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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 朽ち錆びた刃は眠りにつく

 波状の剣に血が滴る。


 背後には両断されてきた骸と赤い海。


 しかし、そんな悲惨な光景もすべて真っ白な世界に飲みこまれては、非現実のようにあやふやにされてしまう。


 そこは真っ白で穢れの無い霧に包まれた空間だった。

 白以外に何も見えない。

 だが、目を閉じ音に注意を払えば世界は瞳で見るよりも鮮明に映った。


 人がいる。正確には大勢のエルフたちが、その白い世界で右往左往しては彷徨っていた。


 そんな白い世界に漂う影を見据えるひとりの剣聖がいた。


 アスラ帝国の第二剣聖フォルテ・クレール・ナキア。


 フォルテは剣の血を自身の天性魔法で剣を振動させることで身震いをした剣が一気に血を払った。

 そして、フォルテが鋭さを取り戻した波状の剣フランベルジュで容赦なく、彷徨う影たちに向かって振りかざした。


 自分の背よりも二倍近くあるエルフたちの身体を斬りつけては、その体を簡単に真っ二つにした。

 血しぶきが吹きあがっては白い世界に吸い込まれていった。

 フォルテは真っ白な世界の中で、音だけを頼りに、外にいるエルフたちに斬りかかっていた。斬りかかっては次、斬りかかっては次の標的へと、無駄のない動きで、うじゃうじゃと集まっていたエルフたちを亡き者にしていく。だれもフォルテの存在に気づかないうちに絶命し、気づいた時にはすでに絶命の一歩手前に立たされていた。

 悲鳴すら無く、ただ現状を飲み込めず混乱の最中を、フォルテは敵であるエルフたちを片っ端から殺し続けていった。


 すべては白い霧の中で、物事はとても静かに進行していた。


 しかし、例外というものはどこにでも存在するもので、白に視界を奪われて、音も失ってもなお、冷静に刀を構えているエルフがいた。


 そのエルフは抜刀の構えのままその場にとどまっていた。


 長い銀髪を後ろでひとつに束ねており、男ではあったがエルフによく見る美麗で中性的な顔立ちは、男女ともに魅了する魅力があった。


 フォルテはこんな状況でも冷静でいられる素晴らしい精神力を持った彼を称賛するとともに、彼から発するあらゆる音量を上げ、警戒を示した。


「出てこい臆病者——私はどこから来てもお前さんを叩き斬ってやるぞ?」


 フォルテは少し離れた場所でその彼を見ていた。

 近づく者すべて見境なく斬っていたのか、彼の傍には数体の彼の同士であろうエルフの死体が転がっていた。


 フォルテは、近くにあった石を拾って彼に投げてみた。


 飛んでいった石は彼に直撃する前に、彼の持っていた立派な刀によって切断された。


「そこ!!」


 石を投げた方向に向かってそのエルフは目にも止まらぬ速さで直進し、石が飛んで来た方向へと斬撃を放っていた。


 その振るわれた刀の刃はフォルテの目と鼻の先を横切った。しかし、フォルテはその斬撃が自分に届かないことを知っていたように、その場から微動だにしなかった。


 フォルテと彼の距離が、その刀一本分の距離まで近づいた。


 相当な手練れのようで、フォルテは彼のような存在が紛れこんでいると思うとぞっとした。

 真っ正面から正々堂々と戦えば、負けない自信はあったが、無傷では済まないのは必至だった。


『こんな手練れがいるとはな、まあ、関係ないか……』


 フォルテは退屈そうに剣を構えると、天性魔法を使った。


「あなた、そこにいるの?」


 刀を持ったエルフは声がする方へと、力強く踏み込むと勢いよく刀を振るった。


「………」


 渾身の斬撃が空を斬る。


「ねえ、あなたなの?返事をしてくれない?」


「…お前、まさか、ミシタリなのか……」


「ええ、そうよ、あなた、こんなところで何をしてるの?」


「どこにいる?私の前に姿を現してくれ!」


 そのエルフは刀を下ろし辺りを見渡していた。


「ここよ、こっち」


「待ってろいますぐそっちにいく!」


 そのエルフが刀を捨ててまで声のする方に走りだした時だった。

 彼は歩き出すのを止めて、その場に立ち止まった。視線を下に落とせば、そこには波状の剣が自分の体を貫いている景色があった。


「ゴフッ」


 彼の口からは大量の血が流れ、胸に開いた穴からは大量の自分の血が流れ続けていた。


「貴様…何者だ…」


「最後に誰の声を聞けた?それはいい音色だったか?」


 フォルテが彼の背後から声を掛けた。


「何をした?」


「みんな俺の音を気に入ってくれるんだ。なんせ俺の聴かせる音は、幸せの音なんだと」


 フォルテの天性魔法はよく分からない成長を遂げていた。以前は単調な音を聞かせるだけであったが、成長した能力は対象者に希望や夢を与えるような音を授けるというものだった。


 しかし、そんな幸せとは反対にフォルテが与えるのは絶望的な死でしかなかった。


 フォルテは彼から剣を抜き取ると、そのまま、一歩後ろに下がった。


「妻の声だ……亡き妻の…グッ………懐かしいこえ…ハァ……」


 彼は苦しそうに言葉を吐いていた。


「いま、ま…まで……わす……れ……て……いた……」


 彼は満足そうに笑っていた。


「…なつか…しぃ……こ…え………」


 彼は刀を握ったままそのまま前のめりに倒れ目を閉じた。


「そうか、それは良かったな…」


 フォルテはそれだけ言うと、剣の血を払いその場を後にした。


『断末魔よりかは、よっぽど耳にいい…』


 フォルテは剣を振るうことを止めはしなかった。


 フランベルジュは血に染まり続けた。


 ***


 フォルテが去った後、彼は目を覚ました。


 視線の先には自分の刀が落ちていた。


 彼の刀はとうの昔に錆びつき、鋭さを失ったなまくらになっていた。


『これでよかったんだな…』


 彼は最後にそう心の中でつぶやくと絶命した。


 刀と共に生きたであろうその銀髪のエルフは、この無意味な戦場という場所であっけなく誰にも知られず散った。


 享年六百十六歳であった。

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