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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 虚無が語る愛と不全の概念結界

 王城クライノートの謁見の間の王座にミルケーは腰を下ろしていた。

 白いウエディングドレス姿の彼女は結婚式を終えたばかりであった。

 目を開くとそこには城を基調とした空間が広がっており、ねじれ木を模したような柱が等間隔に部屋の出口まで並び、辺りには心を落ち着かせる観葉植物たちが飾られていた。窓からは冬の優しい日差しが差し込み、自分以外誰もいない空間はとても静謐であった。こんな穏やかな気持ちになるような日にまさか外で人々が殺し合っているなど夢にも思わないのだろう。


 意識を遠くの通信用の人形に飛ばし三人の天使と出来損ないひとりと連絡を取り、ミルケー自身も出撃する準備が整う。


「さて、私もいくか、ヴァイスを助けに行かなきゃな」


 そうしてミルケーが王座から腰をあげようとした時だった。


 身体が思うように動いてくれなかった。


「どうした、戦いに行くのが怖いのか?」


『あなたを行かせはしない。これ以上あなたの自由にはさせない』


 真っ黒な瞳をしたミルケーの内側から、自分ではない誰かの心の声が溢れた。


「ククッ…アハハハハハハハハハハ!」


 笑いを堪えられなくなったミルケーが思わず吹き出し笑った。自分以外誰もいない謁見の間に笑い声が虚しく響き渡る。


「何をいまさら、今まで私が何をしても口を出さずにいたお前がどうした?」


 真っ暗な瞳のミルケーに寄生した闇が、まだ澄んだ青い瞳を宿す心の内側に追いやられたミルケーに問う。


『私の身体を好きにするのはいい。だけど、もうこれ以上エルヴァイス様の前で愚かな私を演じさせるわけにはいかない』


 どれだけ足掻いても乗っ取られた身体を取り返すことが無理なことはミルケー自身もわかっていた。


「お前、あの男のことを愛していたんだな。いや、そうだった、そうだった。記憶を覗けばお前があの男を愛していたことは確かなことだったな、そりゃあ、焦りもするなぁ?」


『黙れ、エルヴァイス様がお前のような女に惑わされたと思うな!あの人は私のことなんかすこしも見ちゃいないんだ!』


 闇が考えるそぶりを見せた。


「…女か、私は別に性別など無く、ただ、あの方が望んだことを叶えるために存在しているだけなんだが、まあ、どうでもいいか」


 愉快そうに闇が笑み続ける。


「それより、自分でそんなことを言って悲しくならないのか?確かに私が彼を誘ったのはそうだが、もしかしたら、お前の雌としての魅力に落とされたのかもしれないぞ?生命の本質は自身の種族の存続にある。お前の身体はなかなか異性共の目を引くからな」


 闇が借り物のミルケーの身体を嘗め回すように見る。


『ゲス野郎…エルヴァイス様がそんな下心で私に近づいたとでも思っているのか?』


「お前は人間、そうだな、生き物という存在を勘違いしているな…」


『なに?』


 心の内側にいるミルケーが顔をしかめる。


「人間に下心が無くてどうする?愛する人を愛することを恥ずかしいことだと思っていないか?愛というものを神聖なものと捉えすぎていないか?ガラス細工のように壊れやすく繊細なものだとでも思っているなら、お前はまだ愛というものを知らないんだな」


 闇が得意げに上から微笑む。


『お前が愛を口にするか、ただの寄生虫にしか過ぎないお前が』


 怒りにするのはもっともだったが、闇は少し考え深い顔をして語って聞かせる。


「私もお前のこの体で何百年と生きて分かったことがあった。それは、愛とはまさにこの世の真理ともいえるものなのかもしれないということだ。誰かが誰かを求めること、ひとりが二人になることの素晴らしさ…そこで紡がれることに意味があるのだとしたら?」


『何がいいたいの?』


「形はどうであれ、この世に存在したからには誰かを愛さずにはいられない。そうは思わないか?」


 ミルケーは言葉を失った。闇という以外空っぽでしかない存在が愛を口にすることが腹立たしかった。ミルケーというひとりのエルフを乗っ取った仮初の存在であるにも関わらずに、自分自身の考えを持っていることが許せなかった。


「この世界が生まれた理由も愛だとは思わないか?」


『本当にくだらないわね、あなたは…』


「そうだな、私はただ命令を遂行するだけのくだらない存在かもしれない…」


 闇は遮るように言った。


 ミルケーは心の内側からその闇が見せる表情を見つめていた。それはもちろん自分の顔であったのだが、まるで自分ではないように哀愁ただよう寂しそうな顔をしていた。

 そんな人間らしさを見せる闇に対して同情など持ち合わせたくはなかった。ミルケーはその闇に何百年も体を乗っ取られて心の奥底に閉じ込められていたのだ。今更分かり合う気もなかった。


『…………』


 けれど、ひとつだけ言うことがあるとすれば、彼のような存在はきっと悲しい以外の何ものでもないのだろう。


 自分自身が無いということを、すでにこの世に存在しているミルケーには理解できなかった。


「悪いけど先を急がせてもらうよ、私の愛しいヴァイスが殺されたくはないからね」


 気が付けばミルケーは抵抗を辞めてしまっていた。


 そして、王座から立ち上がった闇を宿した自分が見る世界が広がった。内側にいたミルケーはいつものように心の奥底に沈んでいき、眠りに着いた。


「本当のことは最後まで黙っておくよ…私は……」


 ***



 自分との対話を終えたミルケーは王城の外へと向かった。長い通路を歩いて行く途中、結界の力を利用して、王城の敷地内で起きていることの把握に努めた。


「うわあ、凄まじい破壊っぷりだなぁ…せっかく綺麗な庭園が台無しだよ!」


 ミルケーが小走りで王城の門へと急ぐ。壁をぶち壊して外に出ても良かったが、ミルケーはずいぶんとこのお城を気に入りだしていた。何といってもヴァイスと結婚式をした場所でもあり、そこは思い出の場所といっても良かった。


 ミルケーが王城を扉から外へでると事前に結界内を通して見た景色と変わらず、その退廃っぷりは悲惨なものだった。


「さっきまで結婚式を挙げていた会場とは思えないわね…」


 ミルケーはぐちゃぐちゃになった庭園に胸を痛めながらも、すぐにその荒れた庭園へと駆けだし、そのまま、思いっきり地面を蹴ると速度を保ったまま空へと飛びあがった。

 飛行魔法でもない、【神性】で獲得した浮遊は空を歩いたり、泳いだり、飛んだりと自由自在にその空間を移動することができた。

 その能力を駆使して、ミルケーは第二区画で激しい戦闘を続けている二人の元に駆け付けた。


「ヴァイスが優勢だけど、やっぱり、なんだろ嫌な胸騒ぎがする…」


 ミルケーは不安を拭い去ることができなかった。


「彼はおかしいんだよ、何もかもが…」


 王都を覆う最後の結界は、他の結界とは全く別物であった。

 結界というものは、魔法という手段を用いて構築していくのが基本であるが、ミルケーは結界に【概念魔法】というこの世の法則を書き換えてしまえるほど強力な魔法を用いていた。

 その結界がこの王都エアロを覆っている最後の結界であり、いうなれば、結界内はミルケー個人によって書き換えられた世界として機能しており、その結界内だけはミルケーだけの世界であった。


 その結界内で、雨が下から上に降ると設定すれば、現実的な流れに背いてでも雨は地面から空へと落ちることになった。


 そのような世界のルールさえ書き換えてしまう概念魔法という存在は、まず人智の及ばぬ代物であることは確かであった。そもそも、人間が意図的に発動することも不可能に近く、偶然が重なり起こってしまった概念魔法に対して古から人はそれを奇跡と呼んだりもした。


 神となったミルケーでさえ概念魔法を振るうのに長い期間を有するそんな代物だった。


 そんな概念魔法でミルケーが結界に付与した条件は、結界内に決してハルという人間を存在させないことだった。


 だからこそ、ミルケーは悩んでいた。


「結界は完璧に機能してる。それなのにハルは結界を突破して来た…弱くなっているけどさ、話が違うじゃん…」


 この結界内にハルが入ってきているということ自体がミルケーにとって大きな誤算であった。

 ただ、侵入してきたことは誤算ではあったものの、その結果ハル本人の実力は以前よりもありえないくらい弱体化をしていることは幸運だった。

 むしろ、そうじゃなければ釣り合いが取れないというものだった。

 彼が四大神獣を討伐する際の白虎戦や黒龍戦を観測していたミルケーにとって、彼の狂った素の強さで結界内でも暴れられたら、一秒だって結界は持たなかっただろう。


「化け物め…」


 そのため、もはや彼はこの世界と比べても不釣り合いにすら見えていた。


「ハルは結界内で必ず仕留める…希望はそこにしかない…私たちが勝つ勝利条件はそれしかないんだ」


 自分を鼓舞し、ミルケーは激戦が繰り広げられる第二区画へと急いだ。

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