裏の玉座
「ここよ、ここが玉座の間よ」
ルナが薄暗い地下に降りた廊下の先にあった大きく頑丈な鉄の扉を開く。そこはホーテン家の地下にある玉座の間だった。
ハルはルナと共にそのホーテン家にある玉座の間に入った。
ルナが手元に炎を灯し、光源を確保する。するとぼんやりと玉座の間の全容が見えて来た。
入り口から真っ直ぐと古びた黒いカーペットが玉座まで続いてた。さらに左右に強固な鉄の柱が立ち並び、ボロボロになった旗が垂れ下がっていた。
「ずいぶん、使っていないようだけど」
ハルが部屋に積もっている埃の量を見てそう言った。
「ええ、ここは昔のホーテン家の人間が悪趣味で造った王座なの、フフッおかしいと思わない?たかが個人の家に玉座があるなんて、私の祖先たちはとんだ思い違い野郎だったって思わない?王座はもうお城にあるのに」
ルナが嘲笑しながら周りに明かりを灯しながら玉座に進んで行く。ハルも彼女の後をついて行く。
だが、そこでハルは彼女の意見に賛成できない問題を見つけた。
「いや、もしかしたらここは【レイ・ホーテン】が使っていたのかもしれない、見て、あの玉座の後ろの垂れ幕」
ハルが指さすと、ルナが手を掲げて玉座の後ろにあった垂れ幕を照らした。光と剣の紋章が鮮明に浮かび上がる。
「ああ、初代剣聖ね、まあ、確かにレイ・ホーテンが使っていたなら納得するわね」
「そうなるとここは相当古くからあることになるな」
「うーん、確かに、家の記録室に行けばここがいつ造られたかもわかると思うけど」
「そこまではいいかな、それより、ここがいいね」
「え、ここでするの?もっと上等な広間が私の家にはいくつもあるのだけれど?」
「最初のインパクトは大事だ。それに、ここは何となく落ち着く…」
光が届かないこの場所にハルは安らぎを感じていた。部屋の隅でじっとしている暗闇を見て安心していた。
「そっか、でもハルが座るなら玉座じゃなきゃだめよね」
ルナがハルの腕に組みつくとデレデレした顔ですり寄って来る。ハルはそんな彼女を見て少し後ろめたい気持ちになった。
「ルナはいいの?」
「え、なにが?」
「俺がこのホーテン家をめちゃくちゃにするかもしれないのに、それに協力するのは、いいのかなって」
ルナがきょとんとした顔でしばらくハルを見た。その後すぐに憎たらしい笑顔で言った。
「ハルはまだ私のことが分かってないようね」
「なんかその顔見たらあんまり分かりたくなくなってきた」
そう言うと、ルナがハルの胸の中に収まるように体を預けた。
「無理にでも分かって、私は、ハル、あなた以外のことの関心がとても低い。残念なことにそれはハルのためならここに居る人間がどうなろうとどうでもいいと思えるくらい。殺せと言われたら、私はここで一番大事な友人であるギゼラも殺せる。私はそれくらいあなたに従順ということを分かっておいて欲しい」
「…………」
ハルは何も言わずにただ酔心仕切っている彼女の頭を撫でた。もうすでに彼女はハルの魔法に掛かっていた。魔力を消費する魔法が使えないハルが使った魔法は愛。それは人を盲目にし、下手をすれば彼女の人生を壊してまで縛る催眠魔法。愛とはそんな言い方ができてしまうほど、凶器という手段にもなった。
『悪い、すべては俺が愛したレイドのため、ライキルのためだ…』
ハルが彼女を抱きしめる。
「ふえ!?ど、どうしたんですか?急にって……ハッ、まさか!?こんなところで…ええ、いいでしょう!私はまだ今朝のあれが忘れらず、ムラムラして……」
腕の中で獣のように発情するルナからハルはそっと離れる。そして、彼女を広間に残すように踵を返して出口に向かった。
「え、あれ?待ってください、ハル…朝の続きしないんですか?」
頭の中が真っピンクなルナ。
だが、ハルの頭の中は、すでにこれからのことでいっぱいだった。
それに彼女にとってのご褒美を与えすぎても、いずれ効果が薄れるし、支配関係も逆転してしまうかもしれない。
「ルナ…」
ハルが抑揚を抑えた声で彼女の名前を呼んだ。
「はい!?」
「これからすることは、君のためでもあるから、安心してついて来て欲しい…」
もしも彼女が本当にハル・シアード・レイという存在にしか心の拠り所がないのだとしたら、これからハルがすることだって、ルナの為にはなった。
すべては楽園化計画のため。
「何のこと?」
ルナの美しい紅玉のような赤い瞳を見ると急に恥ずかしくなったハルはつかつかと歩くスピードをあげた。ぞんざいな扱いを彼女にしてしまってはいるが、きっと彼女ほどの女性を適当に扱ってはいけないこともどこかで分かっていた。
「ごめん、やっぱり、なんでもない、気にしないで…」
「待って!めちゃくちゃ気になる!気になりすぎる!!私のためってなんのことぉ!?ねえねえ、なんのこと!?」
無言で去っていくハルの後を慌ててルナが追いかける。
ハルは玉座の間を後にした。