抜けた核心
「探したんですよ、まさかこんなかび臭いところに二人で引きこもってたなんて」
そう言ってハルとルナの前に現れたのはギゼラだった。誰もがひれ伏するルナの前でそうやって飄々と気取らない姿を見せられるのは彼女くらいなのだろう。
「ギゼ…邪魔しないで、どっかいってて、これはお遊びじゃないの」
「そう言ってルナさんは、ただハルさんと二人っきりでいたいだけなの分かってるんですからね…」
ギゼラがハルとルナの間に、椅子を持って来て背もたれを前にし、うなだれるように寄りかかって目の前に積まれた本の山に渋い顔をした。
「だいたい、酷いですよ、ハルさん、最後にあんな神威を放って退場するなんて危うくみんな死ぬところでしたよ」
「大げさだよ、あれは一種の力の誇示だったから、舐められないためにやっただけ、それにしてもギゼラさんにはこの姿でも俺のこと分かってくれるんだね」
ハルはいまも黒衣に真っ黒なベールをかぶって完全に影のような姿をしていた。
「当たり前じゃないですか、ていうか、ルナさんが隣に人を置くことなんて、私かハルさんかのどっちかですよ」
ギゼラがハルの方に顔を傾けて言った。
「そっか、やっぱりルナは、ギゼラさんのこと大切に思ってたんだね、なんか安心したよ」
「わ、私は別にギゼラのことなんてなんとも思ってない、ただ、ギゼラがついて来るから仕方がなくいさせてあげてるだけ、大切じゃない、私が大切なのはハル、あなただけなんだけど、ってちょっと、ここでハルって呼んじゃダメだってば…」
「まあ、今は別にいいかな、周りには俺たちしかいないし、それよりさ」
頑なにギゼラの存在を認めようとしない、意固地なルナにハルは意地悪めいたことを言う。
「ギゼラさんを大切にしないルナのこと俺は嫌いだけどな」
「え……き、嫌い………」
ルナ顔から血の気が凄まじい勢いで引いていく。
「お、さすがはレイドの大英雄!その調子でルナさんに私という存在の重要性を説いてやってください!この頭の中にハルさんのことしかない彼女にお願いします!!」
調子に乗り始めるギゼラは相変わらずハルがこうしてホーテン家に乗り込んで来ても何も変わらないお調子者だった。
「うう…」
ルナが頭を抱えてうめき声を上げながら何かこの現状を打開する解決策を模索していると、彼女は一つの答えにたどり着いた。
「わ、わっかたわ!」
「ルナさん…ついに私という存在の大切さに気づいてくれたんですね、いいですよ、今なら親友から始めてあげますよ、フフッ…」
ギゼラがやれやれと言った顔で油断していると、ルナが意気揚々と言った。
「ここでギゼラを殺して存在を消せばいいんだ。そうすれば、ギゼラを大切にする私のことが嫌いなハルもいなくなる、よしやるか!」
ルナがギゼラの方に振り向いて赤い瞳をギラギラと光らせ、容赦なくギゼラに向かって手を翳す。
「そんな単純な引き算みたいな計算でこの世が成り立ってたまるかぁ!!」
ギゼラが悲痛に叫ぶが、すでにルナの目は本気で止まる気配がまるでなかった。
「ひぃいいい!!この狂人め!!あなたと関わったことを今、普通に後悔したぜぇ!!!」
ハルがそこで本当にそんな理由で友人を殺そうとしていた、いかれた妻の手を取った。
「冗談だから、殺さないであげて」
「でも、ハルは、ギゼラが嫌いな私のことが嫌いなんですよね」
「別に、どっちだったとしても、俺はルナのことが好きだよ、だから、さっきの事件を解き明かす続きに戻ろうか」
ハルが資料の山の中から適当に本を取って文字を追い始める。
「ハルが私のこと好き…?今、好きって言った!……へへッ、えへへへ」
熱くなった顔を手で押さえ身もだえるルナ。そんな彼女にギゼラが冷めたい視線を送るが、ルナは気にも留めていなかった。
ギゼラが大きなため息を吐く。
「はぁ、まあいいですよ、からかって殺されそうになるのは、いつものことですし、それより今言った事件を解き明かすとは?なんですか?探偵ごっこですか?」
「ギゼラさんも暇だったら手伝ってくれない?一緒に未解決事件の謎を追うの」
「未解決事件ですか?」
「そう、五年前にあったレイド襲撃事件について、誰が何の目的でこの襲撃事件を起こしたのか、一緒に考えてくれないかな」
「いいですけど、あれって、災害ってことで片付けられてませんでしたっけ?」
ギゼラが椅子を傾け、そのまま手を伸ばし資料の山の中から一冊の本を取る。そして、パラパラと読み始め資料に目を通し始めた。
「そうよ、あれは表向きでも、裏であるこっちのホーテン家のどちらでも、災害として片づけられているわね」
表社会で起きた手に負えない任務が、裏社会のルナたちのところに回って来ることはよくあることだったが、この事件はどちらも深追いはしていないという結論に至っているようだった。
「だったら、これは災害ってことで決着が着いているんじゃないですか?」
ギゼラが資料に目を通しながらも当たり前のことを言う。
「じゃあ、ギゼラは神獣たちがレイドの王都を自らの意思で襲撃したって思えるわけ?それはあまりにも不自然なんじゃない?」
「そうでしょうか?神獣たちにとって人間は餌ですよ?それが壁の中にうじゃうじゃといれば、お腹を空かせている神獣なら間違いなく、あんな脆い壁を突き破って来ると思いますよ」
これまた当たり前のことを言うギゼラ。
ハルとルナはこのギゼラの当たり前の言い分を覆さなければ、この事件が未解決であると決めつけることもできなかった。
「だったら、そう片づけた方が都合がよかったと考えることはできないかな?」
ハルがひとつ推理をあげることにした。
「どういうことですか?」
「例えば、飢えた神獣を王都に解き放ったとして、そしたら、王都はどうなると思う?」
「そりゃあ、もちろん、王都は大パニックですよ、ていうか実際にとんでもない大パニックになって、ハルさんがいなかったら、今ここに王都は存在してなかったですよ」
当時の襲撃にハルがいなければ、このレイドで神獣を相手にできたのは、レイドの現剣聖カイくらいだった。それでも、彼一人ですべての襲撃してきた神獣を倒しきる頃には、王都はなくなっていただろう。それほど、神獣レイドという現代まで生き残っていた獣は凶悪だった。
「そうだよね、それくらい大パニックになった時、何か別の目的のための隠れ蓑になるんじゃないかと考えたんだけど…」
神獣の襲撃は、それだけで人々の注意を引き付けることができた。その隙に何かを企むことはできた。
「なるほど、確かにあの事件は人目を引くには持ってこいでしたね、ですが…」
ギゼラがそこまで言うと、ルナが顎に手を添えて考え込んだ表情で交代するように言った。
「あの襲撃時に、襲撃以上のことは何もなかった……」
そう、このハルの推理には核となるものが抜けていた。
神獣の襲撃で国は大混乱に陥った。それをハルが一匹残らず討伐したことでこの災害は無事に解決した。さらにこの襲撃は二度もあったが、どちらもハルが抑えたことで、神獣の襲撃以上に何か副次的な被害がレイド王国を襲うことはなかった。
しかし、だからこそハルはその着眼点からひとつの推論を練り上げることができた。
「そう、だけどさ、まさにそこに注目するべきなんじゃないかな?あの時レイドには襲撃だけしかなかった。だけどこう考えてみることはできない?」
ハルは一度言葉を区切ると言った。
「あの時は襲撃することしかできなかった」
ギゼラが「なるほど」とつぶやいて片眉をあげた。すると隣で目を輝かせる者がいた。
「素晴らしい考えです。その線で話を進めましょう、やっぱり、ハルは天才です。さすが私の夫ですね!はぁ…もう、最高、大好き!!!」
ルナがハルの腕に抱き着く。
「ありがとう、でも、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、やっぱり、この考えには抜けてるところがあるんだ」
「はい、そうですよね、それは犯人の目的です、私、ちゃんと分かってますよ。ハルの考えていること全部…」
「ハハッ…すごいな、ルナは……」
ルナがニッコニコの笑顔で言うとハルも、黒いベールの奥で困ったように笑顔を返す。
「犯人は神獣を使った騒ぎを起こして何をしようとしていたのか?みんなで資料を漁って、考えていきましょう!」
ルナが、ふざけているのか、ふざけているフリをしているのか、ハルにはもうわからなかったが、話はしっかりと通じているようで安心した。
「ちょっと面白くなってきたので、私に資料を読み漁る時間をください。何か見つけ出せるかもしれないので」
夢中になって資料の本を読むギゼラがそう言うと、ハルの腕に抱き着いていたルナが後ろにいた彼女を一瞥すると言った。
「ギゼラの知性で何か見つけられるとは思えないけど…大丈夫そ?」
「ルナさん、ぶちのめしますよ」
ギゼラが資料読み込みながら片手間に暴言を吐いていた。だが、ギゼラがルナを力で任せられるビジョンが全く見えないことが無慈悲でもあったが、二人の仲が良い証拠だとも思った。
「よし、じゃあ、今日は三人でもう少しだけこの資料の山を崩しておこうか」
ハル、ルナ、ギゼラの三人はそれから資料館が閉まるまで、黙々と本に目を通していた。