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見落としていた異常

 それから資料館の閉館の時間が来た。

 ギゼラの元に職員が来てまだここに残るのか尋ねて来た。


「どうしますか?もう、ここ閉めるみたいですけど」


 ギゼラが資料の本に夢中になっていたルナに言った。


「え、あぁ、もうそんな時間なのね」


「あの、ルナ様たちであれば我々は何時間でもお付き合いします」


 職員がそう言うが、そこでハルが立ちあがって片づけを始めた。


「いや、今日はもうここまでにしよう、夜もだいぶ遅くなってきたし」


「わかりました、あなた達そういうことだから、私たちはもう出て行くわ」


「だけど、ここのテーブルの資料たちだけ動かさないってことは可能かな?」


「どうなの?」


 ルナが職員に顔を向ける。


「はい、もちろんです。お任せください。ここのテーブルの資料には誰も触れさせないようにしておきます」


 しばらくして、ハルたちが資料館を出た後、出口の前には資料館を覆う結界を張る複数の職員たちの姿があった。ハルはそこまでしなくてもいいんじゃないかとも思ったが、ここに来てホーテン家のことについて少しずつ詳しくなっていたことで、その慎重さにも納得がいくようになっていた。

 ここは裏社会、何が原因でレイド王国という存在が脅かされるか分からない。それも情報をため込んだこの資料館は他国からしたら宝の山だ。管理している職員が少ないのも情報漏洩を防ぐことが目的なのだろう。彼らはとても忠実に任務を遂行していた。


 ハルは結界が張り終わるまで、彼等の結界を張る作業を見守っていた。


 辺りには雪が降り始め、ホーテン家の敷地内にもうっすらと白い絨毯が出来上がっていた。吐く息は白く、地面には白い足跡が残り、手足から寒さがしみ込んで来た。


『ん?』


 そこでハルが何か違和感を覚えると自分の左手をジッと見つめた。そこには黒衣に隠れた自分の左手があるだけだった。


「まあ、いいかこれは後回しでいいか…」


 ハルが冬の寒さの中、ぽつりとつぶやく。

 すると誰かがハルの肩をトントンと叩いた。振り向くとそこには幸せそうな笑みを浮かべているルナが立っていた。


「ハル…じゃなくて、シアード様、これからどうしますか?」


「そうだね、取り敢えず、明日の資料館が開くまでの間、ゆっくりと情報を整理しておこうと思う…」


 ハルは資料館で得て来た情報から何か見落としていないか、新たな発見はないか、自分の頭の中だけで考え続けており、気分的にはまだ資料の情報と格闘している最中だった。

 ただ、ハルの前でルナが首を横に振った。その行為にハルは首をかしげるしかなかった。


「違いますよ、私たち夫婦になったんですよね?」


「え、うん、まあ、そうだけど、それがどうかしたの?」


「だったら、あれですよ!」


「あれ?」


 ルナが自信満々にハルに尋ねた。


「食事にしますか?シャワーにしますか?それともわた……」


「ルナさん飯にいきましょう、私もうお腹すきました。私が食堂の料理長を説得するのでついて来てください、ハルさんも美味しいもの食べたいですよね?」


 二人の会話を遮ってギゼラが割り込んで来た。


 ルナの極限まで増幅した神威が一瞬にして周囲に解き放たれる。


 その神威は辺りに降り注いで積もっていた雪たちを一瞬で吹き飛ばすほどの勢いがあった。


「のうわあああああああああああああああああ!!!」


 ギゼラが一瞬で身を守る神威を展開して、その場にうずくまった。それはなんとも情けない姿であったが、最善の行動ではあった。荒れ狂う暴風に身を低くすることが何よりも吹き飛ばされない重要なことであった。


 ハルにはその矛先が向けられなかったため、神威を展開するまでもなく、その神威はハルには無害であったし、神威の勢いに吹き飛ばされることもなく、その場に平然と立ち尽くしていた。


「ちょっと、ルナさん、急にどうしたんですか…やめてください、そうやって私を急にためすのは…」


 嵐が止むとギゼラがうずくまりながら顔だけあげて、ルナを見上げていた。どうやらエルフの森での修業が活かされたのか彼女は無事にルナの神威から生存していた。


「試したんじゃないわ、いつまでも、私とハ…シアード様の邪魔をしないでちょうだい」


「さっきから、なんですか、そのハルさんと呼ばないように、無理やりシアード様に呼び方を変えているのは?」


「シアード様は、ここではその正体を隠して行動しているのよ、だから、あなたもこれからは外ではハルさんじゃなくて、シアード様と呼びなさい」


 ギゼラが体を起こすとよろけながら言った。


「まあ、ルナさんがそういうなら、そうしますけど、シアード様はそれでいいんですか?」


「ええ、まあ、そういう感じでお願いします。それより、みんなでごはんにしませんか?俺もお腹すいたので、ギゼラさん案内してもらってもいいですか?」


「え、みんなでですか…」


「はいはい、シアード様に賛成です!!それじゃあ、行きましょう!!」


 その後、ハルとルナは、ギゼラに連れられてホーテン家の敷地内に複数あるうちの一番大きな食堂へ向かった。

 夜も遅かったため、食堂は閉鎖されていたが、ギゼラが先に中に入ってすぐに戻って来ると、彼女の後ろからものすごい勢いで白い帽子をかぶったシェフが駆け付けて来て、用件を聞いてきた。

 簡単でいいから何か食べたいとルナが申し出ると、そのシェフは「かしこまりました、準備いたしますので、お好きなお席へどうぞ」と丁寧に言って頭を下げた後、慌ててキッチンの奥へと消えていった。


 ほどなくして、薄暗い窓際のテーブル席に着くと、食堂内に明かりが灯った。

 大衆向けの大人数が一度に食事ができる大きな食堂は、普段ルナのような高貴な人間が来る場所ではないことは確かであった。そもそも、ホーテン家には専属のシェフがおり、ホーテン家の人間の食事をすべて管理していた。これは王族など貴族たちによくあることで信頼できるシェフを置くことは当たり前でもあった。

 そのため、このような食堂を使う人間はホーテン家の部隊の隊員か他の職員たちだけであることは間違いなかった。


 四人席にハルとルナ、その正面にギゼラが座る形となり、料理が来るのを待った。

 キッチンの奥ではバタバタと料理の準備をしているようで、ハルは申し訳ない気持ちになりながらも、お腹はすいていたのでこうして急遽ご飯を作ってくれることはありがたかった。


「それにしても、降ってきましたね」


 ギゼラが退屈そうに窓の外を見ながら言った。


「………」


 ハルも窓の外に降りしきる雪を見ながら、ここにはいない彼女のことを思っていた。


『逢いたい…』


 彼女もこの雪空の下、降り注ぐ雪を見ているのかもしれない。彼女が温かい場所にいればいいなと願った。寒い思いをせずにおいしいものを食べて元気に過ごしてくれていればいいなと思った。愛する人が幸せに暮らしてくれてればいいなとただひたすらにそう願っていた。そして、その願いを叶えるためにハルは今ここに居た。


 遠い目をしていたハルを覗き込むようにルナが顔を覗きこんで来ていた。


「シアード様、いま何を考えていたんですか?」


 ハルが彼女を一瞥すると何でもないように言った。


「食事のことだよ」


 黒いベールの奥から起伏の無い声で返事が返って来る。ルナが静かに「そうですか」とつぶやき微笑みを返していた。

 彼女のすべて分かり切っているかのような微笑みに、ベールの奥のハルは視線を逸らすことしかできなかった。代わりにテーブルの下にあった彼女の手を取ってあげると、彼女は嬉しそうにしっかりと握り返して笑ってくれていた。


「なら、シアード様、ここの料理超うまいですから、期待していいですよ、きっとシェフもルナさんがいるから、腕によりをかけて作ってると思うんでね!!」


 二人の水面下でのやり取りなど一切知らないギゼラがまるで食堂の方にいるシェフに聞こえるように大きな声で言った。キッチンから悲鳴にも似た声が聞こえてきたが、ハルは聞かなかったことにした。



 それから少し時間が経つと、ハルたちの前には豪華な食事が運ばれてきた。いつの間にか最初に会ったシェフ以外にも調理人がおり、彼らがいくつもハルたちのテーブル席に料理を運んできてくれた。

 メイン料理は冬にぴったりの鍋だった。シェフが蓋を開けると白い蒸気が黙々と立ち上った。冬の旬の野菜と大きな肉の塊たちが金色の特性スープの中にぎゅうぎゅうに押し込まれていた。


 三人は取り皿によそってその鍋料理を堪能しつつ、資料館の続きである五年前の事件について意見交換を始めていた。


「ギゼラ、結局、あなたは何かわかったのかしら?気になることでもいいのだけれど」


 ギゼラは熱い肉を飲み込むと答えた。


「いえ、特に何もあの事件の前後の出来事を探してみたのですが、特段の気になることはありませんでした。ただ…」


「ただ?」


「ここ数十年の間に魔獣たちの動きが活発になっていたのはこの大陸にいる誰もが知っていることだと思います」


 何百何千年と音沙汰がなかった、今は無き霧の森から、今は無き龍の山脈から、黒龍が、白虎が被害を出すようになっていたのは、この長い歴史から見るとここ最近の出来事であった。


「それが関係しているとなると、やっぱり、神獣レイドはここ王都スタルシアを求めて帰ってきた災害という意見が一番的を得ているってことになるんじゃないですか?動物の本能に従って自分たちの元居た縄張りを取り戻しに、どこか人里離れた場所で何十、何百年も力を溜めて、そして、五年前のあの日に戻って来た」


 ぐつぐつと煮える鍋の音がその場を支配した。


 ギゼラの意見は学者たちの報告書にあったもので、説得力は一番あった。といより他の代案がないことがその神獣災害説を後押ししていた。


 しかし、ハルの見解からするとそれはあまりにも偶然すぎる出来事で信じきれずにいた。もしも神獣災害だとすれば、もっと襲撃の回数があっても不思議ではないと考えることはできた。

 神獣たちの動きが活発化して来たとささやかれていたのは今から百年前、もっと過去の二百年ほど前から神獣たちは活発化していたとい説もあるが、それでも最低でも百年前にはもう、国が戦う対象を人から獣へと変わっていた時代ではあった。

 そのような歴史から推測すると、神獣レイドによる、レイド王国への襲撃があまりにも少ないのではないかと言えた。どの資料を漁っても王都や他の街で【神獣レイド】が出した被害は、その五年前と二年前のたったの二回だけであり、それはあまりにも不自然であった。

 そもそも絶滅したとされていた神獣が生き残っていたという事自体が、ハルからすれば疑わしい事実であったが、それに関しては実際にこの目で見てしまっていた以上否定はできなかった。


 あとは神獣による災害だとするか、はたまたレイドを陥れようとする犯罪組織の仕業なのか?まだまだ推察する余地は十分にあった。


「まだ、俺たちはこの事件で何かを見落としているはずなんだ…」


 ハルが食べる手を止めて呟くように言った。


「シアード様は、どうしてこの事件にそこまで執着するのですか?」


 ギゼラが真面目な顔でハルに聞いていた。


「…それは………」


 ハルの中でこの事件が一番違和感が残るものであったからなのかもしれない。

 それにハルは襲撃で亡くなった人たちのことを思い出す。レイド王国で何不自由なく暮らしていたどこにでもいる人々がある日突然、何もかも奪われて人生を終える。そんな生々しい現実を目の当たりにしたからこそ、ハルは四大神獣討伐という大掛かりな無謀にも思える作戦だって打ち立て実行した。


 そしてなによりハルはまだ覚えていた。襲撃事件で無残にも散っていた小さな女の子の姿を。


 目の前で消えていく大切にすべき無垢な命。

 そんな穢れの無い純粋な魂が消えていく虚しい現実。

 その悲しみを知ってなお、命が平等だということ。

 そして、自分が救う命には限りがあり、選ばなくちゃならないことも全部。

 ハルが自分で決めたことだった。


「執着すべきだからかな…レイド王国をより良い方向に進めるためには必要なことだと思ったんだ。この国を脅かす存在を少しでも減らす。それが俺にできる最後の使命だと思ってるから…」


「シアード様にとってスタルシア(ここ)は大切な場所でしたか?」


 ルナがにっこりと微笑みながら尋ねる。


「…そうだね、ここで得た日々は俺にとって光だった。だから、今度は俺がその光を支える影でありたい…ルナがそうしてくれていたようにね…」


 ハルが黒いベールを持ち上げて、彼女だけに微笑み掛けた。


「…ええ、私もあなたを全力で支えます」


 ルナとハルの瞳がしばらく見つめ合ったまま、動かなかった。そこには少しずつではあるがちゃんとした信頼が彼女との間にしっかりと築き上がっている気がして、心地よかった。


「ふーん、なんかいい感じになってますけど、私がいること忘れないでくださいよ?」


「ギゼラは食べたらもう帰っていいわよ、あとは私とシアード様でゆっくりするから」


「じゃあ、絶対にここに居座らせてもらいます」


 ルナがあからさまにギゼラを排除しようとしていたが、彼女も食い下がらずに嫌がらせのように空気を読まず、残り続ける覚悟を決めていた。彼女は天邪鬼のなのだ。


 *


 結局、結論を出せなかった疑問を放置したまま、三人は食事を楽しむことにした。でない結論に頭を使ってもせっかくの料理も味を失う。それならばいっそのこと食べ終わってから考えてしまった方が心もお腹も満たされリフレッシュできた。

 その際ハルはこれから協力していくギゼラとも仲を深めるために、彼女の生い立ちなどを聞こうとしたが、ギゼラはその話題を自ら止めに掛かった。


「シアード様、ここにいる人間のほとんどがそんなに良い過去を持っていません、なんなら、ルナさんとかがその筆頭なんで、私の過去も何にも華がなく面白味もないです。聞きたいですか?家族全員が皆殺しにあって生き残ったのが私だけみたいな重い話を」


「あ、その、本当にごめんなさい…」


 黒いベールの奥のハルの顔に冷や汗が流れつつ、申し訳なさそうに謝った。


「ふふん、それだったら、シアード様のことを話してくださいよ、私そっちの方が興味あるっす。なんだったら、ルナさんから毎日のようにシアード様の報告は無理やり聞かされてましたけど、本人の口からいろいろ聞いてみたいとも思ってました」


「俺の話もそこまでたいしたものじゃないけど…」


「お願いしますよ、聞かせてくださいシアード様のこれまでの人生をきっと私たちよりは明るくて楽しい話題が多いはずです」


 自分の人生を語るというにはどこか気が引けた。ここにはルナがいた。隣で目を輝かせながらハルが話始めるのを静かに待っていた。


『どうしよう、どこから話せばいいんだろう。女性の名前とか出すといつの間にかいなくなってそうだからな…』


 もしかするとルナだけは、このハルの過去を聞いて、かつてハルと接触した他の女の匂いを消す絶好の機会だと思い、目を輝かせているのかもしれなかった。彼女は普通に人を消す力を、物理的にも権力的にも持っていた。そんな彼女に不用意に他の女の話をするのはリスクとも言えた。と言った具合でハルもルナの狂いっぷりに理解度が上がってきていることに対してある程度対策できるようになってきていた。


『あ、そうだ、あそこから話せばいいんだ…きっとこのことは彼女たちも知らないだろうし』


 ハルがどうしようか迷っていると、ふといいアイデアを思い付いた。


「じゃあ、一から話すと長くなるから、二人にもなじみ深いここに来たところから話そうかな、えっとね、ここには二人も知っての通り、俺とライキルとエウスの三人で来たんだけど…」


 そう話し始めるがルナの表情に変化はまだない。ハルは話を続けた。


「まだここに来て日が浅いうちに、俺たちはある重要人物と奇跡的に出会っていたんだよね」


「お、誰ですか?それは」


「誰だと思う?」


「ええ、もったいぶらないでさっさと教えてくださいよ、私そうやってじらされるのダメなんですから」


 ギゼラが興味津々の中、ルナも隣で神の言葉を聴くかのごとく静寂を保っていた。


「実は、俺たちがレイドに最初に来て出会った人は、あのキャミル王女だったんだよね」


「へえ、そうだったんですね、まあ。シアード様たちとキャミル王女仲良かったですからね、ルナさんも常日頃から悔しがってました。そうですよね?」


 ハルがルナを見ると彼女はリアルタイムで悔しそうにしていた。


「私が一番にシアード様と出会いたかったです…」


「でも、この話はまだまだ続きがあって、キャミル王女と出会った場所が結構意外な場所でね」


「あれ、城とかじゃないんですか?」


「それが、この王都スタルシアのどこにでもある普通の食堂で、なんでもエウスがこの王都に着いてからいきなり、紹介したい人がいるって俺たちを呼び出して連れて来たのが、キャミルだんだよね。だから、まさか、その紹介された女の子がその国の王女様だとは普通思わないでしょ?そんなんだから、出会った最初は普通に俺もライキルもどこにでもいる町娘として接してて、彼女が王族だってことを聞いた時はビックリしすぎて、全然信じられなかったんだよね、ハハッ……」


「え、なんか普通にヤバいですね、そんなことがあったんですか?」


「うん、本当に奇跡みたいな偶然だよね…」


 ハルが残りわずかとなり始めた鍋をよそっている時だった。


 ルナが急に立ち上がった。


「ハル…それはいつ頃の話ですか?」


「え?」


「ハルたちがキャミル王女と街中で、秘密裏にあっていた時期は?」


「えっと、五年前…」


「そうですよね、それでキャミル王女と出会ってから王都で襲撃があったのはいつでしたか…」


 ハルは一瞬思考がそこで止まったが、すぐにルナの質問に答えた。


「正確な日数は覚えてないけど、だいたい一週間前くらいだったかな、俺とライキルとエウスとキャミルで一週間ほど街中で遊びつくしていたから………」


 ハルはそこで嫌な予感がした。何か抜けていたピースががっちりとはめ込まれるようなそんな気がしていた。


 そして、そのピースを埋め終わっているかのようなルナが、説明するかのようにハルに告げた。


「これはあくまで仮説なのですが、キャミル王女のお母様のジュリカ王妃が亡くなったのがいまからだいたい八年前です」


「八年前…」


「その八年前を境にキャミル様は三年間の間、一度も自分の部屋のお外に出ていらっしゃいませんでした」


 ハルも、キャミルが母親が亡くなった時からずっと部屋に閉じこもっていたことは聞いていた。その情報が蘇るとハルにもそこからは容易に想像ができた。そして、何よりもなぜその要素を一番最初に放棄していたのか?ハルは馬鹿らしくなるほど、この王都襲撃の要因は明確であることが分かってきた。そしてそれはハルがハルであること、つまり事件の当事者であることで、さらに当時の景色が鮮明に甦り、ルナがこれから述べるであろうことの説得力が増すことをすでに予感していた。


「そうだ、そうだよ…確かにそれはタイミング的にはあまりにも出来すぎている…どうして見落としていたんだ…」


 三年間、閉じこもっていたキャミルがなぜかその日は街中に姿を見せては、ハルたちと出会い、そこから一週間が経ったのちに、神獣による王都襲撃があった。王都という街に王族がいることが分かっている場所での大災害。それはあまりにもまるわかりな動機であった。


「神獣による王都襲撃は、王族を暗殺するための陽動ってことか…」


「普通に考えればその可能性は十分にありました。私も一番に王族の暗殺が頭をよぎってました。ですが、それならばなぜもっと前に実行に移さなかったのか?私はこれを疑問に思っていました。ですが、ハルの今の話を聞いて確信しました」


「ちょっと待って、そうなると、王妃は……」


 ルナがハルの考えていることを説明するように情報を告げた。


「王妃は病気で亡くなっています。それも最後はとても痛々しい姿で亡くなったのを私もこの目で見ています…」


「俺もそのことは知ってる…大変な病気で身体の肉が腐っていくってキャミルが言ってた…えっとだから、つまりこれも…」


「ええ、王妃の死の原因は病ではなく、暗殺されたと考えるのが妥当でしょうね、そしてハドー家を狙った計画はすでに実行に移されており、それは王妃ジュリカ様が亡くなった時からずっと続いていた…」


「だから、キャミルが外に出るようになってから、その計画が実行に移されて…」


「五年前の最初の襲撃事件が起こった……」


 しばらく、ハルたちがいた食堂は長い沈黙に包まれた、いま語った話はあくまでもハルたちが導きだした想像の域でしかなく、何も根拠となるものが一切存在しなかった。


 ハルが見落としていた異常それは、キャミルが城の外を出歩いているということだった。それはハルたちの間ではあまりにも当たり前すぎて気づけない点だった。普通に考えれば王女が城下町に出ることは異常事態だった。


 『キャミルはずっと誰かに命を狙われていたってことか…』


 そして、沈黙を破ったのはギゼラだった。さすがの彼女も事の重大さいに不安そうな顔をしていた。


「これ、まだ、決まったわけじゃないですよね?王族殺しがレイドであったなんて…」


「そう、ギゼラの言う通り、これはあくまで仮説だから、ここから証拠を集めていくしかない。まだ、誰がこの事件の裏で糸を引いていたのか検討すらつかない状況で下手に動くのも危ない…」


 ルナも捕まえたチャンスをものにするために、慎重だった。


「だったらこういう時こそ、私たち裏側のまとめ役であるザイード卿に頼るのが一番じゃないですか?あのおじさんだったら何か知ってそうじゃないですか?それとこの王国の中で私たち裏の人間が一番信頼できる人じゃないですか?」


「そうね、相談するならザイード卿が一番いいわね」


 ルナもギゼラの意見に賛成で、ハルもまた同じ意見だった。


「それじゃあ、明日、彼に会いに行って話を聞いてみようか」


 ハルは核心に迫ったのと同時に不安がよぎった。レイドの闇の部分が浮き彫りになったことで、それは今まで自分の立っていた場所があまりに不安定だったといことを知るきっかけになってしまった。それはハルの心を暴走させるには十分だった。


『早く悪い目は摘み取らないと。俺は一刻も早くこの世に唯一の楽園をレイドに築かなくちゃいけないんだから…』


 焦るその心はあまりにも危険であることに、ハル自身も気づけずにいた。


 レイド王国に暗雲が立ち込める。

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