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ロイヤルガードの務め

 玉座にいたハルに二人の騎士が襲い掛かって来る。どちらも大体ハルと同い年位の二十代の男と女だった。

 感情任せに絶叫しながら仕掛けて来た二人を前に、ハルは時間を止めることで対抗した。周りの動きが次第にゆっくりになりやがて静止するほどまで、ハルのまわりの空間が歪に減速し始めた。静止するのにかかった時間は一秒にも満たなかった。

 時が止まった空間の中、ハルは一人だけまったく別の空間あるいは時間軸にいるかのごとく、自由に動き回ることができた。


「さてどうするかな…」


 そこには数多くの選択肢があった。


 ここで二人を殺して見せしめにするか?それとも、気絶させて無力化するか?

 ハルは特にここで穏便にことを進める気は特になかった。誰が死のうがここで何が起ころうが、最終的にはここにいる全員を従わせるつもりだった。


 ただ、正直、ここまでルナが周りの人間から慕われていると、これはハルにとって、とてもよい状況だった。ルナへの忠誠心が高ければ高いほど、ハルへの支配力もそれに付随する

 ことは確実だった。


『ルナはもっと恐怖で彼らを縛っていると思っていたけれど、これは予想外だったかな…』


 ルナの周りには彼女に信頼を寄せている者たちが大勢いた。それはハルの眼前に広がる光景を見れば一目でわかることだった。

 彼らに興味がなかったのはルナだけで、彼らはちゃんと彼女のことを信頼し、頼りにしていたのだ。


『これなら上手くいきそうだ、ルナには感謝だ』


 ハルはルナを脅しに使うつもりだった。


『みんな報われないね…』


 ハルは二人に手を翳すと、天性魔法を放った。ハルの両手から泡のような泥のような、真っ黒な闇が現れたかと思うと、襲って来た二人をその闇の球状の中に包み込み、生け捕りにしてしまった。


 時間が正常な速さに戻って来ると、二人の魔法で生み出した刃は、闇の泡に阻まれ勢いを失っていた。


 その闇は、確かにハルの天性魔法であった。自分にしか見えなかった光の天性魔法は、どこまでも深い闇へとその姿を変えていた。

 光の天性魔法がどこか幾何学的な法則性のあるものだとしたら、この闇の天性魔法は生物的な側面を持ち合わせており、まるで生き物のようだった。そのおかげか、ある程度形を自由に変えることができ、こうして対象を捕縛することも可能になっていた。


「急に襲い掛かって来るとは威勢がいい、さすがは裏社会。殺意むき出しなところが表社会とは違うね…」


 ハルの両手には襲い掛かって来た、二人の男女が入った大きな闇の泡がふわふわと漂っていた。


「貴様一体何者だ…」


 その時、部隊の隊列から赤毛の大柄の男が声を掛けて来た。インフェルの隊長であるグラニオスであった。


「私か?私の名前はシアード、これからそう呼べ、お前たちの主になる者の名だ」


「主だと?」


「そうだ、これからここは私の楽園創造のための活動拠点とする。お前たちはそのための奴隷となってもらう」


 ハルが両手にあった捕虜をいれた闇のバルブを少しそこら辺にどかして、檀上の下にいたグラニオスに目を向けた。


「楽園だぁ?奴隷だぁ?なあ、俺は、お前さんの言っていることが何一つ理解できねえ、それらと俺たちになんの関係がある?」


「こいつのことはどうなってもいいのかな?」


 ハルが、歓喜のあまり完全に気絶してしまったルナの首に軽く腕を回して絞めるようにして見せ、挑発した。


「貴様、まさか俺らを脅す気なのか…?正気か?ここから生きて出られると思っているのか?」


 グラニオスの拳に火花が散り始める。明らかに彼は戦闘態勢に入り始めていた。


「正気も何も、みんなには従ってもらいますし、私はしばらくここに居させてもらいます。なんだったら、ルナの口からあなた達に命令を下してもいい、それとも、あなたは、このルナからの直々の命令に背く気ですか?」


「…………」


 ハルはベールの奥で淡々と何の感情も持ち合わせずに話を進めていく、それでも、グラニオスの方は屈辱的な表情で、ハルに対しての回答を出せずにいた。


『なんていうか、本当に彼らはルナに忠誠があるんだな、てっきり、殴りかかってくると思ったけど、以外に冷静なんだな…』


 ハルはそこで別の隊長たちに目を向けた。ハルはそこで腕っぷしで成りあがってきたような金髪の大柄の男キングスに声を掛けた。


「あなたはどうですか?私を新しい主と認めますか?」


「俺に言っているのか?」


「ええ、そうです」


「俺がお前を認めるとでも思っているのか?」


「さあ、それは貴方が決めることですから、聞いているんです」


「お前は、異常者だ。俺たちもそうとう異常者ではあるが、お前のそれは一線を越えている。だってそうだろ?俺たち四部隊に喧嘩を売ってバカにも程がある。俺はお前がその王座でもう少しいかれた余興をしてくれるなら、それを楽しむことにするさ」


 キングスがハルを睨みながら腕を組み、そのまま、石造のように黙り込んでしまった。しかし、その姿からは全く隙がなく、常にこちらのでかたを窺っていた。つまり、彼はいつでも襲い掛かる準備はできているようだったが、多分、彼はどうやって先に襲い掛かっていった二人がとらえられたのか、その原因を突き止めることができずに、足踏みしている感じだった。きっと、二人に出遅れなかったら、彼が真っ先にとびかかって来ていたはずだ。それほど彼からは殺気が滲み出ていた。


「魔導士の貴方はどうですか?」


 次にハルが問いを投げかけたのは、魔導士のミリアム・ボーンズだった。


「私は、貴方を新しい主として支持しなくもありません」


「おい、ミリアム、お前…」


 隣にいたキングスが彼女を睨む。しかし、そんな鋭利な視線を気にも留めず、彼女はおっとりとした口調でハルに向かう。


「ですが、それはルナ様が本当にそう望んでいたという話に限ってです。私はルナ様を慕っています。それはここに居るみんなもそうです。だからこそ、あなたのような粗暴な人間がルナ様の気に留まったとは思えない、何か魔法を使ったのではありませんか?」


「いや、ルナに魔法は使ってない、そんなことしなくても彼女は俺の言うことをなんでも聞いてくれる、優しい子だよ」


 人形のようにルナをそっと抱きよせる。


「気に食わない、その態度といい、何から何まで…それとルナ様をそのように粗雑に扱うようなら、私は断固反対です。あなたはルナ様のことや、ここホーテン家のことを何も分かっていらっしゃらない、あなたは今我々に戦争を仕掛けているのですよ?」


「え、そうですか?」


 ハルがルナの頭を撫でながら、退屈そうな声で答える。

 実際にハルは襲い掛かって来た二人を除いてすでにこのレイドの裏の底を見透かしていた。


「ルナのことは分かっているつもりですけどね。何から何まで彼女が自ら進んで話してくれるので、レイドの裏社会のことや、このホーテン家のこと、そして、彼女がこれまでに何をして来たかも、何もかもすべてね」


「信じられると思って?」


 疑いの目を向けられるが、それはこちらのセリフだった。


「じゃあ、聞きますけど、あなた達は一体ルナの何を知っているというのですか?彼女から私のような想い人がいることを聞かされたことがありましたか?」


 まずシアードという言葉に聞き覚えが無い時点で、ここにいる全員の記憶から、ハル・シアード・レイという存在が消滅していることを確信した。そのため、この質問は少し意地悪だったのかもしれない。まだハル・シアード・レイをみんなが覚えている時であれば、ルナの奇行はこのホーテン家内に知れ渡っていたことだろう。


「それは…」


「彼女のことを分かっていないのは、あなた達の方だということを今一度理解した方がいい、私が傷つけば悲しむのは彼女なんですからね?」


 実際この場に今の完全体のハルを傷つけられる人間など一人もいないことは分かっていた。ルナの主にしている時点で程度は知れていた。

 数日前のスフィア王国での戦闘に比べたら、やはり人間である彼らは足元にも及ばないどころか、戦う前に決着が決まっているようなものであった。


 魔導士まで黙らせてしまったハルは、そこで、最後にスイゼンに視線をやった。


「さあ、最後に残ったあなたはどうですか?私を新しい主と認めてくれますか?」


 スイゼンがハルの問いかけから、二人の騎士が入った黒い泡を交互に見てからすぐに言った。


「ええ、このスイゼン・キルハイドは、シアード様、あなたを新しい主と認めよう」


 王座の間はそこで新たにどよめきが広がった。


「ちょっと、あなた、本当にあの誰かもわからない奴を、新しい主に据えるって言うのかしら?」


 ミリアムが慌ててスイゼンに確認のためすり寄って来た。それはさらに殺気をまき散らし始めた二人を抑える目的があったが、彼は譲らなかった。


「私は彼を主と認める。彼とルナ様には信頼関係があるように見えた」


「あなた本当に自分が何を言っているのか分かっているの?」


「間違っているかいないかは関係ない、私は彼を主と認めても良いよと言った。ただそれだけだ」


 その時、スイゼンの胸倉が勢いよく掴まれ、その体が宙から少し浮いた。


「貴様ぁあああ!!それでもロイヤルガード、ホーテン家直属の隊長かぁあ!!!?」


 青筋を立てたグラニオスが、怒鳴っていた。


「手を放してください、グラニオスさん」


「お前、あいつと繋がっているのか?あん?何か裏で取引でもしたのか?お前はルナ様をあんなクズに売ろうとしているんだぞ!?」


 ハルが王座から始まった、始まったと他人ごとのように、眺める。まさか隊長の一人がこの状況下で自分側についてくれたことには驚きだったが、それすら、ハルにはどうでもよかった。結局、最後は力を示すつもりでいた。どんな外的要因が加わろうが、ハルが目指す場所に変わりはなかった。しかし、しばしの余興を楽しむことにした。


「クズ?グラニオス様は、彼の話を聞いていらっしゃったのですか?」


「あ、どういうことだ?」


「彼はルナ様と婚約をしたと説明した。ルナ様の夫を守ることもまた我々ロイヤルガードの務めです。その任務を放棄した時、我々の存在意義は何ですか?気に食わないから、あなたは彼を認めないのですか?私にそれはできない。もしも、ここで彼を殺すなら、私は彼に着きますよ?それとも、ルナ・シアードを名乗るルナ様がホーテン家ではないとでも言う気なのですか?」


 普段口数の少ないスイゼンがまくしたてるように言うと、グラニオスが手を離した。


「だが、まだルナ様が彼に返事をしたわけじゃないだろ…」


 すっかり熱が冷めたグラニオスが言った。

 確かにルナはハルの腕の中で気を失っており、彼女の真意を聞き出すことはできない状態だった。


「それならなおさら、彼は保護対象です。ルナ様が目覚めた時、彼を生かすのか殺すのかを決めるのはルナ様だけです。私はその判断が下されるまで、判断基準である、彼をお守りする責務があります。それが我々ロイヤルガードの務めなのですから」


 ハルはそこで拍手をした。たったひとりの乾いた拍手が響き渡る。しかし、それに続いて拍手をする者は一人もいなかった。


 しかし、そこで声をあげたのがホーテン家のグレンゼン・ホーテンだった。


「ベラベラとしゃべらせておけば、なぜ貴様のようなどこの馬の骨とも分からない奴をここの主に据えなくちゃならないんだ!」


 もっともな意見が飛び出した。そもそも、ルナがシアードを名乗るならば、ホーテン家の権限はこのルナの実の兄であるグレンゼンが継ぐのが真っ当なことではあった。


「それに、ルナはお前のような男ではなく、もっと相応しい人物を私が用意するつもりだったんだ」


 ハルも彼のその発言は全くもってその通りだと思った。自分より相応しい男などルナには星の数ほどいた。特に彼女のような力を持った女性であれば、レイド国内外問わず、男を選びたい放題なことは確実で、大国の王子あるいは力を持った貴族たちと政略結婚でもすればレイドの地盤は盤石なものになっただろう。


 それに比べ、ルナがハルと婚約するメリットは一切なかった。


 地位も金も人脈も人望、ありとあらゆるものを忘却の彼方に葬り去ったハルに残ったものなど、莫大な力だけで、評価できる点などそれ以外もう見当たらないほどであり、最終的には人間性を落とし始めたのだから収集がつかなくはなりつつあった。


『グレンゼン・ホーテン、ルナの実の兄か…』


 ベールの奥でハルが彼を見据えた。


 人間嫌い、それはハルの中に渦巻く他者への不信感が募ったものだったが、なぜ、人を信じられなくなったのか、ハル自身ですらその原因に心当たりが全くなかった。

 しかし、それでもいまのハルは漠然と他人を受け入れるということができなかった。

 そのため、ハルは愛する人たちだけを囲って暮らす楽園を本気で創造しようとする狂った思想を持ち始めていた。


「ここはお前のような道化が来る場所ではない、どうやって、ルナと接点を持ったのかはわからんが、お前はここで終わりだ」


 グレンゼンが、下に整列していた四つの全部隊に向けて叫んだ。


「お前たち、こいつを殺せ、そして、ルナを救出しろ!!さあ、何をしてる早くしろ!!」


 その命を受けたキングス率いるブレイドの部隊が真っ先に動き出した。全員が王座に向かって走り出す。そして、その反対側からもインフェルのグラニオスが両手に炎を纏って突進して来ていた。


「せいぜい後悔するんだな、ホーテン家という大きな闇と関わったことを」


 余裕のグレンゼンが、嘲笑していたが、それはこちらのセリフで間違いなかった。けれどハルは何も言い返さなかった。言い返したところで理解されるとは思わなかった。


『ルナのお兄さんはダメだな、何を言っても聞かないタイプだ』


 ハルはとりあえず、襲い掛かって来る、隊長たちをボコボコにして力を示そうと決めた。


 ルナを玉座に座らせると、真っ黒な衣装に身を包んだハルにむかって、キングスとグラニオスが挟み撃ちをするように挟撃して来た。


『少し痛みを知ってもらうか…』


 ハルが戦闘態勢に移行しようとした時だった。


 ハルの前にひとりの男が現れたかと思うと、右にいたグラニオスの炎の拳を水魔法の防壁で防ぎそのまま防壁が彼の巨体を押し返すように大量の水の防壁が勢いをつけてグラニオスを壁際まで吹き飛ばした。その衝撃で彼の後ろについて来ていた隊員も押し流されていた。

 そして、左から詰めて来ていたキングスの剣に、魔法で創造した水の剣を合わせハルへの一撃を防ぐと、その男の足元から龍の形をした水が現れ、大きな口を広げて、キングスを挟み同じく彼を反対側の壁際まで押し流していた。


 ハルのまえで見事な水魔法の数々が決まると、思わずハルは小さな拍手をしていた。


 そこにいたのは、ロイヤルガードのスイゼンだった。彼はしっかりと先ほどの発言の責務を果たしてくれていた。


「おい、スイゼンこれはどういうことだ?私に歯向かうのか?貴様それがどういうことを意味するか分からないわけじゃないよな?」


「申し訳ございません。グレンゼン様、しかし、シアード様は私の護衛対象であると同時に、私の部下を人質にとっています。私はここでシアード様の味方をする以外に選択肢がありません」


 スイゼンが周りに迫って来ていた他の部隊たちに目配せをしながら言った。

 ハルはそんな彼を見て、少しだけ興味が湧いた。


『律儀な人だな、裏にもこんな人がいるんだなぁ』


 ハルがそんなことを考えながら、近くをふわふわ飛んでいた闇の泡を解除してあげた。


「シアード様、よろしいのでしょうか?」


 周囲を警戒しながら、感情のこもっていない声でスイゼンが言った。なぜ解除したのか少し戸惑っているようにも見えた。だが別にハルは彼らを人質にとったからではなく、単純に無力化が目的だった。そのため、いつでも解除するつもりではいた。それに、人質など取らなくても、この場にいる時点で誰もがハルの人質と言えるのかもしれなかった。


「いいですよ、それより、スイゼンさんの方もいいのですか?私なんか守ってみんなから反感を買いますよ?」


「私は私が正しいと思ったことしているまでです」


「そうですか、それじゃあ、ここにいる全員とあなたは戦ってくれるのですか?」


 ハルがそんな意地悪な質問をすると彼は一切の躊躇なく答えた。


「ええ、貴方をここから安全な場所までお連れします」


 真っすぐな返答にハルも思わず、ベールの奥で笑ってしまった。レイドの精鋭たちを相手にしながらこの状況を切り抜けると断言できるロイヤルガードの隊長とは凄い人物なのだとハルは実感させられた。

 スイゼンがハルの様子を窺おうと背後を一瞥するように振り向いた時だった。グラニオスとキングスが吹き飛ばされたことで攻めっ気が失せた取り巻きの群衆の中から二人の騎士が飛び出して来た。


 スイゼンはとっさに飛び出して来た二人分の影に、水魔法の〈水龍〉を二匹あてがった。その龍は即座にその二人を口にくわえると、地面に叩きつけて無力化した。


「がはッ!!」


「ッ!?」


 勢いよく地面に叩きつけられた二人が見上げる先にはスイゼンが顔をしかめて立っていた。


「スイゼン隊長、どうして、彼の味方をするんですか!!」


 シャルドが恨めしい目でスイゼンを睨みつける。


「我を見失い、愚かな行為に走ったお前たちを止めているだけだ。なぜあんなことをした?」


「彼はルナさんに魔法を掛けて操って、従わせています。だってそうミリアム隊長が言ってたでしょ?」


「あれはミリアムがそう言っただけで、確証はない、それにお前たちはその前に動いていた」


 スイゼンがハルを一瞥するが、とくにハルから言うことはなかった。そんな魔法が使えるならとっくの昔に使っていた。


 そこで同じく押さえつけられているフレイが言った。


「スイゼン隊長、ここでその男を殺しておかないと後で必ず後悔しますよ」


「フレイ、お前は憶測だけで語っている。現段階で彼を生かす事の方が正しい判断だ」


「違う、だって、その男がこのホーテン家を乗っ取ろうとしているのは目に見えてますよね?だから、グレンゼン様も命令をだした」


 グレンゼンの命令も基本的にはこのホーテン家内で絶対的な力を持っていた。しかし、スイゼンにはそれよりも守らなければならない命令の主がいた。


「グレンゼン様はホーテン家の人間ではあるが、ここの主はルナ様だ。私はルナ様の夫である彼を守らなければならない。フレイ、シャルドお前たちはロイヤルガードの規則を忘れたのか?」


「ホーテン家の優先」


「そうだ、ここではホーテン家の命が何よりも優先して守らなければならない。例え敵が同じ組織の人間だとしても、我々ロイヤルガードはホーテン家を優先して守らなければならない」


「彼はホーテン家の人間じゃない」


 そこでスイゼンの言葉を遮るように、シャルドが叫んだ。


「ふざけるな!!そんなことあってたまるか!!」


「シャルド、お前をそこまで駆り立てるものはなんだ?」


「俺を駆り立てるものは……俺が…ルナ様を………」


 シャルドの先には王座で眠るルナの姿があった。その透き通る肌に何度触れたいと思ったか、夜を超えるたびに彼女が自分という存在を意識してくれることを夢見ていた。シャルドは自分こそが彼女に相応しい完璧な男だと自負すらしていた。見た目も美しさもそうだが、戦闘力もスイゼンが認めるほどの高いポテンシャルを持っており、将来はロイヤルガードを引っ張っていく存在でもあった。


「俺がルナ様のことを……誰よりも……」


 だが、そこでシャルドの視界に、ベールの男が紛れ込む。


「おい、ルナ、そろそろ、起きてみないか?」


 ハルがルナの頬をつつきだす。


「あいつ…何してんだ……お前えええ!!!ルナ様に触るな!!!!」


 シャルドがスイゼンの〈水龍〉の拘束を解除するほどの水を自身の体内から放出した。大量の魔力を消費したその水の量は周りにいた隊員たちを王座から遠ざけるほどの量だった。それはまるで海水の底を直接この王座の間の空間に繋ぎ止めて一気に吐き出させたかのように、その勢いは凄まじいものだった。


 だが、その噴き出した水をスイゼンは時間がとまったかのようにその水だけをピタリと止めた。


「すごいな…」


 ハルも思わず見とれてしまうほどの水魔法の精密な制御だった。


「シアード様、ついて来て下さい、私があなたを安全な場所まで避難させます」


 スイゼンがもはやカオスとなった戦場ともいえる最中、ハルをこの王座の間から無事に帰還させようとしてくれていた。


 ハルがいまだに幸せな気絶をしているルナを抱きかかえた。


「ルナ様はそこに寝かせておいていただけませんか?ここに彼女に危害を加える者たちはいません、今はあなたの無事を…」


「スイゼンさん、ありがとうございます、だけどもう大丈夫です」


 そこでハルが彼の言葉を遮るように立ち上がった。両手には心底幸せそうなだらしない顔のルナがおり、スイゼンはハルのことを不思議そうに見つめていた。


「あなただけでも話が通じそうな人がいて、今日の収穫はそれだけでも十分にありました」


「………」


 スイゼンはハルが何をするのか襲い掛かる真水を制御しながら、黙って見つめていた。


「それでは失礼します」


 ハルが王座の間全体に行き届くほどの強力な神威を放った。


 それは一瞬の出来事だった。


 その神威の勢いは、ハルたちの眼前にあった大量の水を一瞬で弾き飛ばし水しぶきに変えた。


 そして、この王座の間にいたハルとスイゼン以外の人間すべてを、その場に崩れるように倒していた。

 喧騒に包まれていた王座の間は一瞬で静まり返った。


「…………い、いったい何が……いや違う、シアード様、あなたは………」


 スイゼンが驚くのも無理はなかった。護衛対象だと思っていた人間の底知れない力に怯えなければならなかったのだから。


「一体何者なんですか…」


 ハルがスイゼンの隣を通り過ぎる。


「ハル・シアード・レイ、つい最近まではそう呼ばれてた」


「レイの特名…レイドの剣聖ですか?」


「元ね、元剣聖だった」


 ハルが水満たしになった人々が倒れている王座の間の黒いカーペットの上を歩いて行く。


「覚えなくていいよ、ただの狂人の戯言だとでも思っておいて…もう、そんな人どこにもいないからさ」


 ハルはそれだけ言うと、スイゼンを残して王座の間を眠っているルナと共に後にした。


「ハル…」


 取り残されたスイゼンだけが倒れた人たちがいる王座の間で、呆然と立ち尽くしていた。


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