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漂う疑念

 王城ノヴァ・グローリア敷地内のシャーリー家領地。

 城壁内の広大な土地の一部は、三大貴族と騎士たちによって分配されていた。城壁内に土地を持つことはまず護衛のための騎士団を除いた貴族たちなどではありえないことであった。だが、三大貴族たちはその恩恵に預かっていた。それは、彼等もまたレイド王国の存続には王族についで欠かせない存在であるからだ。彼らを守るのが国を繁栄させる際の欠かせない要因であった。

 そんな彼らが拠点を構えるレイド国内でも最も安全な場所であるノヴァ・グローリアの城壁内。国内最強の守りてである剣聖の居住地でもある城壁内ほど安全な場所はなかった。


 ハルたちが目指すのは、そんな安全が担保されたシャーリー家の屋敷がある城壁際だった。


 うっすらと積もった雪道を歩いていると、遠くからでもわかる立派な建物がハルの目に留まった。


「あれがそうですね」


 ルナが予想通りそのハルが眺めていた建物を指し、目的地だということを示した。


「ここら辺は全然来たことがないな」


 屋敷にたどり着く前には、数件の建物があるだけであとは、どれも同じ速度で成長したかのように背が一緒の樹木が等間隔に配置されているだけで、人の気配がなく物寂しさがあった。


「シアード様はそうでしょう。ここら辺はザイード卿の屋敷があるだけで、彼に用事がなければまず、訪れない場所ですから、私とギゼラは何度も来てますけど」


 ハルの隣にはルナが手を繋いで歩いていた。傍から見れば重騎士同士が手を繋いで歩いているというなんとも奇妙な光景に、周りには誰もいないことが幸いであった。

 ギゼラを除けば。


「そうなんです。だから私もここは顔パスなんですよ、まあ、ひとりじゃ絶対に来ないですけどね」


 二人の先頭を歩いていた重装したギゼラが言った。


 シャーリー家の屋敷の近くまで来ると、途端に人が減ったように思えた。

 ここに来るまでに何人かの馬に乗った騎士や荷馬車を走らせる使用人たちなど人とはすれ違っていたが、シャーリー家の屋敷に近づくにつれて、すれ違う人の数が減っていたのは気のせいなのか、そうこうしている内に広い庭園を持った一軒の屋敷に到着した。


 三人は門番も誰もいない無人の門をくぐると、シャーリー家の屋敷まで続く庭園へと出た。


 庭園はとても広く底からも少し歩くことになった。

 シャーリー家の庭園はとても隅々まで手が行き届いていそうな立派なものだった。

 春先に行けばその広々とした庭園は美しい花を咲かせては、ハルたちを出迎えてくれたのだろうが、冬の間は真っ白な雪に埋もれてしまっていることは残念だった。ただ、それはそれで風情はあった。

 暖かくなればもっと素晴らしい庭園になることは間違いそんな場所だった。


『ここに居た時、もう少し探索しておくべきだったかな』


 ハルはそんなことを思いながら黙々と雪道を歩いた。


 屋敷内の庭園の道は新雪が敷き詰められていた。それはハルたち以外のほかに先客はいないことの証明でもあった。

 屋敷の裏道でもあるのか表の庭園には使用人ひとりもおらず、シンと静まり返っていた。


「着きましたね、さあ、シアード様入ってください」


 白を基調とした荘厳な屋敷の前に着くと、ルナはノックもせずにまるで実家の家の扉のように玄関の扉を開けて中にハルを招き入れた。


「勝手に入っていいのかな?」


「大丈夫、彼はもう私たちに許可をくれてるから」


「え、いつそんなのくれた?」


 見覚えのないことにルナの言葉を疑うしかない。


「このお屋敷の周辺には、微弱な結界が張られていて、その結界内に入った瞬間から訪問者に魔法が掛かります」


「そうなの?」


 ハルが自分の辺りを見回すがどこも異常はない。


「とても微弱な魔法です。掛かってどうこう分かるものじゃありません。魔力感知にだって引っかかるかどうか怪しいほど、弱い魔法です。ただし、その魔法でシャーリー家に入って来た人物を彼らは選別してます。ちなみに、ザイード卿と会う約束を取り付けないで、彼の屋敷に行くと必ず門番が屋敷の前に立っていて、用件を尋ねてきます。門番が居ないのは、何と言っても私がいるからです」


 ルナが腰に手を当て、鼻を高くどうだと言わんばかりの態度でふんぞり返る。用件を確認する必要もないほどここでのルナの出入りは自由ということなのか、確かに三大貴族相手にその彼女の在り方はとんでもない待遇だったが、ハルから言わせればルナの方が権力的にも上なのだから威張るほどのことでもなくそれは普通なんじゃないかとも思ったが、ハルはまだ彼らの関係がどのようなものなのかは模索中でもあった。


「どうですか?私って結構凄いですよね?」


「まあ、そうだね」


「ですよね、もっと褒めてくれてもいいんですよ?」


 彼女の目的は明確だった。ハルに褒めて欲しいただその一点に集中していた。そこには何の考えもない様子だった。

 がしゃがしゃと鎧が擦れる音を立ててルナがすり寄って来る。


「シアード様、ザイード卿のお部屋はこっちです。彼女はおいていきましょう」


 そんな彼女から引き離すようにギゼラがハルを引っ張って二階に上がって行く。


「ちょっと、何するのよ!」


「のろけるのは後にしてください、ザイード卿を待たせる気ですか?」


「それもそうだ。ルナ、先を急ごう」


「チッ」


 ハルは彼女の可愛くない本気の舌打ちを聞いた後に、シャーリー家の邸宅の二階へと上がっていった。



 ***



 ルナが真っ先に歩みを進め、迷いなく廊下を歩いて行くと、ひとつの部屋の扉の前で立ち止まった。


「邪魔するわ!」


 ルナがその部屋に入って行く。


「失礼します」


 続いてギゼラも彼女に続いてその部屋の中に入っていった。


 最後にハルもその部屋に入ろうとしたその時だった。扉がひとりでに閉まった。


「………」


 人の気配を感じ取ったハルが廊下の先に姿を現した人物に目をやった。


 そこには黒い礼装に身を包んだ若い男と、白いドレスを身に纏ったこれまた若そうな女性が立っていた。


「どうも、どうも、兄ちゃん、ちょっとばかし付き合ってもらおうか?」


「えっと、これはどういうことかな?」


「あんたの正体を確かめさせてもらうぜ?」


 血気盛んな若い男が戦闘前の柔軟体操を始める。

 言葉にしなくてもこれから戦いが起ころうとしていることはピリピリとひりつく空気で察した。だが、あえてハルは言葉で確かめておく。


「俺はルナさんの連れなんだけど、もしかしてこの私に手を出す気なのかな?」


「ルナ様の連れだろうが関係ない。俺はあんたを試すように言われたので、ただ、その命令に従うだけ、おわかり?」


 男が準備体操を終えると、戦闘態勢を取った。どうやら武器の携帯はしておらず、体術中心の構えだが、戦闘が始まるその瞬間まではどんな技が魔法が飛び出してくるか分からない。それでも見るからに弱そうな彼にハルは構えはいらないと判断した。


 ハルはそれよりも彼の後ろにいた女の子の方が気になった。それは女性としてではなくあからさまに、手前にいる男より手練れの匂いをプンプンと漂わせていた。彼女は全くもって喋らないが、それでも隠しきれない殺意をハルは感じ取っていた。


『ルナがいるからこんなことにならずに済むと思ってたけど、上手くいかないものだな…』


 レイドの裏社会で、シャーリー家はホーテン家の傘下であるはずだったが、こうして牙を剝いて来るということは、シャーリー家には独自の規範があるのか?

 絶対的な揺るがぬ地位をもっていると思っていたが、どうやら一筋縄ではいかないようだった。


『まだ力関係がいまいち見えてこないし、もしかして、ルナって、シャーリー家からは信用されてないのかな…』


 新たな疑惑が浮かび上がってくると同時に、ルナの先ほどのドヤ顔を思い出すとかわいそうに思えて来た。


『だけどルナのことより、まずは俺だな』


 この中で一番信用されていないのが自分であるということもハルは一番よくわかっていた。


『彼らの耳にも俺の噂が届いていたのかな?』


 ハルの挨拶というよりほぼ喧嘩を売りに来たとしか思えない数日前のホーテン家での挨拶。あそこでハルは自分の力を見せようと思ったが、失敗に終わった。

 人の意識を奪う神威で制圧してしまったせいで、一瞬にして誰も何が起きたか分からずに、その場に失神して倒れていた。力を調整したつもりだったが神威を習得していない人間ではまず神威は耐えられるものではなかった。

 唯一あの場で神威を防ぐ手段を持っていたギゼラが軽症で、神威を向けなかったルナとスイゼンだけがあの地下にあった王座の間を意識を保った状態で出てくることができた。


『そうだとしたら、噂の真意を確かめることは筋が通る。だけど、普通に来賓として迎えられたかった…』


 ハルがため息をつく。


「仕方ない相手してやろう」


 ハルの長考にとっくにしびれを切らしていた黒い礼装の男は、すでにハルに向かって距離を詰めて、殴りかかっていた。


「さあ、戦闘(バトル)を楽しもうぜ!!!」


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