雨の日 小さな副将
「あれ、ビナ隊長ですよね!?」
アストルがエウスに言った。
「そうだよ、彼女は、今回我らレイド王国の副将だ」
エウスは楽しそうに笑って試合を眺めていた。
下の会場には、アスラ帝国の五将の大柄な男の前に、小さな女の子が防具をつけながら前に出てきた。
帝国のエルガー騎士団の騎士たちは、もちろん、一部のエリザ騎士団の騎士たちも、驚きを隠せないでいた。
「おいおい、子供じゃねえか」
「大丈夫なのか」
周りの騎士たちがざわつき始めた。
しかし、ビナは全く気にする様子もなく、頭や体の防具をいじりながら、対戦相手の大男の前に立っていた。
『少し、この防具きつい、子供用がこれしかないから仕方ないけど…』
ビナが防具をいい位置に調整していると対戦相手の大男が話しかけてきた。
「おい、あんたが俺の対戦相手なのか?」
大男も困惑していた。
「え、ええ…」
ビナは、防具をつけて出てきた自分が、対戦相手以外の何であるのかと思って少し戸惑った。
「あんた騎士団に入っているのか?」
大男がビナに対してさらに質問した。
「え?……あ、はい」
ビナは相手が当たり前の質問をしてきたことに少し困惑した。
『あれ?騎士同士の試合だよね?』
「どこの騎士団だ、エリザ騎士団か?」
「レイドのライラにいました、今はハル団長の元にいますが…」
「ライラ…」
その単語に大男は、一回頭の中で自分の記憶を整理した。
『ライラって、俺の記憶が正しければ、たしか、六大国の軍の中でも超有名なレイドのライラ騎士団だよな…』
もう一回、大男が彼女を見るが、ただのかわいらしい女の子にしか見えなかった。
「じゃあ、始めましょうか」
そんな彼女が構えながら言った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「…な、なんですか?」
ビナは、せっかく構えて試合を始めようとしたのに、その大男の言葉で調子が狂わされてしまった。
「この試合は、ルルク副団長が見ているんだ、だから本気でかかるが大丈夫か?」
大男は真剣にビナに語りかけた。
「はい、本気で来てください!」
ビナは自信満々で答えた。
そして、ビナは戦闘態勢に入った。
「じゃないと大ケガしますよ…」
大男が彼女の雰囲気が激変したのを感じ取った。
「こ、これは…」
大男の体が一瞬、身震いをした。
「…なるほど、審判始めてくれ」
嫌な汗が大男の頬を伝って一筋流れた、そして、しっかりと構えて審判の開始の合図を待った。
目の前の女の子もしっかり構えて、こちらを見据えている。
『……来るか…』
大男が審判の開始のタイミングを計った。
「始め!!」
始まりの合図で両軍から声援が上がった。
合図とともに大男は、ビナの動きの様子を見ようとした。
だが、ビナの速さは、大男が思っていたよりもはるかに速く、彼の目の前に迫っていた。
「ぐっ!!」
大男は言葉を発することもできなかった。
ビナは接近しながら、体をねじり、その回転で、左足を軸にしてその足で跳躍し、右足で大きな弧を描いて、右足のかかとを相手の頭めがけて振るった。
『か、かわせない』
大男は、その速すぎるビナの後ろ回し蹴りに、カウンターやかわすのをあきらめ、両腕を立てて彼女の攻撃にガードを合わせた。
しかし。
「なにぃ!!」
大男のガードは、彼女の桁違いの威力の蹴りに、あっさり崩されてしまった。
『この力、まさか、ドワーフか!?』
大男がそのように思考したのもつかの間、ビナの体の回転の勢いはまだ続いており、そのまま、彼女は体をひねり、左足で二撃目を繰り出した。
「カハッ!!」
大男の頭の防具にビナの左足が食い込み、そのまま、大男は吹っ飛ばされ、地面に倒れた。
その大男はあまりの衝撃にボーとしてしばらく立てなかった。
試合の続行が不可能と審判が判断し、八試合目は副将ビナの圧勝に終わった。
周りの両方の騎士から大きな歓声が上がった。
「すごい!、一瞬だったぞ!」
「あの子が倒しちまった!マジかよ!」
「いいぞ、かわいい!!」
ビナは、そんな歓声にうれしくなって、得意げな顔で腰に手を当て胸を張った、そして、次の対戦相手が来るのを待った。
「あの方、誰なんですか?」
ルルクが驚いた様子で言った。
「あの子は確か、ハル剣聖が連れてきた騎士と言っていたな」
デイラスが言った。
「ハルさんがですか、なるほど、これは面白くなってきましたね…」
ルルクが歓声を浴びているビナを見て、不敵に笑った。
一方、アストル、ウィリアム、フィルの三人もビナの強さを目の当たりにして驚いていた。
指導してもらったり、ガルナと戦っているのを遠くで見たことはあったが、実際に近くで彼女の戦闘を見ると、そのすさまじさが分かった。
「おいおい、回し蹴りで一発だったぞ」
ウィリアムが試合が終わると興奮して言った。
「対戦相手、帝国の精鋭騎士だよな、ビナ隊長すげえ」
フィルもビナから目が離せなかった。
「彼女、ライラにいたからね」
エウスが言った。
「ええ!ビナ隊長がですか!?」
アストルや他の二人にもそのことは初耳だった。
「そう、実は彼女、とっても優秀な騎士なんだ」
エウスは、頭の中にビナと最初にあったときの記憶が浮かんだ。
『俺も最初聞いたときは驚いたな…』
エウスは、下にいるビナを見た、無邪気に彼女はニヤニヤしていた、そして、ちょうど相手の中堅が防具をつけて試合が始まりそうだった。
バン!!!
そんな一階をエウスが眺めていると、この建物の玄関につながる扉が勢いよく開かれた。