ホーテン家に仕える者たち
狂おしいほど内に秘めた愛があるならば、それは自分の愛だろう。真昼間に粉雪がパラパラと降り注ぐ、ホーテン家の敷地内の広場のベンチでそう思うのは【フレイ・オリスカ】という女性だった。
見た目は若く二十歳前後で、その姿は今現在スタルシアの街に降り注ぐ雪と同じような真っ白な髪をしており、肩より上あたりで綺麗に切りそろえられていた。夕暮れ時のようなオレンジ色の瞳で、すらっと背が高く冬であるにも関わらずスカートの下から覗く長い脚を組む姿は、男を誘惑するにはもってこいだった。そんな彼女はさらに優しい目つきをしており、全体的におっとりとした優しい雰囲気を放っていた。
だが、そんな彼女がいる場所はホーテン家の敷地内。そこにいる時点でまともな人間ではないことは明らかだった。
『ルナ様が一か月ぶりに帰って来たんだよね…フフッ』
彼女は外の寒さなど気にも留めずに、降り積もっていく雪を眺めながら、物思いにふけっていた。
『あぁ、早くルナ様の護衛任務に就きたい…そして、いろいろお世話をしてあげたい…ルナ様が私生活で見せる隙を私はもっと見ていたい…うへへ……』
フレイはそこで耐えられなくなった感情を吐き出すように身もだえた後、急に立ち上がった。
「よし、スイゼン隊長に直訴してこよう!ルナさんの身の回りのお手伝いをできるように配置を変えてくれと、そしたら、うん、そうだ。お風呂も一緒に入れ……」
「おい、クソ女、サボりか?」
フレイが行き過ぎた妄想に目を眩ませていると、聞き慣れた不快な声が聞こえて来た。
「チッ、なんだ、シャルドか」
フレイの前には、【シャルド・オージャック】という青年がいた。彼はフレイと同い年で、このホーテン家の中では、フレイと同じ部隊に所属しているいわゆる同期だった。
このシャルド、気に食わないことにかなりの美男子で可愛い顔をしていた。男の子癖に全力で化粧をすれば、フレイの美貌を軽く超えるほどには顔が整っていた。それは彼のむかつく要因の一つではあるが、それ以外にもっと重要な対立があった。
「なんだよ、私に話しかけてくるとはずいぶんと緊急事態なんじゃないのか?」
「ああ、そうだ緊急で招集が掛った、こい」
「招集?」
「ああ、四部隊全体に掛かった」
「ウソでしょ…」
「ホントだ。お前にこんな嘘をついてどうする…」
ホーテン家には、このレイドを裏から支える四つの部隊が存在した。
一つ目の部隊は【ロイヤルガード】これはフレイとシャルドも所属している部隊で、主な任務はホーテン家の人間の護衛だった。それでも彼らは基本的に自分の気に入った人間しか傍に置かないため、ロイヤルガードの人間が彼等に選ばれることは少なかった。
それでもホーテン家をその手で守れる権利を有している彼らの地位は、他の三部隊よりも一番高いと言っても差し支えはなかった。
二つ目の部隊は【ブレイド】この部隊は主に強襲がメインの戦闘のプロたちが集まる武闘派の部隊であった。ロイヤルガードが守りに特化した部隊なら、こちらは反対の攻撃に振り切っていた。犯罪組織の壊滅から要人の暗殺、敵対部族の抹殺、とにかくレイドにとって脅威となる存在を抹殺することがこの部隊の主な役割だった。そのため、ブレイドの部隊は人の入れ替わりが激しこともあったが、生き残っている者に関しては、桁外れの傑物あるいは気狂いの戦闘狂のいずれかであった。とにかくまともな人間が少ないイメージがあった。
三つ目の部隊は【暗月】この部隊は、魔導士たちから構成された部隊であり、主に魔法による支援が暗月の役割だった。強力な魔導士の支援が必要な時、暗月から人員を補充するのが基本の形であった。暗月は、白魔法を扱える者なども多く所属していることもあり、他の部隊は暗月に頭が上がらないことも多い。
そして、暗月では国では禁止されている魔法の研究が密かにおこなわれており、それが目的で集う魔導士も数多く、ブレイド部隊の次に頭のおかしな人たちが集まるイメージがあった。
最後の四つ目の部隊は【インフェル】この部隊は主に他の四つの部隊のサポートがメインでいわゆる何でも屋であった。諜報活動、任務中の補給、交渉、戦闘員の補充、偵察、捜査
調査、探索などとにかく上からの命令ひとつあればどこにでも行き、何でもやった。一番他の部隊と関りがあり、人数もこのインフェルが一番多く、インフェルだけはレイド王国の至るところに支部があり、いわゆるインフェルはレイドの血管のような重要な部隊であった。
「ルナ様、直々の命だ」
「ルナ様が、私を呼んだ……」
その言葉を聞いたフレイがポッと顔を赤くして、立ち上がった。
「おい、勘違い妄想女、バカなことを言うな、ルナ様は全員を呼びつけたんだ」
「なに?別にいいでしょ私がどんなことを想像しても」
「お前がルナ様に振り向いてもらえるはずがないだろ?私のように男で、容姿端麗で、可愛げのある完璧な存在がようやく言葉を交わしてもらえるんだ、わかるか?お前のような勘違い妄想女などルナ様は愛したりしない」
シャルドの罵りなど気にも留めずに、フレイは言い返す。
「言葉を交わすといっても、シャルド、あなた、ルナ様とは任務のことしか話したことないでしょ?そんな男、最初からルナ様の眼中にないのよ。お分かり?私の言っていることは間違ってないわ。なぜなら私も女だから、ルナ様の心中が分かる。彼女は男が嫌いなの、以上よ。わかったら、さっさと招集場所と時間を言って消えてくれないかしら?」
シャルドがフレイを睨みつける。フレイの顔もすでに穏やかさなど微塵もなくまるで別人のように表情が鋭くギラギラしていた。
「君に話かけたのが間違いだった。集合場所は教えないせいぜい遅れて、吊るし首にでもされるんだな」
「馬鹿ね、別にスイゼン隊長に聞くからいいわ」
「…………フン…」
シャルドが、フレイの前から立ち去ろうとした時に、彼は捨て台詞を吐いた。それはフレイの神経を逆なですると同時に許しがたい侮辱だった。
「お前はルナ様との間に子を残せない。俺はその点でお前とは圧倒的な差があると思ってる。そのことを忘れるな、フレイ嬢」
フレイは思わず今朝食べたパンケーキをその場に吐き出しそうになった。
「きも!死ね!このクソ態野郎!!」
汚い言葉で罵った後、フレイが炎を収束させた小さな光を手に宿し彼に投げつけた。
その光を見たシャルドが当たり前のように水魔法の防壁を即座に展開した。
するとその光は突如大きな爆発へと変わり、辺りに降っていた粉雪を吹き飛ばした。
遠くの建物の窓ガラスが揺れ、近くにあったベンチたちも吹き飛んでいた。
その凄まじい殺傷能力の魔法が、彼の水の防壁と衝突すると、辺りに大量の白い湯気を沸き立たせていた。
「場所は地下の王座の間、集合時刻は十七時だ。遅れるな」
白い湯気の奥からそう声がした。
「お前はその前に死んどけぇえ!!」
もう一発、炎球を投げつけてやろうと思ったが、白い湯気が消えた時にはもう、シャルドの姿はどこにもなかった。
「最悪の気分になった…」
フレイが一番シャルドの嫌いな部分は愛する人が同じというところだった。シャルドもまったく同じ理由でフレイのことを嫌っていた。
二人は同期であるのにも関わらず、水と油のように決して混ざり合わない関係なのはそこにあった。
「あいつ、噓ついたかもしれないから、スイゼン隊長に確認するか」
フレイもロイヤルガードの隊長室に向かうために広間を後にした。
「地下の王座の間でしょ、何するんだろう…?あそこってずっと使われてなかったはずよね…」
フレイは少し考えたが、それでもすぐにルナとの妄想に浸ると細かいことは気にしないことにした。
『それにしても、ルナ様をこの目で直接見るのは久しぶりだ…』
「ちゃんと気合入れて化粧しなきゃね!」
緩み切っただらしない顔でフレイは広間を駆けて行った。




