旅立ち
祭りが終わり、ハルたちはあらかじめ決まっていた、新しい任務のための支度を整えていた。
その任は、極めて重要で、王国を含めた各国に恩恵をもたらす可能性を秘めた任務だった。
内容は、大陸に伝わる四大神獣討伐であった。
四大神獣のいる巣を攻略するのは、各国の軍事力でもお手上げの状況だった。
そこに、ハルが少数精鋭で、神獣の巣を破壊することを王であるダリアスに提案し、許可をもらった。
ここ数百年で神獣や魔獣たちの動きが活発になったと各国での報告では上がっている。
そのため、多くの国で停戦や休戦など、軍事的な行為が各国で中断される事態にまで発展いていた。
神獣という脅威は、現在、この大陸中で問題となっている。
これはエーテル消失大事件という、世界中からエーテルという、魔法を使うためのもととなるマナと同じ性質を持つ、世界全体を覆っていたエーテルという力が一瞬で世界から消えた、世界的異変と同じレベルで、大変な大陸の問題となっていた。
エーテル消失発生のときも、世界中で戦争が中止されたといわれている。
殺戮の象徴のように人類は数多くの戦争を繰り返してきた、だが、ひとたびそれを阻害する要因が現れれば人類は簡単に争いをやめる。あっさりと。
誰もが望む戦争のない時代は、神獣によってもたらされた。
今回の任務は、重大で過酷な任務になっていた。
旅立つハルたちを王は激励するために、祭司を呼び旅の祈願してもらった。
「どうか、彼らの行く末に光があるように、どうか神よ、彼らに力を与えたまえ」
ハルと隣には王国騎士団の隊長格の一人であるビナ・アルファがともに跪いていた。
ビナは、赤い髪の毛が目立ち、さらに、小柄な体格をしているが、その身のこなしの速さと剣の腕は騎士団でも多くのものの上に立つ実力をもっていた。
ハルはそれを魔獣退治の時に一度、拝見したことがあった。
「神獣のこと頼んだぞ」
ダリアス王の顔にも、不安が現れていた。神獣退治は本来、国全体で対抗するもの、それを少数精鋭で討伐しようというのだ。
しかしそれとは別に王はハルの底知れぬ力に期待もしていた。
「はい、ダリアス王、一日でも早くこの脅威を取り除けるように、全力を尽くします」
「危険な任務をわざわざ受け持ってもらってすまない」
「これは、自分が提案したこと、それに付き合ってもらう王国には迷惑をかけます」
ハルはこの作戦を遂行する自信はあった。しかしそれには必ずついてくる犠牲のことも考えていた。
それでも、国に神獣が直接襲撃してくるよりは、はるかに被害が少ない計算だった。だからこそ、決断できた。
「ハル達よ、くれぐれも無理はせぬように、我々も各国と協力して、そちらに支援をする」
「ありがとうございます」
「そして、ビナよ」
王はビナに顔を向ける。
「はい」
ビナが緊張した声色で返事をする。
「神獣討伐に参加する意思を示してくれたこと嬉しく思う、隊長格がいると心強いだろう」
ダリアスの言葉にビナは口をぱくぱくさせながら、慌てて声を張る。
「あ、ありがとうございます、が、頑張ります!」
その動揺ぶりから、あまりこういった、謁見など身分の上の立場の人たちと顔を合わせたことがないことがうかがえた。
ハルたちも最初に王国に来たときは、かなりひどい態度だったが、何回もいろんな意味で呼び出されたおかげで、このような場所での立ち振る舞いには、慣れていた。
「それでは、王よ、そろそろ出発します」
「うむ、それでは幸運を祈るぞ」
ハルとビナが謁見の間を立ち去る。ビナはすぐに謁見の間を逃げるかのように走っていった。
そのとき
「ハル」
王が呼び止める。
ハルが後ろを振り向くと、ダリアスが立ち上がっていた。
王座から力強い声でダリアスは叫ぶ。
「死ぬなよ」
ハルは微笑、片手をあげて答える。無礼に、いや親しい友としての、返答として。
「死なねぇよ」
そういって、謁見の間の扉は閉じた。
「やっぱり、親子だな」
ハルはそうひとり、つぶやき、討伐隊が待っている王都の城壁門まで足を進める。
王城の扉をくぐると、旅の始まりには、良い朝の風が吹いていた。