表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
511/781

古き血脈 救いの声に駆け抜ける破砕

 誰もがその希望の一筋の光を見つめていた。

 轟音を伴ってシェルターの屋上から放たれたその白い光はまっすぐに邪悪な球体へと直進した。

 だが、その光の筋は、蔓で構成された邪悪な球体表面に着弾すると、跡形もなく砕け散り、空気中に拡散しては潰えてしまった。


「私の魔法が効かないのか?」


 個人で放つにしては絶大な雷魔法は、邪悪に満ちた球体の前に儚くも散ってしまった。そのことにプラリツは目を丸くしていた。


「あの球体に魔法は無駄だ、俺も試した。だが、あんたのあの見事な魔法まで効かないということは、耐性化なにか秘密があるんだろう」


 フォルテが彼女を褒めながらもいまの結果から即座に情報を拾って次に繋げる。


「やはり、フォルテ剣聖の初期案で進める、全員配置につけ、時間がない」


 スフィア王国の剣聖アルバーノがそう指示をだすが、フォルテはそのことをよく思わなかった。


「待て、ここにいるライキルやエウスは…」


 フォルテがことを急ぐアルバーノに彼等がどれほど重要な立ち位置にいるか説明しようとした。だが、アルバーノは痺れを切らしたのか、狼狽えるフォルテの胸倉をつかんだ。


「いいですか?フォルテ剣聖、いま少しでも人手が欲しい時に、誰の協力であろうとそれを断ることは愚かなことだ。このシェルターにいる大勢の人間が避難するまで、あの化け物の進行を止めるのはまず不可能に近い。そのための時間稼ぎなんです。そのことをよく考えてください」


 フォルテもわかっていた。

 いまも膨れ上がり続けながら宙に浮かぶ、炎を吐きながら迫って来る丸い球状の怪物。魔法も効かなければ、物理的にも完全に破壊することは不可能であり、最後に残された道は耐え凌ぐだけだった。


「ああ、そうだな…わかった……」


「ただ、そんなに心配することはありません、策はあります。全員助かる方法が」


「なんだ、その策は?」


 アルバーノがフォルテに耳打ちをした。


「…それはいいな」


「ですが、あなたに無理強いはしません、なんせあなたは帝国の剣聖で、私はここスフィア王国の剣聖なのですから…」


 しかし、フォルテは彼のその言葉に間を置くことなく反応した。


「いや、いい、それでいこう。すぐに始めるぞ!!よし、全員位置につけ!!」


 フォルテが周りに声を掛けながら準備を始める。


 その様子を見たアルバーノは一言呟いた。


「私が認めますよ。あなたは素晴らしい剣聖だ…」


 アルバーノも彼に続いて極大魔法の準備に急いだ。


 *** *** ***


 シェルターの屋上にいた勇気ある者たちが手を取り合って円を組む。フォルテとアルバーノの剣聖二人は、その円の中央に立つ。


 フォルテが体にマナを供給するために体をマナに順応させ、マナを体内に取り込む供給口を開く。そのフォルテのマナの供給口に、円を形成するみんなからマナが送られる。


「…ッ……!!」


 歯を食いしばるフォルテの全身に想像を絶する痛みが伴う。それは少しでも気を抜けば意識を切り取られるほどの激痛だった。体内を過剰供給したマナが駆け巡りフォルテの身体を【マナ体】へと変化させていく。それは人間の身体の構成している細胞ひとつひとつに針を刺すような刺激であり、常人ではまず一秒でも立ってはいられない。

 その痛みは極大魔法という人智を超えた魔法を使用する際の等価交換であった。


 激痛が走る中、フォルテは心の中で唱える。


『特殊魔法 守護』


 自己のマナの許容量を大幅に超えた大量のマナを消費して、特殊魔法〈守護〉を展開した。〈守護〉はそのまま巨大な光の壁となって、此方に接近してくる邪悪な球体の進行を止めさせた。

 特殊魔法の守護はあらゆる脅威に対して対象者たちを守る魔法であった。そのため、守護は対象の脅威度でその姿形を変えた。盾や壁、ドーム状に球状など、その対象の攻撃に合わせて身を守ってくれる魔法だった。便利な魔法でもあるが、この守護の魔法はマナの消費が大きく、頻発して行使するには効率が悪かった。

 しかし、現状、この〈守護〉の魔法は大いに役立ったと言えた。


 フォルテの背後にはアルバーノがおり彼もフォルテ動揺険しい顔でフォルテの背中に手を当て支える形をとっていた。


 彼の役目はいわゆるフォルテの補助であった。フォルテに過剰供給されるマナの漏れを制御し、滞りなく彼が極大魔法にだけ集中できるようにした。しかし、その役目も過度な負担がかかり並大抵の人間ができるものではなかった。

 一度に漏れ出るマナの量は過剰であり、それを自身に取り込んではフォルテに押し戻す。その作業はナイフを何度も体に差し込んでは止めてを繰り返している行為に等しかった。


 剣聖二人はその痛みに耐えながら、シェルターにいる人々の避難が完了するまで守護を張り続ける必要があった。


「全員の避難を始めろ!!」


 円の外周の一部となってマナ供給していたルルクが伝令兵に伝える。

 数分もしないうちにシェルターの北側の壁が開き、大量の住民が川のように流れ出した。彼らは炎の海を水魔法で迅速に消化しながら、エルフの森を北上して行く。


 〈守護〉が織りなす光の壁を、邪悪な球体は乗り越えようと蔓をあちらこちらに伸ばし超えようとして来た。

 しかし、〈守護〉の壁は、その蔓が伸びるたびに壁の形を変容させ、一本たりとも光の壁から向こうにいる領域に踏み込ませることはなかった。


 だが、その壁が、触手を阻むための変容に応えるためには多くのマナが必須だった。そして、その負荷を背負うのはフォルテとアルバーノ二人の役目だった。


 フォルテの両目の眼球から一筋の血の涙が流れる。


『あとどれくらい持たせればいい?』


 始まったばかりであるのにふとそんな疑問がフォルテの頭の中をよぎった。


 痛みしか感じなくなった全身に思考する余地は残されていなかった。


『あとどれほどこの痛みに耐えればいい?』


 フォルテの疑問に誰も応えてはくれない。


『俺の命を捧げる価値はここにはあるか?』


 自己犠牲。そんなものに意味はあるのか?自分の幸せだけを願っていればそれでよかったんじゃないか?


『俺の最後はここでいいのか?』


 意識が薄れていき、次第にフォルテは自分が自分であることすら分からなくなっていた。

 次第に周りの音も聞こえなくなっていき、やがてその瞳に映っていた景色も何も映さなくなった。そこにはただ、静寂と痛みだけがフォルテを包み込んでいた。


『頑張った果てにあるのはなんだ…あれ、そういえば、俺はなんで剣聖になりたいと思ったんだっけ…』


 静かな真っ暗闇な世界でフォルテは自分の剣聖を目指した原点を振り返る。


『強くなりたかった?…違う、誰かを守りたかった?これも違う、それらは全部後からついて来たものだ…それにしてもなんだろう、この感覚は…なんていうか…』


 フォルテはいま自分が置かれている状況に疑問を抱いていた。その感覚としては不快であり、そして、何よりも自分が嫌っているもののような気がした。


 静寂。


 物音ひとつ何も聞こえないということ。


 目を閉じれば闇が広がる。


 それは世界との断絶。


 あらゆる関りをすべて断ち切り最後に自分に残るのは。


 孤独。


『ああ、そうだ…』


 そこで思い出す。


 フォルテが剣聖を目指した意味をどうして自分がここに立っているかを。


『俺は一人になるのが怖かったんだな…』


 ただそれだけのために自分は剣聖になったのだと。


『愛されたかった』


 本音が零れる。


『強くなれば愛されると思っていた。だけどそれは違ったんだ…』


 フォルテの世界にあった静寂に小さな音が生まれる。フォルテはその音の場所を探すように自分の意識を耳に集中させてその音を探った。

 痛みは依然として全身を酷く痛めつける。その雑音が、フォルテが聞き分けたい音の邪魔をするが、確かに自分の傍でその音は何度も鳴り続けていた。


『愛されるには、何よりもまず自分が愛さなくちゃいけなかった』


 音は次第に大きくなっていく。


『人を街を自然を愛して、この世が愛で満たされていることに気づいたのなら…応えなくちゃならない…』


 音はやがてフォルテにもはっきり聞こえてくるようになって、そして、その真っ暗な視界には光が差し込み始める。


『受け取ったその愛に、応えなくちゃならないんだ』


 フォルテの頭の中には、ふと、ハーフエルフの彼女の姿が思い浮かんでいた。


『最後は、ベルドナ、きみの目の前が良かったが…いい、俺はここでいいんだ』


 フォルテは笑っていた。激痛が体を駆け巡っては全身から大量の血が吹き出ようと、構わずその表情は穏やかだった。


『俺は剣聖としての役目を果たす。剣聖とは本来そうあるべきなんだ…』


 フォルテはそこでくすんだ青髪の青年を見た。


『剣聖とは人の愛に応えるためにいる…そうだろ?』


 やがてフォルテはその音を聞き、視界は光を取り戻し、現実を知ることになった。


『ハル』


 ***


 フォルテが目を覚ますと、状況は何も変わっていなかった。むしろ悪化していた。

 依然として邪悪な球状の化け物は〈守護〉の壁を圧し潰そうと迫り、その負荷がフォルテの身体に跳ね返り、体中はすでに血だらけで立っているのもやっとで赤い鎧からは自分の血が滴っていた。

 フォルテは両手を前に突き出す姿を崩さずに、極大魔法として出力した〈守護〉を維持しつづけていた。


「フォルテ剣聖、目を覚ましましたね!?しっかりしてください!!あなたがここで倒れれば何もかもお終いなんですよ!!」


 フォルテの背後には同じく血だらけになったアルバーノがおり、フォルテの身体を支えてくれていた。

 自分が立っていられたのも彼のおかげだと知った。


「状況は?避難はどれくらい進んでる?」


「まだ半分の人間がシェルターから脱出できていません。人数が多すぎたんです。それに、あの化け物ますます大きくなって、完全に私たちの想定を超えて来ています」


 すでに蔓で構成された忌々しい球状の化け物は、シェルターのすぐそこまで迫って来ていた。蔓をどこまでも伸ばして空を覆いつくす勢いとなっていた。

 そして〈守護〉の壁はその巨大な質量の化け物に押され続け後退し続けていた。


「このままでは、ここにいる人たちも逃げ切るのが難しくなって来るでしょう」


「そうみたいだな…」


「ただ、逆にいまここであの化け物から確実に逃げ切ることができるのは、私とあなたの二人だけといったところでしょうかね?」


「………」


 彼は現実的なことを言っていた。確実に助かることができるのは、もはや実力のある剣聖や精鋭騎士だけであった。


「魔法を解いて俺たち二人だけで逃げろっていうのか?さっきあんたが自分で立てた策はどうした?怖気づいたのか?」


 フォルテが実行前に耳打ちされていた作戦はこうだった。

 ある程度まで全員からマナを供給し終えたら、剣聖の二人を残して、あとの全員を避難させるというものだった。

 アルバーノにはマナを循環する術に長けているため、一度供給されてしまえばロスなくそのマナをフォルテに供給できるというものだった。もちろん、これは彼の体力が続くまでであり、毎秒致命傷を身体に刻まれるようなものだった。それを長く持続させることを可能とするのが彼の持っている白魔法であった。つまり犠牲者は出力するフォルテと循環供給するアルバーノだけでよく、一度供給してもらえればこの二人だけで極大魔法を回すことができた。


 だから、フォルテは彼がいまになって剣聖としての誇りを捨て、自分の保身に走ったのかと思ったが、それは違った。


「いえ、それは違います。むしろここが決断の時です」


 剣聖アルバーノにそんな選択肢はそもそも存在していなかった。それは彼もまた剣聖であり、フォルテと根っこの部分で変わることはなかった。

 ただ、彼が言いたかったのはむしろフォルテへの最後の配慮であった。


「フォルテ剣聖本当にあなたはここで終わってもいいんですね」


 帝国の剣聖である彼が、スフィア王国の人たちのために命を懸ける。それは本来ならありえないことであるはずなのに、フォルテは余裕のため息を吐くと告げた。


「なんだよ、そんなくだらないこと聞くな…俺がここで極大魔法を放った時からそんなの決まってる」


 その言葉にアルバーノは力強く頷いた。


「それじゃあ、ここには私とあなただけが残ることになりますが、それでいいですね?」


「もちろんだ。ここにいるみんなも避難させろ」


「分かりました」


 アルバーノが合図を出すと、彼の部下であったエルフたちが全員に呼びかけ始めた。


「皆さん、今すぐ撤退してください!これは命令です直ちにこの場から撤退してください!」


 その言葉に混乱する円を形成していた人たちだったが、ほとんどの人たちが断固として動こうとしなかった。


「皆さん、早くこの場から避難を!」


 アルバーノの部下のエルフたちがそう呼びかけるが誰もその場を動こうとしなかった。


「あなたたちも下に降りて安全な場所に」


「嫌です」


 ライキルがその時、彼らの命令を無視して、まっすぐフォルテたちの元へと歩き出した。


「君、何してるんだ!!」


 彼がライキルの手を取るが、その横をエウスが横切る。


「君まで何をしてるんだ!!」


 ライキルが彼の手を振りほどいて真っすぐ、フォルテのもとまで進んでいった。


 ライキルが剣聖二人のもとまで来ると、アルバーノの横でフォルテの背中に手を乗せた。


「な、なにをしてるんだ!?」


 アルバーノのが叫んだ瞬間、ライキルが口から大量の血を吐き出した。


 ライキルはマナの供給制御の一部を負担しようとして、その負荷に耐えられず体を壊してしまった。


 すぐさま臆することなく、エウスが、フォルテの背中に触れる。


「おい!!」


 アルバーノが焦り声をあげるが、極大魔法の補助で手が離せない。彼が補助を止めるとフォルテにその負荷が集中し、彼は潰れてしまうからだ。


「がはッ」


 フォルテの背中に触れたエウスに凄まじい衝撃が走り膝をつく。


「お前たち何やってるんだ!!俺から離れろ!!死ぬぞ!!!」


 フォルテが背後にいたライキルとエウスに向かって怒鳴った。


「フォルテさん!!あなたには私たちがついています…だから、もう大丈夫ですよ…」


 ライキルが大量の血を足元に吐きながらそう言った。


「フォルテ、いいからお前は前だけ見て魔法に集中しろ、後ろは俺たちに任せておいてさ!」


 エウスの眼球、鼻、口、から血がだらだらと流れ始める。


「やめろ、やめてくれ!お前たちが死んだら俺はハルに顔合わせができねえ!!!」


 そこにガルナやビナも駆け付けてフォルテの背中を支える。すぐさま二人にもライキルとエウス動揺強い衝撃が走り、その激痛に襲われた。


「グッ、痛いけど…、ハァ、ハァ、これくらい、ハルのためなら……」


 ガルナが苦しみにあえぎながら、マナの循環供給を肩代わりする。


「あなたは…ハルを覚えていてくれた人です。見殺しにするわけにはいきません…」


 ビナの小さな手も彼を支えるひとつとして加わっていた。


「お前ら、本当にやめろ、これは俺とアルバーノだけでいいんだよ!!お前たちは邪魔なんだ、だから早く」


「そんなわけないでしょ」


 そう言ってライキルの背中に手を当てたのはギゼラだった。その瞬間、彼女も凄まじい激痛に一度は手を離ししまうが、すぐに再びライキルの背中に触れて、彼女のマナの循環供給による痛みをギゼラが肩代わりした。


「マナの循環供給は人数が多ければ多いほど、楽に決まってるでしょ!それなのに、こんな痛みをあんたたち剣聖は二人だけで乗り越えようとしていたの!?」


「二人じゃなきゃダメなんだ!この守護の魔法で奴は倒せない!いわゆる時間稼ぎでしかない。ここに希望は無いんだ。分かるか?ここに残るってことは死ぬことを意味してるんだよ!お前たちをそんなところに巻き込むわけにはいかない!!大事な人たちなんだ!!!」


 血だらけのフォルテがそう叫ぶが、ライキルが言い返した。


「だったら、私はここで終わってもいい」


「なにを…」


「フォルテさんがここで死ぬなら、私もここで死ぬ」


「ライキル、お前、だって、ハルはどうするんだ!?お前はあいつを残して死ねるのか?」


 ライキルは激痛に涙を浮かべながら言った。


「ハルの友達であるあなたを見捨てて、それで生き残って、ハハッ……私になんの価値があるの?そんな私がハルの傍にいて、ハルは喜ぶと思ってるの?」


「あいつにはお前が必要だ!分かるだろそれはお前が一番、ライキル!!」


「ハルに必要なのにはみんななの、そこにはフォルテあなたもちゃんと含まれてる。だから、私がここで命を張ることは当然のことなのよ!!」


「俺は…」


 その時だった。


「フォルテ、魔法の出力が足りてねえぞ!!集中しろよ!!」


 フォルテの腕をつかんだのはルルクだった。極大魔法の出力元となっていたフォルテの腕に触れることそれはもはや自殺行為に近かった。


 ルルクの身体があっという過剰なマナの供給と、高速で体内を駆け巡るマナの流れによって、鮮血に染まった。


「ルルク!!お前が一番のバカだ!!!」


「俺に内緒でカッコつけてんじゃねえよ、ほら、魔法の出力を上げてやったぞ!」


 フォルテの出力による負担をルルクが肩代わりしたことで、魔法の出力が向上した。


 〈守護〉の壁がより強固になり球体の進行を押しとどめることに成功した。


「最初からこうしていればよかったのね…」


 フォルテの隣には金髪のエルフがひとりたっており、ルルクが掴んでいないほうの反対側の腕を握っていた。

 そこにいた女性はプラリツであり、彼女の参加によって、フォルテの負荷はだいぶマシになっていた。しかし、その代わり、彼女の血を見ることになるのは当然の結果だった。


「お前ら、いい加減にしろ、あんたも死んじまうぞ…」


「長く生きてるとたまに自分を見失いそうになるの、だけどね、あなた達のような人たちを見てると昔を思い出すの、みんなで戦ったあの日々をね」


 フォルテにはなんのことかさっぱり分からなかったが、彼女は血を吐き出しながらも楽しそうに滾った目をしていた。


 そこにエルガー騎士団の人たちもフォルテやルルクもとに集まって来て、循環するマナの供給の負荷を肩代わりしていった。


「フォルテさん、俺たちはあなたと共にあります!」


「いつも助けてもらってばっかりだったのでこういうときこそ力にならせてくださいよ!」


「フォルテ剣聖、ここは私も。若い希望の目を潰すわけにはいきませんからな」


 すると、周りにいたみんなも次から次へと集まってきた。そして、全員が前の人の痛みを肩代わりしていき、やがて円だった形は点になるように収束していった。


「お前たち、ここにいれば必ず死ぬんだぞ!!!」


「フォルテ、もういいんだ…」


 隣にいたルルクがそう言った。


「なにがだ、お前たちは全員ここで死ぬんだぞ!?いいわけがないだろ!!」


「もう、お前はひとりじゃないんだ…」


「…ッ………!?」


 その言葉にフォルテは大きく目を見開いた。


「ここにいるみんながお前の味方だ。これでわかっただろ?お前は一人じゃない。必ずお前のことを分かってくれる人はいるってこと」


 ルルクはそういうとフォルテには普段見せない笑顔を見せた。

 フォルテの目から自然と涙が零れ、頬を伝っていた。


「お前が人を愛し、人のために行動した結果がこれだ。良かったじゃねえか、お前はみんなと繋がっていた。ちゃんと認められていたんだよ、彼女や彼に」


 ルルクがエウスとライキルに目をやる。


「俺は…みんなを…犠牲に……」


「バカだな、いいんだよそんなこといまは考えなくて、それにハッピーエンドじゃなくても、俺たちはいまこの瞬間を生きてるそれでいいじゃねえか。それで、たとえ次の瞬間が終わりでも、ここにいたやつらは後悔なんかしてねえはずだ。だって誰かのために自分の命を張ったやつらなんだからな…後悔するなら誰もここに踏みとどまったりなんてしないさ」


 ルルクはそういうと最後に言った。


「ほら、限界が来るまで足掻いてみようぜ…何か奇跡ってやつが起こるかもしれないだろ?」


「ああ、そうだな…」


 フォルテが出力していた魔法に最大の力を込める。


 しかし、その時、邪悪な球状の塊は突如として排出していた煙の量を上げると、行進速度をあげて、再び壁を押し返してきた。


「全員、気合を入れ直せ!ここが踏ん張り時だぞ!!」


 誰かが叫んだ。


 その言葉に全員が応えた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 全員に限界が迫っていた。その球状の蔓の塊は膨れ上がり巨大化する一方で、こちらが消費するマナの量はそれに沿って増え続けるばかりであった。


 そんな理不尽な状況にさらされて、この現状が長続きするわけがなかった。それでも、その場の全員が負荷の肩代わりで血を吐きながら、時間を稼ぐ。


 伝令兵がシェルターから最後のひとりが出たとの報告が来たが、それでもまだ、近くに避難民がいることに変わりはなく、あと数十分あるいは数時間という果てしなく長い時間を耐えなければならなかった。


『持て、持ってくれ俺の身体…この後のことなんてどうでもいい、いまここで…人生最後の力で……』


 フォルテの身体の中心。そこにある心臓が限界を迎える。


 フォルテが大量の血を吐き出し、そのまま前のめりに地面に倒れ込む。


 ルルクとプラリツが、両脇から倒れるフォルテを支えた。


 アルバーノはすぐさまフォルテに白魔法を掛けて、緊急処置を施した。


 出力元が絶たれたことで、供給の負荷が解消され、全員の激痛が止んだ。


 そして、悲劇の扉は開かれる。


 〈守護〉の壁が破られ、球体がゆっくりとシェルターの上へと移動し影を落としていく。


 シェルターの上にいた人間たちの頭上は禍々しい蔓によって埋め突くされてしまった。


 そして、そこから蔓たちが雨のように熱線を放っては、シェルターの上を火あぶりにし始めた。


 力の残った者たちが水魔法を重ね掛けして、水のドームをいくつも形成し、その熱線の雨から身を守る。

 しかし、それは序章にしかすぎず、蔓の球体はシェルターの上で止まると、そのまま落下を始めた。それはもう誰にも止められない特攻だった。


 全員が絶望と共にその場に崩れ落ちていた。


 やることはやった。


 あとはもうこの世と別れを告げるだけだった。


「どうやら、あの蔓の球体の目的はこのシェルターだったみたいだな」


 エウスが空を見上げるライキルの隣に立つ。


 辺りには熱線が降り注ぎ、エウスとライキルは水魔法のドームを形成しその中にいた。


「そうみたいね、だけど、私たちが時間稼ぎをしなかったら、被害はもっと酷かった…」


「ああ、俺たちはよくやったよ。見ろよいままであんなバカでかいものを俺たちが押さえつけてたんだぜ」


 頭上一面に広がる蔓の空。虚しさと共にエウスも見上げていた。


 ライキルが絶望に染まった空を見飽きたのか、俯いてその場にしゃがみこんでしまった。


 エウスも彼女の隣に腰を下ろした。


「どうした?」


「別に、私は最低だっておもっただけ…」


「どうして?」


「ハルに会いたいって思っちゃったから…」


「俺もだ。最後にあいつのアホ面を拝んでおきたかった」


「エウス」


「なんだ?」


「殺すよ?」


「ハハッ、大丈夫だ…もうすぐ、みんな死ぬ……」


 エウスは隣で落ち込むライキルを見ていた。


「ライキルさんよ、最後くらい俺にもお前の顔を見せてくれないか?一応ほら長い付き合いだし、お前のアホ面も拝んでおきたい気分なんだ」


「やだ、私の最後を見届けていいのはハルだけだから…」


「へいへい、そうですか…」


 辺りは騒がしかった。けれどエウスとライキルの間には静寂だけが流れていた。


「なあ、ライキル」


「………」


「ひとつ思ったことがあったんだけどさ」


 うずくまって黙り込んでしまったライキルにエウスは語り掛ける。


「ハルはお前のピンチの時には必ず駆け付けてくれたよな?ほら、たしか、道場にいたころ、お前、魔獣に襲われた時、助けを呼んだら、ハルが現れて助けてくれたんだろ?」


「………」


「もしかしたら、いまもさ、お前が呼んだら来てくれんじゃないか?だってよ、あのハルだぜ?お前をこんな危険な目にさらすと思うか?」


「エウス、あんたはハルをなんだと思ってるのよ…」


「…いや、なんていうか、ハルは、ほら、やっぱり、俺たちとはどこかちがって特別だからさ…それでそんな特別なハルがお前のことにだけはずっと大切にしてたからさ…」


 そこでライキルが顔をあげてエウスを見た。


「最後にハルの親友のあなたからそういう言葉が聞けて嬉しい…ありがとう、エウス」


「…ハハッ、どういたしまして…なんだか、お前に礼を言われると妙な気分だよ」


 ライキルはエウスにそう言い終えると、そのまま立ち上がって、再び空を見上げた。

 何も変わらない現実を目の当たりにして涙が溢れた。空には相変わらず絶望が広がっている。


 そして、ライキルは一歩、また一歩前に進み、水のドームの外へと進んでいった。


「おい、ライキル、何してんだ、戻ってこい、死んじまうぞ!」


 エウスはライキルがとった行動に混乱していた。熱線が降り注ぐ水のドームの外は地獄であった。


 肌も焼けつくような熱風がライキルの頬を撫でては、涙を乾かした。


 そして、ライキルはサヨナラという言葉を伝えるために、空に向かって叫んだ。届かないと分かっていても。


「ハル、いままでありがとう、私、ここで死んじゃうけど、貴方と一緒に居られて………」


 しかし、そこまでいったライキルの心では耐えきれない楽しかったハルとの思い出がよみがえると、その涙は熱風に負けない量の大粒の涙に変わっていた。


「……っ…あああ………ああっ……ふえ…ふえええええん……やだよ………もっと…ハルといっじょにいだがっだぁよぉおお……わだし、だいすきだったから……しにだくないぃよお………」


 ライキルが泣きじゃくりながら弱音を吐き散らかし、そして空に向かって最後に叫んだ。


「ハル、助けて!!!」


 そうライキルが助けを求めた瞬間、それは起こった。


 どこからともなく、不気味な破壊音が響いた。最初は遠くの方で聞こえたがその音はすぐに傍まで近づいてくると、一瞬でライキルの頭上を駆け抜けていってしまった。


 その直後には、空を覆ていた球状の蔓が、空中で跡形もなく木っ端みじんにはじけ飛んで崩壊していた。


「!?」


 ライキルは目の前の光景を理解することができずにいた。


 それは一瞬の出来事だった。

 空中に蔓の残骸がまだ浮いているかと思うと、再び不気味な破壊音が遠くから聞こえてはすぐに頭上を通り過ぎていき、その音に合わせ、まるで突風に流される雲のようにその蔓たちは遥か彼方のエルフの森の方へと吹き飛ばされていった。


 絶望はいとも簡単に消し去りそれはもはや理不尽としか言いようがないほど圧倒的な光景だった。


「な、なにが…起こったの……」


 ライキルの背後に誰かが降り立つ音がした。


「え!?」


 すぐに後ろを振り向くとそこには、黒髪の青年が立っていた。


「え、ハル?」


 そこに立っていた青年は、ライキルが見る限りだとハル・シアード・レイで間違いがなかった。


「ハルなの?」


 ライキルがハルの傍に寄る。そこでライキルは、ハルの髪とさらには瞳まで真っ黒に染まっていることに気が付く。その瞳はライキルには、少し怖い雰囲気を漂わせる彼の瞳だった。


「ライキル、ケガはない?」


「はい…」


「泣いてた」


「え、ああ、はい…ちょっとだけ……」


 ハルがライキルの涙をぬぐった。


「血が出てる」


 ハルがライキルの顎をもって口元を確認する。そして、口元についていた血をぬぐった。


「あっ、これはちょっと無理しちゃって、でも、心配しないでください、大丈夫ですから」


 ライキルが慌ててハルに心配させないと気丈に見せた。ハルはそんなライキルを、ジッと深い真っ暗な瞳で数秒見つめたあと言った。


「何かあったらまた呼んで」


「あ、はい…」


「愛してる」


「え、あ、わ、私もです!愛してます…とっても」


 ハルがそのままライキルの顎を持ったまま口づけをした。


「ん!?」


 ライキルはビックリして体を震わせたが、すぐに目を閉じてその口づけの感覚に浸っていた。


 そして、ライキルが目を開けた時にはもう、ハルの姿はどこにもなかった。


「あれ、ハル……?」


 夢かと思ったが、空からあの忌々しい蔓の球体は綺麗に消えており、ただどこまでも深い青空だけが広がっていた。


「…………ハル……?」


 ライキルの中で嫌な胸騒ぎがした。


「行かなきゃ…」


 その時にはすでにライキルは駆け出していた。


「エウス!、みんな!!ついて来て!!!」


 行先は、スフィア王国の王都エアロ。


 そこはハルが今いるはずの場所であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ