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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
神獣白虎編
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賑やかな夜

 夜空に星々が輝き、月明かりがパースの街を照らしている。その例にもれず城の中庭にも月光が降りそそいでいる。

 夜の中庭には多くの照明に火が入り、あちらこちらでぼんやり柔らかな光が見えた。

 その光は中庭の芝の絨毯や花壇に咲く色とりどりの花を淡く照らし出していた。


 その中、ハルたちは大きな円テーブルを囲み食事を取っていた。

 使用人が作ってくれた料理を次々とハルは口の中に運んでいく。

 その隣でライキルもおいしそうにワインを飲んでいた。

 ライキルの隣ではリーナが魚料理をおいしそうに食べていた。

 リーナの隣では、酔っぱらったエウスとビナが肉の取り合いをしていた。

 そして、争っている隙にビナの隣にいたガルナがその肉を取り、かぶりついていた。


 ハルはそんな隣でおいしそうな肉にかぶりついているガルナを見て、女性の使用人に同じものがまだないか聞いた。

 使用人はニコッと笑顔でまだあると答え、ハルは同じものが欲しいと頼み、使用人は元気に返事をするとキッチンの方に歩いて行った。

 そこで、肉がなくなっていることに気づいたエウスとビナは、おいしそうに肉を食べるガルナの方を見て唖然としていた。


「リーナさんこっちに来る途中、魔獣には襲われませんでしたか?」


 ハルが質問した。


「…いや、私が来るときは一匹も魔獣は出ませんでしたね」


 リーナは魚を口にしたあと、ハルの方を見て言った。


「そうでしたか、良かったです、俺たちは街に入る前に襲われたので」


「それは災難でしたね…最近、魔獣たちが各国の都市近郊にまで顔をだすと耳にします」


「そうだったんですね」


 補給部隊は各国に補給や援助をしに行くなど活動範囲が広いため、補給隊長のもとには多くの活きた情報が集まってくる、それだけではなく、補給部隊は軍の要であり、多くの軍の騎士団や組織につながりがあるため、軍の情報は自然に補給部隊のもとに集まっていた。

 そのためリーナは軍の情報や噂を集めるのにたけていた。


「軍の様子はどうでしたか?」


「私もすぐに王都を離れたので、わからないのですが、ハル団長たちが出発したあとすぐに軍は神獣討伐作戦の準備を始めてました、ルドルフ大団長が直々に霧の森の前にある砦の視察に行ったとか」


「そっか、カイとかも変わらない様子でしたか?」


「カイ剣聖ですか、はい、剣聖になってから上機嫌だって聞きましたよ、珍しいですよね」


「そうですか…」


 ハルはそれを聞いて少し安心した。

 カイにはいろいろ迷惑をかけたうえにこうして、剣聖の荷まで背負わせてしまったと感じていたからだった。

 ハルは前の騎士団にいた時のことを思いだしながらワインを飲んだ。


 後ろでは肉を奪ったことに怒ったエウスとビナがガルナに抗議し、取っ組み合いの喧嘩になっていた。

 エウスは早々にガルナに伸されていたが、一人になってもビナはガルナに食らいついていた。

 ガルナは嬉しそうにビナの攻撃をいなしていた。

 そんな光景をハルは昔を思い出しながら眺める。


『騎士団にいたときと何も変わらないな…』


 この当たり前で何でもない日々をハルは気に入っていた、みんなが騒いで、笑う、この空間を。



「ハル団長…」


 リーナが少し声のトーンを落として言った。


「デイラス団長から聞きました。作戦の詳細を…」


 少し俯いてリーナはハルに尋ねた。


「そっか、一部の人にしか知らされてなかったですもんね」


「…危険すぎるのでは」


 リーナの声は酔っているにしてもその声は落ち着いていた。


「だから準備してもらったんです、周辺国には」


 ハルがワインを飲み干す。


「違います、ハル団長あなたのことです」


「おれのこと?」


「当たり前です、そういうところありますよ、ハル団長は」


 リーナは少し怒った口調で言った。


「霧の森は特別危険区域です、四大神獣の一角、白虎の巣がある場所ですよ、そんなところに生身一つで行くのは危険すぎます」


 ハルは空になったグラスに、ワインボトルからワインを注いだあと、そのままおいしそうに飲んでいく。


「聞いていますか?私は心配して…」


『コトン』


 とハルがグラスの置く音がリーナの耳に印象的に残り、喋るのを止めてしまった。

 リーナがその置かれたグラスに目がいった、そして、口を開いたハルの方を見た。


「大丈夫だよ、俺は神獣には、殺されないさ…」


 そのときのハルの顔は確かに優しく微笑んでいた。

 だが、その微笑には複雑な感情が入り混じって見え、リーナはその微笑からなぜか恐怖ともの悲しさを感じ取っていた。


「あ、あの…わたし…」


 ハルの表情にリーナは緊張し言葉を失ってしまった。


 そのとき。


「大丈夫れすうう、ハルはわたしがまもりますううう!」


 そうハルの手を両手で握ったのは泥酔したライキルだった。

 突然喋り出したライキルにハルも驚いていたが、すぐに笑って彼女の手を両手で握り返した。


「ありがとう、ライキル」


 その時のハルの表情にはもう何の恐怖も悲しい感情も含まれていない、ただの幸せそうな笑顔だった。


 ハルに真剣に返されたライキルは一瞬動きが止まり、赤い顔がさらに赤くなった。


「フフフ、ハルの心はいただきました、グフフフ」


 そう不敵に笑うライキルはハルの手にぎゅっと力を入れた。


「…………」


 リーナはそんなハルとライキルを見て、緊張がほぐれていったが、しばらく何も言葉が出てこなくなってグラスに入ったワインを胃に流し込んでいた。



 そこに、使用人がハルのもとに肉料理を持ってきた。


「お待たせしました、ハルさん」


「お、ありがとう!」


 ハルは出されたおいしそうな肉料理に喉が鳴った。


 奥では決着がついたのか、ビナがガルナにぎゅっと抱きしめられ、そのまま締め上げられていた。


「はぎゃあああああああああああ!!!」


 ビナの悲鳴が周囲に響き渡った。


 エウスはいつの間にか、ハルの横に来ていた。


「この肉ってもうないのかな?」


 使用人に聞いた。


「すみません、こちらの肉の在庫はこれで終わってしまって」


「そうか…」


 しょんぼりして、横目でハルの肉料理を見た。


「や、やらんぞ」


 ハルが言った。


「フフフ、ハル、残念だが肉は頂くぜ!」


 エウスはニヤニヤ悪い顔をしたあと、腕を組み目を閉じた。


「ライキル、ハルをやっちゃいなさい!」


「え?」


「わーい!」


 エウスが一言いうと、ハルにライキルが飛びついてきて椅子ごと倒れた。


「な!」


 ハルはライキルに腰をガッチリつかまれて、お腹に顔を埋められた。


「グフフフフ」


 ライキルは幸せそうに唸った。


「いただきまーす」


 エウスが肉料理を食べようとしたとき、服が引っ張られ、ハルの方に吸い寄せられた。


「げ!?」


 ハルがエウスの首に腕を回した。


「離せ、ハル!」


「誰が離すか!この肉泥棒!」


「ちょっと食事中にはしたないですよ」


 とリーナが言いつつ覗いてきたが、ライキルがハルに抱き着いているのを見るとリーナは駆け寄ってきてライキルを離そうと引っ張った。


「ライキルダメですよ、こっちに来てください」


「わたし、ここにすみまーす」


 ライキルは気の抜けた声で言った。


「ハル、ずるいですよ、こんなかっこよくて、かわいい子に」


「リーナ、本音が出てるぞ」


「うるさいですね、エウス、口にワインボトル詰めて黙らせますよ」


 リーナは締め上げられてるエウスを睨みながら言った。

 そうしているとガルナが来た。


「お前たち楽しそうなことしてるな、私も混ぜんか!」


 そう言ってガルナはエウスの足に技を掛けた。


「いだだだだだだだだだ」


「クク、エウスめくらえ!」


「ちょマジで痛いから、いだっ、ガルナさんんんん!!!」


 エウスは上と下で地獄を味わっていた。

 そこにビナも来てハルに駆けよてくる。


「あ、ハル団長、私も混ぜてください、エウスをボコボコにすればいいんですか?」


「そう、そう」


「んなわけあるか!んああああああ!」


 エウスはガルナにきつく技を掛けられ絶叫した。


 そんなエウスを笑いながら、足取りがおぼつかないビナは、そのままハルの腕にくっついて座り込んでしまった。


「あ、ビナ、ここは私の場所ですよ」


「ハル団長は、みんなのものです」


 ビナとライキルがハルの背中で喧嘩し始めた。

 そんな酔っぱらって大騒ぎしているみんなを、さっきの使用人が中庭とエントランスをつなぐ扉の前で微笑んで見つめていた。


「アハハハハ!みんな…」


 ハルが、もみくちゃにされていると、ほんの一瞬、その使用人と目が合った。

 ハルが、使用人に笑いかけると。

 その使用人もニコッと笑い返してくれた。



「それでいいんですよ、ハルさん」


 使用人はぽつりとつぶやいた。




 星は瞬き、月明かりは降りそそぎ続けた。


 夜遅くまで騒ぎ、話し、食べ、飲んだ、みんなは気持ちのいい夜を過ごした。


 近づいてくる不安を消す、そんな賑やかで楽しい夜は、誰にとっても大切な思い出の一つになっていった。










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