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元剣聖ハル・シアード・レイの神獣討伐記  作者: 夜て
新世界と古き血脈編
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古き血脈 街に聳える不気味な木

 ベッケとレイチェルは、二手に分かれた奪還部隊の内、コアがあると思われる巨木に足を進めた【第一部隊】と一緒に行動していた。【第二部隊】はさらに街の奥へと歩を進め、コアのある場所へと進行中であった。


『不気味ですね…』


 遠くから見えた街に不自然にそびえたっているその巨木は、一見どこにでもある普通の木に見えたが、まるで街の栄養を吸い取って急成長したような歪さがあり、ベッケは顔をしかめていた。


「どこら辺にコアがあるとかわかる?」


 隣にいた戦闘服と軽装の鎧を着こんだレイチェルが尋ねてきた。ベッケは彼女が戦う格好をしている姿があまり好きではなかった。


「残念ながら、そこまでは、分からないですね。使えない魔法使いでごめんなさい」


「ううん、そんなことない、そもそも、ベッケがいなきゃ今頃みんな手探りでコアを探してたんだから、私の旦那は世界一優秀だよ」


「ありがとうございます。ただ、本当に結界をコアで制御していればいいのですが…」


 歩きながらベッケが不安様子をあげる。


「それって、コアが偽物の可能性があるってこと?」


「ええ、小賢しい魔法使いがよくやる手法です。結界を形成しているコアと、似た疑似的なコアを用意しておいて、本当は結界を張った術者だけがコアとしての役割がある。これは敵の戦力を分散させる際によく使われていました」


「結界って確かコアがある限り、効力が機能し続けるんだよね?」


「ええ、ですが、コアの数を増やすには多くの魔力を消費します。大きな結界ほどコアを作成、維持する魔力量は格段に増えます。だから、発見も容易になるんですがね」


 だからこそ結界にはコアを探知する魔法が効果的だった。疑似的なコアを大量に作られては、結界を崩そうとする者たちにとってはどうしようも無くなってしまう。過去にそれで苦労した者たちが必死になって対抗策を講じた結果でもあった。


「全員、止まれ!!!」


 そこで先頭にいた兵士が部隊の後ろに聞こえるまで声を掛けた。部隊が背の高い街中で動きを止める。何か異変に気付いたのか兵士が通りの先を睨みつけていた。


 そこでベッケよりも五感に優れているレイチェルの顔に鋭さが現れると緊張が走った。


「何か動いている…こっちに向かってきてる?」


「どこからですか?」


「分かんない、だけどこの感じとっても良くない…」


「レイチェル、私の傍から離れないでください」


 ベッケがレイチェルを傍に抱き寄せる。何が起こってもいいようにすぐに魔法を使えるようにマナを身体で回し魔力を貯めておく。


「来るぞ!!」


 先頭にいた兵士の言葉を合図に全員が身構えた。何が迫ってきているのか分からないが、百名前後の精鋭たちはあらゆる危険に備えて防御魔法や身体能力を強化していた。


 だが、そんな彼らの防衛手段を遥かに超えた危機が姿を現すことになった。


 それは誰も予想していなかった攻撃だった。


 その時が来た時にはレイチェルが叫んでいた。


「ベッケ!!!」


「これは!?」


 地面が割れた。


 隊列を組んでいた第一部隊の足元に獣が大口を開けたような、真っ暗闇の巨大な穴が広がった。


 誰しもが警戒していなかった攻撃に対策を取る暇も無いまま、地の底に落ちていく。あたりに断末魔と悲鳴が響き渡り、どこもかしこもパニック状態だった。


 直接的に空を飛ぶ手段がないベッケもとっさに自分の中の魔法で何か役に立つ者は無いかと覚えている魔法を焦って探っていた。

 だが、その前にベッケの手を取っていたのは、レイチェルだった。


「私の身体にしっかり掴まってて!!」


 ベッケはレイチェルの腰に掴まると、彼女は今では飛行魔法の代表例となった、光のリングを二つ展開し、大穴から地上へと飛翔していく。

 この光のリングが印象的な飛行魔法は、ベッケたちの時代には無かったものではあり、時代の流れと共に気が付けば身近にあった魔法であった。


 空への憧れが特になかったベッケは、この時ほどこの魔法を生み出してくれた人物に感謝したいと思ったことはなかった。


「レイチェル、上です!!」


 地上へと戻ったレイチェルとベッケだったが、待っていたのは無数の巨大な蔓だった。レイチェルたちは穴から横の地面に逸れて何とかその蔓に巻き込まれることなく済んだ。


 大穴から空へと飛んだが、逃げ損ねた人たちはその蔓に叩き落され、奈落の底に落ちて行った。


 隙の無い二段構えで、残ったのがすでにレイチェルとベッケと残り数名という壊滅的な状況だった。


「これから、どうしよう…こんなの…」


「レイチェルは後方の支援部隊に至急救助要請を伝えに生き残った人たちと退避してください」


「…待ってだってそれじゃあ、ベッケは?」


 ベッケが視線を大木に向ける。やることは一つしかなかった。


「私は、コアを破壊しに行きます。ここでのこの被害は正直誤算でしかありません。我々が対峙している敵は我々の想像よりも遥かに手練れであると再認識する必要があります。あの樹木を切り倒すには私、単独で攻め込むのが一番な気がします。さもないと犠牲者は増えるばかりです」


「でも、だったら、ベッケだって戻ってこないかもしれないでしょ!」


 レイチェルが声を荒げる。


「ここに来た全員がその覚悟で来ています。私だって例外ではありません」


「ベッケは空も飛べないじゃん!!」


「そうですね、飛行魔法ぐらい覚えておくべきでした」


「だったらさ!」


 彼女も次第にパニック状態に陥り始めたが、ベッケは冷静に告げる。


「落ち着いてレイチェル」


 地響きがする中、ベッケがレイチェルを抱きしめる。


「いいですか?私たちがコアを破壊しなければ、もしかすると今戦っている人たちが全滅するかもしれない。結界が戦いの潮目を変えてしまう戦場ではコアを叩く人たちは何としてでも自分たちが狙ったコアを叩かなければ作戦は大きく不利に傾く、私の言っていること理解してくれますよね?」


「でも、もし、ベッケが死んじゃったら私はどうしたらいいのか、分かんないよ…」


 彼女もこの長い人生の中で、結界を中心とした戦いで誰一人コアを破壊できないようなことがあってはそれは作戦の失敗に直結することを意味していることは理解していた。それでも愛する人を危険な場所にひとりで向かわせることは心が引き裂かれる思いであることはベッケだってそれがどんな気持ちか知っていた。それでも、役目は果たさなければならなかった。請け負った以上はこの命に代えても、ベッケには途中で逃げ出すという選択肢ははなから無かった。


「レイチェルが心配してくれる気持ちは分かります」


「…嘘だ、だったらひとりで行くなんていわないもん、私も一緒に行くもん」


 腕の中で悲しみに暮れているレイチェルをよそ目に、ベッケは周囲の安全確認を怠らなかった。蔓がゆらゆらと石畳の地面から突き出ては揺れていた。


「レイチェルには生き残った人たちを安全に護衛して欲しいんです。彼らはきっとあなたほど強くはないですからね。弱きを守り強気を挫く。私たちの掟じゃありませんでしたか?」


「だけど…」


 ベッケはレイチェルを抱きしめ終わると、背後から迫って来ていた蔓を魔法で焼き払った。


「レイチェル聞いてください」


「なに?」


「ひとつ言えることは、私はこの状況に少し怒っていることですかね…」


 初歩的な炎魔法でもベッケが扱うと威力は群を抜いていた。蔓は一瞬で灰になった。


「こんな、平和な街をめちゃくちゃにしておいて、姿も見せず罠を張り一方的に虐殺する。私はそんな姑息な人間を一発この手でぶん殴ってやりたいんです」


 ベッケの瞳にはかつての闘争心が蘇ったかのように怒りに燃えていた。海よりも深い優しさを持っているとよくレイチェルに言われていた聖人君子でもあったベッケに、怒りの色が宿る時は、相当起こっている時でもあった。

 その熱意が伝わったのか、レイチェルがバツの悪そうな顔をしていた。ただ、途中から吹っ切れたようなすっきりした面持ちをすると彼女は降参したように言った。


「分かった、分かったよ、だったらベッケの好きにして」


 レイチェルが折れてくれた。


「だけど絶対に死なないで私の元に帰って来て、いい?これは約束よ?守れないなら今すぐ私とここから逃げるここであったことは全部忘れて…」


 そう言い切る前にベッケが彼女の言葉を遮った。


「そんな約束、朝飯前です」


 ベッケが優しい表情でレイチェルの頭を撫でると、彼女が気恥ずかしそうにしていたが、しっかりと二人だけの特別な時間を味わっていた。


「信じてるからね、期待に応えて」


「はい、もちろんです」


 言葉を交わし終えると、レイチェルがベッケの元から離れ、彼女はすぐに生き残った人たちを束ねて、脱出の準備に取り掛かっていた。


 ベッケも自身のやることに目を向ける。


『始めますか、殺し合い…』


 ベッケが巨木にいるであろう敵を睨みつけた。


「まずは同じ舞台まで私が上がらないとですね」


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