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王城ノヴァ・グローリア

 レイド王国王都スタルシア。対神獣用に調整された王都をぐるりと囲む高い防壁に囲まれた街。その街の中央には自然が生み出した丘があり王城ノヴァ・グローリアはその頂にそびえ立っていた。王城からは街を一望でき、王都のどこからでも王城ノヴァ・グローリアの姿を見ることができた。まさに王都の象徴として人々から愛されているその王城にハル、ルナ、ギゼラの三人は向かっていた。

 ホーテン家は王城がある丘のふもとにあり、長い坂を三人は軍馬にまたがって緩やかな坂を上っていた。


『なんだか、こうしてお城に行くのは変な気分だな』


 全身を不要なほど分厚い鎧で身を包み、顔は防具の兜で隠しどこにでもいるレイド王国の一般騎士の格好をしていた。それはハルが過去によく城内で見かけた重装備の騎士の姿であった。ルナたちのような裏側の人間はいつも城内に用がある時は、このような重装備で自身の正体を隠して入城するのが基本のようだった。

 さらに裏側の人間が王城ノヴァ・グローリアに足を踏み入れられる人間はごくわずかであることも聞かされていた。王族や三大貴族といった重鎮たちが暮ら場所でもあるこの王城。その敷地内を裏側の人間たちにうろつかれては、互いに信頼し合っている関係性とはいえ、両刃に毒を塗った短剣を懐にむき出しで収めているようなものなので、権限と許可のない人間は例え裏側の人間だとしても、入ることは許されなかった。


 そう考えると、ハルが過去によくレイドの城内で見かけていた完全装備の重騎士の正体が、裏側の人間たちだったことがうかがえた。そして、その中には当然ルナもいたのだろう。通りで彼女と話すと、自分の身近なことを事細かくすべて知っているわけだと、苦笑いするしかなかったが、彼女は本当にずっとすぐ傍にいたのだ。


 しかし、今のハルはこうして裏側の人間となり、重装備の騎士として城内を訪れることに奇妙な感覚を覚えていた。


『帰ってきたというよりかは、潜入みたいな後ろめたい気持ちの方が大きいな、多分それはみんなが俺のことを忘れているからだと思うんだけど…』


 城内でハルを知る者が極端に少ないことは知っていた。かつての仲間たちも皆、ハルの顔も名前も忘れていることだろう。ハルはまるで他国のお城に入るように少し緊張していた。


『まあ、でも、無理に思い出させるつもりもないし』


 記憶を取り戻す手段はあった。実際にそのおかげで自分を覚えてくれている人たちもいた。

 しかし、ハルが積極的に自分を思い出してもらおうとすることは決してなかった。


『彼等にはもう俺を知らない人生が普通なんだからね…』


 そう思っただけで少し胸の奥が押しつぶされそうな感覚を覚え苦しかった。それに、ここに来ると忘却の痛みがより一層増した気がした。きっとそれはここがハルにとって大事な場所だったということの証でもあった。

 今まで築き上げて来たものを崩してしまったのは自分自身ではあったが、しかし、そうすることによって、この世界が彼らにとってより過ごしやすい平和な世界に近づいたのならば、ハルも代償を払ったかいがあったと思った。


「シアード団長、そろそろ正門です」


 丘の上を登りきると、城壁に囲まれたお城が見えて来た。とんがり頭の尖塔がいくつも見える。その中にひときわ背の高い尖塔の建物がノヴァ・グローリアの本館だった。

 ハルたちが王城の正門の前にたどり着く。巨大な両開きの鉄の扉は閉ざされており、その横には小さな四角い茶色いレンガの建物があった。


 ハルたちはその正門の隣にある建物に立ち寄る。ルナがその四角い建物は回り込むと馬に乗っていても入れる入り口があった。それは荷馬車であったとしても通り潜れるほどの入り口であった。

 ハルたちはその入り口を使って正門の隣にあった四角い建物に軍馬と共に乗り入れた。


 中に入ると、室内は光魔法で照らしだされとても明るく、ハルたち以外にも城に用があって来た人たちが、荷物の検査や武器などを預けるなど、城に入る準備をしていた。

 入ってすぐに小部屋のような受付があり、その小部屋に着いた窓の奥には、受付女性が好印象を与える良い笑顔を浮かべていた。


「あの、いいかしら?」


「ようこそ、ノヴァ・グローリアへ、どのようなご用件でしょうか?」


 受付の先では、五つの簡易的な鉄のゲートがあり、訪れた人々はそのゲートの前で担当の騎士たちに荷物検査をさせられていた。

 そして、その五つのゲートの先には、ハルたちが入って来たような建物の出口があった。その出口の門の両脇には二人の武装した屈強な騎士が抜剣をした状態で立っていた。ゲートで不正があった場合には、その屈強な騎士二人が駆け付ける。ハルはこの場所のことを当然知っていた。


「ここを通してちょうだい、後ろ二人は私の連れ、はいこれ」


 馬から降りたルナが、受付のカウンターにあった四角い小さな台座に、懐から取り出したカードを置いた。すると、その台座を中心に小さな魔法陣が展開し青い光を放った。

 しばらく、受付の女性がその青く輝く魔法陣の中心のカードを凝視していると、顔をあげてルナに言った。


「これは、失礼いたしました。すぐにお通しいたしますので少々お待ちください」


 すると女性はすぐに受付の奥に行き誰かと会話したのちに戻って来た。


「三番ゲートをお通りください。すぐに開門いたします」


 ハルたちは、馬に乗ったまま、手持ち検査を受けることなく、すんなりと三番ゲートに案内されて、そのまま、ゲートをくぐり抜けた。


 そして、建物の出口の前まで来ると、屈強な男二人が頭を下げていた。


 ***


 建物の外に出ると、そこはノヴァ・グローリアの敷地内だった。背後には巨大な鉄の正門が口を閉じたようにしまっていた。


「厩舎に馬を預けておきましょう」


 ルナがそう言うと少し離れた場所にある平屋の建物を指さした。

 そこはハルも剣聖時代によく馬を借りたりしていたおなじみの厩舎であった。

 その建物の前にいた騎士に三人は馬を預けた。


 徒歩でハルたちは場内を目的地に向かって進む。


 それはレイド王国の三大貴族のひとりザイード・シャーリー・ブレイドがいる。シャーリー家の屋敷だった。

 ここ王城ノヴァ・グローリアには三大貴族、剣聖、精鋭騎士団たちのためにそれぞれ土地が分け与えられていた。城壁内がすでにひとつの街として機能しており、影響力によって与えられている土地の広さも変わっていた。王族が城の中心で一番広い土地を有しており、その周りを三大貴族がそれぞれ土地を与えられており、それを取り囲むように騎士団たちが寝泊まりする寮が与えられていた。そして、一番与えられた土地が少ないのは剣聖であった。


 ただ、これはレイド王国だからこその事情があった。長い歴史の中でレイド王国はハルが現れるまで長い間剣聖の称号を持つ騎士を任命していなかった。そのため、ハルが数十年ぶりに剣聖になった際には、屋敷をひとつ建ててもらうことがやっとだった。そして、それこそハルがずっと王都で寝泊まりしていた屋敷であった。壁沿いに建ててもらったその屋敷に寄りたくもあったが、行先は反対方向だった。


 歩いていると何人かの見覚えのある顔が通り過ぎていくのが見えた。


『あの紋章アリアか…』


 それはハルが一時的に所属していた騎士団だった。獅子と翼の紋章はアリア騎士団だけが身に着けられる紋章だった。他に、レイドを代表する騎士団の紋章には、エリザ騎士団が獅子と乙女、ライラ騎士団の紋章が獅子と剣と、レイド王国を象徴とする獅子の紋章がどの騎士団の紋章にも刻まれていた。


 ハルがそこで彼らの顔を見たが、見覚えがあるのは胸にある紋章だけであった。


『新人かな?全然、知らないや…』


 所属していたのもほんの最初の一年だけで、あとは剣聖となってからハルは騎士団には所属せずに独立してしまい、アリア騎士団との関りは薄くなってしまったが、知っている顔は沢山いた。


「知っている人でもいましたか?」


 先を歩いていたルナが振り向いて言った。


「いいや、見間違いだった」


「あとで騎士団の寮にでも寄ってみますか?」


 彼女なりの気遣いのつもりだったのだろうが、ハルにはそんなつもりは微塵もなかった。


「俺みたいな見ず知らずの人間がいきなり行ったら、みんな剣を抜くだろうね」


「そうですよ、ルナさん、ここにいる人間みんなシアード様のこと忘れちゃってるんですから、無駄ですよ」


「ギゼ、そんな言い方ないでしょ…」


 ルナが代わって落ち込んで見せてくれたが、ハルからしたらもう終わってしまったことなので、気にすることはなかった。


「いいよ、それより、先を急ごう」


 ハルたちは三大貴族のいるシャーリー家の敷地へと足を進めた。


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