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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
501/781

古き血脈 召喚されし邪眼と深淵を覗くもの

 ベッケは落とし穴から少し離れた蔓の攻撃が届かない安全な建物壁にひとりで寄りかかっていた。

 奪還部隊の第一部隊が壊滅的な被害を被った巨大な落とし穴の傍には、攻撃的なムチのようにしなる十メートルは超える巨大な蔓たちが穴から這い出てくる。


「あなた達が死んだのは私の落ち度でもあります…」


 体力の温存と魔力の温存。ベッケは大木で高みの見物をしているであろうミルケーの部下に自身の全力をぶつけようとしていた。

 第一部隊は百名ほどの精鋭だけもあって、ベッケも安心していた部分はあった。そのため、判断が鈍り、見抜けた罠にもはまり、悲惨な結果を招いてしまった。


 戦場は覚悟していようがいまいが死ぬときは死ぬ、それは誰にも予測できないことではあるのだろうが、少しでもそんな絶望的な可能性を減らせることはできた。


「許さなくてもいいです。ただ、仇は取ります」


 死んだ者たちの中にはスフィア王国の戦士だけではなく、レイド王国の人間たちもいた。故郷で死ねなかった戦士たちにベッケは黙禱した。


「私は誰かのために戦おうと思ったあなた達を尊敬しています」


 短い黙禱を終えたベッケはそれだけ言うと先を急いだ。


 ***


 王都エアロの北に聳えたつ不気味な大樹を見上げる。冬も本番であるにも関わらず落葉樹であると思われるその大樹は、葉をひとつも散らせず、まるで初夏にたっぷりと日を浴びたような青々とした葉を樹冠でなびかせていた。


 その大樹の下には草木が繫茂しては、街にエルフの森が浸食したかのように建物には蔓が這い登り、深い緑が溢れていた。


「まずは罠をどう攻略するか…」


 ベッケは適当な建物の中に入り、一度身を隠し、外の様子をうかがっていた。

 大勢の仲間を敵の罠で一度に失った。

 歩いていた地面の底が抜け地底に落とされ、命からがら這い上がって来た者たちを、隠れていた蔓たちが追い打ちして、底に叩き落とす。そんな隙のない罠が敵の陣地に近づくほど増えることは当然のことだった。


「こちらの攻撃を想定して備えていたんでしょうね…」


 一対多を想定して、敵が押し寄せて来ても万全の罠を張って待ち伏せをする。なんとも効果的な防衛手段だった。


「この調子でいけば空にも何かしらの対策を打っているはず…」


 地上には落とし穴と追い打ちの蔓。そうすると空が唯一の道なのではと思考を空へと向けるが、それすら相手の思うつぼなのだろう。ベッケが敵なら必ずそういった思考の誘導のすえ、空にはさらに酷い罠を張り、敵の心を砕くことを考える。


 そんなわけで八方塞がりとなったベッケは、ふと部屋の隅に光となってしまった人間に目がいった。


 そこには部屋の隅で怯えるように固まった数人の人型の光の集合体があった。


『彼らはいったい何のためにこんな光に変えられたんでしょうか?』


 街の中には人の形をした光で溢れていた。それがもともと人間であることは、光になる超然に怯え逃げまどっている姿から明らかだった。


『生贄が一番しっくりくる?それとも何かエネルギーのような力の源にしているのか?そもそも人が光になるなど原理も目的もわからない…ミルケーはここで何がしたかったのか?』


 推測を重ねていくが、ベッケが答えにたどり着くことはなかった。


 ベッケが再び窓の外に視線を戻す。


「まあ、考えても仕方のないことより、目の前の問題から対処していくべきですね」


 ベッケは窓を開いてそのまま外に出て建物の屋上に上がった。

 建物の屋根からベッケが見据える視線の先には街を潰してせり立つ大木があった。その根元にまでたどり着くには数キロと距離があり、罠が張り巡らされているため、近づくのは困難だった。


「敵の張った罠を見抜くことからですね…」


 戦いの基本を忠実に実行することにしたベッケは目を閉じると、頭の中にひとつのイメージを呼び起こした。

 口を開くとそのイメージを具現化するための詠唱を始めた。


 召喚魔法である。


「真実から零れ落ちる雫を啜り 不知から燻る煙を払う 業火を孕む邪眼よ その眼すべてを見通す心眼となりて 我に従え」


 ベッケの背後に五メートルほどの巨大な眼球がどこからともなく現れた。


 眼球の出現により、ベッケの視界には、いままで見えていなかった新たな景色が追加された。

 屋上から街を見渡すベッケの視界に、地中にひしめく蔓が地面や建物を透過して映し出された。


「なるほど、そもそも、この街の一画すべて相手の手中だったわけですね…」


 ベッケは自身に軽い身体強化の魔法を掛ける。巨大な瞳にマナが吸い取られているせいで他の魔法に魔力を回している余裕はなかった。


「相変わらずあなたはよく魔力を食らう悪い子です…」


 体力が尽きる前にベッケは建物の屋根をジャンプで飛びながら、大樹を目指した。

 大きな眼球を自身の斜め後ろの空に追尾させることで、視野がぐっと広がり、危険な罠の場所も特定しながら進むことができた。


 だが、そのあからさまに大きな目玉はひどく目立ち、大樹へ行くことを阻むその攻撃的な蔓たちを集めることになるのは当然のことであった。


 異物を感知したのか、街に蔓延る蔓たちが群れをなして襲い掛かって来た。


 だが、ベッケがこの目を召喚した理由として、そのデメリットを覆せるほどのメリットがあった。


「邪眼よ、焼き払え」


 ベッケが命令を下した時だった。ベッケの背後にあった眼球の瞳から一筋の赤い光が放たれた。その光は襲い掛かってくる蔓たちの勢いを押し殺し、ギョロギョロと瞳を周囲に散らしては、そのたびに赤光を射出し、蔓たちを焼き払っていった。

 数で押し寄せるだけしかできない雑兵などには効果的な召喚であった。


 ベッケはその隙に、巨樹へと一気に歩を進めた。



 *** 



 ベッケが巨樹の根元にたどり着くと空を見上げた。そこには大きな樹冠の傘が広がっており、王都エアロの北に位置する一角は、すっぽりとその巨樹の傘の下に収まっていた。


「呆れてしまうほど見事な木です…」


 街にそびえたつ忌々しい巨樹は、王都エアロの居住区を押しのけるように広がっては成長し続けていた。この木が街を脅かす外来種ではなく、街と共存する存在であったのなら、スフィア王国の観光地として多くの観光客を呼べたものを、実際問題そんな方向に話が転がることはなかった。


「いまが観光なら良かったのですが…どうもそういうわけにもいかないようですね」


 ベッケの頭上から周囲を監視している五メートルほどある巨大な邪眼が、休むことなく、赤い灼熱の光線を放っては、しつこく襲い掛かって来る蔓を自動迎撃していた。その勢いは巨樹に近づくほど激しさを増していた。


 だが余裕はあった。ベッケはこの巨樹に対しての対処法について三つの案があった。

 一つ目は巨樹を上る。邪眼に蔓を迎撃させながら体を魔法で強化し地道に上る。しかし、それにはあまりにもリスクが高かった。街に罠を張っておいて、敵の根城である巨樹に罠を張っていないわけがなかった。邪眼の効果で罠の位置が分かったとしても、上っている最中は機動力もなく、罠の対処ができない可能性すらあった。そもそも、敵が生み出した木に近づくことだけでも危険だった。


 二つ目は巨樹の下で待ち耐え凌ぐ。ただ、これが一番選択肢としてはありえなかった。確かにここで粘っていれば、他の場所で戦っている誰かが応援に来てくれる可能性はなくはない。しかし、時間も無く、来るかもどうかもわからない状況で、ただ魔力と体力を消費するだけの無駄な行為は愚かでしかなかった。


 そして、最後の三つ目は…。


「邪眼よ、出力最大であの木を焼き払え」


 ベッケの頭上で浮遊していた邪眼がその場で周囲を一回転する。迫りくる周りの蔓を一気に焼き払い、時間を稼ぐと、前を向き巨樹の幹の左側に焦点を当てた。


 次の瞬間にはベッケから供給された大量のマナを消費して、赤い光の光線を発射した。


 その赤い光線が直径数百メートルはある巨大な巨樹を切り倒しにかかる。


 邪眼の周りではその高熱の熱線の影響であらゆるものが融解していく。ベッケだけはその影響を受けずに周囲の上がって行く温度を気にせず邪眼の下に留まることができた。


 そんな熱線が発射された副次的効果で周りの蔓たちも近づくたびに焼けては消滅していった。


 ベッケが口元を押さえながら邪眼が巨樹を焼き切るのを見据えていた。


『敵がどうでるかだ。ただ、私の予想が正しければ…』


 ベッケが次の自分の出方を考え込んでいると、周囲の大気中のマナが激しく振動するのを感じ取った。


「きますね…」


 ベッケが異変をいち早く見つけた場所は巨樹の街を覆っていた傘のような緑の樹冠だった。


 巨樹の樹冠が不気味に発光する。


「大技といったところですね、さすがに巨樹を切り倒そうなんて考える私のようなバカは想定していませんでしたかね?」


 ベッケが余裕そうにクスッと笑う。


 そうこうしているうちに、不気味に樹冠を輝かせた巨樹から想定通り大規模な魔法攻撃が始まった。


 魔力が込められた葉が弾丸となって、街一帯に降り注ぎ始めた。その雨を一言で表すと絶望以外の言葉が見つからなかった。


 魔力の籠った葉が降り注ぐ弾丸のごとくベッケと邪眼に襲い掛かった。


「大樹の主よ、そんな貧弱な攻撃では私の邪眼が木を焼き切る方が早いですよ?」


 しかし、ベッケの頭上で凄まじい劫火の一線を放出している邪眼の灼熱の余波でその魔力の籠った葉っぱの弾丸はベッケたちに届くことなく空気中で燃え尽きていった。


「邪眼よ、お前自身の中の魔力もすべて熱に変えてあの大樹を焼き切れ」


 ベッケがそう命じると、邪眼の眼が赤くなりさらには充血したように邪眼の球体の全身に赤い筋が広がっていった。

 そして、赫赫たる熱線の規模と光量をさらに増やすと、巨樹の幹を横なぎに焼き払っていた速度を加速させた。

 だが、その反動で邪眼自身の身もボロボロ灰のように崩れさりつつあった。


 ベッケの瞳も、視界に見える範囲の隠れていた真実を見透かす力も弱まりつつあった。


『邪眼はここまで連れてきてもらえれば用済み、あとは残りの手持ちで倒しきるのみですね』


 邪眼が巨樹の半分よりも手前まで熱線を進めた時だった。


「ご登場ですね」


 ベッケは自分の思い通りにことが運んでいることを心地よく思いつつ、巨樹から降りて来た主と対面した。


「僕の罠を搔い潜ってくるものがいたとはね」


 木の精霊かと見間違うほど空から降りて来た彼の見た目は緑色に包まれていた。様々な輝かしい緑の色で紡がれた髪はぼさぼさであったが、その乱雑さがより自然界に馴染んでいる感じがしてた。

 どこか頼りなさとふわりとした外見から、用意周到にこちらを罠で殺そうとしてきた者とは思えなかった。ベッケが思い描いていた人物像とはだいぶかけ離れた優しい青年といった印象であった。

 だが、彼の名はブロッサーと呼ばれるミルケーの部下であり、処刑対象だった。


 ベッケが、崩壊した邪眼の灰が舞い散る中、冷たい眼差しを向けた。


「要件はひとつです。結界のコアをこちらに引き渡してください」


「それは無理な話だ」


「それでは実力行使に移させていただきますがよろしいのですね?」


 ベッケが親切を顔に張り付けて尋ねる。


「君はすでに武力で僕の大切な木を焼き払っているじゃないか」


「もともとここはあなたの場所じゃないのでは?力尽くで奪ったのだから、力尽くで奪われても仕方がない。これでも私は譲歩している方ですよ」


「僕は君のように嘘で固められてそうな人間が嫌いだ…」


 ごちゃごちゃと子供ような感情を吐く彼にベッケは優しい笑顔を向けた。


「きっとここに住んでいたエルフたちなら、あなたの顔を見たと同時に魔法を叩き込んでいたでしょうからね。例えば、こんな風に」


 ベッケが親指を立てて人差し指を彼に向けると、炎魔法を放った。


「!?」


 凝縮された炎の球がブロッサーに向かって放たれる。


 虚を突かれたブロッサーは避けることができずにその炎の球に触れてしまう。


 直後、ベッケとブロッサーとの間に爆発が起こった。


「敵との生産性の無い話は嫌いでして、貴方を殺してコアを破壊させてもらいます」


「この、お前、なんて卑劣な野郎なんだ!!」


 顔に追った火傷をじわりじわりと治しながらブロッサーが叫ぶ。


「何とでも言ってくれて構いませんよ、私は気にしませんから」


 ベッケは後ろに下がりながら、緑のエルフに向かって同じ炎魔法を数発叩き込み追い打ちをかける。逃げ遅れたブロッサーがその爆風に巻き込まれ地面に転がる。


『この召喚魔法は極力使いたくなかったのですがね…』


 隙ができたところでベッケは、次の召喚魔法を唱えた。


「深淵を紡ぐは悪魔の言葉 万物の光を塗りつぶし 災いをもたらす悪魔の口よ 我に従え」


 ベッケの背後の空間に十メートルほどの亀裂が入ったかと思うと一気に割れて、真っ暗な闇が広がった。それもつかの間、その闇だけが溢れている空間に人間のように歯が次々と生え揃うと、ぱっくりと割れた空間はたちまち、人間を模した口になった。その生えた歯には記号のような模様が刻まれ、口の奥からのぞく舌には、黒いピアスが刺さっていた。

 闇を塗ったような唇は黒く、その口は何度も自身のかみ合わせを確認するようにカチカチと歯を鳴らしていた。


「悪魔の口よ、深淵をここに」


「***」


 悪魔の口が、人には聞き取れない言葉を呟く。


 やがてその大きく開いた悪魔の口から、大量の深淵が液体という形となって溢れ出した。口から吐き出される大量の深淵が、ベッケの足元に広がる。


「ハッ!?」


 ブロッサーが起き上がり、そのベッケの周りで起こっている異様な光景を目の当たりにすると驚きのあまり彼は言葉を失っていた。


「…………」


 ベッケもあたりに深淵が侵食していくのをじっと見つめていると、彼と目があった。


「どうかしましたか?」


「それは深淵魔法だろ」


 忌み嫌うようにブロッサーが言うと、ベッケはそっけない答えを返した。


「だからなんです?」


「その魔法は禁忌中の禁忌のはずだ」


「禁忌…いったい誰が決めた禁忌ですか?」


「もちろん、神々さ、この世に我々を生み出してくださった、僕らの創造主」


「神ですか…」


「それに君は深淵を覗き込んではいけないと教わらなかったのかい?」


 ブロッサーが得意げに言うが、そもそも、こんな世に広まってすらいない魔法のことなど誰も教えてくれたことなどなかった。


「そうですね」


 ブロッサーの言葉にベッケは穏やかに笑った。


 深淵を覗き込んではいけない、その通りだった。


「まったく、神々にもミルケー様にも背く、あなたのような人間は生きるに値しませんね…僕がここで終わらせてあげますよ」


 全くを持って自分勝手な話にベッケは目をつむった。そして、ミルケーという言葉ベッケにとっては酷く懐かしく響いていた。


「あなたはずいぶんと神やミルケーのことを崇めていらっしゃるのですね」


「ああ、僕の神ミルケー様はこの通り自由にしてくれたからね、感謝しかしてないよ、君にもいるだろ?崇めている神様が」


 照れくさそうな笑顔を見せるブロッサーだったが、反対にベッケの顔は死人のように表情が死んでいた。


「以前は私もあなたと似たような信仰を掲げていたのですが、いまはもうそのような信仰を捨てた身。私が信じた神はすでに死んでしまいました」


 ベッケが、背後にいた悪魔の口に向かって指で下へと合図をした。悪魔の口は一度深淵を吐き出すのを辞めて闇の言葉を呟いた。


「**」


 ベッケの足元が揺らぎ体が闇に沈んでいく。


『いつも思うことなんですが、こうしてひとりで深淵に落ちる時、レイチェルの顔ではなくヴァイスの顔が思い浮かぶのはきっとまだ自分がどこかで彼に頼りたいと思っている自分の弱さなんですかね…』


 闇の中に身を沈める時、そんなことが頭の中によぎったが、すぐにその思考も真っ暗な闇に飲み込まれて停止してしまった。


 ベッケの身体はみるみるうちに闇の中に沈んでいき、数秒もしない内に全身がその深淵へ浸かりそのまま奥へ奥へと落ちっていった。


「おい、あんた…」


 ブロッサーは何が起こっているのか把握できずにいた。


「自殺行為だろ、それは…」


 とりあえずブロッサーは巨大な蔓に指示を出し、黒い水を垂れ流している悪魔の口を粉砕させた。


 すると辺りには完全に静けさと闇で出来た池だけが残った。


「何がしたかったんだ…深淵にその身を落として助かるわけがない…」


 ブロッサーが歩み寄りその黒く塗りつぶされた深淵を覗き込んだ時だった。


 思わずブロッサーの中で自分の言葉が脳裏に蘇った。


『——深淵を覗き込んではいけない』


 深淵の化け物と目が合う。

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