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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 今宵最後の再結成

 たったひとりを除いて、その場にいた誰もがミルケーの動きを目で捉えることができなかった。神の力によって、ミルケーの周りの時間は引き延ばされ遅延し、彼女の存在以外の全てがゆっくりと時を刻み始めていた。しかし、そんな彼女の意思で勝手に時間が止まり始めている傲慢で理不尽な空間であるにも関わらず、ミルケーが殴り飛ばそうとしていた青年は薄気味悪い笑顔を浮かべているばかりであった。闇を溶かしたような髪をなびかせる彼は、ミルケーの動きを完全に捉え目で追っていた。

 そして、当然のように、ハルは、ミルケーに振るわれた拳を片手であっけなくとめていた。彼女の拳はそれ以上、前へ進むことはなかった。それでも一度突き出した拳をハルの顔面に当てるまで彼女は拳を振りぬこうと力を緩めることはなかった。


 均衡する力を制御する中、ハルは言った。


「お前の怒りに価値はない、だから、叫ぶな、耳障りだ…」


「黙れえやあああああああ!!!ブロッサーはな、お前なんかにあっさり殺されていい子じゃなかった、あの子は…これから私たちと一緒に、この世に楽園をもたらす天使だったのにお前は絶対に許さない……」


 怒りに顔を歪ませ睨みつけるミルケーだったが、ハルはまったく気にしない様子だった。


「天使……?あぁ、そうか、じゃあ天使も首を斬られれば死ぬんだな、これは面白いことを聞いた」


 ハルの戯言にミルケーが発狂する。


「ハル…お前は…本当に…お前はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 ミルケーがハルの手から拳を一度引き、再び振りかぶると全身全霊で殴りかかった。


「ちょうどいい、俺もあっちに用があったんだ。それで連れて行ってくれ」


 ハルがそう言うと、ミルケーの拳が顔面に直撃した。それと同時にいたずらに止められていた世界の時間が加速し始め正常に戻り始めた。

 ハルは謁見の間から追放されるように、その場からミルケーと一緒に殴り飛ばされ、城の壁をいくつも破壊し、ハルとミルケーはみんなの前から姿を消した。


 轟音が鳴り響いた後、謁見の間の扉がある入り口の壁が音を立てて崩れ、星の無い夜が広がる外の景色が見えるほどの大穴が開いていた。


 それは一瞬の出来事で、その場にいた取り残された全員が何を起こったのか理解できずにいた。


「何が起こったんだ…」


 サムが辺りを見渡す。


「わからない、けど、きっとミルケー様がやってくれたんだよ思う」


 ピクシアもあっけにとられた様子で、その場に立ち尽くしていた。


「………」


 レイチェルも言葉を失い、夜へと通じた謁見の間に開かれた崩壊の後を見つめるばかりでその場から動けずにいた。


 それでも王座に腰かけていたエルヴァイスだけは、いまここで起こった出来事を冷静に受け止めて、次に自分が何をしなければならないか考えを巡らせていた。そして、彼は王座を降りて謁見の間の出口に向かって歩き出した。


「どうやら、俺はいかなくちゃいけないらしいな」


 静まり返る全員のまえでエルヴァイスはひとり呟くように言った。

 そこに、固まっていたレイチェルが我に返ると、進むエルヴァイスに向かって言った。


「エルヴァイス、あんた、いったいどっちの味方なの?」


 そこでエルヴァイスはその質問に、すこし頬を緩めると彼女に告げた。


「決まってんだろ、俺はいつだって弱き者の味方だ」


 その言葉を聞いた、化け物のベッケの八つの瞳がエルヴァイスを見つめていた。

 エルヴァイスはベッケの隣まで行くと、立ち止まり、前を見据え少し何かを考えるように、固まっていた。

 そして、彼はこう言った。


「四百年前の約束を果たしに行く。俺があいつをひとりにしちまったんだ。終わらせるべき場所で、終わらせなかった。だから、今度は最後まで俺があいつ傍にいてやる…」


 化け物のベッケはエルヴァイスの言葉を静かに聞いていた。


「ずいぶんと遅くなってきっとあいつは怒ってるかもしれないけど、俺もようやくあいつを迎えにいく準備が整ったみたいなんだ…愛する人を失って、長い時間が過ぎて、過去にひとり置いて来たあいつを迎えるには遅すぎたのかもしれないけど…」


 エルヴァイスは出口へと歩き出した。


 取りこぼしてきたものは多かった。マロンにだってそれは指摘されていた。エルヴァイスが歩んだ道の多くは失敗ばかりでよい人生ではなかったかもしれない。


『だけど、それでも…』


「俺にまだあいつを救えるなら、救ってやりたいんだ…」


 エルヴァイスはそう言うと出口まで一直線に駆けだして、そして、謁見の間を出る直前で振り向くと、ベッケとレイチェルに向かって言った。


「今宵、この夜が明けるまで、俺はここに【フルブラット】を再結成しようと思う」


 その言葉に、ベッケとレイチェルは心を打たれていた。それは化け物になっても、何百年と時を超えても、二人の心の奥底から身を震わす興奮と懐かしさがあった。

 さらに、その言葉を告げた者が、元フルブラットの総帥で、純血の凶王と呼ばれたエルヴァイスの口から出て来た言葉だと思うと、二人が言葉を失うのも無理はなかった。


「お前たちがついて来るかどうか、俺につくか、ハルさんにつくかは任せる。ただ、ついて来るならどちらにせよ死を覚悟しておけよ」


 エルヴァイスはそれだけ言うと、狂化状態に入って、その場から全速力で城の外に飛び出していった。


 取り残されたベッケとレイチェル。


 けれど、二人が彼の後についていかないわけが無かった。


 嬉しかったんじゃない。


 彼が帰って来てしまった以上、二人に選択肢は一切なかった。


 ベッケとレイチェルは、エルヴァイスの後を追って、城の外に飛び出していった。


「これからどうする?」


 置いてけぼりを食らったサムがそう言うと、涙をぬぐったピクシアが風を切り歩き出しながら言った。


「私はミルケー様を追うわ、それ以外ありえない、それにブロッサーの仇だって取らなきゃいけない…」


「俺はどうすればいい?」


 サムはここに来て自分がどすればよいか、分からなくなっていた。


「知らないわ、勝手にしなさいよ、私はいくわ」


 ピクシアはサムのことなど気にせずに、駆け出すと体から煙を出してその煙に乗って、そのまま加速し始めた。


 しかし、そこでピクシアの煙に追加で何かの重さが加わる。


「ちょっと、なんであんたが乗って来るのよ」


「ピクシア、俺も連れてってくれ」


「なんで私が…」


「たのむ、真実を知りたいんだ」


「………」


 サムのまっすぐと前を見つめる視線に、ピクシアは天使として人間に多少の慈愛を抱いたのか、折れてやることにした。


「わかったわ、だけど、あなたを連れて行って何か私に得があるの?そうじゃなきゃ、私があなたを連れて行く意味がないんだけど」


「だったら、俺がお前を守ってやる。休戦中だからな」


「守るって、私もハルと戦うからあなたは彼の敵になるんだけど、それでもいいの?」


 それは当然の疑問だったが、サムはそのことについては答えを用意していた。というよりかは、これから先どんな結果になるかは目に見えていた。


「ああ、構わない」


 サムは知っていた。きっと、ハルとミルケーがやり合うなら、その間に戦闘で割り込むことはできない。人が嵐と戦えないように、荒れ狂う理不尽な暴力の前に自分たちは傍観するしか選択はないのだ。


 だから、サムは連れて行ってもらう代わりに、ピクシアに降りかかる火の粉くらいなら払ってやろうと思っていた。


 いまはただ、この機会に乗り遅れるわけにはいかなかった。


「ピクシア、急いでくれ」


「私は御者じゃないんだから、命令しないで」


 ピクシアとサムが最後に謁見の間の外に出た。


 王城クライノートの謁見の間、その王座のふもとには天使の生首が転がっていた。

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