補給隊
ハルが目を開けると日が傾き、辺りはオレンジ色に染まっていた。
午前に体を動かし、昼食を食べたあとはひたすら屋上で戦闘のイメージトレーニングをしていた。
いつもは自分自身と死闘を繰り広げていたが、今回は霧の中で神獣と戦闘するイメージトレーニングしていた。
単なる想像でしかないが、それでも、イメージするだけで理解が深まることや新しい疑問が浮かび上がってくるものだった。
霧の中では、やはり獣は視覚以外の情報で周囲の状況を把握している可能性が高いことや、濃霧やマナの影響で独特の生態系が形成されている可能性があるということ。
ハルはあらゆる状況を想定していたが、結局は、実際にその場に行ってみないとわからないということは本人も十分理解していた。
それでもこのイメージトレーニングはやらないよりはましだった。
想像力は時として大きな力になってくれるものだとも、ハルは知っていたからだ。
「もうこんなに日が傾いていたのか」
ハルは立ち上がり、城の屋上から街の景色を見下ろす。
瞑想が終わりこの景色を見るとハルは少し落ち着いた気分になった。
無機質で殺伐とした想像の空間から、人々が行きかう街並みを見ると、現実に自分がちゃんと存在していると実感できたからだ。
ハルが景色を眺めていると、下の噴水の広場にエウスがベンチに座っていた。
「あ、エウスだ」
ハルはエウスを見つけると屋上から城の中に戻り、階段を下りた。
城のエントランスに着くと、ひらっきぱなしになっている正面玄関の扉をくぐり、噴水の広場に出た。
一つのベンチにエウスが噴水を眺めながら座っていた。
「おーい、エウス」
ハルが駆け寄りながらエウスに声をかけた。
「お、ハルか、今日の瞑想は終わりかい?」
エウスもハルに気づくと、片手をあげて返事をした。
「ああ、今日は終わりにしたよ、エウスも今日の剣の稽古は終わりか?」
「そうだ、新兵たちやベルドナと別れて休憩中ってところだ」
「いつも任せっぱなしにしてすまない」
ハルはエウスと同じベンチに腰を下ろし申し訳なさそうに言った。
「いいってことよ、俺も下の子たちに教えるのは嫌いじゃないんだ、新しい発見もある」
「そうか」
二人は互いに今日あったことを短く話し合った。
ハルは霧の森の獣がどうやって生活しているのか自分の意見を述べ、エウスはベルドナやアストルそしてウィリアムのことを話した。
「ハルは誰かを羨ましいと思ったことあるか?」
「あるよ、なんで?」
「いや、別にただ聞いただけ」
「どうした、いきなり」
「いや、いろいろあるのさ人には…」
「どういうこと?」
ハルがきょとんとした顔をしていると、城の敷地の入り口である鉄の門の方が騒がしくなってきた。
石畳をける馬の足音が噴水広場の方に近づいてきた。
「きっと物資を運んできた荷馬車だな」
エウスが音だけ聞いて言った。
二人がベンチから立ち上がり、音のする城の正面の坂道を見ると、多くの荷馬車がこちらに向かって来ていた。
その荷馬車たちはレイド王国の獅子の紋章の旗を掲げていた。
「レイドの旗だ、知り合いがいるかも」
「今、王都も忙しいからどうかな」
エウスが言った。
「そっか…」
そうして近づいてくる馬車を眺めていると二人は驚いた。
「あれ、リーナさんじゃないか?補給隊長の…」
「嘘だ、いや、まさかね」
荷馬車の隊列の先頭で二頭の馬を一人の女性が御していた。
その女性も二人に気づき、目の前まで来ると荷馬車を止めた。
「お久しぶりです、ハル剣聖」
そう言いながら荷馬車から降りてきたのは【リーナ・シェーンハイト】と呼ばれる女性だった。
黒髪ショートで黒い瞳の彼女は目つきが鋭いがとても整った顔立ちをした綺麗な女性だった。背もライキルほどではないが一般女性の平均よりは高く、すらっとしていた。
そして、彼女のその目つきや表情の硬さ、口調などから、とても冷たいクールなイメージを感じさせた。
「お久しぶりです、リーナさん、もう剣聖ではないんですけどね」
ハルが剣聖をやめてから使う常套の挨拶をした。
「そうでした、今は騎士団の団長でしたね」
「正式には騎士団ではないんですけど、一応、そうです、団長ですね、新兵たちの」
その二人の会話を聞いていたエウスが横から口を挟んだ。
「あんたがどうしてここにいるんだ?」
その声を聞きリーナがエウスの方を見た。
「ん?なんだエウスか、王道に魔獣が出たと聞いたから私が直々に来ただけだ」
「今、王都は忙しいんじゃないのか?」
エウスは何かを問い詰めるように質問した。
「私の仕事は全て終わらせた、それに王都にいるニュアが私に代わって指揮を執っている。彼女の経験のためにな、おい、先に行っててくれ」
彼女が後ろに指示を出すと荷馬車の隊列が前に進んで広場を左に曲がり、城の奥を目指して再び動き始めた。
新兵たちがいる寮や厩舎の奥には倉庫があり、古城アイビーの物資の受取場所となっていた。
「まあ、確かにニュアは優秀だけどさ、本当にそれだけか?」
エウスはじっとリーナの顔を見つめた。
「な、なんだ、それだけだぞ、エウス何が言いたい?」
リーナは少し動揺している様子だったが最後は冷たく言った。
しかしエウスは全てを見透かすようにニヤリと笑った。
「へーでも本当はライキルに会いに来ただけなんじゃないの?」
「な、そ、そんなことはない!そんなことはないぞ!」
あからさまな動揺をしてリーナの顔は赤くなった。
「アハハハハハハ、絶対そうだ、お前ライキル大好きだもんな」
エウスが笑っていると、リーナは一瞬でエウスの背後に周り、首に腕を回し、締め上げた。
「はやっ!!」
そうエウスが言った直後。
「ああああああああああ!」
悲鳴はむなしく辺りに響いた。
「エウス、バカだな」
ハルは見慣れた光景に呆れて笑っていると、城からライキルが歩いてきた。
「あ、リーナさんライキル来ましたよ」
「え?」
リーナはハルのその言葉で、エウスを放した。
ドサ!
エウスは力なくその場に倒れこみ、伸びていた。
「ハル、何をして…リーナさん!?」
「ライキル、久しぶりです!」
リーナは人が変わったようにニコニコしてライキルの手を握って挨拶をしていた。
ハルは倒れているエウスを起こし肩を貸した。
「くそ、やっぱり、強い…」
「エウス、リーナさんは先輩なんだから」
ハルが言った。
女性の二人は楽しそうに会話していた。
特にリーナからさっきまでの冷たい感じは全くなかった。
「ハル、いいのか、ライキル取られちまってるぞ…」
エウスがこの言葉をハルがどうとらえるか横目で一瞥して言った。
「ライキルは、軍で男女どちらからも人気だったからな」
二人が再会してるのをハルも嬉しそうに見ていた。
「…ふーん」
その日の夜はみんなでリーナと食事をとることになった。