを幸せと呼ぶのだろう。


『後悔はしてないけど、やっぱり、嬉しいな…』


 ハルは優しい笑みを浮かべて俯いた。


 顔を上げると、そこには白いドレスの彼女がおり、先程とは真逆の陽だまりのような温かい笑顔で迎えてくれた。


「シアード様それではご案内します。ザイード卿がお待ちです」

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