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常闇の王と女王

 古びた玉座の間に、ルナ・ホーテン・イグニカが姿を現す。彼女が広間の中央の黒いカーペットの上を優雅に進んで行く、するとその両脇に立っていたどの部隊の隊員たちも、その場に跪いて彼女に首を垂れていた。

 そうして、その跪いていく波が、フレイのところにまで到達した時、フレイはルナの隣を誰かが一緒に歩いているのを見た。

 その姿は黒い亡霊のように不気味さを放っていた。すらっと高い背に黒いベールが頭から体全体へと覆い被さり、その正体を秘匿していた。


『何、あのベールの人、あれが…?』


 フレイは最後まで、そのルナの隣にいる人間かもわからない不気味なベールの人を見ていたかったが、顔を上げる分けも行かずにそのまま、下を向いて、思考を巡らせた。


『ルナ様の恋人だっていうの?冗談でしょ……』


 フレイはどんな貴族王族が顔を出すかと思えば、この得体の知れないベールに包まれた人間だと思うと感情を高ぶらせないわけにはいかなかった。

 隣のシャルドも同じことを思っているはずだった。なぜあんなふざけた格好の者がルナ様の隣にいるのか?


『いや、待って、まだ彼がルナ様の恋人だと決まったわけじゃない…でも、そうなると彼は誰なの?』


 やはりベールに包まれた見た目だけでは何も判断のしようがなかった。


「みんな顔を上げて」


 遠くから聞こえたルナの小さな声を真っ先に拾い上げたフレイとシャルドが即座に誰よりも早く立ち上がって顔を上げた。

 息ぴったりの二人が愛してやまないルナがいた。

 しかし、顔を上げた二人が思っていた光景と現実には大きな乖離が生じていた。


 二人は王座に座っているルナが、顔を上げるように告げたと思っていた。だがそれは違った。彼女は王座の隣にまるで宰相のように立ち、王の声の代わりのような立ち位置を取っていた。

 そして、その玉座には、ベールを包んだ得体の知れない者がその古びた玉座に座っていた。


 ***


 顔を上げた人たちからどよめきの声があがる。それもそのはずこのホーテン家の絶対的なルナを差し置いて、玉座という一つの最高権力者の位置に、ベールに包まれた得体の知れない人物がいれば、それは誰もが困惑するは当たり前だった。

 玉座に座っているのは当然ハルであり、ベールの奥から、どんどん不信感を募らせていく王座の間にいたい人々を、品定めしていた。ベール越しに誰がどの程度の力量なのか全体を見渡してある程度の目星をつけていく。


『隊長は彼等か…』


 ルナから事前に知らされていた人物たちと特徴が一致する。それにしても、色別に四つの部隊の服装がそれぞれ分かれているため、見分けは容易だった。その四つの列の先頭にいるのがそれぞれの部隊の隊長なのだろう。


 ハルから見て一番左端の先頭にいた金髪の大柄の男は、なかなかの手練れだとその外見からも容易に判断できた。そして、それは反対にいた右端の赤毛の大男を見ても同じことが言えた。

 だが、当然ながら、ここに居る全員が、ハルの足元にすら及ばないことは当たり前の事実だった。なにせ、ここにはルナより強い人間がいない時点でそれは程度が知れるものだった。それでも、そのいかつい隊長二人の若い頃の全盛期ならば、二人のどちらかが現在の【カイ・オルフェリア・レイ】のポジションである【剣聖】の地位に就いていてもおかしくはないほど、彼等のポテンシャルは高く見えた。

 実際に手合わせしたわけではないので、どの程度強いのか詳細までは分からなかったが、剣聖カイに、彼ら二人でかかればいい勝負をするのではないだろうか?

 そんなことを考えながら、ハルは次の隊長に目をやる。


 次は女性で彼女は魔導士の格好をしていた。とんがり帽子がなんとも古い魔導士をリスペクトしているように見えた。そして、顔の半分を仮面で隠しており、その半分の顔でまるでハルの素顔が見えているかのように、じっとハルのベールを見据えていた。年齢は見た目だけでは分からなかった。それでもルナからの事前情報で彼女が、大柄の男と二人と同い年であることは知っていたが、とてもじゃないが、年齢相応の見た目には見えないほど若くしわひとつなかった。

 彼女の黄色い瞳がなんとも攻撃的にハルを見据えていた。


『………』


 ここに居る全員にハルという存在は、不快さを与えていたことに間違いはなかった。それもそのはず、部外者同然のものが王座に座ってふんぞり返って、品定めをしているのだから仕方がない。無礼極まりないのはどう見てもハルの方だった。


 最後に見たのは、他の三人よりは若い男だった。三十前半、それほどの年齢であるにも関わらず、しっかりと他の隊長に劣らない威厳を放っていた。


『彼がロイヤルガードのスイゼンか?』


 ハルはそこでこの四人の中なら彼が一番の実力の持ち主なのだろうと何となく思った。そもそも、若くしてこのホーテン家で高い位である隊長の座にいるならそれは彼が実力でのし上がった以外に考えられなかった。それはハルがレイドで圧倒的な力だけで剣聖にまで上り詰めたように、彼にも何か他を圧倒する者があったのだろう。


 ハルがそのように品定めを終えると、ルナに言った。


「ルナ、みんなを静かにさせてくれ、俺が話す」


 ルナがこくりと頷くと、彼女はみんなに告げた。


「彼から話があるから静かにして」


 するとどよめていた王座の間が、一瞬で静まり返り、話す準備が整う。


 これから告げることは何よりもレイドの未来と、ハルが望む理想のためだった。

 ハルが古びた王座から立ち上がる。

 心を殺してハルはここですべてを取りに行くつもりだった。

 レイドの裏社会の全てを、ホーテン家を。


「ホーテン家に仕える影の守護者たちよ、まずは私から感謝を述べたい。君たちのおかげで光の中で生きる者たちの平和が一体どれほど守られてきたのか?君たちがその身を削って築き上げた平和には大いに価値があった。私は君たちを素晴らしい功労者だと評価している」


 ハルの声だけが虚しく響く。

 誰もがハルの言葉の節々にちりばめられた胡散臭さに敵意を向けていた。誰高もわからないベールの者に感謝されたところで彼らの心に響くわけがなかった。これがルナだったら彼らは涙を流して聞きこんでいたのかもしれない。実際にホーテン家に数日いて、彼女への視線は常にだれもが羨望の眼差しであったからだ。

 しかし、そんなルナは、今、ハルの言葉を子守唄かのように目を閉じて傾聴している。


 その姿に、集まった人たちはハルの言葉を聞くしかなかった。


「私も君たちの恩恵を授かったひとりであり、共にこの国を守って来た同士でもある。私もかつてはこのレイドで、人々のために剣を振るっていた。だが、まあ、私のことを覚えている人間はここには誰もいないのだろう。無理もない、私のことを覚えていることの方が難しいんだ…」


 少しだけハルは皆の前に立って冷たい視線にさらされていると、自分という人間が本当に忘れ去れ、受け入れてもらえない異物だという事実を再確認させられた気がして、言葉に詰まってしまった。


「私はずっと覚えてましたよ」


 隣でとびっきりの笑顔でそっと囁くルナに、ベールの奥のハルが思わず微笑んだ。その微笑みはどこまでも憂いで満たされていたが、その表情をルナが読み取ることはなかった。


「すまない、つい私情を挟んでしまった。私がどこの誰かなどどうでもいいことだったな」


 全員に向けて改めて話始める。


「さて、それじゃあ、さっそく本題に入らせてもらおうか、私がここにいる理由、それは…」


 ハルがそう言ったところで、ルナの手を取って、自分の元に引き寄せた。


「彼女、ルナ・ホーテン・イグニカをもらいに来た!!!」


 王座の間が一瞬で凍りついた。


「彼女は今日から、我が家名であるシアードを名乗り【ルナ・シアード】として生きていくだから彼女はホーテン家の主ではなくなる。私は今日そのことをここに告げに来た!!!」


 ハルが会場の端まで届くように怒鳴るように言った。

 すると、すぐさまハルの元に大量の殺意という名の返事が返って来た。

 王座の間にいたどの部隊からも罵詈雑言が飛んできては、隊長の四人が前に出るなと、後ろの部下を止めなければ、暴動が起きる勢いだった。それほど、ルナという人間がこの闇で大事にされ崇められていたかがよく分かった。

 けれどハルにそんなこと一切関係なかった。


「ルナ…」


 正直、ここで話す内容は一切ルナに伝えていなかった。だから彼女がどんな反応をするか気になった。


「どうかな、俺の()()になってくれる?」


 凄まじい非難の嵐の中、ハルは天使のように微笑む。


 ルナは深紅の瞳を濡らし、ただ、ただ号泣していた。すべての感情が消え去ったかのようなその表情はもはや喜んでいるのか、悲しんでいるのか、すら判断できなかった。けれど彼女のこれまでのことを考えれば、突然の大量の幸福に完全に思考停止を余儀なくされているといったいつもの感じだった。

 いつものというのはハルが彼女にしてあげている。愛してるよと言ったり、抱きしめたり、キスだったり、身体を重ねること、そのような、恋人同士ならば誰もがしている、どこにでもある当たり前の幸せを与えてあげると、その発作は出た。

 まるで現実を受け入れられなくなったかのように、どこも見ていないような目で、酷い時には気絶だってした。そうするとハルは彼女が目覚めるまでどこにも行かなかった。目覚めた時子犬のようにクシャっと笑う彼女を見るのがいつの間にか癖になっていたのかもしれない。


『バカだな…俺みたいな男に捕まって……』


 ハルが放心状態のルナの涙を手でそっと拭ってあげた。


 その時だった。


「貴様ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 銀髪で青い瞳の青年が流れるような水の剣を持って飛び込んで来ていた。


「ルナ様に、触るなあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 そして、もうひとり白い髪で赤目の少女が双剣を持って飛び出していた。


 シャルドとフレイ。


 二人は誰よりも見たくなかったルナの涙に感化され剣を抜いていた。


 ルールなんて知ったことではない、そこには譲れないものがあった。


 奪われてはいけない愛がそこにはあった。

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