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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
524/781

古き血脈 君に背中を預けて

 終わりはあっけなかった。


 エルヴァイスの目の前でミルケーの首は斬り落とされてしまった。


 ハルが切り落としたミルケーの首を足元から闇で創り上げた手に掴ませると、そのまま、勢いよく握りつぶした。


「邪魔者は消えたな、さあ、時間まで話し合おうか?それとも…」


「ハルさん…」


 エルヴァイスの肩は震えていた。それが怒りであることに自分でも驚いていた。


「あんたは正しいことをしたんだと思う…」


「そうだね、俺はいま正しいことをした」


 ハルは自慢げにそう言った。


「ミルケーはスフィア王国を襲った神を名乗る悪魔だった。俺はそんな悪魔を殺した。これでまた名を上げてしまうね…それはまあ困るんだけど…まあ、全部ルナの功績にするからそこらへんはいいんだけどね」


 ハルが足蹴にしていたミルケーの首なし死体を、エルヴァイスのもとまで蹴り飛ばした。

 エルヴァイスの前にミルケーだった死体が転がる。それは屈辱以外のなんでもなかった。無造作に蹴り飛ばされた仲間の死体をエルヴァイスはそっと抱きかかえた。


「こうなって当然なのかもしれないな……」


 エルヴァイスは彼女の死体をそっと横にして立ち上がった。


『だけどさ…だったらさ…俺は……』


 エルヴァイスがハルに向き直った。


「俺はこいつと同じ道を、ちゃんと歩き切ることにしたよ」


 その道はきっと他の誰から見ても間違っている選択だった。だからこそ彼女も死んだ。だけどエルヴァイスはそれでよかった。


「へえ…というと?」


「ハルさん、俺はあんたを道ずれに死ぬことにした」


 ハルがその言葉を聞くと目を閉じて嬉しそうに口角を上げた。


「いいね、やっぱり、あなたはいい人だ…殺すには惜しい……」


 ミルケーは確かに世間から見れば最悪の存在だった。彼女のせいで大勢の人が犠牲になった。人々の平穏は突如崩れ去り、多くの大切な人たちが引き離された。そんな彼女に肩入れしているエルヴァイスも同罪で悪であった。

 けれどエルヴァイスはそれでよかった。


「俺は、多分、ハルさん…あんたを殺したいほど恨んでる…」


「その感情は正しいね、人は自分の愛する人のために生きてる。その人を殺されたんだその感情は何も間違っちゃいない。エルヴァイスさん、きっとあんたはミルケーのこともちゃんと愛していたんだ…素敵だよ…それはとっても素敵なことだ……」


「そうなのかもしれないな…」


 微笑むハルと冷静な怒りを帯びたエルヴァイス。どちらも間違ってはいない。ただ立っている場所が違うだけだった。


 エルヴァイスはすぐに狂化状態に入った。それは戦闘態勢を意味していた。

 反対にハルは刀を地面に突き刺し、辺りを漂う闇と戯れ始めていた。

 しかし、エルヴァイスは思う。今のこの状態でもハルに一切の隙はなく、能力的に追いつくことも到底なかった。エルヴァイスとハルの間にはまだまだ圧倒的な実力差があった。


「炎よ集え」


 エルヴァイスはマナを魔力に変えると炎魔法に変換し、炎の槍を一本生成した。そして手を上げて、あとは振り下ろすだけでその炎の槍はハルに向かって攻撃するだけだった。


「…………」


 それでもその一本を生成するだけでそこから先の攻撃に踏み込むことはなかった。


 その炎をの槍を放てば戦闘の合図、それはつまり死を意味していた。

 今のエルヴァイスは言うなれば常に刃を首元に押し付けられているような状況だった。


 緊張で汗が滝のように流れ、息が荒くなる。攻撃を仕掛けるタイミングはいつでもいいよ、と言うかのようにハルは、エルヴァイスに見向きもせずに自身の闇を体中に這わせて遊んでいた。


『俺は何もできないのか…仲間の死を前にして、今更になって俺は死を怖がっているのか?』


 エルヴァイスの手が震える。

 この手を振り下ろすことにもう意味は無かった。それは死を意味していたからだ。戦闘になればエルヴァイスは確実に死ぬ、それでもエルヴァイスはやらなければいけなかった。


『俺はエルヴァイス・グランターリア。フルブラットの総帥にして一番槍。ここで最後の戦闘を開始する……』


 エルヴァイスがそこでその手を振り下ろそうとした時だった。


『いいよ、エルヴァイス、あんな奴やっちゃって!!』


 エルヴァイスが隣を見るとそこには、相も変わらずさっきまでいたミルケーの姿があった。


「なんでそこにいるんだ…」


「ん、どうかした?」


 ハルがエルヴァイスの言動に違和感を覚え視線を向けた。


 エルヴァイスの隣にはミルケーがいた。何度だって理解が追い付くまでエルヴァイスは自分の隣にさも当たり前のようにいるミルケーに目を奪われていた。

 彼女はエルヴァイスのすぐ隣で、照れくさそうに笑っていた。


『えへへ、凄いよね、最後の最後に神様が私の願いを叶えてくれたんだと思う。ヴァイスと一緒に居たいって、そうお願いしたらこうなってた!まあ、その私も神様なんだけど、一番すごい神様に頼んだのよ、ほらみんな知ってる沈黙の神様にね!』


「その体はどうなってるんだ…」


『多分、実体はないかな、ほら、私、そこで死んじゃってるから…霊体って感じ…あ、ほらエルヴァイスの身体を透けて通り抜けちゃう…』


 ミルケーはエルヴァイスの腕を掴もうとするが、触れることはできなかった。


「霊って言われても…」


 そこにいるのは紛れもなくミルケー本人だった。


「お前は本当にミルケーってことでいいだな?」


『うん、私はさっきまで生きていたミルケーで間違いないよ』


「ミルケー?」


 エルヴァイスが喜んでいるのも束の間、ハルが首をかしげて口を開く。


「ハルさん、やっぱり、俺には死ねない理由ができた」


 その言葉を聞いたハルの顔はとても不機嫌にそして退屈そうに変わった。


「そうか、じゃあ、殺してあげるよ…」


 ハルが地面に突き刺さった剣に手を置いたまま、その場で固まっていた。


『ヴァイス!?ハルが斬りかかって来てる!正面、十二時の方向!!』


 ミルケーの指示でエルヴァイスはとっさに手を前に出した。すると、気が付けばその手にはハルの刀が収まっていた。しかし、急なことで足の踏ん張りがきかなかったエルヴァイスはハルの振るった刀に吹き飛ばされてしまった。


 何棟もの建物を破壊し続け、ようやく止まると、エルヴァイスはもといた血の海の広場に戻って来ていた。飛び散った人間の臓物に足を滑らせながら、エルヴァイスその広場の中央に向かい視界を確保した。


「どうして、今、ハルの攻撃が分かった?」


『分からないけど、今、ヴァイスが危ないって思ったからとっさに指示を出せただけ…』


 ミルケーも何が起きているか分からない様子だった。そうなるとエルヴァイスはもっと何が起きているか分からなかった。


 死んだはずのミルケーはまるで霊体のようにふわふわと浮いては、エルヴァイスから離れずにいた。それはまるで守護霊のようだった。


「何が起きてるんだ…」


『分からないけど、ヴァイス、逃げよう。この結界から出て遠くに行こう…何か良くない感じがする……』


「逃げるも何もないんじゃないか、だって、そうだろ、彼の力が弱まるのはこの結界の中だけなんだろ?それだったら、彼をこの結界内で倒すしか俺たちが生き残る道はないと思うぞ…」


『でも、ここにいたらエルヴァイスは確実に死ぬよ、だって、今も結界はあの闇に侵食されて効力がどんどん落ちていってるんだから…』


「分かるのか?」


『うん、私が張った結界には概念魔法を込めて創ったんだけど、凄い勢いで力を弱められてる。持ってあと三時間くらいかな…どおりで生身の時の私が敵わないはずだ…もうずっと力を取り戻してる…』


 隣でミルケーがそのようなことをぶつぶつと言っていた。その中でも概念魔法はエルヴァイスですら理解できない領域の魔法でそれはあるかないかと言われれば無いとまで言われていた魔法のクラスだった。


「分かったとにかく、ひとまずは時間を稼ぎだな、ベッケとレイチェルが逃げ切れたかとかって分かるか?」


『うん、二人はあとちょっとで結界の外に出れそう』


 さすがはこの大きな結界を張った術者ご本人様だった。結界内のことは手に取るように分かっている様子だった。


「そうか、ならよかった…」


『あ、ちょっと待って、あれは誰?』


 ミルケーが結界を通じて、何かを見通していた。


「なんだ、どうかしたのか?」


『誰かいる、レイチェルと誰かが話してる…え、待って、結界が闇で曇ってて上手く干渉できない!』


「おい、何が起こってるんだ…」


『ベッケが目を覚ました……え、二人がこっちに戻って来る………』


「はあ?どうなってんだよ!」


 ミルケーが意識を集中して、遠く離れたベッケとレイチェルを見ていた時だった。


『ヴァイス、九時の方向、ハルが斬りかかって来てる』


 今度はエルヴァイスは全身全霊で両手を前に突き出して迫っているであろう刃に備えた。

 エルヴァイスの両手は物体をすり抜ける手を持っており、それは彼の天性魔法だった。そして何より協力なのはその透明な手を実体化させる際にあらゆる存在より優先してこの世に存在することによって、この世のどんな物質でも消滅させることができた。

 エルヴァイスはその透過と実体化を超高速で切り替えることで、あらゆるものを触れただけで消滅させる手を手にしていた。


 しかし、それでもハルの持っている刀だけはエルヴァイスの手でも消滅させることができなかった。

 そのため、エルヴァイスが両手をミルケーが言われた通りに、自分の立っていた場所から九時の方向に両手を広げていると、そこに収まるようにハルの大太刀が振り下ろされていた。


「どうやって見切った?まぐれじゃないよな?」


「ハルさん、どうやら俺も遊んでいる場合じゃなくなったんで、本気で行かせてもらいますよ」


『反対側に両手を伸ばして、ハルが斬りかかって来てる!』


 ミルケーのその言葉の意味が分からなかった。ハルとは今まさに刀と天性魔法の素手で睨みを聞かせている最中だったが、そこで斬りかかって来ているとは彼女の言葉の意味を理解することができなかった。


「どういうことだよ、だって俺は!」


 その時エルヴァイスの身体は無理やりミルケーが指示した方向に動いていた。そして刀と素手のつばぜり合いを途中で中断してもエルヴァイスは目の前の刀に斬られることなく済み、次の瞬間には、突然目の前にハルが現れ、エルヴァイスは三度目の防御に成功していた。


「この速度についてこれるのか…エルヴァイスさん、あんた一体何をした?正直、今の攻撃を防いだのは偶然でもありえないぞ…」


「おい、マジで何がどうなってる…」


 ハルもエルヴァイスすらお互いに現状何が起こっているのか理解が追い付いていなかった。ただ、隣にいたミルケーがとてもありえないといった驚愕した顔をしていた。そして、彼女の口からとんでもない言葉が飛び出して来た。


『ありえない…彼が移動するとき、彼は完全にこの世界から消えてる…』


「消えてるって瞬間移動ってやつか?」


 聞いたことはあったこの世界には瞬間的に別の場所に移動する手段があることを、だがミルケーはもっと想定外のことをエルヴァイスに告げた。


『違う、もっとそんなんじゃない…ありえないんだけど…彼は、その消えてる間、時間軸的には未来で行動してる…』


「未来?」


『時間軸を先取りして行動してる。だから説明すると彼は未来にいることになってる…』


「お前には未来が見えるのか?」


『違う、私には見えてないだけど、エルヴァイスの及ぶ危険を理解はできるから、それでハルがどうやって攻撃してきているのかも分かるんだけど…』


 彼女は頭を抱えていた。本当にエルヴァイスの身を守る守護霊的な存在になっていたが、ハルという存在の想定外具合に驚きを隠せずにいた。


「さっきから、誰と話してるんだ?」


 ハルが苛立ちを覚えながら、刀に力を込めるが、エルヴァイスは一歩も引き下がらなかった。なぜかお互いの力は均衡していた。


「待て、あと何か凄い力が湧いて来てるんだが、どうなってんだ?」


 エルヴァイスがそう言いながら、なんとかハルの刀を押さえていると、ミルケーが隣で呑気に考えたことをぶつぶつと口にしていた。


『私は、あなたが死なないようにサポートができる守護霊みたいな存在になったんだと思う…だから今ヴァイスを殺しに来てるハルに対抗するために彼と同等の力をあなたは得てる…』


「てことはこのままハルを倒せるまで力を底上げできるってことか?」


「そろそろその口黙らせていいかな?」


 ハルが力を込めれば込めるほど、エルヴァイスの身体にも力が湧き上がって来た。


『あくまであなたに降りかかる危険から身を守ることだけが条件みたい…だから、脅威であるハルを超える力は送れないみたい…私はあくまで守護霊としての役割しかないみたい…』


「それでもいい、それだけでも十分だ…ミルケー俺に力を貸してくれ」


『うん、もちろん』


 ミルケーが頷くと、エルヴァイス一度後ろに下がった。

 ハルも様子を見るためなのか追撃はせずに、同じように後方に下がり距離を取った。


「ミルケーが何かしたのか?もしかして、そこにミルケーがいるのか?」


「ハルさん、今度はこっちから行くぜ?」


 エルヴァイスはもう何も恐れずに、魔法で創った炎の槍を放った。


 その炎の槍はハルに当たることなく軽々と素手ではたき落されたが、エルヴァイスにとってそれは反撃の狼煙としての意味があった。


「一番槍」


 そうエルヴァイスが言うと、ハルはとても落ち着き払った様子で返した。


「分かった、お遊びは終わりにしよう」


 ハルが大太刀を前に構えると一瞬で空気が変わった。あたりに濃い神威が漂い始めた。

 さっきまではその神威に当てられただけで怯えていたエルヴァイスだったが、今はなんとも思わなかった。


『凄い…多分、彼も本気で来るつもりだ。だけど何も心配しないで、彼の神威は私の【守理】で防ぐし、彼の未来からの攻撃は、私の守護霊としての能力が感知して守るから、ヴァイスは思う存分戦って!』


 ミルケーはエルヴァイスの傍でそう言うと、彼は照れくさそうにその隣にいるミルケーに言った。


「ミルケー、背中は任せた」


『うん、まかせて』


 彼女は嬉しそうに笑った。


 それは過去から続く二人の約束であった。

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