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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 静寂を切り裂く轟音に

「どうしてこんなことになった…」


 ジャレットはのっぺりとした壁に囲まれた部屋の中にいた。ここは本来ならこの仮拠点の砦を仕切っていた女王ジェニメアのために用意されたであろう避難部屋(パニックルーム)であった。しかし、ここに彼女はいなかった。


 この仮拠点にいた避難民たちは、女王たちも含め一夜で築き上げたシェルターの中に閉じこもっていた。

 ジャレットはそのシェルターから女王たちが引きずりだされるのを待っていた。


「なんで俺がこんな戦争に巻き込まれなくちゃいけないんだ…」


 ジャレットは自分の人生を酷く悔やんでいた。


「なんで…!!」


 ジャレットは怒りに任せ近くにあった壁を殴りつけた。血が滴るが壁には亀裂が入っていた。


「早く女王を殺して…終わらせるんだ…こんなバカげたこと………」


 ジャレットは頭を冷やそうと、その場に座り込んだ。

 部屋の隅にあったテーブルに置いてある蝋燭の炎が揺らめいている。ベットがあり、部屋に窓はひとつもなかった。扉はここに入って来たものを覗けば、保存食や生活するための物資が入った扉と、トイレへの扉しかなかった。

 そこはパニックルームというよりかは、まるで独房のようで、ジャレットはますますみじめに思い気分は地の底に沈んでいた。


「どうして、俺が……」


 裕福な家庭に生まれ、優秀な学業を修め、エルフの故郷であるエルドで何不自由のない生活を歩んでいた。

 しかし、それもある酒場でミルケーというひとりの女性に出会ってから、ジャレットのすべてが変わってしまった。


「どうして…」


 新生フルブラットを結成してから、ジャレットに手に入らないものはますます無くなった。すべてミルケーが裏から用意してくれていた。麗しい女、自由に使える莫大な金、故郷エルドの政治にまで口出しできる権力、何から何まで手に入らないものはなかった。ジャレットはそんな自分はとても幸運の持ち主だと思った。ついていると、酒場でミルケーに出会ったことが何よりも自分の幸福だったんだと、ジャレットは自分の人生に勝ったと思った。何もしなくても手に入る冨と名声。それが何十年と続いた。与えられる快楽の日々にジャレットは何の疑いも抱かずただ享受し続け、溺れていった。


「クソ…クソが……」


 身体をさすると今でも服と擦れた拷問の傷の痛みが体から抜けずにズキズキとうずいていた。


「俺は何のためにここまで…」


 しかし、過去を振り返ってみても、快楽に溺れ続ける自分の姿しかなかった。


「………」


 安全な場所でひとりジャレットは身を丸めうずくまり、孤独を抱えていた。


『どうすればいい…』


 ジャレットはそのまま瞳を閉じると、いつの間にか、眠りについていた。



 ***



 目が覚めたのは扉に激しいノックの音がしたからだった。

 ドンドンと激しく扉を叩く音がひとりぼっちの室内に響く。


 ジャレットが扉を開けると、そこに金髪で青い瞳の女性のエルフが現れた。その部屋の扉の前にいたのはジャレットの側近であった。


「ジャレット様、ご無事でなによりです…」


 彼女はそう言うと、ジャレットにもたれかかるように倒れ込んだ。


「何を、貴様…」


 ジャレットは一瞬そんな立場をわきまえない彼女から離れようとした。だが、ジャレットは彼女の違和感に気付き始めると、その場で体が硬直してしまい。彼女がジャレットを抱きしめるようにもたれかかっても抵抗はしなかった。


「お前…」


「ジャレット様、お逃げください…」


 彼女は荒い息を吐きながら、必死に言葉を紡いでいた。


「逃げろだと?」


「はい、どこか遠くに、ここではないどこかに」


 彼女がそこまで言うと、身体の力が抜けたのかその場に崩れ落ちた。ジャレットもそのまま一緒に彼女の身体を支えながらしゃがみこんだ。

 その時ジャレットが彼女の背中に手を回した時に分かった。

 彼女の背中には深い傷があり、次から次へと川のように赤い液体が流れていた。


「お前背中に、何があった…」


「ジャレット様…私には時間がないのでどうか最後に私の思いを聞いてもらえないでしょうか?」


「…言ってみろ」


「私は、ずっとジャレット様のことを見てきました。あなたは誰よりも仲間のために悩み、考えては決断を下してくれていました…」


 ジャレットは彼女が口にする称賛を黙って聞いていた。


「貴方は素晴らしい統率者だった。私たちに、新しい景色を見せてくれたのはいつだってあなただった」


「違う、俺はただミルケーの言いなりになっていただけなんだ…その結果が、これだ。俺は何もかも間違っていたんだ。あの日、あの場所でミルケーなんかと出会わなければ俺は…」


「ですが、あなたがミルケーと出会っていなければ、新生フルブラットは無く…ジャレット様と私の出会いもありませんでした…ゴホッ、ゴホッ…」


 彼女はそこまで言うと大量の血を吐いた。


「おい、もうしゃべるな」


「ジャレット様は私の名前を憶えていますか?」


「………」


 その問いにジャレットは答えることができなかった。


「いいんです。私はきっと貴方が見るその他大勢の中のひとりで、ずっとそうでしたから…」


 ジャレットはそこでいままで自分がどれだけ無為な時間を過ごしてきたかを理解することができた。


『そうか、わかった。俺のこの虚しさが…』


 ジャレットが側近の彼女の名前すら知らないのは、ミルケーに解放された自分の部下たちの中から、適当に数人の美人のエルフだけを選び連れてきたからであり、選んだ理由はその程度で誰でもよかった。


「な、お前の名前を聞いてもいいか?」


「私の名前は……」


 言いかけた彼女が酷くせき込むと、再び大量の血を吐いた。そして、そのままこの世に繋いでいた線が切れたのか、彼女はジャレットの胸の中で動かなくなってしまった。


「………」


 ジャレットは、しばらく彼女の顔を忘れないために見つめた。

 薄暗い安全な個室に彼女の遺体を横にすると、ジャレットは重い扉を開けて外へと歩き出した。


「何をするべきかは分かった…」


 薄暗い夜が明けるようにジャレットの視界には眩しい日の光が広がっていった。



 ジャレットがパニックルームから外に出て、仮拠点の砦の謁見の間に戻る。


「ハッ!?」


 目を疑うような光景が広がっていた。


 謁見の間は赤いペンキを思うがままぶちまけたような、凄惨な光景が広がっていた。原材料は人間の血であろう、黒ずんだ赤が床や柱や壁に散っていた。ついさっきまで生きていたジャレットの部下たちの無残な肉塊と血でジャレットの目の前は真っ赤に染まっていた。


 そして、ジャレットはその謁見の間の中央でこの惨劇を招いたのであろう人物を目撃する。


 白金色の髪が鮮血に染まり、血の色が目立たない赤い鎧を着ては、血が滴る波状の剣を持った男はジャレットを待っていたようにそこに立っていた。


「ようやく出て来たな」


「お前がやったのか?私たちの部下を…」


「ああ、外にいたお前のお仲間たちも一人残らず全滅だ。それでお前で最後だ」


 はったりを言っている。そう思った。けれどそうは思えないほど辺りは静かだった。


「私の部下を全員殺したのか?」


「シェルターに群がっていた連中も、この砦に蔓延っていた連中も全員。あとはお前の首を刎ねれば終わりってこと」


 彼が波状の剣を構える。


「なあ、あんたがこいつらの親玉なんだろ?」


「お前はこの俺様が直々に殺してやる…」


 ジャレットの中にはもう何も残っていなかった。ただ、この目の前のキルマシーンを自らの手で破壊しつくすことだけしか頭に無かった。


『もう、身の保証なんていらない…俺の全てをぶつけて終わらせる…』


 もう自分の中に何もないことをジャレットは知ってしまった。守りたい地位や仲間も居場所も存在も、全てをなげうって彼を殺すことだけに集中した。


 誰ももう隣にはいなかった。


『なり損ないだが俺でもできるはずだ…命を懸ければ…なんだって』


「わが身を神々の供物に、神よ、わが敵を打ち滅ぼしてください」


 ジャレットは聖言を呟いた。


「神性解放」



 ***



 フォルテはシェルター周りの敵を一掃した後、砦に向かい建物内を占領していた敵を数分で壊滅させていた。


 フォルテが最も得意とするところは一対多であった。

 結局のところ無音の世界で視界さえ奪われた人間にやれることは極めて少ない。中にはその環境に適応する者もいるが、そんなの人間はほんの一握りであり、そこに剣聖としての実力のフォルテと対峙できる人間などごくわずかであった。


 しかし、逆にフォルテがもっとも苦手とするのが、広範囲に攻撃の幅を持っている敵であった。対象から天性魔法で音を奪おうが、関係なくフォルテに攻撃が届くからだ。さらに相手の視界を奪うといっても、霧の魔法に関しては、強力な風圧があれば簡単に晴れてしまう。フォルテの有している霧の魔法は、そこまで強力なものではない。そのため、あったら有利になる攪乱としての程度の役割しか無かった。



 そのため、フォルテは状況が一変したこの砦から逃げるしか他無かった。


「くっ!!」


 フォルテが砦の中の数少ない窓を突き破って外に飛び出した、

 フォルテが砦から飛び出し、地面に転がる。

 すぐに背後を振り向くと、フォルテが飛び出してきた窓があった壁を突き破って巨大な光を纏った巨大な蔓が現れた。


「どうなってやがる」


 それだけじゃない、砦のあちらこちらから巨大な光の蔓が、壁を破壊し空に向かって伸びていた。

 その光の蔓の先が龍の口を開いた。と、同時に放ったのは、熱線だった。

 砦から飛び出した巨大な何本もの光の蔓から周囲一帯に熱線が注がれる。


 仮拠点は一瞬にして燃え上がり戦火の炎に包まれた。


 そして、砦では抑えきれなくなったその光の蔓の化け物の本体が、砦を突き破ってその姿を外にさらした。


 それは巨大な蔓を球状に固めた姿をしていた。その表面はまるで蛇が絡まり合うようで、蔓が常に蠢き合っていた。

 さらにその球体は下部から煙を噴出したかと思うと、軽々とその巨体をゆっくりと宙に持ち上げた。


 もはやそれは化け物というよりかはひとつの現象としてそこに佇んでいた。


 要塞そのものが宙に浮かび、その高さは五十、八十、百メートルとみるみると膨れ上がり、フォルテの手には負えない大きさまで急速に成長しつつあった。


 フォルテの頭上に影が落ちる。


「どうしてこうなった…いや、それよりも…」


 浮遊要塞となった蔓の球体は、フォルテを無視して、シェルターに向かって一直線に移動し始めた。


「まずい状況だ、あの成長速度…」


 フォルテは街に向かって全速力で駆け出した。


 空を見上げれば球体は移動している間にもどんどん大きく成長を止めることなく、大きく膨らみ続けていた。

 その速さで膨らみ続ければシェルターまでたどり着いたころには、シェルターをその巨大な図体で押しつぶすことなど容易であり、さらには熱線を周囲にばらまいていることで、シェルターの逃げ場はすでに何重にも立ちはだかる炎の壁によって無くなっていた。


 フォルテは体の表面を水魔法で覆い保護しながら、その炎が広がる街を駆けていた。


「風よ 吹き荒れろ」


 フォルテは走りながら持っていた波状の剣に風を纏わせると空の球体に向かって振り上げた。

 波状の剣に纏っていた風が刃のように、蔓の球体にまで飛んでいく。しかし、その風の斬撃は蔓の球体に直撃するが傷ひとつつけることなく霧散してしまった。


「炎よ」


 フォルテが翳した手のひらから巨大な炎の塊が出現し、球体に向けて放たれた。しかし、その炎は球体に吸い込まれるに吸収されてしまい、傷をつけることすらできなかった。


 フォルテは成すすべがなかった。


「魔法が効かないのか?くそ、ここにあいつがいればなんとかできたかもしれないのに…」


 しかし、ここは帝国ではなかった。

 フォルテの脳裏には帝国の第一剣聖シエルの存在が浮かんでいた。

 彼女なら、きっとあんなもの空に浮かぶ大きな的で、一瞬で氷漬けにしていしまうのだろう。それが無理でも、彼女はきっとさらに巨大な氷で叩き潰してしまうのだろう。そう思うとやはりフォルテは自分が第二剣聖であることを自覚させられたような気がしてうんざりしていた。



 フォルテが浮遊要塞と化した蔓の球体より、先回りしてシェルターの上に立った。


 視界の先に見えるその景色は、絶望以外のなんでもなかった。


 巨大に膨れ上がるほどにそのスピードは落ちていたが、表面に生えている龍の口を持った光を纏った蔓たちの数は増え、振りまく熱線は増え続け、それはもはや邪悪な太陽にすら見えていた。


『どうすれば、全員をここから避難させられる?考えろ、何かこの状況を逆転させられるいい解決策は…』


 じりじりとにじり寄って来るその邪悪な太陽に、フォルテは成すすべなく立ち尽くしていた。

 フォルテにできることはもう何も残されていなかった。しかし、それでもフォルテは考えることを止めなかった。


「何か…何か……」


 その時だった。


『ひとりで抱え込んでじゃねえよ』


 フォルテは過去のことを思い出していた。

 その言葉は、ルルクの言葉であった。


『困ったら誰かを頼ればいい、なぜそこまでひとりにこだわる』


 その時のフォルテはルルクのことなど一切に視界に入れずに答えていた。


『お前と俺とでは責任の重さが違う。俺は剣聖になる男なんだ。誰かに頼ってどうする?剣聖は最後の守り手なんだぞ?俺は誰の助けもいらないんだ』


『その考えはガキの考えることだな』


『なに?』


 ルルクにガキと言われるのは癪だった。


『なんでもひとりで完璧にできると思ってるんじゃねえよ』


 ルルクが当たり前のようにそう言った後続けた。


『剣聖とか関係なしに人は支え合っていかなきゃ、いつか破綻する。わかるか?助け合いが必要なんだ。お前は将来剣聖になって他の人間よりも優秀で秀でた存在になるのかもしれない。だがな、お前の足りない部分を埋めてくれる奴は、お前のその強さと極致にいる奴かもしれない。もしくはお前がバカにしているような奴が、お前の埋められない穴を埋めてくれることだってあるかもしれない』


『剣聖には力さえあればいい、圧倒的な力さえあれば』


『そんなんじゃ、お前はいつまでたっても剣聖にはなれねえよ』


『お前に何が分かる!?』


 怒りのあまりフォルテが叫ぶ。


『分かるさ、俺は剣聖に何が一番必要なのか知ってるからな』


『なんだ、それは』


『仲間だよ、信頼できる仲間』


 ルルクは自信満々に言っていた。


 その時のフォルテは彼の言葉を受け止めるには孤高であった。


 だからこそ、その時の彼の言葉が響かなかったが、最近ようやく分かるようになってきていた。


「フォルテ」


 背後から声が掛かる。


「ルルクか」


「なんかすごいことになってるな」


 シェルターの唯一の出入口である屋上からルルクとエルガー騎士たちが現れた。


「ああ、正直、もう、俺にできることはない…」


「そうか、じゃあ、次はどうする?」


 ルルクがそう声を掛けると、フォルテは言った。


「俺たちであの化け物を食い止める」


「そうか、いい案だな」


 ルルクがフォルテの隣に立って絶望的な光景を同じ場所で見渡す。

 フォルテはそこから具体的に作戦を立てた。


「こっちで時間稼ぎしている間に、シェルターの裏に新たに出口をつくって全員の避難経路を確保させろ。周囲の敵は全滅させたから安心して外に出せる。ただ、この通り周りは火の海になっちまってる。ここは一般市民にも協力してもらって火を消しながら、全員をエルフの森を通って北へ避難させる。スフィアの剣聖は避難民たちの護衛としてここを脱出してもらう」


「いいのか?スフィアの剣聖もここを手伝ってもらわなくて」


「ああ、ここでスフィアが剣聖を失ったら、国は立ち行かないだろうからな」


 ルルクがフォルテの横顔を見つめた。


「お前はいいのか?」


「俺は戦場でこの身を民のために散らせる準備はいつでもできてる。たとえそれが自国民のためじゃなくてもな」


 その時、フォルテの脳裏にはハルの姿が浮かんでいた。彼もまたフォルテが畏怖してでも目指す人のひとりであった。


 その言葉を聞いたルルクが嬉しそうに、にやりと笑った。


「よし、わかった。それじゃあ、あの禍々しい化け物の時間稼ぎはどうする?」


「俺の特殊魔法の守護で防壁を張る。だが、ここは少しだけスフィアの魔導士たちの力を借りたいと思ってる…」


 フォルテがそう言った時だった。背後から全く別の人の声が掛かった。


「そのようですね」


 フォルテとルルクが後ろを振り向くとそこには、スフィア王国の剣聖アルバーノの姿があった。そして、その後ろにはスフィア王国の魔導士たちがこのシェルターの屋上に集結していた。


「あんた…」


「我が国の危機にいつまでこの剣聖アルバーノが、剣を鞘に納めていればいいのでしょうか?」


 アルバーノが剣を抜く、その剣は剣先が細いレイピアであった。日の光を反射して銀色に輝いていた。


「女王の傍に居なくていいのか?」


 フォルテがそう尋ねると、彼は視線を化け物からそらさずに言った。


「ええ、女王の傍には私の信頼できる仲間たちを残していますから、何も問題はありません」


 フォルテはその言葉を聞いて、少しだけ口角を上げた。


「よしそれじゃあ、頼みがある。みんなの力を俺の放つ魔法にのせることはできるか?」


「何をするんですか?」


 それからフォルテと、スフィア王国の剣聖アルバーノは互いに手短に情報を交換した。


「魔法が効かないとは厄介ですね…」


「分からない俺の魔法の威力が弱すぎたのかもしれない」


「いえ、待ってください。剣聖であるあなたの魔法が弱いわけがない、あの蔓の塊が特別なんでしょう。そこで最大出力の一撃に掛けるとしたら、やはりあなたの案の方が、時間稼ぎとしては有効なはずですよ」


 話し合いの結果、この屋上に残る人間たちの魔力をひとつにまとめて極大魔法を放つことが決まっていた。

 しかし、その魔法の内容が攻撃か防御にするか決めかねていた。


「極大魔法だったらあの球体の外皮を突破できるんじゃないか?なんていうか、一定の上限を超えた威力の攻撃なら、とか…」


「そうだとして、もし、極大魔法一発分で倒せなかったとしたら?それこそみんなが逃げるまでの時間稼ぎができません。フォルテ剣聖あなたの最初の案で行きましょう」


 フォルテはあらゆる可能性を考えて発言していたが、時間は無かった。


「ああ、わかった、そうしよう、時間がない」


 迫りくる禍々しい球状の蔓の集合体。それは、容赦なく膨らみ続けながら迫って来ていた。緊張が走る。


「ええ、それじゃあ、皆さん、フォルテ剣聖を真ん中にして、手を繋いで円を組んでください魔力供給を始めます」


 アルバーノの声掛けでエルガー騎士やスフィア王国の魔導士たちが一斉に位置につき始めた。

 みんなが極大魔法という強力な魔法の準備している時だった。


「私たちもお手伝いさせてください」


 フォルテが輪の中央でアルバーノと話していると、声が掛かった。振り向くとそこには、ライキルがいた。


「ライキル…あんた…」


「俺たちもいるぜ?」


 そこにはエウス、ビナ、ガルナ、ギゼラ、それだけじゃない、そこには騎士ですらない一般人であるエルフたちが大勢集まっていた。


「あの化け物を食い止める時間稼ぎをするんだろ、俺たちも微力ながら手伝わせてもらうぜ、ほら、このての魔法って人数が多いほうがいいんだろ?」


「そうだが…」


「フォルテさん私たちにも協力させてください…」


 ライキルが、フォルテを真っ直ぐに見つめて言った。


「………いや……」


 だが、それでもフォルテがライキルたちや一般人の参加を認めるわけにはいかなかった。一般人が作戦に参加させない理由は騎士とは彼らのような人たちを守るためにいるからであり、彼らを危険にさらしては騎士としての存在意義がなくなってしまう。つまりは意地だ。しかし、ライキルたちのほうに関しては、特に前に出すわけにはいかなかった。

 もしもハルが彼等を失ったら?この世界は丸ごと変わってしまった。ハルを知る者はもうほとんどこの世にいない。その穴を埋めてくれる人たちはもう彼等しかいない。それはハルの友人としてフォルテは決して許してはいけない決断だった。ライキルたちをこの場に留まらせてはいけない。


「いや、ダメだ…ライキル、お前たちは特にダメだ今すぐここから…」


「なぜですか?」


 ライキルがフォルテの言葉を遮った。


「お前たちはハルが大切にしている人たちだからだ。そんなお前たちを前線に置いておくことはできない。下がれ」


 フォルテが冷たく言い放つが、ライキルは一歩も引かなかった。


「ハルの大切な人だったら、誰かを守るために立ち上がってはダメなんですか?」


「お前たちが死ねばハルが何をするか分からないぞ?もしかしたら、この世界を終わらせるかもしれないんだぞ?お前たちの命ひとつでな」


 ライキルはそんなことを考えたことも無かったのだろう。フォルテのその発言に目を丸くして驚いていた。


「それにお前たちがいなくても十分時間稼ぎはできる。だから、ここは俺たちに任せて、みんなで避難していてくれ」


「でも!」


「足手まといだ!!」


 フォルテがそこまで言うと、傍にいた一般のエルフたちも表情に影を落としていた。


「おい、彼らを下に連れていけ、そして、ここに一般人が上ってこないようにしろ」


 フォルテが部下たちに指示を出してライキルたちや、一般人であるエルフたちを外に追いやろうとした時だった。


「私がここに居ればハルが助けてくれるかもしれないでしょ!!」


 引き下がらなかったのはライキルだった。


「そうすれば、あの化け物だって倒してくれるかもしれない。それに私だってこう見えても騎士なんです、誰かのために力になりたい。フォルテさんお願いです。私だけでもいいですだからどうか、私をここで戦わせてください!!」


 ライキルが地に伏せて頭を下げようとした時だった。


「ちょっといいかしら?」


 ライキルが頭を下げようとした時、背後にいた応援に駆け付けた一般人たちの中から、ひとりのエルフが前に出てきた。


「あなた剣聖そうよね?」


「あ、ああ…」


 フォルテも突然のことに戸惑っていた。


「随分と偉そうな口を叩いているわね?」


「お前はだれだ?」


 フォルテが前に出てきたエルフの女性に言った。その女性は金髪に青い瞳で凛とした美しさと力強さを持っていた。


「名前はプラリツよ、時間が無いから簡単に自己紹介をするわね」


 そう言ったプラリツがフォルテを押しのけて円の中心に向かった。


「おい、何をする気だ」


 彼女はフォルテを無視して、両手の手のひらを前に出すと、目を閉じなにやらぶつぶつとつぶやき集中していた。

 その彼女の手のひらが向く先には、大きく膨らむ邪悪な球体があった。


「白雷玲瓏」


 彼女の手のひらに小さな白い電流が弾ける。その電流は彼女の掲げる手のひらの上で大きく成長していく。しかし、その雷の塊は膨らむのを止めたかと思うと、急速に真珠のような白い丸い球体になると、彼女の両手に収まった。


 その彼女一人が生み出す莫大な魔力は見ただけで分かった。それは雷魔法の中でも類を見ないほどの出力であった。それはもはや四大神獣の白虎の放つ雷に匹敵していた。


 全員がその彼女の手で輝く白い雷に目を奪われていた。


 直後その場にいた全員に身の毛がよだつほど恐ろしいが、それと同時に美しい光景が広がっていた。

 彼女はその白い雷の球体を左手で持つと右手を後ろに大きく振りかぶると怒鳴った。


「放雷!!!」


 プラリツが手に持っていたその白い球を殴りつけると、空間を切り裂く轟音が辺りに響き渡ると同時に凄まじい、雷が収束した線が、蔓が蠢く邪悪な球体めがけて飛んでいった。


 空に白い一線を引く。

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