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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 満ちた月は昇り羽虫は地上へと

 辺り一帯から湧いては群がってくる羽虫を落としながら飛行することを至極当然の余裕を持って行うルナがいた。


「ここからもう少し行ったところかな?」


 まるでその一言は昼下がりに新しい街の店を訪ねるときのように平穏さを伴っていた。

 三つのリングの出力を空中で留まる程度にまで落とす。自分が飛んで来た方向に振り返り、飛ぶ位置を補正して、自分が進むべき道を探る。


「えっと、あっちから飛んで来たから、大体ここら辺?うーん…」


 彼女の目の前には羽虫というには大きすぎる翼の生えたエルフが無数に彼女の周りを囲い覆っていた。上からも下からも左右どこもかしこも同じ顔のエルフでいっぱいだった。


 しかし、どのエルフもルナに触れることが一切できずに透明な壁のようなものに阻まれていた。透明なガラスの球状に閉じこもっているルナに手を出そうと、どのエルフも苦戦し手を焼いていた。

 そんな彼らの必死さも気にせずにルナは目的のものを探しに街の中を見渡そうと空中であたりを見渡す。


「ちょっと見えずらいな…」


 周りには同じ顔をした翼のエルフたちが大量に押し寄せ視界を塞ぐ。これでは探し物どころではなかった。


 どこを見てもルナと彼らを隔てる透明な壁を越えようと必死な形相で、彼らは手を伸ばしていた。たとえ腕がへし折れよと体の一部が損傷しようが、その壁を突破することが本望のように足掻いては血を流しみんな全力であった。


 そんな彼らの努力も気にせずにルナは静かに毒づく。


「こいつら、ちょっと間引こうかな、邪魔だし」


 ルナの天性魔法は、【引力】であった。それは自分が好きな場所に基準点を設けてそこに向かって対象を引っ張るというものだった。その対象は指定することもでき、ルナは目の前に広がるあらゆるものを基準点に引っ張ることができた。

 そんなルナも以前は、人間に限った他者を、自分自身の元にまで引き付けるというだけの天性魔法であった。ルナはその天性魔法を使いづらいと思っていたが、それでも、何とか実用レベルにまで持ってこれたのは誰よりも強くなることを強いられていたからでもあった。


 ルナの生きて来た世界では強くなければ待っているのは人生の終わりただそれだけだった。

 だから、どんなものでも扱えるようになるまで基礎を理解し、応用と更なる研鑽を重ねて強くなっていった。それはルナにとって当然であり、その成果が今のような余裕を持たせてくれることも知っていた。


 ルナは自分を中心に十二個の引力の基準点を創っていた。そうすることにより、ルナに近づこうとする対象者たちが勝手に反対方向に設置している引力の基準点に引っ張られることで、突破困難な壁を創っていた。

 この壁の突破に必要なものは単純に速度さえあればルナのもとにたどり着くことができるのだが、その基準点へ吸い込む出力さえも上げているルナに隙はなかった。そこら辺の精鋭騎士でも放てるような半端な魔法攻撃ではルナの元にはもう届かないくらいには強度を上げていた。


「あなた達は高望みしすぎたようね、羽虫はもっと低い場所で飛ぶべきよ」


 そして、ルナが煩わしい羽虫どもで塞がった視界を晴らすために、その十二個の基準点を地上にまで一気に落とし込む。


 視界を覆っていた翼のエルフたちが一気にルナの視界から消え、地上に向かって彼らの意思にかかわらず真っ逆さまに落ちて行った。

 地上には落下した衝撃でバラバラになった死骸がいくつも散乱していた。


「ふう、すっきりした。さて、コアの探索を進めなきゃね」


 ルナが再び背中の三つのリングに魔力を供給すると、光のリングが発光し赤い光と共に体を前へ前へと押し進めた。

 飛び去って行くルナを追うために、翼のエルフたちが街の至るところから湧いては追いかけてくる。

 ルナはとりあえず、再び翼のエルフたちがまとわりついてくるまでは全速力で飛行魔法で目的地周辺にまで飛翔した。


 追いかけてくる翼のエルフたちを、天性魔法と通常の魔法で応戦しつつ距離を稼ぐ、そして、またその数の暴力で手が回らなくなってきたら、十二個の基準点から成る引力結界を張って、集まってきたところで一網打尽にし、先へと進むを繰り返した。


『目的地についたらひとまずこいつらの相手をしなきゃいけないのよね…』


 ルナにはコア探しという目的もあったが、その前にこの無尽蔵に出てくる翼のエルフの殲滅することも視野に入れていた。一番煩わしいこの敵こそ全体の利益を考えた時にいち早く駆除する目標であり、それと同時に厄介な敵をルナが単身で撃破したという功績も手に入れることができた。


 本当はピンク色の煙を操るエルフを殺しに行きたかったが、私欲より実益が優先だった。


『こいつを倒せばきっとハルもたくさん褒めてくれるはず…だってこいつは一番の害悪でこいつを倒せば大勢のひとの命が無駄にならなくて済む。そうなればハルも喜ぶ、ほらほら、だから早く本体を見つけて叩くのよ、ルナ!』


 呑気なルナは未来の自分が褒められている姿を想像しながら、コアがあると思われる目的地周辺へ急いだ。



 それからルナが飛行を続けるとおおよそコアがあると思われる地に着いた。


「本当にコア探しは面倒なのよね…」


 当たり前だがコアの正確な位置など知る術はほとんどない。探知の魔法にも限界があるのだ。

 そして、ルナがたどり着いた場所は、普通の街中でしかなかった。石畳で覆われた広場にはベンチや噴水、街路樹が風になびいていた。小さな公園、市場に繫華街に居住区など、人々の生活の営みが行われる街の機能としてある当たり前がルナの眼下には広がっていた。

 そんな目印も何もない場所でコアを探すのは困難を極める作業であった。


『どうしようかしら…』


 悩めるルナが顔をあげた東の遠方には、スフィア王国の王城クライノートと、その大きな敷地を囲う壁や白い建物がぼんやりと見えた。その王城から左手の遠方には大きな一本の不気味な巨木が見え、右手にはピンク色の煙に覆われた区画の街があった。


「なんていうのかしら、どこも問題だらけって感じね、はあ、ハルは無事なのかな…」


「人の心配をしている暇があったらまずは自分の心配をしたらどうだ?」


 ルナが声がした背後を振り返ると、そこには、翼を持ったエルフがいた。さっきからうんざりするほど見た顔があった。金髪で黄色い瞳。悔しいがなかなか顔の形はエルフであるため良く、尖った耳で背は当然高い。そして何より翼を持っていることが人間としての在り方としてルナには不自然に見えた。


「ねえ、あなたが本体ってことでいい?」


「ああ、それであってる」


 羽虫のようにルナに纏わりついて来た翼のエルフたちとは違い、彼には知性が感じられた。相手の方から顔を出してくれたことはルナにとって何よりも幸運だった。


「いいのかしら、本体がこうも、のこのこと姿をさらして」


「構わないさ、ここにハル・シアード・レイはいない。彼がいなければ何の問題も無い。彼だけが私たちの悩みの種なんだ」


「随分、私たちの評価は低いようね?」


 相手の余裕が気に食わなかった。まるでハルさえいなければ相手ではないような言いぐさだった。


「当然だろ、俺たちは神の加護を受けたいわゆる天使という存在だ。人間よりも遥かに崇高で尊い存在だ。まずはそこから教えなければいけないか?」


「言いたい放題言ってくれるわね、あなたの分身は私に傷ひとつつけることができなかったくせに」


「それは、人間を素体としているからだ。お前たちは少し神の元にいる我々を舐めすぎだ。たかが小娘ひとりに神の使いが敗れると本気で思っているのか?」


 翼のエルフが退屈そうな顔でルナを見る。


「やって見なきゃわからないでしょ?」


 ルナが手を翳す。戦闘の火蓋が切って落とされ、天性魔法を放とうとした時だった。


「小娘、思い上がるな、まずはこれを受け取って絶望せよ」


 翼のエルフを中心に不気味なオーラが発露すると一気に周囲に拡散された。その実感できるオーラのようなものは、ルナの身体を通り抜けていき、そのオーラが持つ感覚をルナは感じ取ってしまった。


 おどろおどろしい邪悪な気がルナの身体を包み込んだ。

 身体が震え思考もろくにできないほどの恐怖が体に注入されたことにより、体が固まってしまった。


『これは、神威か!?それも尋常じゃないほどの威力…』


 勝ち誇ったような顔をしている翼のエルフが言った。


「動けないだろ?いいか、お前たちと俺たちではすでに存在している位が違うんだ。お前たち下位の存在は決して俺たちに逆らうことはできない?神が存在する真意を知れ!」


 勝ちを確信している愚かな天使。


 ルナが戦闘態勢に入るため自身にスイッチを入れた。ハルのことでいっぱいだったお花畑の頭の中も強敵登場により、相手を殺すことためだけに切り替わった。当然、そのような状態に入ったルナから生じるのは神威だった。


「クソ天使、お前の知見は浅いんだな、死にな」


 ルナが右手の親指を下に向ける。引力の基準点を真下の地中に設置し、その本体の翼のエルフを対象に指定、あとは最大出力で天性魔法を発動させた。


 余裕ぶっていた翼のエルフが突如、一瞬で地上に引っ張られルナの視界から消えた。


 見下ろすと、そこには地上で叩き潰された羽虫のようにひれ伏し、体をびくびくと痙攣させている、およそ天使には見えない滑稽なエルフがそこにはいた。


 本体が叩かれたことで周りから迫っていた彼の複製体とやらも、統率の中枢の連絡が途切れたのか、その場で停止していた。


「貴様!!!よくも!!!この私を!!!」


 そう言って地中から顔を出した彼に対してルナが攻撃の手を緩めることなどするはずがなかった。

 ルナは顔をあげた彼の顔面を、飛行魔法で急降下して加速した勢いのまま膝蹴りを食らわせた。

 翼のエルフの身体が街中の石畳の上をバウンドしながら飛び跳ねていく。


 ルナの追撃は終わらない。


 そのまま、腰の双剣を抜き取ると飛行魔法のリングに大量の魔力を注いだ。

 吹き飛ばされバウンドしている彼に向かって飛行魔法で加速したまま、追い付き、彼の心臓を的確に両手に持った双剣で狙いを定め、突き刺した。


「ガハッ、ゴ、こ、この野郎!!」


 血反吐を吐いた彼が抵抗しようと右手に何もない空間から光の剣を召喚した。


 ルナはとっさに双剣を彼の身体から抜き取ると、一刺し指を上げ引力の基準点を空に創った。すると彼の身体が無様に空中に吸い上げられた。振るおうとしていた光の剣の間合いもルナから遠ざかり、彼は空に設置された基準点まで引っ張られていった。


「まだよ」


 そこで終わらないのがルナであり、やはり徹底したやり方は裏の人間であることの証明だった。


 ルナの周囲に炎の球が五つ現れる。高純度の魔力を注がれた炎魔法はもはや炎魔法とは呼べない域に達しており禍々しい紅黒い色をしていた。


 炎魔法は戦闘では一般的な攻撃手段であり利便性が高く戦闘中の採用率も群を抜いていた。


「塵も残さず燃え尽きて」


 その炎の球たちが空に浮かび上がっていったエルフに向かって放たれた。


 ひとつひとつの炎の球がエルフにヒットすると、冬空に大きな赤い花火が五回上がった。そのたびに巨大な衝撃波を放ち、周囲の建物のガラスを割るほどの威力が周囲に広がった。


 ルナが空を眺めていると、やがて、着弾した場所の煙が晴れ、エルフが現れた。仕留められたとは思ってはいなかったから予想通りではあったが…。


「小娘、貴様、何者だ?この俺様の神威が効かないとは!?」


 彼の傷がすでに塞がった状態で現れたことはルナにとって予想外のことだった。ルナがそんな彼を睨みつけながら面倒くさい相手だと、ため息をひとつ吐いた。


「まさか、お前も神威を扱えるのか?」


 彼は酷く困惑しているようだった。


「なに、この神威って力が天使様だけのものとでも思っていたの?とんだ勘違いやろうなのね、あなたは…」


 だが、そこでふとルナは思うことがあった。神威を習得していなければ身動きひとつ取れず一方的に殺される可能性もあったということを、そういった点で神威という存在について、ルナは改めて考えさせられることになった。


「あ、ありえない、その年で神威を習得することなど…いや、それ以前に人間が神威を?」


「よくわからないけど、私はあんたを殺せるみたいね、良かった、フフッ」


 ルナが飛び切りの笑顔を披露する。

 翼のエルフはぞっとした顔をしていた。


「なるほど、わかった。お前も神威が使えるなら、私の敵として値する。いいだろう、だったら私の本気を見せてやる。後悔するなよ小娘…」


 翼のエルフがそう言うと、ルナが笑顔をやめて言った。


「小娘じゃないわ。私はルナ・ホーテン・イグニカ。未来のハル・シアード・レイの婚約者であり、彼を崇拝する信徒でもある。だから、ここに宣言する。ハルの名の下に私はお前を殺すと」


「面白い、なるほど、そうだったな、お前は奴の恋人のひとりだったな、いいだろう。その首持って奴を絶望の底に叩きつけてやる」


「恋人って…うん、まあそうね、正解よ、ウフフ、グフッ!」


 ルナが恥ずかしそうに身もだえすると、彼は反吐をぶちまけた後のような顔で言った。


「気持ち悪い、やめろ」


「………」


 ルナがムスっと押し黙ったところで、翼のエルフが空から地上に足をつけた。そこで彼は言った。


「俺も告げよう。このキリヤ、ミルケーの名の下にルナ・ホーテン・イグニカを消し去ることをな」


 お互いに大切な人を引き合いにだしたことで、絶対に譲れない戦いとなった。


「きっともうここは街じゃなくなるわね…」


 戦いの行く末は破滅。


「ああ、人も大勢死ぬだろうな…」


 光は失われることは確実。


 それでも二人にとってそんなこと相手を倒してしまえば関係の無いことであった。


「さあ、殺し合おうか、決着が着くその時まで」


 キリヤが何もない空間から光を剣の形に鍛造したような輝く剣を召喚する。

 ルナは闇が支配する夜ように深い黒と、朝焼けのように真っ赤な双剣を構える。


 冬空のもと愛する人を賭けた双方負けられない戦いが始まった。



 *** *** ***



 王城クライノートで争うハルと、ミルケーに肩入れするエルヴァイス。

 街にそびえ立つ巨木を目指すベッケと、その侵入を拒む巨木の主ブロッサー。

 ピンク色の霧が生み出す夢を見続けるサムと、その夢の主であるピクシア

 複製体に囲まれながらもその本体を見つけたルナと、自信を天使と語るキリヤ。


 王都奪還作戦も佳境に入った。


 すべては古から続いてきたこと。


 その運命がこの時代に芽吹いただけのこと。


 過去がある以上そこには確かに君たちが存在していて。


 君たちが歩んだ歴史は確かにここに、未来に繋がっていた。


 だから、決着の時が来ただけのことで。


 何事にも終わりはやって来るということ。



 *** *** ***

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