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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 無音が響く白い世界

 エルフの森仮拠点。砦内の謁見の間にて、ミルケーの下僕と成り下がってしまったジャレットが、その広間で一番大きな椅子に座っていた。

 落ち着きのない様子や自分の格が落ちてしまったことを、その広間を陣取っていた部下たちに悟られないように、表面の威厳だけはなんとか保っていた。


「報告はまだなのか?いつになったら、中にいる女王を引きずりだせる?」


 沈んだ声のジャレットの傍にいた美しいエルフの側近が近況を述べた。


「現在、シェルターの壁の突破に苦戦を強いられています」


「なぜだ…?」


 憔悴しきったジャレットの顔からは血の気が引いていた。長い拷問の末、思考や性格が壊れてしまった彼にはすでに、シェルターの中の人間を皆殺しに、女王ジェニメアを自分の手中治めるしか頭になかった。それが、ジャレットの神であるミルケーと交わした約束であると錯覚していた。


「一時間も経って、なぜ、いまだに彼女をここに連れてこれてない。わが主力部隊はそこまで弱者の集まりだったか?」


「偵察に時間が掛りました。この空っぽの拠点に伏兵が潜んでいないか確認するために」


「言い訳は聞いていないんだ!早く私の前に女王を連れてこい!いいかもう一時間やる、もしもちんたらやっているようだったら、この私が直々にお前たちから粛清してやる、わかったか!!」


 ジャレットは側近に向かって怒鳴り声を上げた。

 ジャレットは常に美しく賢い女性のエルフを傍に置いてきた。それは自分自身がそんな彼女たちよりも上の立場であることが、何よりも誇らしく優越感に浸れたからであった。


「はい、承知しました。ジャレット様。すぐに伝令を出し、シェルターを早急に攻略するように主力部隊に伝えさせます」


 ジャレットのその側近女性は、近くにいた伝令兵に言伝を頼んでいた。


 ジャレットはこの状況の全てに不満を持っていた。いままで自分が世界の中心にいるとおもっていた。金も女も権力も力もあった。それが一夜にして、ミルケーによってそれらの全てが支配され、ジャレットに残ったのは彼女に対しての絶対服従だけであった。

 もはや激しい拷問で意識を変えられてからは、彼女に逆らう気もないが、ジャレットの心の奥底に根付いていた貴族としての誇りがどうしても人の下に就くことを拒絶していた。


「早く、連れてくるんだ…俺が女王を足蹴にしてやる…」


 ジャレットの伝言を受け取った伝令兵が部屋の外へと出ていく。


 ジャレットは王座の間から、一人になれる場所に移動することにした。


「どこに行かれるのですか?」


「後ろの部屋だ。ひとりになりたい。ついて来るな」


 側近の彼女がついて来ようとしたが、ジャレットに釘を刺されると彼女はそれ以上彼に近づかなかった。


 ジャレットは、王座の間の後ろにある部屋へと通じる地価の通路へとひとりで歩いていった。


 ***


 ジャレットの言伝を授かった伝令兵が砦から、シェルターが佇む仮拠点の街へと下り坂を下っていく。

 その途中で、伝令兵が向かう目的地が遠くからでも、はっきりわかった。

 そこにはシェルターの壁にむかって、いくつもの黒魔法が、絶え間なく浴びせられ続けている光景が広がっていた。


 シェルターからは黒煙がいくつもあがり、周りは炎に包まれていた。


 そのシェルターを攻撃しているのは千人ほどのエルフたちであり、ミルケー名の下に集いジャレットの指揮下に入っていた。

 彼らはジャレットの主力部隊として機能していた。その千名を五百と五百の二部隊に分けシェルターを囲うように配置していた。


 ただ、伝令兵がそのシェルターを攻撃している部隊の場所に向かうまでに、仮拠点に建てられた小さな街にちらほらとエルフではない兵士たちが残っていることに気づいた。

 彼等はこの戦争に頭数をそろえるために参加させられた悪党やごろつきたちであった。どこかの組織と共同戦線を張ると締結したと伝令兵も聞かされていたが、その実態は上層部しか知り得ない情報であった。

 戦争は略奪した分だけ金になる。きっとそのように扇動されたのだろう。彼らは熱心に仮拠点の街を金目の物が無いか物色を続けていた。だが、エルフである伝令兵は、そんな彼らを心の中で軽蔑とともに見下していた。王都ならまだしも、この仮拠点の街は避難民が逃げ延びて来た結果できた街であり、金目の物があるはずがなかった。


『物を考えないからあんな徒労をする…』


 自己の利益を優先させるばかりで、たいした戦力にはならない。伝令兵もそんな彼らに少しも期待してはいなかった。


「早く、伝言を部隊に伝えなくちゃ、それが俺の役目なんだ…」


 伝令兵は、ジャレットの檄を側近の彼女がかみ砕いた言葉に直した言伝を伝えに街の中を走っていった。


 ***


 ミルケーの名の下に集ったエルフたち、その部隊を現場で束ねていた大隊長が、ジャレットが寄こした伝令兵から言伝を受け取っていた。


「一時間以内に女王を自分の元にまで早急に連れてこいか、ジャレット様の言いたいことは、よく分かった。要するに早く女を抱きたいということだな」


 そう大隊長が言うと、周りにいた彼の部下たちが一斉に笑い声をあげていた。


 伝令兵はただ言伝を授かった身であり、大隊長のその言いぐさに口を出すことはできなかった。

 しかし、大隊長は決してその伝令兵のことを侮辱するつもりはなく、言伝を走って伝えに来てくれたことを労ってくれていた。


「伝令ご苦労だった貴殿はもう下がってよい、それともう砦には戻らずにここに残りなさい」


「ですが、ジャレット様への返答を…」


「ここは私たちの戦場だ。好きにやらせてもらう。戦場に顔も出さない臆病者の言いなりになるつもりはないのでな」


 大隊長は立派に伸びたひげをさすりながら、眼前に広がる巨大なシェルターに目をやっていた。

 そのシェルターは一見木でできているのにも関わらず、まるで、魔法を一切通さない堅牢な要塞であった。


「この手の要塞は時間が掛るのだ。見てみろ、建物の外側に薄い結界が張ってあるのがみえぬか?」


 大隊長が指をさすが伝令兵にはどこにそんな結界があるのか、爆風や爆炎でこれぽっちも分からなかった。


「私には見えませんが…」


「まあよい、とにかくあの要塞には薄い結界が張ってあり、破壊されると同時に新たな結界が張られるようにできているんだ。例えるなら脱皮だな。古くなった結界はすぐに捨て、新たな結界に張り替える。高度な技術でマナを大量に食らうが、このような要塞などの建物に使うと効果的でな、そりゃあ守りが何十倍にも固くなるのが利点なんだ」


「それではあの要塞は攻略不可能ということですか?」


 壊しても復活する守りの結界。どれだけ攻撃してもすぐに新しい結界が復活するならば、いつまで経っても、シェルターの破壊はできないという結論に至ってしまうのが当然の結果であった。


 しかし、大隊長の考えは違った。


「伝令兵君よ、よく考えてみてくれたまえ、あの中でその結界を張っているのは誰かな?」


「え、魔導士ですか?」


 至極当たり前の答えにたどり着く伝令兵。


「いかにも、要塞の中で結界を入っているのもまた人間の魔法使いだ。するとどうだ。人は腹がすく、活動していれば疲れる。新たな結界を張り続けることが果たしてできるかな?」


「それは確かに大隊長殿の言う通りですが…」


「結界を張るのには多大な体力を使う。それもこれだけ大きな要塞に即座に覆う結界だ。優秀な魔導士が何百、何千いようとせいぜいもってあと半日が限界だろう」


「半日!?」


 それではジャレットの指定した時間をとうに過ぎてしまうことを指しており、伝令兵は気が気ではなかった。


「我々はその間ローテーションを組んで攻撃を続けていればよい。そうすれば、中の者たちは疲労と恐怖で疲弊するだろう。そうすれば時期に自ら外に出てくるかもしないし、結界が張れなくなり要塞に穴をあければ中は大混乱状態。いくら数で相手が上回っていようとも、百戦錬磨の我々に敵う者たちなどおらん。統率力は何よりも重要な力だからな」


 大隊長は近くにいた従者から飲み物を受け取り、用意された椅子に座り、攻撃されているシェルターを眺め、酒をあおった。


「お前たちも飲んでおけ、奴らにはできない贅沢だ。砦に籠ったら最後食料の供給は絶たれる。ほら君も飲め」


 手渡された酒に自分の顔が映る。なんとも悪趣味ではあったが、それでも、伝令兵ももう戻るわけにもいかなかったため、その酒を飲むしかなかった。


「いい飲みっぷりだ。君、名は何というのかな?」


 伝令兵は名前を大隊長に告げた。彼は伝令兵の名前をいい名前だと褒めてくれた。伝令兵はそこで少し酒も入っていたことで、よい気分になっていた。


『ああ、なんていうか、僕もこの戦争に貢献しているって感じがして気分がいいや。はあ、この戦争に参加できてよかった。そうだな、僕も、もっと頑張っていつか大隊長みたいにたくさんの部下を持てるように、また一から兵士として頑張ってみるかな…』


「あの、大隊長」


「なにかな?」


「もしよければ、僕をあなたの部隊に…………」


 何が起きたか分からなかった。


「……………………………」


 一生懸命口を動かして言葉を吐いてみた。


「………………………………………………………」


 大隊長もその異変に気が付き焦って、周りの幹部たちの顔を見渡していた。


「……………………………………」


「……………………………………………」


 幹部たちも自分たちの身に起こっている出来事に理解が追い付いていなかった。


「…………………………………………………」


 大隊長が周りに指示を出すが、誰一人として彼の言葉を理解できるものはいなかった。


「………………………………………………………」


 大隊長は口を動かしながら、身振り手振りで意思を伝えようとしていたが、誰一人としてこの混乱状況の最中、彼の意思を理解する者はいなかった。


 先程まで、黒魔法が飛び交う戦場は轟音に包まれていたはずだった。それがいまは不気味なほど辺りは静まり返ってた。というよりかはまるで音そのものがこの世から消えてしまったかのように、静寂が辺りを支配していた。


 部隊は大混乱の渦に飲みこまれ誰一人として、この現状を理解できる者はいなかった。


「……………………………………………………!」


 大隊長が苛立ちながら、幹部たちの胸倉をつかんで、怒鳴っているようだったが、そこには静けさしかなかった。


 やがて伝令兵が、この異様な状況の最中、戦場だったシェルターの方を見つめると、事態はさらなる最悪を迎えようとしていた。

 目下、部隊が音の無い世界で混乱しているところに、その災いは降りかかる。


 シェルターのてっぺんから、緩やかに白い霧が押し寄せていた。


 音が奪われた世界に、白い霧。


 聴覚と視覚を奪われ、それは指揮系統の壊滅を意味した。


『まずいこのままだと、部隊は奇襲を受けるんじゃないか…』


 伝令兵ですら思い浮かんだことを、とっさに大隊長に伝えようとした。


「…………………………………………」


『そうだ、声が出ないだった。いや、声というよりも耳が聞こえない?違う、音が無い……』


 伝令兵はそれでもどうにか大隊長にこの危機的状況を伝えようと彼の傍にまで歩み寄った。


 彼はどうにか幹部たちと情報共有を試みていたが、やがて、シェルターから溢れた白い霧がこちらにまで届くとあっという間に、辺りは濃い霧に包まれて視界が真っ白になってしまった。


『大隊長!ここから離れた方がいいです。部隊を動かしてください!!』


 伝令兵は出過ぎたまねだとは思っていたが、これでも何百年も生きたエルフであり知恵はあった。彼がこの戦争に参加したのは、いわゆる退屈からの脱却であった。長い間刺激のない生活を続けて、虚しいだけの日々を送っていた。そんな自分を変えるための志願だった。


 しかし、彼はそこで悔やんでも悔やみきれない後悔を得ることになるとは、思ってもいなかった。


 伝令兵が大隊長の肩を掴んでこっちに気づいてもらうとした時だった。


 大隊長が伝令兵の両肩を掴んだ。


「?」


 その時、深い霧が少しばかり和らいであたりの様子がぼんやりと見ることができた。


 そこで分かった。


 大隊長の胸には大きなギザギザの穴が開いておりそれは見ていて痛々しい悲惨な致命傷だった。そこからとめどなく大量の血が溢れており、彼は伝令兵に縋るように倒れ込むと絶命していた。


『あ……ああ……………』


 それだけではなかった。あたりを見渡すと、そこには先ほどまで一緒に酒を飲んでいた幹部たちの全員の下半身の無い死体が転がっていた。


『なんで………』


 伝令兵の正面には、赤い鎧を着た、騎士がひとり立っていた。


 恐ろしくて声も出なかった。声など出せないにも関わらず。


 無音の世界でただひとり目の前の赤い鎧の騎士だけが音を発することができた。


「悪い夢でも見てな」


 それが伝令兵が生涯で聞いた最後の言葉だった。

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