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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 肝心な時にいつも神は不在

 神性魔法それは神たる存在に並んだ者のみが使用することが許された特別な魔法。ミルケーは神になった時得た力をそう捉えていた。


 ミルケーはその身を神々の鎧と武器で武装し、この地に神の裁きを振りかざそうとしていた。


『神がどういう存在かやつに示してやる…』


 ミルケーはそう意気込むと、光り輝く剣を構えた。


神光剣(エル・ライト)】それは神の光を宿した剣であり、その剣身からは常に光が水のように溢れ漏れ出しており、結界内の闇の街を力強く照らしていた。

 その剣の切れ味は、まさに神の名を冠するに値する一振りであり、神であるミルケーがその剣を振るった時に放たれる光の斬撃を最大出力で放出すれば、まず、このレゾフロン大陸を更地にすることは容易であった。

 しかし、そもそもその剣は神が扱う武器であり、人間のように己が欲望のために振るう武器とは違い、しっかりと制限が掛けられていた。その制限とは必要な場所に必要なだけという適時適切であった。つまり神となったものは自身の気分によって世界を終わらせることはできないのである。その剣を振るうには理由が必要だった。それは神々の生み出した運命に逆らう存在を断ち切るための剣であった。


「それとみんなには、これを私の魔法で共有させてもらうから」


 そこでミルケーが魔法を詠唱した。それは〈共有〉という特殊魔法だった。


 エルヴァイス、レイチェルの身体に銀の鎧が装着される。

 そして、怪物の姿のベッケにも彼の身体にあった形で銀の鎧が装着された。


「これでひとまずみんな安心して戦えるはず…」


神銀の鎧(エル・シルバ)】この鎧の素材はこの世の金属ではないほど固くそれでいて柔軟でありなおかつ流動的であった。その鎧は外敵からの攻撃を自動防御する優れもので、相手から物理的な攻撃をすべて遮断する特性を備えていた。

 その鎧は対象を絶対に傷つけないという理による守りが施されており、着用者は着用している間、攻撃を受けないという概念に身を守られていた。

 つまり、それは人では絶対に突破できない神々の防具であり、人が神を超えられない理由でもあった。


「この鎧を着ている限り、ハルの直接的な攻撃でダメージを受けることは無いから安心して…」


 後ろの全員に鎧の効果を説明しようとしたミルケーだったが、ハルがすでに攻撃を仕掛けてきていた。


「ごちゃごちゃ話していいのか?」


 ハルが刀を後ろに振りかぶりながら突っ込んで来る。そして、振り下ろされた刀をミルケーが神光剣で受けた時、その衝撃はハルとミルケー以外のものをすべて消し飛ばした。


 街の広場に立ち並んでいた複製体たちがその衝撃で跡形もなくなる。

 エルヴァイス、レイチェル、ベッケに関してはミルケーが授けた鎧によって、その衝撃を鎧が肩代わりしてくれた。その鎧はその衝撃波に対して、彼等の全身を覆うように広がって自動的に防護してくれていた。


「なかなか便利な鎧みたいだな、五つほど欲しいな、いくらだ?」


 鍔迫り合いをしていたハルが後ろの三人を見て言った。


「そうでしょ?私が神なる時に授かった魔法でね、非売品よ!!」


 ミルケーの剣が強い輝きを放ち始める。それはまるでハルの持っている刀と鍔迫り合いを拒み悲鳴を上げているようだった。強く光を放っては何かに抵抗しようとしていた。


『私の剣が何かおかしい…』


 ミルケーはとっさに周囲に光の短剣を量産すると、それを鍔迫り合いをしていたハルに向かって至近距離で発射した。その光の剣はまさに光だけで形成されたもので、闇を光で切り裂きながら高速で飛んでいった。

 これは神光剣が持っている副次的な効果で、ミルケーは自由自在に無数のそのような投げナイフのような光の剣を無尽蔵に量産し弾として射出することができた。まだまだ神光剣にはさまざまな機能があり、所有者が有利になる効果が付与されていた。これはその中のひとつであった。


 ハルが後ろに後退し距離を取る。光の短剣はそんな彼を逃がさないと生き物のように空を舞い追撃する。


 その間に時間ができたところで、ミルケーはさらにエルヴァイスたちに魔法を掛けることにした。


「いまからヴァイスたちには私の力を分けるから、準備しておいて」


「力って何だ、それってヤバイものじゃないだろうな…」


 全身を銀の鎧で守られていたレイチェルが顔だけ出すとそう言った。そして、その銀の鎧はすぐにレイチェルの身体に軽装鎧となって姿を変えてもとに戻っていた。


「ヤバくない、これは神の力、あなた達も神から力を授かって天使になるの」


「天使って…」


「大丈夫、あなた達は完全には天使にしない。一時的にその力を使えるようにするだけ」


「完全に天使にしないのはなぜだ?」


 エルヴァイスがそう尋ねると、ミルケーは顔を曇らせた。


「完全に天使になると、まず少なからずあなた達の自我に影響が出る。私はあなた達にそれは望んでない…みんなにはいつものみんなでいて欲しいから……」


 キリヤ、ピクシア、ブロッサー、彼らを完全な天使にしたのは、ミルケーに生涯一生ついて行くと決めたから、しかし、ミルケーはあくまでも彼等とは対等でいたかった。そう上下の関係ではなく、純粋に隣に立ってくれる存在として、エルヴァイスには上に立って欲しいくらいであった。


「そうか…」


「私の神性の一部を受け取ってくれる?」


「ああ、正直、このまま戦ってもミルケーの足手まといになっちまうのは確実だからな」


 エルヴァイスは冷や汗を流しながら苦々しく笑う。先ほどの衝撃で鎧が無ければ死んでいたかもしれないという状況に自分が置かれていたことに焦っている様子だった。

 無理もない、もはや、いま戦っているハル・シアード・レイは人間では到底敵うはずのない地点まで力を増していたのだから…


『あの時、地下で本当に何があったんだろう…』


 一瞬にして思考をその時あった出来事に集中させるが、見えてくる答えがあまりよいものではないことにミルケーは顔をしかめた。


『この結界の効力に彼が慣れつつあるのか……』


 ミルケーも最初この結界を張りながら活動するにはそれなりの労力が必要だった。それでも最近になってようやく、この街を覆っているハル専用の結界を安定させならが、神本来の力を発揮できるようになっていた。何事にも慣れというものはある。それと同様に、もしも以前に彼がここに侵入したとき、この結界に対しての効力を受けて、彼自身にその耐性がついてしまっていたとしたら、効力が薄まっているという可能性はあった。


 ミルケーが張っていた結界は並大抵のものではないことも確かではあった。概念魔法を付与した結界。世界の理を乱してまで適用した神にのみぞ許される禁忌の魔法。

 その結界に付与した魔法の効果は、〈ハル・シアード・レイという存在は結界内では一切存在できなくなる〉というルールのもと結界は形成された。それなのにもかかわらず、彼はこの結界内で長時間存在を示し続けていた。これは本来ならばありえないことである。概念を覆してまで存在している彼はまさにこの世ならざる乱れでしかなかった。


『ありえないが…もしも、結界に馴染んで来ているのだとしたら、いずれこの結界に関係なく彼は完全に復活してしまうってこと?』


 考察を重ねるミルケーはその場で、自分自身と繋がっている現状の結界に意識を向けた。


 コアはまだ三つ健在であり、どのコアも破壊された痕跡はなかった。


『だけど、コアはまだ破壊されてないところをみるにまだ時間的余裕はあるはず……あれでも待って…』


 不思議に思った。ブロッサーを殺したのならばコアが破壊されていてもおかしくはないのだが、コアはまだブロッサーが守っていた北エリアの巨樹の中、そして、キリヤが守っているこの西エリアの広場の近くにある聖堂の中、そして、ピクシアが南のエリアで守っていた民家の建物の中に、正常な状態で存在していた。


『彼はコアの位置を見つけ出せなかったのかもしれないわね…』


 破壊しなかったのではなく、見つけ出せず破壊できなかった。そのような希望もまだないわけではなかった。


『まあ、コアは一つ破壊されたところで、意味はないんだけど……』


 コアには底意地の悪い魔法を仕組んでおり、ミルケーはこれによりほぼ勝ちを確信してはいた。

 しかし、それでも、もしハルにコアを破壊する以外の方法でこの結界を攻略されてしまうとミルケー側にとってはかなり不利になるのは確かであり、結界のコアには最新の宙を払う必要があった。


『やつならやりかねない…私の主様が警鐘を鳴らすほどの存在だからね……』


 そして、そのような疑問を頭の中に抱えながらも、次にミルケーが取る行動は決まっていた。


「三人とも時間が無いから始めるわよ」


 三人に神の加護を付与する魔法を発動した。ミルケーが手のひらを地面に翳すと、光の魔法陣が現れ、三人の足元に広がった。


「ミルケーの名の下に神の加護の一部を与えん」


 その時、エルヴァイス、ミルケー、ベッケ、三人の身体が魔法陣から溢れた光に包まれた。


 詠唱は短く、契約はあくまでもお互いが結界内で承認すればすむなんとも奇跡とは程遠い神との契約のすえ、三人はミルケーから神の力の一部である〈神性〉を授かった。


「どう、これで、私たちの動きをある程度はついてこられるように…」


 そうミルケーが三人の具合を確かめようとした時にはすでに、エルヴァイスの背後で刀を振るハルの姿があった。


「ヴァイス!!」


 ミルケーはどう考えても間に合わないその現状に対して酷く動揺した。


 振るわれた刀の狙いはエルヴァイスの首であった。


 ミルケーが見ている前で、凄まじい衝撃が走った。自動的に鎧の自動防御機能が作動し、銀の鎧が全身を覆い視界が塞がる。


「早く、どけて!!」


 ミルケーが鎧の中で悲鳴のように叫ぶ。そして、衝撃波が治まったのか、ミルケーの視界が開けると、そこには素手でハルの刀を掴んでいるエルヴァイスの姿があった。


「ああ、何とかお前からもらった神の力とやらの恩恵を受けれたようだぜ…」


 しかし、それでも、エルヴァイスはそのハルの刀が首を斬り飛ばすのを押さえるのが精一杯でそこからは自分ではどうしようもないようだった。


 そこに神性を獲得したレイチェルが、人間の身体能力を遥かに超えた速度で、ハルに接近し、拳を放った。


 ハルがそのレイチェルの接近を見て、エルヴァイスから手を引いて、距離を取ろうとした。


 すると、そこにさらに深淵の怪物でありながら神性すらも獲得した二十メートルはある怪物のベッケが、距離を取ったハルに拳を叩きこんでいた。


 ベッケの拳がハルに影を落とし、そのまま振り下ろされた拳は地面にめり込み、巨大な破壊音を周囲に轟かせた。


「ベッケ!やれてない!!後ろ!!!」


 ミルケーがそう叫んだ時には、ベッケの後ろでハルが蹴りの体勢で飛んでいた。

 そして、ハルが、振り向いた化け物の顔面を蹴り飛ばすと、その巨体は遥か数キロ先まで軽々と吹き飛び、建物をいくつも破壊しながらベッケの姿は見えなくなってしまった。


「ベッケ!!!」


 レイチェルが慌てて彼の後を追って飛んでいった。


「なあ、本当にあれはベッケさんなのか?」


 ハルが地面に降りながら、二人に尋ねる。


「ああ、あの化け物はベッケだよ。ただ、俺も聞きたいが、あんた本当にハルさんなのか?」


「当たり前だろ、俺はハル・シアード・レイ、他の何者でもない」


 彼の光というイメージとは一変、彼の姿は闇に染まっていた。


 そんな会話をエルヴァイスがしている最中、ミルケーはもっと異常事態に気づき、戦慄していた。


『神銀の鎧が発動しなかった…』


 ミルケーは巨体のベッケがハルに蹴りを加えられる時、銀の鎧の効果が発動すると思っていた。しかし、結果は銀の鎧は発動せず、ベッケは数キロ先まで吹き飛ばされてしまった。


『あ、ありえない…神性魔法にだって、この世のルールを変える力は無くても、並大抵の魔法じゃ無効化すらされない絶対性を有してるはずなのに…』


 ミルケーは少しばかり自分たちがあまりよくない立場に立たされていることを次第に感じ取り始めていた。


『もし、そうだとしたら…どんな手口で無効化された?彼は何をした?』


 ミルケーはハルの考察を進めるが、ここまでの戦闘で彼からの情報の漏れは一切なかった。

 それはまず彼がマナを使用した魔法を一切使って戦わないところにあった。ミルケーがどれだけ、魔眼で彼を眺めても、マナを体内に取り込む気配が少しもなかった。


『最初からおかしかったんだ。どうして彼は魔法一つ使わずにそこまで身体能力を底上げできる?神性を獲得しているわけでもないし、見た限りだとただの人間であるにも関わらず、その力はどこから供給されてる?』


 たったひとりの人間に圧倒される神々、そんな現状許されていいはずがなかった。


「俺はもっとハル・シアード・レイには、輝かしいイメージがあったんだが?」


 その問いにハルは少し寂しそうに答えた。


「そのハルはもうどこにもいない、死んだんだよ…」


 ハルはそれだけ言うと、よそ見をしていたミルケーの首を刎ねに飛び出した。予備動作無しのそのハルの一瞬の移動に、二人は反応できなかった。


『まずっ、首!?』


 ミルケーの前に刃が迫る。ミルケーも剣を構えようとするが、一手遅かった。〈神銀の鎧〉が発動してくれることを期待したが、なぜか危機を察知しても防ごうとしてくれない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 だが、その時だった。


 雄叫びと共にハルの刃とミルケーの間に男が現れる。


 ハルが刀を振りぬくと、鮮血があたりに飛び散った。そこには両断されたキリヤの姿があった。


「キリヤ…」


 ミルケーが絶望に染まった顔色で目の前に現れた天使を眺める。


 両断されたキリヤはその場に倒れて死んでしまった。


「ああ、そんなキリヤ……」


「ご安心をミルケー様、俺はここに居ます」


「キリヤ!どうして、だっていまのは本当のあなただったのに…」


「ご安心を、戦いの中で私も成長したのです。今のは私でありましたが、それは過去の私で、今の私じゃありません。それより、微力ながら加勢します」


 そういうと、ミルケーとエルヴァイスの周りにキリヤの複製体たちが集まり始めた。


 そして、その複製体たちはハルを取り囲むようにゆっくりと動き始めていた。


「私がやつの動きを全力で止めるので、ミルケー様は気に食わないですが、彼と協力して奴を叩いてください」


 ミルケーからすればキリヤはとても心強い参戦だった。彼がいれば戦力の幅が大いに広がることに間違いはなかった。


「ありがとう、キリヤ」


「いえ、これもすべてはミルケー様のためです。あんなクソ野郎早く殺してしまいましょう。ブロッサーの為にも……」


 彼はすでにブロッサーが死んだことを知っていた。それはミルケーを通じて天使であるキリヤにも伝わっていた。同格の位の天使の死は主である神を通せば分かることだった。


「…ええ、そうね………」


 ミルケーが少し涙ぐむのを、キリヤが慈愛の眼差しで見つめていた。


「なあ、ここにいるあんたの分身って全部もとはここで暮らしてた人間たちの命を使って創ったやつなんだろ?」


 ハルが周りの複製体たちを見回してそう言った。


「ああ、そうだ。ハル、お前に彼等を殺せるか?」


「天使っていうのはみんなこう残酷な奴ばっかりなのか?」


「主の目的を叶えるためであれば、手段など選んでいられないということだ。仕方ない犠牲というやつだ」


「そうか、それもそうだ。確かに俺も目的のためならもう手段を選ばないことにしたんだ、人様のことを偉そうに言えないな、あ、天使様か?」


 ハルはそう言うと刀を構えた。それは再び抜刀の姿勢だった。


「ミルケー様!」


 しかし、そこでミルケーの周りに来客は続く、そこで次に現れたのはピクシアとサムだった。


「ピクシアも来たの…」


「はい、だってミルケー様のことが心配で、心配で、居ても立ってもいられなかったので…」


 ミルケーは隣に立ったピクシアの頭を撫でた。彼女は猫のように目を細めてミルケーのその手のぬくもりを感じ取っていた。


「ハルさん…」


 サムと呼ばれるハル側の人間が、ピクシアの隣で立ち尽くしていた。


「あれ、サムさんもやっぱりそっち側なんですか?」


 ハルがあっけに取られた様子で、抜刀の姿勢を解く。


「いや、俺は…」


 彼は戸惑っている様子であった。それもそのはずどう考えても現状でハルという人間が自分の味方に見えるはずがなかった。それほどまでに、ハルという男の〈神威〉は禍々しいものになっていたが、本人ですらそのことに気づいていないようだった。

 これでは近づきたくても、彼はハルのところまで近付けないだろう。

 いまのハルという男に近づくには、彼を殺す気かあるいは狂っていないとまず近づくことはできないほど、彼の神威が人を寄せ付けることを拒んでいた。


 だが、しかし、そんな凶暴な神威が吹き荒れるハルの横に一人の少女が現れる。


「ハル様!ご無事ですか?」


「ルナ…生きてたんだ」


「はい!ハル様の方は大丈夫ですか?お怪我とかはないですか?」


 まるで初対面の時のようにルナはよそよそしかった。


「なんで敬語なの?」


「え!?あ、だって、だって、そのいまのハル様はまさに、様って感じなんですもん!」


 ルナが興奮した様子で目を輝かせていた。半面ハルが彼女に向けるまなざしは闇に染まり真っ暗だった。


「ルナひとつ頼みがある」


「はい、なんですか?」


「ここから南の方角にあるコアを探して破壊して来てくれ」


「はい、分かりました。ですが、ハル様はそのひとりで大丈夫ですか?」


 ルナが数的不利の状況を好ましく思っていない様子だった。しかし、ハルはその彼女の問いに一切答えずにいった。


「終わったら戻って来て、そしたらすべて終わってるはずだから、すべてはルナがコアを破壊できるかどうかに掛かってるから、責任重大だからね」


 ハルが重要な内容にしては適当な口調でルナにそう言うと、彼女の頭に手を置いて、二、三度頭をポンポンと軽く叩いたあと撫でていた。


「んにゃあ……じゃなくて、わ、分かりました!私、絶対にコアを破壊して戻ってきます!」


 顔がゆるゆるのルナが飛行魔法を展開するとすぐに宙に舞い上がった。彼女はピクシアが守っているはずであった南のエリアに向かって飛び立つつもりだった。


 そんなことを堂々と話されてミルケーが許すはずがなかった。


『させない』


 ミルケーが手に持っていた剣を飛び立つルナに向かって振るうと、光の斬撃が彼女めがけて放たれた。しかし、その光が彼女を両断することはなかった。

 ハルの左手から放たれた闇の奔流によって、その光の斬撃は輝きを失ってしまった。


 ルナはあっという間に南のエリアの街に向かって一切振り返らずに飛んで行ってしまった。


「くそ…」


 ミルケーが顔をしかめる。


「彼女を行かせてあげてくれ、俺の役に立ちたくてしょうがない子なんだ」


 ハルが遠のくルナを見送ると、視線をミルケーたちに戻した。


「ミルケー様、彼女は私が追います。いいですよね?そこはもともと私の管轄なので」


「ええ、そうお願いしたいんだけど、ただ、彼がここから離れることを許してくれるならね」


 ミルケーの剣を握る手に汗がにじむ。ここから彼女を追うことを彼が許してくれるはずがなかった。


「いや、いいよ、ミルケーとエルヴァイスさん以外なら好きに彼女を追ってもらって」


 意外な答えが返ってきた。しかし、まだ罠という可能性も十分にあった。


「何を企んでいるの?」


「いや、別に彼女なら、あんた達二人以外になら殺されないと思っただけさ」


 その言葉を聞いたピクシアがすぐに紫の雲を生み出した。


「ほら、サムあんたも来るのよ…」


「はあ?」


「約束でしょ、私を守るって…」


「………」


 サムがハルを一瞥する。ハルの視線は冷たく冷ややかなものに変わっていた。

 ミルケーからすれば、誰も今のハルに近寄りたくないのは当然で、あの女の頭がおかしいという結論にいたっていたが、そんなことに気づけないハルが正常とは思えなかった。


『不気味…本人は正常に振舞ってるけど、中は狂ってる…』


 ミルケーがハルに抱いた印象はそんな感じだった。


 ピクシアがサムの腕を引っ張って、無理やり紫の雲に乗せるとそのまま行ってしまった。


「よし、それじゃあ、戦闘再開といくか…」


 ハルがやる気のない声で刀を後ろに思いっきり振りかぶると、そのままミルケーたちにむかって一振りした。凄まじい剣圧がミルケーたちを襲う。

 しかし、その時〈神銀の鎧〉が発動し、ミルケーとエルヴァイスを守った。

 キリヤに関してはミルケーの〈神銀の鎧〉に一緒に保護される形で守られていた。

 神の金属に覆われたミルケーたちの視界は真っ暗になる。


『発動した?』


 ミルケーが〈神銀の鎧〉が発動したことに驚いていると、そこで隣にいたキリヤの不安を感じ取った。


「どうしたの、キリヤ?」


「あぁ…ミルケー様……わ、私の分身が………」


 〈神銀の鎧〉が外を安全と判断したのか、自分たちを覆っていた銀がほどけていき、視界が開けていった。


 すると世界は一変していた。


 さっきまで数千といたキリヤの複製体たちが全員肉塊に変わっていた。


 そして、辺りの建物はすべてなぎ倒され瓦礫に変わっており、あたりはぐちゃぐちゃに散らかった死体と真っ赤に染まった大地だけが広がっていた。


 そんな最悪の血の嵐が過ぎ去った後、鮮血に染まった広場の真ん中には、真っ赤に染まった青年がただひとり立っていた。


 それはわずか数秒の出来事であった。


「がっ…」


「え?」


 そして、悲劇は立て続けに続く。


 ミルケーの〈神銀の鎧〉が完全に通常の鎧状態に変わったところで、その悲劇は起こった。


 ミルケーが隣を見ると、そこには心臓を巨大な刀に貫かれたキリヤの姿があった。


「あぁ…そんな………」


 ミルケーは大きな過ちを犯した。

 それは仲間の死を目撃したことによる、よそ見。


 すなわちそれは隙だった。


「ミルケー!!!」


 目を逸らさなかったエルヴァイスが叫ぶ。


 直後、眼前まで迫っていたハルにミルケーは殴り飛ばされ、後方およそ五キロメートルを超えて吹き飛んでいった。


 ハルはそのままキリヤの心臓に突き刺さっていた刀を力づくで引き抜いた。


「お……ま…え……だけ……ゆ…るさ……」


 瀕死のキリヤの頭をハルは容赦なく踏みつぶした。ハルの足元で天使の脳髄が飛び散った。


 そして、近くに自らの存在を移す器が無くなったキリヤは本当の死を迎え、二度と目覚めることはなかった。


「………」


 完全に状況の変化に置いてかれたエルヴァイスはその場で目を見開いて固まっていた。彼にはハルが死神に見えていた。


 そんなエルヴァイスに死神が言った。


「エルヴァイスさん、少し話しませんか?」


 それは死神なりの最後の慈悲だったのかもしれない。

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