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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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幕間 みっともない姿と引き換えに

『ああ…空が綺麗だ……』


 ぼやける視界に映るのは美しい冬の青空だった。


『死ぬにはちょうどいい日だな……』


 闇が明けたスフィア王国王都エアロの教会前の壁にサムは座り込んでいた。全身の骨という骨を砕かれ身動き一つ取れずにいた。それもはやは半分死んでいるようなものだった。自力では助かることは無いほどの酷い怪我をしていた。

 誰かが見つけてくれなければ、ここで死ぬことは死神と約束したようなものであった。


『みんな…戻って来たのかな……』


 しかし、サムが心配することは自分の身よりも、光に変えられてしまった仲間のこと達だった。帝国の裏の顔として共に任務をこなして来た【本隊】の隊員、そして、同じくサムと共に苦労を共にしてきたリオ、彼等は最後までサムの指示で街の人々を避難させており、サムはずっとそのことで負い目を感じていた。


『俺は選択を見誤ったな…』


 誰しもが時には判断を見誤ることがある。完璧でいようとしてもいずれ、雨風が岩を砂に還すように、その立派な壁は時と共に風化しては崩れ去り、誤りというどうしようもない風を身体に通す。

 サムもそうだった。

 仲間の安否も分からない状況がずっと続き、ここぞという場面で判断を見誤ってしまった。

 最初から、敵味方の判別をしっかりとつけていれば良かった。例え、四方八方を敵に囲まれたとしても、最後まで仲間のために奔走していれば、必死に足掻き続けていれば、こんな無様な姿を人前に晒すこともなかった。


『それにしても、俺がこうしてまだ生きてるのは、ルナさんの慈悲のおかげだな……』


 サムは無謀にもルナ・ホーテン・イグニカに戦いを挑んでいた。それは単純にピクシアとの約束を果たし、彼女を守り抜いた末には自分の仲間を助けてもらおうという交換条件を持ちかけようとした結果であった。


 しかし、その考えは結局最悪の結果を導き出して幕を閉じた。


 ルナと戦った際に、ピクシアは戦闘態勢に入る前に即死させられていた。その殺し方はそれはもう悲惨なものだった。

 ピクシアがコアを破壊しに行くルナの後を追ったかと思うと、突然振り向いたルナが奇襲を仕掛けて来てた。反応に遅れたピクシアが一瞬で乗っていた雲から引きずり落とされ、空中に放り出されたと思ったら、その後空の中で両手両足を広げると、そのまま何か強い力に引っ張られて最終的には四肢を胴体から切り離されていた。そして、そのまま抵抗できなくなった彼女は、空中から吸い寄せられるように地面に叩き潰され、そこには見るに耐えない無残な天使の残骸がものの数秒で出来上がっていた。


 その後取り残されたサムは、ルナに説教された。


『敵に寝返って得られるものはあった?』


 返す言葉もなかった。

 まだその時点で裏切ってはいなくとも、敵を殺さずに共に行動しているのであれば、裏切ったと思われても仕方がなかった。


 そして、戦いの火ぶたが切り落とされる前に、自分が地面に何度も叩きつけられていることを知った。それは、傍から見れば、透明な巨大な赤ん坊の腕に掴まった自分が何度も地面に振り下ろされているかのように、異様な光景だったと思う。


 結局、こっちは手も足も出せずに、ズタボロにされて、いま死の間際に瀕していた。


 だが、そこでサムは思うことがあった。ルナという人間がたかが数回あった程度の人間に慈悲を与えるほど、人間の心があるとは思えなかった。なんとも酷い言い草ではあるが、彼女の人を人とも見ていない目を見れば、あれが闇の住人であることは誰でもわかる。

 そのため、サムはまだ自分が生きていることに驚きを隠せずにいた。

 そして、なぜ自分が生きているのかそこには、ある意味では幸運だったと言わざるを得ない他の理由があることをサムにははっきりしていた。


『いや、違う、ギゼラのおかげか……』


 サムは死にゆく自分を受け入れてはいたが、それでも、最後に会えるのならもう一度彼女に会いたかったと彼女が無邪気に笑う姿をありありと想像することができた。ただ、そこで自分でも驚いたのは、すでに自分の心はしっかりとあの人の元から離れていたということだった。

 あの人とはシエル・ザムルハザード・ナキア、帝国の第一剣聖にして、サムの幼馴染。

 もう、サムの中に彼女が入る余地はなかった。けれどすべてを忘れたわけではない。

 ちゃんとしっかり、古き思い出の温かさをサムは覚えていた。それを忘れることは無い。

 ただ、サムは一歩前に進めたただそれだけであった。


『まあ、もうすぐ、死んじゃうんだけどね…』


 次第に意識がもうろうとし、見あげていた綺麗な青い空が霞んでくると、サムは覚悟をした。


「シエル…か……」


 目の前にはシエルが立っていた。だが、それで現実ではないことは確かだった。彼女はいま、帝国の守護のために、帝都のお城のあの塔にいるのだろう。こんなところに自分のために駆け付けて来るはずもないのだ。

 彼女には見知らぬ幼馴染よりも遥かに守らなければならないものがあるのだ。

 そして、サムの予想した通りそのシエルは幻だった。


「なんだ…ハハッ」


 どれだけ心変わりしようが、結局のところ、過ごした年月でいえば、シエルといた時間の方が圧倒的に長く、死に際に見る白昼夢の半分以上が彼女とのやり取りだった。


「ああ、いい人生……だったな…」


 結局は彼女とは生き別れてしまったが、それでもサムはすでに自分の人生に満足していた。

 サムの瞳が閉じ、視界いっぱいに広がっていた空が再び闇に包まれていく。

 身体の奥の熱が冷えていくのを感じた。死神の手がすぐそこまで迫っていた。


 だが、その時だった。


「いた!!!」


 声がした。それは聞き覚えのある声だった。


「サムさん!起きてください!俺です、リオです!!!」


 目を閉じかけていたサムが最後の力を振り絞って、そこにいた黒髪の青年の顔を見た。そこには確かにリオ・バランの姿があった。


「いましたすぐに本隊の皆さん、来てください!!こっちです!!!」


 リオが大声で叫ぶと、遠くからサムの見慣れた顔ぶれの人たちが次々と集まって来ていた。


『カフロム、ウベル、アーリン、リットン、フレッド、シュカーサ…』


 そこでサムが全員の生存を確認したのを最後に、すぐにその輝かしい光景が塞がるように闇が視界を侵食していった。

 それでも自分の名前を必死に呼ぶ声が、サムの耳には届いていた。


『あぁ、良かった…みんな無事だったんだ…』


 何も見えない真っ暗闇の中サムは安心して目を閉じるのだった。

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